東京レイヴンズ 〜もっと夏目と仲良しで、夜光の記憶が戻っていたら〜   作:かんむり

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女の子っていつも甘い匂いがするよね

 

 

夏目は言葉を失った。

春虎はもう一度、息を吸い、夏目を見る。

もう、言わないだろうと思っていた言葉。それは意外とすんなりと口から出ていた。

 

「俺を式神にしてほしい。いま、ここで。」

 

俺は頭を下げた。

夏目はど素人の俺を呪術戦に連れて行くつもりはないだろう。でも、夏目が土御門としての義務を持ち出すなら、この分家の『しきたり』を簡単には無視できないはずだ。

これが俺が夏目を護れる唯一の手段なんだ。

夏目が生唾を飲み込む。

身体も少しだけ震えていた。

そして、春虎に向けていた視線を床へと移した。

 

「…覚えてたんですか?」

「…忘れたことなんて、一度もない。」

「っ!ならなんで!?」

 

夏目は急に床を鳴らし立ち上がり、春虎はその夏目を静かに見上げた。

夏目は綺麗な黒髪を振り乱し、春虎を睨みつける。

 

「なんで!…そんな今更ぁ…」

 

また泣き出したのだろうか。

夏目は後ろを向き、身体を小刻みに震えさせている。

 

いまさら。

この言葉が、俺の胸をえぐる。

夏目はずっと土御門の次代当主として生きてきた。しかも、夜光の生まれ変わりだとささやかれながら暮らしてきた。そして春虎はそんな夏目の式神になると約束していたのに、その約束をずっと破っていた。

子供の頃の約束、そう軽く思っていたことがないとは嘘になる。

けど、夏目は違っていた。俺を信じて、そしてずっと待っていたのだ。周りの重圧から護ってくれる自分だけの存在を。

 

「夏目、俺はお前に憧れてた。才能のあるお前に。それにひきかえ、俺は見鬼の才は全くない。陰陽師になる資格があるお前にいつも嫉妬してた。俺にあったのは土御門の分家っていう血筋だけだった。だから俺は逃げてたんだ。お前から。土御門夏目っていう陰陽師の存在から。」

 

夏目の背中に向けて、訥々と話す。

 

「でも、それは違うんだってわかった。俺はお前を護れる自信がなかったんだ。しきたりがあることを知って俺は恐くなったんだ。夏目と俺の関係がこれで全部壊れるんじゃないかって。」

 

夏目に泣かれてやっと気づいた。

 

「俺は、土御門春虎としてやるべきことをやるべきなんだ。逃げるのは…もうやめる。俺はずっとお前を護る。」

 

『それでずっといっしょにいて、ずっとなつめちゃんをまもってあげるよ。』

 

「だから夏目、俺をお前の式神にしてくれ。」

 

夏目の背中に訴える。

夏目は春虎に振り返った。

春虎の前に片膝を突いた。

 

「…いいんですね?」

「ああ。」

「これから先、春虎君は土御門の、私の式神として、生きていくことになります。その覚悟はあるんですね?」

「ああ。」

 

もう、約束は破らない。

 

「もう、嘘はつかない。」

 

夏目はその言葉にふっと笑う。

 

「…当然です。嘘をつくような式神にはお仕置きなんですから。」

 

子供の頃には見たことがないような表情をした夏目に俺はドキッと心臓が跳ねた。

 

「わかりました。では、春虎君。あなたを私の式神に任じます。」

 

夏目は懐から小刀を取り出した。

鞘を払い、刃を抜いた。

その刃を唇に寄せて、そっと横に刃を滑らした。

 

「な、夏目!?」

「…目を閉じてください。」

 

俺は言われた通りそっと目を閉じた。

夏目が近くにくる気配がする。

顔の近くで、何か声が聞こえる。

呪文だ。

夏目の声が俺の側で聞こえてくる。

 

