東京レイヴンズ 〜もっと夏目と仲良しで、夜光の記憶が戻っていたら〜 作:かんむり
目の前にいるツインテールの少女はりんご飴を食べながら俺たち二人を見ていた。
「ーお前、見たことあるな。確か国家一級陰陽師『十二神将』の【神童】大蓮寺鈴鹿だったか?」
その言葉に俺は言葉を失った。
目の前にいるこの中学生くらいの女の子が十二神将だと!?
その女の子は今の言葉に賞賛するかのようにうっすらと笑った。
「へぇ、詳しいじゃん。まあ、土御門の人間なら当然か。その通り、私が『十二神将』の大蓮寺鈴鹿よ。」
鈴鹿はニヤリと冬児を見る。
「こんばんわ。一度会ってみたかったの、あなたに。」
「あいにく、俺はただの一般人でな。土御門は横にいるこいつだ。」
冬児は俺の方を指差し、鈴鹿に伝えた。
「えっ?こっちが?」
そのまま鈴鹿は俺を値踏みするような視線を送ってきた。
見られ、そして『視られ』ているのである。
それにしても、こいつの格好は奇抜だなあ。どこもかしこも穴だらけだ。夏だから良いが秋冬になると凍え死んでしまいそうな服装だ。
「ふーん、なんだか意外ね。あんた私以来の天才児って呼ばれてるのよね?そうは見えないけど。あの噂…もしかしてデマだったのかしら。」
「お、おい、天才児ってだれのこ…」
「いやまあまあ、落ち着けよ。よかったな、お前は業界では有名人らしい。十二神将まで知ってるくらいだ。なあ、夏目?」
「はあ、何言って––––そうか…」
俺はそこでようやくわかった。
こいつ…俺を夏目と勘違いしてるな?
じゃないとわざわざ俺に話しかけないし、今までの口ぶりからしても俺を夏目と間違えてるのは確かだろう。
「あんた、俺に何か用でもあるのか?」
「当たり前でしょ。でなきゃ、わざわざこんな田舎に来るわけないじゃん。でも、ラッキーだったわ。どうやって土御門邸からあんたを引っ張り出そうか考えてたのよ。まさかこんな田舎のショボイ祭りに出てくるとは思わなかったわ。」
「その割には、堪能してんじゃん。」
「う、うるさいわね!こういうの初めてなの!単なる知的好奇心よ!髪の毛むしるぞ!」
鈴鹿はほおをわずかに赤らめていた。
「…それで、用っていうのは?」
冬児が鈴鹿に向かってそう聞いていた。
「そうね、簡単なこと。そこの土御門にちょっと私の実験に付き合ってもらいたいの。」
それから鈴鹿は色々なことを話し始めた。
夜光の事、汎式陰陽術のこと、帝国式陰陽術のこと、そして帝国式陰陽術の中にあると言われる、魂に対するメソッドのことを。
「話はわかった。でも、どうして俺なんだ?」
「はあ?まだとぼける気?」
「な、なんのことだ?」
「土御門家次代当主土御門夏目」
鈴鹿はそう言った。
「噂通り、前世の記憶はないみたいね。でも、試してみる価値はある。何しろあなたは、この呪術–––『泰山府君祭』の成功者であり経験者なんだから。」
鈴鹿はゆらりと俺たちに近づいてきた。
ヤバイと思った瞬間、何処からか青い鳥が一羽鈴鹿の上に飛んできた。
蒼いツバメ。鈴鹿の上を悠然と飛んでいた。
そう思った次の瞬間、そのツバメの翼が鞭のように伸び始め、鈴鹿に向かって伸びていく。
「な、なん!?」
「捕縛式っ!」
驚いている俺の横で冬児は叫んでいた。
しかし、その伸びた翼は鈴鹿を捉えることがなく、空中で止まった。
そして、鈴鹿の後ろからぬっと現れる歪な影。
その姿はまさに阿修羅。
体は機械のようで硬質で、無機質で、感情を感じさせないが、確かに俺たちを威圧していた。
「ま、また式神!?」
「おいおい、あれは、陰陽庁製の人造式、多目的型汎用式、『モデルM3・阿修羅』だ!」
阿修羅はツバメの翼を引きちぎり、何処かへ捨てた。
「そこまでだ!」
鈴鹿を包囲するようにスーツ姿の男たちが鈴鹿に銃口を向け、さらには、呪布を構えていた。
「今度は呪捜官か。」
「あいつ十二神将なんだろ!?ならなんで呪捜官に追われてるんだよ!」
鈴鹿は面倒くさそうに呪捜官をみた。
「ちょっとマジウザいんですケド。もう追いついて来たワケ?」
「大蓮寺鈴鹿!陰陽法に基づき、お前を拘束する!もし抵抗するなら射殺も許可されている!」
射殺するという言葉は冗談に思えないほど緊迫とした雰囲気だった。俺は青ざめて、冬児は口笛を吹いていた。
「はっ、誰があんたらみたいな雑魚に射殺されるって?冗談は寝てから言いなさい。」
「十二神将といえど、実戦経験は皆無のはずだ。無駄な抵抗はやめるんだな。」
鈴鹿はその言葉を鼻で笑い、すっと空を見上げた。
「…ねぇ、今日は暑いわよね?なら、少し涼しくしてあげましょうか。」
そう言うと鈴鹿は呪布を取り出し投げた。
水行符。
そこから大量の水が溢れ出た。その水が俺たちと呪捜官たちを飲み込んだ。
「な、なんだよ!」
水に飲み込まれる中で俺は水の流れに揉みくちゃにされていた。
しかし、それも一瞬のことで急に身体が軽くなったように持ち上げられた。
「ごわっ!つ、次はなんだ!?」
「あんたはこっち。」
「歪な水気を堰き止めよ!土剋水!
