東京レイヴンズ 〜もっと夏目と仲良しで、夜光の記憶が戻っていたら〜 作:かんむり
花火大会の次の日の空は色んな色が混ざったような濁った色をしていた。
台風がくるらしい。夕方から夜にかけてが一番近づくようだ。
すでに俺たちの上に浮かぶ分厚い雲は大量の水を含んだスポンジのような気がしていた。
空席が目立つファーストフード店。
二階にある窓側の席で俺と冬児は話をしていた。
こんな日でも補習はある。しかし、早々に学校を抜け出してこの店に来ていた。
俺たちの周りに佇む重い空気は、周りの客にも伝わっているだろうか。空席が多いことに俺は少し安心していた。
「それで?」
冬児は腕を組み春虎を見据える。
「お前、まだ土御門夏目と連絡が取れていないんだって?」
「…ああ、メールを送っても返信してこないし、電話をしても繋がらない。いつもは直ぐに返してくれるのに、こんなことは初めてだ。」
「それじゃあ今土御門が無事かどうかもわからないわけだ。」
「っ!夏目は無事だ!」
俺はテーブルを叩き、冬児を睨みつける。
「どうして言い切れる、相手は十二神将だ。例え土御門が天才だとしてもそれは陰陽塾内での話だ。そんなやつ、十二神将の相手には手も足も出ないだろ。」
「そんな!…そんな…ことっ…!」
「…あくまで可能性の話だ。俺だって親友の友達が死んだなんて思いたくねえよ。それに大蓮寺が夏目を捕らえてんなら何か動きがあってもいいはずだ。でも今は呪捜官たちは余り動いていないようだ。」
「なら、夏目は!」
「多分まだ大丈夫だ。あくまで今の段階ではだがな。」
「…よかった…」
俺は崩れるように椅子に座る。
天井を見上げ、手で覆うように顔を隠す。
はあと溜息が出てきた。
「それにしても、昨日は嵐みたいな夜だったな。台風が来るのはこれからだってのによ。」
「……」
冬児の言葉に俺は顔を覆ったまま黙っていた。
確かに、酷い夜だった。運の無さに定評のある春虎の人生の中でもダントツで一位を取る夜だった。
夏目と喧嘩をして、追いかけようと思えばそこに十二神将が現れて、呪術戦に巻き込まれた。とどめは、悪夢のような仕打ち。しかも初めてのキス。それを夏目の前で見せつけるようにした。そして、それを見て泣きじゃくる夏目の告白。
俺がいったい、何をしたっていうんだ。
俺のまぶたの裏には泣きじゃくる夏目の顔が鮮明に残っている。
俺は恋愛ごとに疎いというのは自覚していた。それは、あの夏目の告白を受けた後でも、どうやって受け止めればいいのかわからないでいた。
俺はもちろん夏目が好きだ。でも、それは恋愛感情とは違うものだと思っていた。随分と前から一緒に遊んでいた夏目。色んな事もしたし、色んなところにも行ったりした。それで二人して怒られたり、二人して泣いたりしていた。
それでも俺たちはいつも一緒にいた。それが当たり前のように。
俺は夏目を親友の一人だと考えていた。
でも、夏目はそうは考えていなかった。
夏目は俺を好きと言った。
その言葉は衝撃的だった。今まで友人としてしか見てきていなかった夏目からの突然の告白は俺と夏目の関係をいとも簡単に崩れさせた。
いつから夏目はそう想っていたのだろうか。あの時か、あの時かと考えても答えは遠くなる一方だ。
なら、俺は夏目に離れて欲しいのか?答えは否だ。やはり俺はどんなことになっても夏目には側にいて欲しいと願った。
「心配なら家にでも行けばいい。土御門も自分が狙われている状況は察しているだろう。そんな時に家を出るなんてヘマはしない。」
「…そうだな。俺は後で本家の屋敷に行くよ。」
「それがいい。」
当然、俺と鈴鹿が話した内容はメールでいっしょに送っていた。しかし、返信がこない以上、夏目がどう思っているかもわからないままだった。
そして静かな時間が流れる。
窓を雨が打ちつける音がBGMとして流れる。
ふと、春虎は思い出したように冬児に話した。
「あいつ、大蓮寺鈴鹿にさ、どうして夏目を捕まえるのか聞いたんだ。その時に漏らしたんだ。『お兄ちゃんを生き返らせる』って。」
冬児は顎の下に手をやり、少し考えた。
「…春虎、実は俺もあの後少し調べた。」
「なにを?」