「–––祖霊安倍晴明の名において。汝、土御門春虎、我、土御門夏目の式神とす–––」

 

俺の両頬に夏目の指が添えられた。

そして、夏目が迫ってくる気配がした。

反射的に目を開けてしまう。

左目のすぐ前に夏目の顔は迫っていた。夏目は唇の切り傷を舐め、舌に血をつけ、俺の左目の下に舌先をつけた。そして、柔らかい感触とともに温かい感触がきた。

夏目は舌先を器用に動かし、紋様を描き始めた。

そして、書き終わった時、夏目は目を開けた。その視線が俺と合った。

夏目は顔を真っ赤にして、春虎から直ぐに離れた。

 

「…終わりました。」

「…ど、どうも。」

 

まさか、こんな儀式があろうとは。土御門家って変態じゃないのかと内心思った。夜光もよくこんな儀式を考えたなおい。

しかし、目が合ってしまったことで、夏目の顔がまともに見られない。

 

「…春虎君。」

「はい!」

「これであなたは、私のものです。」

「…そうか。ここまで来るのに長かったな。」

「はい、長かったです。それで『視』えてますか?」

 

俺はやっと、感じ取ることが出来た。

初めての感覚。

見ることはできない。でも感じ取ることができるのだ。わかるのだ。霊気がそこにあると。

 

「…これが陰陽師の世界…」

 

春虎は目の前に広がる世界に魅了されていた。

 

 

 

 

 

雨はもう止み、月が見えていた。

台風は思ったよりもはやく抜けたらしい。

 

「泰山府君祭は危険な儀式です。早く止めないとどうなるかわかりません。」

「泰山府君祭ってのは死んだ奴を生き返らせる儀式だよな。」

「はい、しかしそれは真摯な祈りがあったからこそ効果があったとされているのです。だから今の現代ではそれは成立しません!」

「じゃあどうなるんだ?」

「えっと、その、えーっ、とにかく!なんか凄いことになるんです!!」

「なんだそりゃ!?」

 

『雪風』の背中に乗りながら夏目と話す。

俺は夏目に聞いておきたいことがあった。

 

「夏目、お前は夜光の生まれ変わりなのか?」

「なっ!?」

 

夏目は持っている手綱を強く握った。

 

「…春虎君。私が夜光の生まれ変わりかどうかは、私にもわかりません。」

「夜光の記憶みたいなのもないのか?」

「はい。…春虎君は私の噂をしっているのですね。」

「今日初めて知ったんだ。」

「その噂も私が生まれる前からあったんです。だから、私の才能の有無に関係なく、私は夜光の転生として扱われていたんです。」

「…そうか、辛かったな。」

 

夏目の頭を撫でる。

夏目はくすぐったそうに目を細める。

 

「でも、これからは大丈夫です。」

「なんで?これからもっと酷くなるかもしれないだろう?」

「だって、春虎君がずっと側にいてくれるんですよね?」

「…ああ。そうだな。」

 

もう一度、夏目の頭を撫でる。

 

「そ、それでですね。は、春虎君。昨日の夜の、あ、あれなんですけど…あれは本当のことで、それで、その、春虎君の返事というものを…」

「夏目!見えた!あそこに大蓮寺鈴鹿がいる!」

「ふ、ふぇ!?う、ううぅ…何処ですか!その空気の読めない嫌な女は!?」

「お、おおう。」

 

俺の指差した方向にあの女はいた。

 

「鈴鹿ぁ!!」

「ちっ、邪魔なんだよ!」

 

下から鋼鉄の杭が飛んできた。

雪風はそれを華麗に避けて回避する。

 

「あれは『装甲鬼兵』!あんなものまで持ち出していたのですか!?」

「雪風、距離を取ってくれ!」

 

俺の言葉を聞くと、雪風は急いで距離を取った。

 

「夏目!これだと祭壇へは行けない!」

「わ、わかってます!」

「逃すな土蜘蛛!」

 

どんどん放ってくる鋼鉄の杭を雪風はひらりひらり躱すが、段々森から離されていってしまう。

おおよそ、鈴鹿が土蜘蛛に森へ近づけさせないようにとしているのだろう。攻めてくるならまだしも、守りに徹している土蜘蛛を倒すのは容易ではない。

祭壇で準備をしている鈴鹿を見れば、祭壇の中央に細長い大きな包みがあった。

まさか!あれが!

