東京レイヴンズ 〜もっと夏目と仲良しで、夜光の記憶が戻っていたら〜 作:かんむり
春虎は手が挙がった場所を見た。そこは教室の中ほどの場所で春虎の視線も夏目からそこへと吸い寄せられていた。
–––可愛い。
静かに手を挙げているのは、白い制服に身を包んだ女子生徒だった。
緩やかにウェーブする栗色の髪。決して派手ではないが、いかにもキュートな感じがした。
夏目とはまた違った可愛さで、こちらは完全に可愛い女の子という感じがした。
「大友先生。質問があります。」
「なんや、京子クン?なんでも聞いたってや。スリーサイズは…野郎のはどうでもええか。カノジョとかおるんですかとか。」
この女の子は京子というらしい。
「この時期に突然入学するなんて、おかしくありませんか?本来なら来期の募集まで待つべきでしょう。」
春虎は顔をしかめ、冬児はうっすらと冷笑を浮かべていた。
楽しそうだなおい。
「それがな、ちょっと難しい事情があってな。こんな半端な時期になってしもてん。」
「その事情ってなんですか?」
「事情は事情や。」
「言えないことなんですか?」
「実はその通りやねん。」
横にいる大友先生はニカッと笑ったが、京子はそれを見て顔を赤らめた。
「私たちは必死の思いで試験を突破して、陰陽塾に入ったんです!なのにその事情であっさりと入塾したっていうんですか?」
「こいつらも試験は合格してるで?」
「それも、こんな時期にわざわざ二人のために用意した試験でしょう!?公正ではありません!」
「うん、まあ、テストの内容はな…」
そう言って春虎を優しい目で見る。
やめろ、そんな目で俺を見るな!
現代の陰陽術はわかんねぇよ!
「まあ、運も実力のうちやし」
「ふざけないでください!」
京子は大友先生を睨むが、一度大きく息を吐き出して落ち着きを取り戻した。
それから一瞬、俺の方を見た。
しかし、それは本当に一瞬で気がつけばすでに大友先生を睨んでいた。
「…彼が土御門の人間だからですか?」
教室の空気が張り詰める。春虎も少し舌打ちをしたい気分になった。
「土御門は特別待遇なんですか?それって贔屓じゃないんですか?」
…まだまだ子どもだなと春虎は思った。
冬児の方を見れば、楽しそうに京子を見ていた。だから何が楽しいんだよ!
さて、この状況をどう切り抜けようか。つーか大友先生ももっと否定して下さいよ。ほら贔屓なんてないでしょ?
「–––言いがかりも甚だしい。」
夏目が立っていた。
周りの生徒や大友先生まで仰天した顔で夏目のことを見ていた。
夏目はそんなことは関係ないように話を続ける。
「倉橋京子。君は、何の根拠があって、土御門の名を出している?土御門が陰陽塾に特別な便宜を図るようなことは一度もしていない。ただの思いつきで言ったのなら、それはぼくや春虎に対する侮辱だ。取り消してもらおう。そして彼に謝れ。」
うわー、強烈だな。みんな黙っちゃったじゃん。
京子も顔色を無くしていた。
というか倉橋?
