野に続く人の列。それを形成している数は三十ほど。
無言で歩み続ける人々の表情には色濃く疲労がこびり付いている。
中にはあまり眠ることができなかった者もいるのだろう。目の下に濃いくますら作っている者もいる。
列の進みは緩慢で、何かあればすぐにでも止まってしまいそうな気配がある。
彼らが村を捨て新たな避難所を目指し逃避行を始めてから一週間。
その間ずっと後を追ってくる存在に対し神経を尖らせていたこともあり、誰もが今にも倒れ込みそうなほど憔悴している。
だが――この者たちの様子に昨日とは若干違っている点がある。
端的に云うならばそれは怯えの有無だ。
自分たちを追い立てる化け物の存在と、逃げることしかできない自らの無力さからくる絶望。
それら二つの要素からなる恐怖が消えている。
それが消えた理由とは、列の最後尾をゆっくり進む一人の少年にあった。
三笠瑞泉―― 打刀と剣をそれぞれ一本づつ帯刀した、学生服に身を包んだ少年。
制帽を目深に被り、生地の厚い外套を肩にかけているという姿にも関わらず、彼は汗の一つもかいていない。
暗色に統一された服装や変わらない表情から無機質な印象を受けるが、しかし幽鬼のような――という風に例えることはできない。
黙々と進む足取りは力強く、歩き続ける一行の中で最も生気に溢れているといえるだろう。
三笠瑞泉――そう名乗る彼は、昨夜村人たちが遭遇した憑喪との遭遇戦に割って入り、見事敵を撃退して見せた。
犠牲者がまったく出なかったわけではないが、それでも憑喪との遭遇がそのまま死を意味する者たちからすれば、生き残れただけでも幸運だった――そう思えるだけの"常識"が彼らにはあった。
「あの……すみません、荷物、持って頂いて。もう大分良くなりましたら自分で――」
「大丈夫。気にしなくて良いよ。目的地まではまだあるんだ。他人に任せられるようなことで体力を使っていたら、辿り着くより先に力尽きる」
云いながら、瑞泉は背負った荷物を担ぎ直す。
それを見ながら少女は僅かに俯き、居心地悪そうに肩を寄せる。
昨晩、瑞泉が憑喪の討伐を行ってから、二人は基本的に一緒に過ごしていた。
これは少女の負った傷が村人たちの中で大きかったこと、そして本来であれば怪我をした少女の面倒を見てくれる者――家族がいないためだ。
いくら切羽詰まった状況とはいっても、倒れた者、それも顔見知りを置き去りにするほど村人たちは追い詰められていない。
しかし少女の看病など世話を焼けば目的地への到着が遅れてしまう。
そのため、体力や判断力に余裕のある瑞泉が少女の面倒を見ることになった。
緊急時のことだし気にするな――そう瑞泉は少女に謝られる度口にするものの、彼女は気が済まないらしい。
まったく気を遣わせてしまっている――思わず溜息を吐きそうになるものの自制し、瑞泉は視線を空へと向けた。
病的なまでに青い空――別に今となってはそう珍しいものではなくなっているという事実に、少しだけ気分が沈む。
"自分が若い頃は"こんな風に青々とした、景色が霞むことなく遠くを見渡せる天気は多くなかった。
公害問題が取り沙汰されていた頃ほど大気の状況が悪いわけではなかったが、黄砂や温暖化が原因で、観光スポットからの眺めが微妙だったなんてこと頻繁にあった。
それが今や、抜けるような蒼穹が空の調子次第では当然のように見えてしまう――
随分と変わってしまった。大天狗が落ちた前、そして自分の知る"その後"とも。
「……あの」
「ん?」
悶々と自らの志向に埋没しようとしていた瑞泉に、声がかかる。
それはやはり昨日助けた少女のものであり、彼女は何度か口を開け閉めし――何を話せばいいのか手探るように、拙く言葉を続けた。
「瑞泉さんは、その……どちらからいらっしゃったのですか?」
「……関東の方だよ」
「関東――今も、誰かが暮らしているんですか?」
そう口にしてから彼女は、
「あっ、すみません、その……私、東京の方はもう、人は住んでいないって聞いてて……。気を悪くさせてしまったら、ごめんなさい」
「気にしないで。誰だってそう思うのも当然だろうし」
大天狗が富士山に落下したことで発生した被害の規模は筆舌に尽くしがたい。
落下の衝撃で引き起こされた地震に、巻き上げられた土砂。