 

「鈴鹿!こんなことをしてもお前のお兄ちゃんは幸せになんかなれない!いい加減にしろ!」

「うるさい!誰がなんと言おうと、あたしはお兄ちゃんを生き返らせてみせる!」

 

下の方から阿修羅が飛んできた。

雪風は下から飛んでくる阿修羅を回避するが、阿修羅は高く舞い上がり、その高度を維持したまま、頭上から攻撃を仕掛けてきた。

夏目は思わず雪風を下降させてしまった。

 

「馬鹿!止せ夏目!挟み撃ちにする気だ!」

 

夏目は慌てて手綱を引くが、それが雪風の行動を妨げてしまった。

当たる!!

俺はそう思った瞬間、腰にある剣に手をかけた。

下からくる土蜘蛛の脚目掛けて力任せに剣を叩き込んだ。

身体中の霊気が剣に吸い取られ、霊気で収斂された剣は土蜘蛛の脚を火花を出しながら弾き返した。

 

「すっげぇなこの剣!!」

「『護身剣』です!中でもそれは、特別に鍛えられた年代物の霊剣です!」

「マジで?でも、今ので刃が欠け––––」

「うそっ!?」

「で、でも!ちょっとだけ!ちょびっとだけだから!」

「ふえぇぇ…ひ、非常事態です!この際、お、折っても構いません!」

 

夏目は少し涙目になりながら怒鳴っていた。

これ、何円だろ?

しかし、相手の攻撃はまだまだ続く。何度も護身剣に刃こぼれを作りながら相手の攻撃を防いでいく。

夏目、頼むから刃こぼれ作るたびに悲鳴を上げないでくれ。

 

「夏目!俺だけじゃ埒があかない!」

「そんなことはわかってます!」

「お前も応戦してくれよ!」

「今話しかけないでください!」

 

…こいつ、意外と修羅場に弱いぞ。

 

そこにトーンという空気を割る音が祭壇の方から聞こえてきた。

音そのものに呪力が込められ、春虎は鳥肌を立てた。

 

「いけない!祭祀を始めるつもりです!」

「待て夏目!上だ!」

 

雪風は咄嗟に回避するが、俺は空中に投げ出されていた。

 

「北斗!お願いっ!」

 

そして夏目の横に光が生まれ、生じた光はスルリと伸びて、宙を泳ぐように翻った。

黄金の体。竜だ。

 

「なんだそりゃあ!」

 

春虎は護身剣を放り出して、竜の胴体に抱きついた。

春虎の腕の下で強靭な生物が躍動している。

し、式神!?

 

「その子は私の切り札です!代々の当主に仕えてきた、由緒正しき使役式。土御門の守護獣で、今や数少ない本物の竜です!」

「ほ、本物って…」

 

こいつ、人造式じゃなくて霊的存在なんだろ!?そいつを式神にしちまうなんて…やべぇな!