「あのガキが言っていた『帝国式陰陽術』についてだ。『汎式』と同じで、『帝式』って略されることが多いらしい。『帝式』には禁呪指定されているものが大半らしい。まあ戦時中だからな、強力なものが多かったんだろう。それでもまだ、現役で使われるものも少なからずあるらしい。」
「魂の呪術ってのもその中に入ってるのか?」
「いや、それは『別格』だ。」
それから、冬児は魂の呪術に関すること、そして土御門夜光が行った儀式について、そしてそれが夜光の転生に関わっていること。
「じゃ、じゃあ夏目は…」
「そうと決まったわけじゃないが、大蓮寺はそう考えているらしい。」
また二人の間に重苦しい沈黙がたちこめた。
夏目は天才だ。現に、今だって陰陽塾内で天才と呼ばれているほどだ。しかし、それが夜光の転生だというのなら。
春虎は外を見た。雨の降る空を見た。
「…俺、行くよ。」
「…そうか。」
俺は傘を持って店を後にした。
久しぶりに本家の屋敷に来た。
傘の上を雨粒がバタバタと叩いている。
屋敷に行くための階段がある。
そこではいつもジャンケンでどっちが先に屋敷に上がれるかという遊びをしていた。何故か俺が勝っていたので夏目にわざと負けているんじゃないかと問い詰めた時もあった。夏目は泣きながら「私が勝ったら春虎君、遊んでくれなくなると思って」と言われた。俺はそんなことないと夏目に言った。それから夏目は泣き止んで、また最初から遊んだ。それからは一度も夏目には勝っていない。なんでも出す手がわかるらしい。
階段を上がると池が見えた。そこではいつも鯉が泳いでいて、度々俺と夏目は一緒に餌を与えていた。俺が夏目が止めるのを無視して、一度に餌を大量に池の中へ入れた。すると、夏目の父が鬼のような形相で俺たち二人を叱ってきた。俺たち二人は目に涙を浮かべながら二時間も正座をさせられたまま夏目の父に説教された。
庭が目に入ってきた。あの庭は俺たちが約束をした場所だ。
俺は屋敷の扉に手をかけた。
当然鍵はかかっていて扉を横に引くがかたい感触が手に伝わってきた。
ふと、俺はあることを思い出した。
俺は屋敷の裏へ行き、一つの扉に手をかけた。
そこは俺と夏目が二人で見つけた屋敷への秘密の入り口。そこの扉だけ鍵が緩くなっているようで少しいじるだけで簡単に鍵が開いてしまう。
夏目をびっくりさせようとして何度もそこから入ったり、夏目の父に二人で怒られて外に出された時もこの窓から屋敷の中に入っていた。
俺は扉を少しだけ叩いた。するとゴンとなにか金属の落ちる音した。
今でも、ここは変わっていないのか…
俺は扉を引いて、中に入っていった。
屋敷の中に入るのは久しぶりだった。
けど、どこに何があるのかは手に取るようにわかる。
俺は真っ直ぐ、そして何度も一緒に遊んだ夏目の部屋へと向かった。
夏目の部屋の前に立ち、俺は夏目の部屋の中へと入った。
部屋は荒れ果てていた。物は散らかり、色々なものが床にぶち撒けられていた。
その奥で一人、寂しそうに膝を抱えて座る夏目がいた。
「…って…さい…」
「えっ?」
「帰ってください!!」
夏目から聞こえてくる拒絶の声。
春虎の心を酷く締め付けていた。
あげられた夏目の目の端には赤く、泣いた後がしっかりと残っていた。
「…どうして、どうして来たんですか。あの女に言われたからですか。」
「ちがう!」
「じゃあどうして来たんですか!!」
廊下にも響くような大きな声。
夏目が出したとは思えないような声だった。
「俺は…お前が、心配で…」
「なら大丈夫です!祭壇は私自身で守ります。」
「そんなことできるわけねぇ!相手は十二神将だぞ!?お前でも敵うはずがない!」
「じゃあ誰が守ってくれるっていうんですか!?祭壇を守ってくれる人も私を護ってくれる人も、もういません。あっちにもここにも!!」
「そんなことない!お前を護ってくれる人はいる!」
夏目の肩を掴んで顔を見た。
「誰なんですかその人は!」
「それは…!」
俺は答えられなかった。夏目を守ってくれる人は沢山いるだろう。しかし、夏目の父も俺の両親も今はここにはいない。
俺も、夏目を守れるとは
思えなかった
「…ほら、やっぱり…いないんじゃないですか。」
「
ドクンッ!!
この言葉の直後、春虎の体内に異変が起きた。
な、なんだ…これはっ!?