そして何より日本における憑喪の本拠地ともいえる場所が日本最大の都市である――"あった"東京の目の前なのは、一体全体どういう皮肉であるのか。
「あの……じゃあ瑞泉さんは、どうしてこの土地へ?」
「……届け物があってね」
「そうなんですか。それは、出鉄大社に?」
出鉄大社――その名を聞いた瞬間、瑞泉の表情が僅かに歪む。
しかし少女がそれに気付くより早く彼は頭を振ると、いや、と否定した。
「偶然だろうけど、君たちと同じだよ」
「同じ? え、それって、その、つまり――」
「そう」
云いつつ、瑞泉は小さく頷き、
「真金神社。そこへ、この剣を届けにね」
昨晩憑喪を切り伏せたものとは違うもう一本、ベルトに下げられている剣に視線を落とした。
†††
鈴鳴郷から溢れ出した憑喪、それによって住処を追われた村人達が目指す真金神社は、彼らが暮らしていた村から北西方向へ進んだ先にある。
大天狗の襲来によってGPSを始めとした地図情報システムを使えなくなった今、地図とコンパスを利用したアナログな手段で目的地に向かうしかない。
道路等の大天狗襲来前に建設されたインフラを目印にするという手もあるが、放棄され未整備状態の遺構には資源目当ての憑喪が高確率で潜んでいる。
憑喪に対抗できる戦力があるならば多少のリスクを冒してでもそういった場所を進む方法を選べるだろうが、戦力と云える人物は瑞泉ただ一人だ。もし憑喪に包囲されれば多少の犠牲が出てしまうのは確実だろう。
そのため、彼らは森や平原、山を歩き真金神社を目指す――
しかし彼らは、何故離れた地にある真金神社を目指しているのだろうか。
それは真金神社を中心に神霊都市の整備が始まるとの噂があったため、村人たちはそれを頼りに確証を持たぬまま村からの脱出を実行していたのだった。
情報をもたらしたのは村に出入りしている万屋。
彼女が持ち込む話はいつも確かなものであったため、それもまた真金神社に確認を取らぬまま見切り発車的に行動を開始した理由の一つともなっている。
しかし所詮噂は噂に過ぎず、自分たちが受け入れられない可能性も充分にある――というのもまた事実。
その悪い予想も彼らの逃避行を暗くさせる要因の一つとなっていた。
しかしその悩みもまた、瑞泉からもたらされた情報によって氷解する。
真金神社の存在と住民を集めていることは事実であると彼が話をしたのだ。
ただ無闇に村人たちを怖がらせるつもりはなかっため彼は口にしなかったが、真金神社に関する話は人伝に聞いたものであるため、現在の詳しい状況までは説明することができなかった。
実際に行ってみたらもぬけの殻だった――ということはないだろうが、町の整備状況と入植してくる人数が噛み合わず肩身の狭い思いを差せることぐらいはあるかもしれない。
「ところで、真金神社のある場所ってどんな場所なんですか?」
日が暮れたことで今日の移動は終了となり、野営の準備を村人たちが進める中で少女が問いかけてきた。
どうやら少女は、瑞泉の世話役としての仕事を宛がわれているらしい。
疲労が透けて見える緩慢な動作で動いている村人たちの様子を一望できる位置から、瑞泉は静かに周囲を警戒している。
そんな彼の元へ二人分の夕食――粥と二人分の保存食を少女が持ってくると、彼女は隣の腰掛けた。
「立地はかなり良いみたいだ。川もあるし、少し行けば海にも行ける。緑豊かで、鉄の産出が期待できる土地でもあるらしい」
「そんな場所がずっと手つかずだったんですか?」
「出鉄大社から少し離れた場所にあるからね。……君は神霊都市って言葉を聞いたことはある?」
「……いえ、ありません」
「神霊都市っていうのは、憑喪を寄せ付けない土地――あるいは建物を中心に町を作り、そこへ憑喪と戦える人材を配置することで防備を整え、要塞化した町のことを指すんだ。真金神社はその神霊都市の中核として機能するだけの力がある……と聞いている」
「そんなすごい場所なのに、今まで手つかずだったんですか?」
「憑喪に対抗する力を持った存在……それを生み出す技術の確立と安定供給する理論がようやく整ったからね。今まではいくら土地があっても、そこを守る戦力がどうしても足りなかった。だから今まで、真金神社のような場所を発見できても戦力を投入することが出来ないでいたんだ」
「えっ、じゃあ――」
そこまで云い、少女は大きく目を見開いた。