 

「なんでこいつを最初から出さなかったんだ!?」

「まだ御し切れてないんです!式神にはなってくれましたが、ちゃんと言うことを聞いてくれないから!」

 

夏目はそのまま北斗を睨む。

北斗はというと、興味とワクワクで尻尾が左右に振られていた。

 

「…確かに、迫力の割には緊張感がないな。」

「北斗!命令です!敵の式神を倒しなさい。」

 

北斗はうーん、どうしよっかな?敵ってどいつ?と首を捻っているようだ。

そしてその敵はまた俺たちに攻撃してきた。

雪風はまた回避するが、北斗はその攻撃に驚いたようにすごい勢いで回避した。その凄い勢いに春虎の身体は引っ張られる。遂には落っこちてしまった。

 

「どわあぁ!?」

「コラ!北斗!」

 

北斗はというと夏目の怒る声が聞こえてないようで、阿修羅と一騎打ちしていた。

落ちている俺は下にいた雪風と夏目に抱きとめられた。

俺を必死に抱き止める夏目。夏目は手綱を放しているので一緒に落ちそうになる。

 

「春虎君!春虎君〜!」

「夏目、わかったから。腕を放せって、俺にしがみついてどうするんだよ!」

 

そこへ土蜘蛛の脚が来た。

護身剣は今は持っていない。

なら!

俺は呪符ケースへ手を伸ばし蓋のスナップを指先で弾き、流れるように護符を取り出した。

昔、ごっこで終わっていた呪符の早打ち。身体はまだ覚えていた。

 

喼急如律令(オーダー)!」

 

光の障壁を作った。

脚はその障壁を貫いたが、雪風に時間を作ってくれた。地面スレスレまで降下し、雪風は地面を颯爽と走る。

俺は夏目を背後から抱きすくめるように、両腕を前に伸ばした。

 

「夏目っ。手綱は俺が持つ。お前は敵を攻撃してくれ!」

「は、はい!」

「雪風、頼むぜ!」

 

雪風は見違えるような動きを見せて土蜘蛛の攻撃を回避していく。夏目は口を開けて雪風の動きに驚いている。

 

「は、春虎君!何かしたんですか!」

「なんにもしてないんだよ。」

 

一番頼れるのはこの雪風だ。任せるところは任せてしまおう。

 

「春虎君、弓を。」

「ん?ああ、矢は?」

「大丈夫です。矢は要りません。敵に向かって鳴らすだけで良いんです。でも、牽制にしかならないでしょう。」

「なら、正面突破だな。雪風は祭壇まで駆け抜けるんだ!」

「りょ、了解です。でも、春虎君?春虎君は私の式神なんですから…指示というのは私が…」

「はいはい!じゃあ行くぞ!」

 

夏目は弓を構えて、土蜘蛛に狙いをすませる。

しかし、土蜘蛛もそれに気がついたのか糸を吐いてきた。

 

喼急如律令(オーダー)!」

 

俺は再び障壁を作って糸を弾き返した。

 

「鳴らせ!」

「はい!」

 

夏目の呪力が土蜘蛛へと放たれる。

土蜘蛛が大きくラグったのがわかる。

 

「雪風!」

 

俺の声とともに雪風は土蜘蛛の脚をすり抜け、土蜘蛛を抜いていった。

しかし、土蜘蛛もすぐに方向を変えて俺たちの方へ追いかけてきた。

そこへ、金色の光が滑り込んだ。

阿修羅を噛み砕き、土蜘蛛に強烈な霊気を浴びせる。土蜘蛛も流石に動きを止めた。

 

「すげえ!やるじゃん北斗!」

「当たり前です。そこいらの式神とは格が違うんですから!」

 

そして、祭壇への階段を駆け上がっていく。頂上へたどり着き、鈴鹿が見えた。

思わず身を乗り出す。

 

「…舐めすぎ。」

 

直後、兄を覆っていた呪符が一斉に剥がれ、俺たちに襲いかかる。

呪符に飲み込まれた俺たちは雪風の背中から下へと落ちた。

 

「くそっ!」

「駄目です!抜け出せません!」

 

春虎たちを縛っている呪符に目を移す。

それは全て、血で書かれていることに気がついた。

祭壇の上には一人の少年の遺体が横たわっていた。

 

「陰陽師、大蓮寺鈴鹿。謹んで泰山府君、冥道よ諸神に申し上げ奉る–––」

 

 

 

 

 

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