呪捜官は地面に呪符を叩きつけ地面を隆起させて、水を堰き止めた。
しかし、呪捜官はいつの間にか鈴鹿たちを逃してしまった。
「くそっ!探せ!」
呪捜官たちは分かれて鈴鹿を探しに向かった。
「離せよっ!」
阿修羅に囚われている俺はひたすら阿修羅の腕の中で暴れていたが、阿修羅は放す素振りをまったく見せなかった。
「あんた落ち着きなさ過ぎ、本当に土御門の次代当主なわけ?」
「うるさい!だったらなんだよ!」
「つーか、あんた護符くらい持ってないの?まあ別に私にとったら関係ないけど。」
鈴鹿はまたりんご飴を食べだした。
「鈴鹿、お前魂の呪術で一体何をするつもりだ?」
「いきなり名前呼びかよ。いいわよ、教えてあげる。」
鈴鹿はりんご飴飴を齧って飲み込んだ後、俺の方を見た。
「…お兄ちゃんを生き返らせるのよ。」
鈴鹿はそう呟いた。
「い、生き返らせるって…お前…」
鈴鹿は怒ったように春虎を見上げたが、そこに一人走ってくる少女がいた。
「春虎君!」
俺の顔はサァッと青ざめているだろう。
鈴鹿も振り返り、その少女のことを見ていた。
「なにあれ?あんたのカノジョ?それにしては霊気が…」
鈴鹿は何か考えているようだが、俺には関係ない。
鈴鹿が狙っているのは、夏目だ。
夏目がこの場にいるというのは俺にとっては最悪だった。
「馬鹿!早く逃げろ!」
「嫌です!春虎君を離してください!」
「…春虎君?あんた、土御門夏目じゃないの?」
「そ、それは!」
「答えろ!」
凄い迫力だった。しかし、夏目がここにいる以上、目の前にいる女の子が夏目だと気付かれるわけにはいかない。気づかれてしまったら、夏目も危険だ。
「な、夏目は俺の親戚だ。俺は土御門春虎。分家の息子さ。」
「ぶ、分家ぇ!?ふざけんな!」
鈴鹿は俺の胸ぐらを掴んで、怒って皺の寄った顔を近づけてきた。
「…騙したわね。」
「先に勘違いしたのはお前の方だけどな。」
「うるさい!ぶっ殺してやる!」
「や、やめてください!土御門夏目はこのわた「黙れ!今しゃべんな!」っ!?」
俺は自然と口が動いていた。
夏目に向かってこんな声を出したのは初めてだった。
夏目の方も俺の声に驚いたのか、一歩後ろに後ずさりした。
「…あんた、そんな声出すのね。びっくりしたわ。」
鈴鹿の方も驚いた様子で俺の方を見ていた。
「穏便に済ませようと思ってたけどやーめた。」
鈴鹿は俺の側でゆっくりと告げた。
「本物の土御門夏目に警告しな。あんたを見つけて捕まえるって。–––いい?絶対に伝えるのよ?本人に、直接会って。」
「…わかった。」
鬼気迫る鈴鹿の表情に俺は辛うじて頷いた。
その鈴鹿の視線は俺から夏目へと変わった。
「…まだいるわね。あんたのカノジョ。」
「だから彼女じゃない!」
また夏目に興味がいったと思い俺は焦って鈴鹿の言葉を返していた。
「ウソ。あの様子、ただのトモダチって感じじゃないけど?」
「本当だ!あいつはたまたま一緒に祭りに来ていただけだ!何の関係もない!」
その俺の表情に、鈴鹿は悪魔のような笑みを浮かべた。
「もう騙されないっつーの…ねぇ、春虎?これは報酬の前払いだから。」
そして、胸ぐらを掴んでいた鈴鹿の腕が急に強まり、俺を引き寄せられ、同時に鈴鹿の顔が接近した。
唇に、柔らかな感触。
俺は目を見開き、夏目は息をのんだ。
胸ぐらを掴んでいた腕は首へと移動し、もっと深くへと誘うように春虎を引き寄せていた。
「んっ…」
見せつけるようなキス。
鈴鹿も息を漏らしながら深く、そしてずっとキスをしていた。
どれくらいだったのだろうか、三十分?一時間?それだけ経っているように思える長いキスが終わった。
鈴鹿が放れる。春虎と鈴鹿の間には透明な橋がまだ二人を繋いでいた。
阿修羅が俺を離し、俺は地面へと落ちた。
「…私のファーストキスだから。ちゃんと伝えてよね、ダーリン?」