「真金神社にはいるんですか? 真剣少女が!」
「……ああ、そのはずだよ」
真剣少女――それは今現在、人類の持つ憑喪に対抗できる唯一の力といえる。
巨大隕石の落下と共に姿を現した憑喪。機械を捕食すると共に自らの肉体へと変えるその存在に対して、人類はあまりにも無力だった。
人類が憑喪を撃破することができなかった最大の理由は、文明の発展と共に生み出された兵器という兵器が化け物共に通用しなかったことが一番大きい。
人を殺すには充分すぎ、あるいは地球すらも崩壊させられるような兵器すら人類は生み出していたが、それらの悉くが憑喪には通用しなかった。
どのような物理的衝撃を与えても、憑喪の体を破壊することができないのだ。
未だ人類が理解していない物理法則が原因であると語られてはいるものの、その解析は遅々として進まず、そうしている間にも人は減り、憑喪は機械文明を食い物にして増殖を続ける――
しかし絶望的な状況の中でも尚抵抗を続けていた人々に、一つの吉報が届けられた。
憑喪の撃破に成功した――そんな夢物語とも云えるような代物が。
憑喪に追い立てられた民間人が神社へと立てこもり、最後の抵抗をするつもりで奉納されていた古刀を使い憑喪と戦って――倒したというのだ。
またその神社に納められていた古文書には憑喪の存在と、それに対抗するための術が書かれていた。
古文書の解析と憑喪に有効な刀の製作、それらが並行して進められ――二十年の歳月が流れ。
そうして今、真剣少女と呼ばれる存在が、憑喪に対抗する人類の切り札として誕生していた。
「……あの、そういえば聞きそびれてしまったのですけど……瑞泉さんは、その、真剣少女ではないんですよね?」
「俺は男さ。それを少女とは呼ばないだろ?」
「そうですよね! えっと、でも……じゃあ、真剣少女じゃないのに、憑喪と戦うことは出来るんですか?――私にも、出来るんでしょうか」
最後の言葉は、今まで見せていた少女の調子からは考えられないほど、強く発せられていた。
瑞泉は彼女の様子に眼を細めつつ、僅かに間を開けて口を開く。
「……出来るか出来ないかでいえば、出来る。要は魂鋼製で鍛えられ、霊力の宿った刀であれば憑喪を傷付けることは可能さ。けれど真剣少女が生まれるずっと前、そういった刀を持った剣術の達人が憑喪に挑んだことがあったが……まぁ、結果は云わずもがな。一匹や二匹は倒せただろうけど、ただの人間じゃそこまで」
だから憑喪を倒すには人を超越した存在にならなければならない。
人のままではあまりにも脆い。だから人であることを――
「でも、真剣少女は違うんですよね? なんで違うのか、私、あまり頭良くないから知らないんですけど……。それでも真剣少女になれば、憑喪と戦えるんですよね?」
「君は、真剣少女になりたいの?」
「はい」
間髪入れず返された答えに、瑞泉は少女に見えないよう手を握り締める。
いや――分かってたいたのだ。
今この世で、憑喪に対抗できる力が欲しくない者などいないだろう。
戦えるだけマシ。そうでなければ、ただいつ死ぬか分からぬ日々を過ごすしかないのだと。
あるいは瑞泉以上に、目の前の少女はその残酷な摂理を理解しているのかもしれない。
それを否定することは簡単かもしれないが――
「……両親の敵を討ちたい?」
「……それも、あります」
でも、と彼女は云い、
「……もし自分に誰かを助ける力があるのなら。真剣少女になることが自分にできるのなら、それをしないのは間違いだと思うんです」
どこか照れたように少女は口にした。
どのような心境でそれを口にしたのか、瑞泉には分からない。
あるいはこの子が特別なのではなく、今の世を生きる者であれば当然のように抱く志なのかもしれない。
だがそうだとしても――彼女の口にした理由は、記憶の中で誰かが口にしたものとよく似ていた。
「……真剣少女は、なりたくてなれるものじゃないんだ」
「……そうですか」
「魂鋼で鍛刀された刀には、霊力の源となる刀剣の付喪神が降ろされる。その付喪神が己と相性の良い人間を選び、縁が結ばれ真剣少女となる資格を得る。……どうしてもと云うのであれば、出鉄大社へ行くと良い。あそこは今も、適格者の見付からない刀を延々と生産し続けている。その中には、君と縁を結ぶ刀があるかもしれない」
「あ――はい! ありがとうございます!」