「か、彼は夏目君、あなたの式神だっていうじゃない。あなたが自分の式神を側に置くために、彼をわざわざ入塾させたんじゃないの?」
「さっきの話を聞いていたか?確かに春虎はぼくの式神だが、だからといって陰陽塾がわざわざ特別な便宜を図るわけないだろう。少しは考えたらどうだい?」
「だったら、今回の不自然な入塾は、どういう裏があるのよ!?」
「先生も言っていただろう?事情があるって。」
「それじゃあ納得できないのよ!」
「それは君個人の事情だろ。君が納得しようがしまいが、春虎たちの入塾はもう決まったことだ。君が知る権利は一切ない。」
「なっ!?」
「これ以上講義の邪魔をするのなら、君の方こそ教室を出て行くがいい。ここは陰陽術を学ぶ場所であって、君個人の感情を満足–––」
「夏目、もういいだろ?」
俺は夏目に向かって声をかけた。
クラスメートが一斉に春虎の方を見る。
「は、春虎?ぼくは春虎を思っ–––」
「夏目。」
「……」
夏目は黙って席に着いた。
たっく…だから友達が出来ないんだよまったく。
春虎は頭を掻いた。
「…大友先生。」
「ん?おお、すまんすまん、うっかりしとったわ。」
前途多難。
まさにこの言葉に尽きるだろう。
春虎は一つ大きなため息をついた。
「とにかく、彼女のことは気にしなくていいからね!春虎は堂々としてて!」
「…いや、無理だろ。」
午前の講義が終わって三人で話していた。
まったく、誰のせいでこんなことになったのか。
夏目の方を見ると
「?」
首を傾げた。
お前だよお前。
夏目があんなことしたせいで俺にちょっかいを出したら土御門の本家が出てくるみたいな話になっていた。
やめてくれよ。
まあ、それより…
「土御門君。あっ、夏目君の方だけど。」
一人の塾生が話しかけてきた。
眼鏡をかけた男子生徒だ。
「あの、呼んでるよ、例の担当の人。」
廊下には若いスーツ姿の男が立っていた。
春虎は妙な気配をその男から感じていた。
「いけない!忘れてた!ごめん春虎。ぼく行かなきゃ。」
「そうか。」
「じゃあ、お昼ご飯食べてて。午後の講義が始まるまで戻れないから。」
夏目はそのまま廊下へと出て行った。
「…冬児はあの男どう思う?」
「ん?気になるのか?」
「ああ。」
変な気がしたからな。という前に冬児は適当なことを言ってきた。
「案外、こっちで作った恋人かもよ。」
「はあ!?なんだよそりゃ!」
「ありえない話じゃないぜ?」
「そんなわけねーだろ。はあ、もういい。」
春虎はまたため息をついた。
「ともかく、夏目が消えたのはありがたい。春虎、隠密偵察といこうじゃないか。」
「なにを?」
冬児は一人で席を離れた。
「よっ、さっきはどーも。」
さっき夏目に話しかけていた男子生徒に話しかけていた。
彼は弁当組らしく、蓋を開けたところで止まっていた。
「俺の名前は覚えた?阿刀冬児っていうんだ。よろしく。」
「あ、はい。百枝です。百枝天馬。」
「天馬。覚えやすい名前だな。俺も冬児でいいぜ。」
「ど、どうも。」
どこからどう見ても、ヤンキーがパシリを見つけた時にしか見えない。
冬児、絶対『カモ』って思ってるだろ。
「これからメシだったか?邪魔か?」
「そんなことないよ。」
天馬は無害な笑顔で答えた。
うわぁ、尚更かわいそう。
「よかった、俺、来たばっかで何にもわからなくてさ。聞きたいことがあるんだけど。」
「そ、そうなんだ。僕でよかったら。」
「悪いな。あ、俺のことは気にせず食ってくれよ。」
お前、元武闘派ヤンキーだったんじゃねーのかよ。
春虎も冬児たちに近づいた。
机から顔を出す形で天馬の前に現れた。
「俺も、いい?」
「うわっ!?土御門君!?」
「そ、そんなに硬くなるよ。俺は人畜無害。俺のことも春虎でいいよ。」
まさか…冬児以上に怖がられるとは…夏目、後で説教だな。
「天馬、知ってる範囲でいいからクラスの事情的なのを教えてくれないか?–––今朝の女、倉橋なんだって?」