鈴鹿はそう言い残して、空へと飛び去った。
空には花火が打ちあがっている。
残されたのは唇に残る感触。
そして、呆然と立ち尽くす一人の少女だけだった。
俺は鈴鹿が去っていった空を見上げていた。
俺は一度首を振って、口を拭う。
立ち上がり、夏目の方へ駆け寄った。
「大丈夫かっ?」
鈴鹿と式神が去った後でも、夏目は呆然とそこへ立ち尽くしていた。まるで、魂の抜けた人形みたいに。春虎は「なんで式神に捕まってるんですか!?」と怒られるような気がして内心構えていたが、夏目のその反応は春虎の予想を裏切った。
夏目はポロポロと春虎の顔を見て泣き出した。
「ど、どうしたんだ!?なにかされたのか!?」
春虎が何かあったのかと聞いても何も答えない。
けど、夏目も止まらない。
ポロポロと声もなく涙をこぼして、次第にしゃっくりを上げ始める。
そして、ついに、
「うえぇ…」
と本格的に泣き始めた。それも、子どもの時にも見たことがないほどの大泣きだった。
「ほ、ほら!もう鈴鹿はいない!それともやっぱり怪我してるのか?俺なら大丈夫だ。だから落ち着けって、な?」
こんな夏目を見たことがない、春虎はどうしたらいいのかわからず右往左往していた。花火はまだ上がっている。綺麗な花火は泣いている夏目を簡単に照らしている。
夏目の涙が花火の光が当たり、何度も輝いていた。
「春虎君の、バカぁー」
ひっくひっくとしゃっくりを上げながら、一つ一つ途切れさせながらも夏目は喋りだした。
「酷いですよ、春虎君…あんなに怒鳴っておいて、追いかけてこないし…待っててもメールも来ない、ずっと待ってても春虎君は全然来ないし、そしたらなにか大騒ぎになってて、冬児君が来たと思ったら春虎君が捕まって何処かに連れ去られたって言うし…」
「と、冬児と会ったのか?」
「そうですよ!それで心配で…凄く心配で、心配で心配で、必死に探して追いかけてきましたっ。それでやっと春虎君を見つけて、なのに、それなのに…」
「どうして春虎君は!あんな子とキスしてるんですか!そんなのって…ないよ。…酷い。そんなのって酷いですよぉぉ……」
うわああと夏目はまた泣き出した。棒立ちになり、息を切らせて、溢れ出る涙を拭いもしない。
大きく口を開けて、身も蓋もなく泣き続ける。
春虎はどうすることもできなかった。
「春虎君のばかあ。春虎君のことなんて嫌いです。大嫌いです。もう、知りません…ひっく…しりません…」
「わ、悪かったって…ごめんな謝るから。」
「何ですか…何が謝るですか。ひとの気も知らないで…ひっく…あ、あんなキスして…」
「さっきのあれは鈴鹿の嫌がらせだ!お前だって見てただろ?つうかキスされたのはお前じゃなくて俺だろ?なんでお前がそんなに泣くんだよ。」
泣く夏目の前でまったく働かない頭を働かせる。
しかし、最後の一言を口にした瞬間、夏目の泣き顔が大きく歪んだ。
歩道橋の上で押した時よりも強く、夏目は春虎を突き放した。
「バカ虎!」
夏目が絶叫した。
「好きな人が他の子とキスしたら、そんなの嫌に決まってるじゃないですか!哀しくて、寂しくて、辛いに決まってるじゃないですか!」
大きな花火が夏目の後ろで咲いた。
春虎は絶句して立ち尽くした。
夏目は涙目で春虎を睨みつけていた。
夏目の澄んだ瞳の輝き。
その瞬間の夏目ほど、誰かを見て『綺麗』だと思ったことがない。
しかし、夏目はうーっと涙を堪えるように唸り、浴衣の袖で自分の顔を拭いながら春虎の前から離れるように走り出していた。
「な、なつ…!」
手を伸ばし、夏目を追いかけようとするが、脚が追いつくのを恐れるかのように動かない。
春虎の伸ばされた腕はダランと下げられた。
そして、春虎の頭上に大きな花火が上がり、そして、消えた。
もし、北斗が居なくて、祭りに来たのが夏目だったらこんな感じになっていたのかな?
夏目、かわいそうだな。←おい