感謝されるようなことなんて何もしてない。
むしろ自分は残酷な道を彼女に呈示したのだ――そんな自覚が瑞泉にはあった。
たとえそれを少女自身が望んでいたのだとしても、背中を押したのは自分なのだと。
†††
「この森を抜けたら真金神社まであと少しだ。頑張って」
「……はい、頑張ります」
少女を背におぶり歩みを進める瑞泉に、か細い声が返される。
鬱蒼と生い茂った木々の合間を進みながら、周囲を警戒。
本来であればこんな視界の悪い森の中を進む予定はなかった。
多少回り道になっても平地を進んだ方が結果として早くなるため山道を避け移動を続けてきたが、渡る予定だった橋が崩れていたため、当初のルートを外れることになってしまったのだ。
もしインフラが正常に機能しているのならばこんなことはなかっただろう。
しかし橋の保守点検一つを行うにしても、重機や電動機械を用いることの出来ない現状では多大な手間と時間がかかる。
であるならば自然と保守点検が空きがちになってしまい、こういった橋の崩壊等もそう珍しいことではなくなっている――
そう、瑞泉は村人たちから説明を受けた。
真金神社まであと少し、という所でのアクシデントの発生は村人たちを憔悴させるに充分だったが、それでもあと少し――この山を越えれば、という執念から、彼らは今までのペースを維持して歩みを進めている。
だがそんな中、瑞泉と共に進む少女は酷く体調が悪そうだった。
原因は高熱――おそらく憑喪につけられた傷から雑菌が入り込んだことで発生した。
ある程度予想できたことではあったため瑞泉も驚きはしなかったが、問題は少女の疲弊している状態で風邪を引いてしまったことだ。
脱水症状を起こさないよう瑞泉も注意をしているが、そもそも体力の低下や栄養状態の悪い時に病に蝕まれてしまったため、このまま衰弱し続ければどうなるか――面白くない想像が瑞泉の脳裏を過ぎる。
「……ごめんなさい。本当は私が、瑞泉さんのお世話をしないといけないのに」
「お互い様だよ。そもそも俺は世話を焼いてもらうような立場でもない」
「そんなこと、ありません」
何かを否定するように少女は語調を強めるが、そのせいか咳き込んでしまう。
彼女が落ち着くまで瑞泉は黙って歩みを進める。
「……瑞泉さんのお世話を任されたとか、そういうのじゃなくて。私、何か恩返しをしたいと思って……」
「……恩返し?」
「私のこと、助けてくれたじゃないですか」
訝しげな瑞泉に対し、当然のように彼女は口にした。
それは――確かにそうだが。
しかしそれは別に感謝されるようなことでは――
「……私、何か変なこと云いましたか?」
「いや、ごめん」
恩人。そんな風に想われているとは思わなくて、瑞泉は苦笑する。
荒事とは無縁の人生を歩んでいた自分が刀を握るようになってどれぐらいの時間が経っただろうか。
その間にどれほどの命を助けてきたのかなど瑞泉はもう覚えていない。
それが自分に定められた使命なのだと分かっていたし、誰かから感謝されるために戦う道を選んだわけじゃない。
そんな瑞泉だからこそ――今更になって誰かから感謝されるとは考えてもいなかったため、反応に困ってしまった。
「……困っている人がいたら助ける。君だって、もし自分に憑喪と戦う力があるならば、俺と同じことをしていたはずだよ。だからこれは、別に特別なことなんかじゃない」
「いいえ、そんなことはありません」
「そう?」
「はい。確かに瑞泉さんからすれば、特別なことなんかじゃないのかもしれない。でも、私にとっては、本当に嬉しかったんです。お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、誰も助けて貰えなかったから……。きっと誰も、私のことだって助けてくれないんだって思ってて。……だからあの時、私は当然のように死ぬんだって諦めてました。そんな私を助けてくれたのは、瑞泉さん、あなたなんです。あなただけが私を助けてくれたんです」
その言葉に、彼女はどれほどの気持ちを込めたのか――
瑞泉の外套を控えめに、しかし、しっかりと少女は握り締める。
「……ありがとう」
「……はい」
瑞泉は感謝の言葉を返すことしかできなかった。
他に口にするべき言葉が見付からなかったのだ。
……どうやら思っていたより自分は摩耗していたらしい。