「ああ、そうだよ。彼女、倉橋の令嬢なんだ。令嬢って言ってもお高くとまったわけじゃないんだ。僕なんかとも普通に話してくれるし。」
やはり彼女は倉橋の人間か。
倉橋もちゃんと受け継がれているんだな。
「のわりには、今朝はなかなかだったな。」
「そうだね。夏目君が絡むとね。…彼女、夏目君をライバル視してるみたいなんだ。」
「倉橋なら呪術の手解きを受けているのは普通だろ。」
「春虎、今俺は無性に驚いている。」
「ん?何に?」
「お前が倉橋家を知っていたことにだ。」
「に、入塾する時にちょっと調べてな。」
春虎は冷や汗をかきながら、言葉を濁す。
「まあ、一回生は座学が中心だからね。たまにの実技じゃ、二人とも完璧だよ。護法式を持ってるのだって同期じゃあの二人だけなんじゃないかな?」
すると、春虎の後ろで少しだけ霊気の揺れを感じた。春虎はそれを感じ取ってコラと怒っておいた。
「にしても驚いたよ。」
「なにが?」
「夏目君があんなにみんなの前で熱弁を振るうところなんてすごく意外に思ったんだ。今朝倉橋さんがやたらむきになってたのも、そんな夏目君の反応に驚いたからだと思うよ。」
俺に言わせればあっちの夏目が本当の夏目だからな。そんなに違和感はなかった。
けど、男装をしているからか、こっちではクールな生徒を演じているらしい。まあ男装したからといって本当の夏目が隠れるといえばそれはありえない話だが。
「よっぽど大事なんだろうね。夏目君は、君のことが。」
「………」
また春虎の後ろで霊気が大きく揺れた。うまく隠れているが、冬児は怪訝な目で霊気のある場所を見ている。
しかし、すぐにそれも収まっていた。
…こいつも後で説教だな。
「…ま、これからも一緒に頑張ろうぜ。」
春虎は重々しく頷いた。
「屈辱だ…なんてざまだ。バカ虎!」
春虎の頭からはブスブスと煙が出ていた。
冬児もそれを見て何処か遠くを見ていた。
「バカだバカだと思っていたけど、まさかここまでバカだとは!よく陰陽塾に入れたね!」
「バカバカ言うな。知らないだけだ。」
本当に知らないのだ。現代の陰陽術は。なんだよ汎式って。前に冬児から説明してもらったけど、勝手に人の陰陽術を改良してんじゃねえよ。
記憶の戻った春虎であるが、その記憶は所詮戦争の真っ只中。汎式など作られていなかった時代である。
「『汎式』における式神の種類は?霊災の規模とフェーズの関係は?」
「うん、まあ、そうだね。」
「君は一体なにをしていたんだ。」
「高校に通ってました。」
ぐあーっと夏目は唸り声を上げた。
「これほどの恥辱を受けたのは、生まれて初めてだ。」
「よかったな。初めてが俺で。」
「そんなことが言える立場か!?」
夏目が本気で怒ってきた。
「特訓だ。地獄の猛特訓だ。半年分の遅れを、いや、生まれてこの方十六年分の遅れを取り戻すぞ!まずは–––」
夏目がどんどんと言ってくるが、耳から抜けていく。
「…古典もいるな。」
「あっ、古典は大丈夫。『伝金烏玉兎集』とか『占事略決』は暗記してる。」
「えっ?そうなの?」
「ああ。ハルトラウソツカナイ。」
「な、なら古典はいいや。」
「どうした春虎。頭でも打ったか?」
「うるせえ、あれはもともと知ってんだよ。」
古典は戦時中でもあったからな。完璧に読める。暗唱だって出来るぜ。
「夏目、昼間のあいつ、また来てるぜ。」
冬児が廊下を見ながら夏目に告げた。
「しまった。そういえば放課後も予定があった。」
「そうか、じゃあ早く行けよ。」
春虎は夏目を早く行かそうと必死だ。
「…これ、図書館で全部借りておいて。」
紙にサラサラと書いていく。
その量に春虎は顔をしかめた。
「ちゃんと勉強しておけよ。命令だからな!」
夏目はそう言い残し、教室を出て行った。
春虎はそれを見た後、その紙で飛行機を折った。
「…腹減ったな。」
「そうだな。」
「…帰るか。」
「だな。」
窓の外に投げた飛行機は意外にもスーッと遠くへと飛んで行った。
寮に戻り、部屋へと入った春虎は制服のままベッドの上に転がった。