春虎の自覚がなくとも、呪術は察知する。
身体の中で眠っていた意志が、急速に目を覚ます。
夏目を掴んでいた手はズルッと外れ、春虎は胸を押さえていた。夏目も思わず顔を上げた。
込み上げる強烈な吐き気。床に這いつくばったまま、胸をかきむしった。身体の中で何かが暴れている。
「…は、春虎君!?い、いやぁ!春虎君!!」
夏目はまた泣き始め、俺の身体を揺する。
また泣かせちまったと頭の中で思う。
そして
「ガハ––––!?」
春虎の口から何かが飛び出してきたのだ。
それは、ぐしゃぐしゃに丸められた紙だった。しかし、それが体外へ出た瞬間、だんだんと形を形成していく。
蜂。
春虎は目を見開いた。
「えっ?」
と夏目は抜けた声を出してその蜂を見た。
その隙を見逃さないかのように蜂は夏目の死角に潜り込んで夏目の首筋に針を刺した。
「っ!」
夏目は反射的に払ったが、蜂はそれをスルリと避けてあっという間に部屋の外へと逃げていった。
すると、入れ替わるように夏目が崩れ落ちた。
「夏目!」
顔は蒼白になっており、瞳の焦点は合っていない。
「夏目!しっかりしろ!」
「…春虎君…」
小刻みに痙攣している夏目。
まさか、あの蜂、毒でも持っていたんじゃないか!?
「…霊力を…吸い取られました…」
「夏目っ!れ、霊力ってどうすればいいんだ!?」
「あ、あの式神は?」
夏目も答えは既に分かっているのだ…
春虎はまんまと鈴鹿に出し抜かれたのである。
俺はすぐに言われる通りに夏目を抱え桔梗の間に運んでいる。
「ちくしょう!」
「…見抜けなかった…私の…ミスです。」
「夏目っ!」
「私は…大丈夫です…」
「すまない、俺のせいで、こんな…」
「十二神将に、呪をかけられても、わかるはずがありません。」
桔梗の間に着いてから、俺は色々な準備をした。よくわからない掛け軸や、よくわからない呪具を夏目の言う通りに並べ飾った。
箪笥の中にある巫女装束も引っ張り出してきた。夏目は震える手でゆっくりとした動きで巫女装束に着替えていた。
俺は蝋燭に火をつけ、その後に香を焚いた。
夏目はいつの間にか着替え終わっており、身体をひこずるように祭壇の前へと向かう。
そして祭祀が始まった。
俺はどうすることも…できないのか!!
春虎は桔梗の間から出て、縁側で座っていた。雨の降る庭を見ながら歯ぎしりした。拳を血が出ると思うくらい握りしめていた。
あんなに苦しそうにしている夏目の後ろで俺はどうすることもできない!!
俺は何しにここに来たんだ!!
なのに俺は、また夏目を怒らせて、泣かせて、挙げ句の果てには霊力まで奪われてしまう。
俺は、夏目を護りに来たんじゃないのか!
俺はどんよりと浮かぶ雲を見上げた。
雨の降る外。
その雨がいつの間にか消えたような気がした。空も明るく、青空が透き通っていた。蝉の鳴く声も聞こえ、夏特有の暖かい風も感じているような気さえした。
そして、春虎の目の前に、庭の中心で小さなあの時の春虎と夏目が指切りをしていた。
あの約束が鮮明に春虎の頭の中に広がった。
「はるとらくんは、わたしのシキガミになってくれるの?」
「シキガミ?」
「うん、わたしもよくわからないけど、わたしのことをずっと守ってくれるひとのことみたい。」
「ぼくそんなことしらないよ。」
「いえのしきたりなんだって。」
「…なってくれないの?」
「…いいよ、なってあげる。」
「それでずっといっしょにいて、ずっとなつめちゃんをまもってあげるよ。」
…祭祀が終わったのだろうか、桔梗の間の中は急に静かになった。
俺はゆっくりと障子を開けて中へ入る。夏目はゆっくりとこちらに振り向き、スッと春虎を見つめた。
春虎はそんな夏目に近づいた。
もう、心は決めた。今更、後になんか引けない。いや、引こうとは思わない。
「…私は祭壇へ向かいます。」
夏目はゆっくりとそしてはっきりと春虎に言った。
「土御門の祭壇は次代当主であるこの私が守らなければなりません。それが土御門としての義務ですから。春虎君はここで待っていて下さい。」
「…霊力は戻ったのか?」
「戻ったといっても一晩くらいでしょうけど、十分です。」
そして、夏目は祭壇の上に置いてあった式符を手に取り、懐へと入れる。
これから戦いに行く用意をするように夏目は立ち上がろうとする。
しかし、俺はそれを遮るように夏目に声をかけた。
「夏目、頼みがある。」
「祭壇へは向かいます。止めても無駄ですよ。」
「ちがう、そうじゃないんだ。それがお前の決めたことなら俺は止めたりはしない。」
「…ど、同行も駄目ですよ!し、心配してくれるのはあ、ありがたいですが、素人の春虎君を連れてくことなんて…」
「夏目」
俺は、もう、逃げない。
「俺を式神にしてくれ。」
なんか最後走った気がします。
もっと夏目は春虎を大切にすると思うんですけどね…うん、俺の文章力!!