思い返してみればそんな状態であることもある意味当然ではあったのだろうが、その自覚が今の今まで一切なかった。
「……ん?」
ずし、と背中へ一気に重さがのし掛かる。
それでも瑞泉は一切歩調を緩めず、歩みを続けた。
喋り疲れでもしたのだろうか――そう、思った瞬間だった。
「……声が、聞こえます」
「……声?」
「……私を呼んでる……女の人の声」
彼女は瑞泉の背中から降りると、ふらついた足取りでゆっくりと進み始める。
その方向は村人たちの進んでいる方とはまるで違う。
あまりに唐突な変化に、瑞泉は少女の背中を見ながら、村人たちに止まるよう指示を出す。
何かに呼ばれている、と彼女は云っていた。
幻聴を聞かせる類の憑喪はいくつか知っている。その影響かも知れないという推測はできるが、しかしそれならば彼女だけが対象となっていることが解せない。
であるならば彼女にだけ聞こえる何かがある、ということになるだろう。
行軍を止め一カ所に集まる村人たちを尻目に、瑞泉は少女の後を追う。
もし村人たちの姿を見失うような距離まで離れようとするならば、その時は力尽くにでも連れ戻して再び真金神社を目指そう。
そう考えながら黙って歩き続けていると、少女は一本の大樹の元で歩みを止めた、呆けたような視線を追い、その先にあった光景に瑞泉は苦々しく表情を歪めた。
大樹の根元には一面に砂利というには些かサイズの大きい石が敷き詰められ、その中央は小山になっていた。
そして中心に、鍔のない一振りの太刀が突き立てられている。
どれほどの間放置されていたのか見当もつかない。刀身には錆が浮き、柄は所々腐食している。
だが刃は未だ剣呑な輝きを秘めたままであり、まだ凶器としての性能を保持していることを察することができた。
少女は無言のまま、太刀の柄へと手を伸ばす――
「待つんだ」
「……え?」
伸ばされた少女の手を抑えるように、瑞泉は上から握り締めた。
「あれ、私……」
微睡みの中から浮上したような、はっきりとしない声を少女は上げる。
不安定な焦点は目の前の刀を中心に安定すると、首を傾げた。
「瑞泉さん……?」
「魂鋼を用いて生み出された刀には、刀剣の付喪神が宿る。器に宿った魂は、自分と近しい色をもった人間に近付こうとする」
「……私が選ばれたってことですか? この刀に」
「そうなる」
「じゃあ――」
止められていた手を再び少女は伸ばそうとする。
だが瑞泉は先に彼女より先に刀の柄へ手を伸ばすと、太刀を引き抜いた。
「この通り、かなり痛んでる。先に手入れをした方が良い。今の状態で縁を結んだら、君に悪い影響が出る可能性もある」
「……分かりました」
少女は太刀に視線を向けながらも、渋々といった様子で頷く。
瑞泉の話を大人しく聞いたのは、彼が刀剣の扱いに自分よりもずっと詳しいからだろう。
あるいは――瑞泉の話だから聞いたのか。
もう薄くではあるが縁は繋がっている。刀剣に宿る魂は、既に少女の精神へ干渉を始めているはずだ。
鍔のない太刀。その特徴を持つ刀はいくつか思い当たるが、その中でも彼女の性格と合致しそうなものはあっただろうか。
いや、今はそれより――
瑞泉は脳裏に浮かんだいくつかの刀の名を打ち消すと、その場にしゃがみ込んだ。
積み上げられている石の中から一つ、大きなものを手にとって懐へ入れる。
「あの……良いんですか?」
「ん?」
「勝手に刀を手に取ろうとした私が口にするのもおかしな話ですが……。これって、誰かのお墓なのでは」
「……誰かがここで死んだのは確かだと思う。けど墓と云われると違うだろう」
瑞泉の言葉に、少女は首を傾げる。
何を云っているのか分からない――そんな言葉が聞こえてくるような仕草だ。
瑞泉はそれに対し苦笑するだけで言葉を返そうとはしなかった。
知らなくて良いことだ。知らずに済むならばそれが一番のはずだ。
目を伏せ、手を合わせずに胸中で呟く。
こんな森の中で一人、寂しかっただろうに。
せめてこの魂鋼は人のいる場所に供養するよ。
「……待たせて悪かったね。
さあ行こうか」
「はい――御館様」
御館様――その呼び方に違和感を覚えたが、瑞泉は無視した。
おそらく彼女も、自分の発した瑞泉の呼び名が変化したことに気付いていないだろう。
刀と縁を結ぶというのは、そういうことだ。