今日は最高に疲れた。
先生たちのあの顔は忘れられないな。本気で怒られた。確かに現代の陰陽術はわからないけど、今の陰陽術の元を作ったのって俺だからな。
「結構、キテんな、おれ。」
講師たちの呆れ顔はまだいい。だが、そのあとの春虎など居ないかのような態度は正直キツかった。
見知らぬ生徒たちの蔑みの目や含笑い。以外とダメージを受けていた。
春虎のカバンの中には夏目に言われた通りの本が沢山入っていた。もともと夜光は勉強熱心だった。だからあのように天才として後世にまで語り継がれているのである。
「…疲れた。」
「お、お勤めご苦労様です。は、春虎様。」
急に横から声がして、スーッと姿を現した。
春虎の横へどうみても小学生にしか見えないおかっぱ頭の女の子が立っていた。
「ああ、
「い、いえ、わたくしはなにもしておりません。春虎様の方がわたくしなんかより断然お疲れのはずです。」
「ああ、そうだな。今日はキツかった。」
「あやつら、春虎様にあのような無礼を。春虎様の厳命がなければ何度斬りかかっていたことか。」
「命令しておいてよかったよ。」
「春虎様!一度、あの者たちに春虎様の本当の力を見せるべきです!」
「いや、それよりも、もっと努力するべきだろう。みんな頑張って現代の陰陽術を理解しているんだ。その中でおれ一人だけ逃げちゃ駄目だろ。」
「は、春虎様がそうおっしゃるなら。ひ、飛車丸は、な、なにも言いませぬ。」
コン、本当の名を飛車丸。
かつて俺の側にいた護法の一人である。
最初は親父に式神を貰った時に「おおお、お初にお目もじ致しまする–––」とか言いながら出てきたときは、めちゃくちゃ笑った。
それから飛車丸の封印を解いて現在まで側に付けているのである。
ついでに、飛車丸自体凄い霊力を持っているので、隠すためにコンになってもらっている。
飛車丸的にはこの姿は嫌らしい。本来の姿はもっと大人びていてこう胸も大きく、凄く綺麗な大人の姿だ。
「…でも、現代の陰陽術…難しい。」
春虎はカバンの中にある本を一つとって眺めた。
「は、春虎様、お気を確かに。」
「コン…汎式ってなんだと思う?」
「ぞ、存じ上げませんが、実際、そんなことを理解しなくても陰陽術は使えますゆえ。」
「…そうだよな。でも今の世の中は使えるだけじゃ駄目みたいだ。」
「はは、春虎様は悪くはございません!い、今の世の中というものがわ、悪いのでございます!」
春虎はコンを見ると、コンの後ろでひっきりなしに動いている尻尾を見つけた。
「…コン、こっちへ来て。」
「は、はい。」
春虎はベッドの上に座り、膝の上にコンを乗せた。
ちっちゃいコンの尻尾や耳をもふもふと撫でていた。
「相変わらずコンの尻尾は気持ちいいなあ。」
「…おお、お気に召しましたのならば、恐悦…至極。」
「そういえばこれって、自由に動かせるんだよな。どうなってるの?」
「ど、どうとは––」
コンは春虎の膝の上で立ち上がった。
そして、おもむろに紐を緩めはじめると
「こここっ、こんっ、こんなですっ!」
穿いていた指貫を下ろした。
「ちゃんと借りたんだね春虎。でも、あの時に書いた本以外にも見ておいた方がいいのがあったから持ってきた–––」
凍てつくような、一瞬の沈黙。
コンはすぐに指貫を上げ直そうとして、足を引っ掛けた。
そのまま春虎の胸の中へと倒れていった。
春虎もそれを抱きかかえるように支えた。
そして、大きく息を吸っておもむろに何か言おうとした矢先。
「……………春虎?」
「いや––––」
「……………なにしてるんだい?」
「違うんだ––––」
夏目の聞いたことがない声に俺はビビっていた。
夏目の手にはいつの間にか何枚もの夏目の手製らしい呪符が握られていた。しかも、その呪符には『危険』の二文字が書かれていた。
「………たい」
「な、夏目?」
「………ばい」
「や、やめろって。な?」
「変態、成敗!
冬児が言うには、俺が行った時には心臓は止まっていたらしい。
もちろん、冗談だと思う。