思えば自分がオカルトじみた物事を素直に受け入れるようになったのはいつからだろうか。
元々の自分は、幽霊や超能力と云った科学的根拠のないものについて懐疑的な性格をしていたと記憶している。
だというのにそれら幽霊、魂、霊力、と端的に云ってまともではない事柄を受けるれるようになった切欠は――
そのすべては自分が刀剣と縁を結び真剣少年となった瞬間かもしれない、と瑞泉は思う。
一つ目の鳥居をくぐり石造りの階段を上がって、二つ目の鳥居をくぐり真金神社の境内へ。
結界、というものがある。元々は仏教用語で、その意味を簡単に説明するのであれば、通常の世界から切り離された異界を指す。
この真金神社の本殿はその結界によって囲われており、憑喪の侵入は制限されている。
結界が敷かれていることについては、別に真金神社が特別なものというわけではない。
ある一定の様式に沿った形で建築された神社とその敷地は確かに憑喪を寄せ付けないのだ。
これは意図して作られたわけではなく――否、あるいは意図されたものであるのかもしれない。
大天狗襲来前からも憑喪は地球上に存在していた、というのが現在の通説だ。
それらの存在が当時は妖怪等の化け物として扱われ、神社は邪な物の怪を対抗すべく、怪異を寄せ付けない神の社として生み出された異界。
時代を経て本来の意味を見失いつつも、様式や伝統として残った結果、現代まで幸運にも残ったのだろう。
そして真金神社は、その幸運にも残された過去からの遺産である。
何度か改築や補修を行った痕跡はあるようだが、神社としての機能は喪失していないように瑞泉には見えた。
礼をし、瑞泉はそのまま拝殿へと上がり、真っ直ぐ進んで本殿を目指す。
本殿の中央には、注連縄で幾重にも囲まれた赤みがかった石――魂鋼が鎮座していた。
武装神社の中心には、こうして魂鋼が据えられていることが多い。
何故そんなことをしているのか――これは単純な話、憑喪と魂鋼を切り離す必要があるからだ。
憑喪はエネルギーを好んで収奪するという特性の他にも、魂鋼を摂取することによりより強力な個体へ変貌するという性質を持っている。
また、魂鋼そのものも封印を施さなければ周囲の物質と融合し憑喪へ変貌するのだ。
魂鋼より生じ、魂鋼を吸収してより強力な個体に成ろうとする――憑喪の生態は多くが不明のままではあるが、この点だけは確かなものと云えるだろう。
そのため憑喪の討伐を行った際に入手した魂鋼は可能な限り回収し、武装神社で封印という措置を取る。
今回瑞泉が真金神社へ上がったのも、旅の道中で入手した魂鋼をここへ封印するためである。
荷物を増やすわけにはいかなかったため高純度のもののみしか回収できなかったことが心残りではあるが、それも仕方のないことだろう。
そして――
「約束通り、連れてきたよ。ここは少し寂しいかも知れないけれど、森の中よりは良いだろう」
憑喪から回収した魂鋼の他に、瑞泉は外套のポケットから苔生した魂鋼を取り出す。
それはめづるが刀を手に入れた場所にあった物だ。
瑞泉はそれを他の魂鋼と同じように注連縄で囲まれた結界の中央へと置く。
そして十秒ほど黙祷すると、その場を後にした。
†††
昨日瑞泉たちが顔を合わせた和室で、今日はまた六人の人影が話し合いを行っていた。
一つのテーブルを囲むように座り、それぞれが揃っていることを確認すると、八重垣いちこは一つ頷いて口を開いた。
「それでは、この場は今後の屋敷町運営に関する話、その中でも憑喪の討伐に係る物を決めてゆきたいと思います。まず最初に、この屋敷町における真剣少女の統括として、私、八重垣いちこは三笠瑞泉さんを指名します」
「三笠瑞泉です。今、八重垣司令から話があった通り、今日から俺が真剣少女の戦闘班を指揮することとなった。人数もそんなに多くはないし、皆も俺のことは知っていると思うけど……改めて。三笠瑞泉です。よろしく」
瑞泉の挨拶に対し、上がった拍手の音は四つ。左文字三姉妹と一文字めづるからだ。
まだたったの四人――更にこの中で瑞泉と共に戦うことができるのは、めづるとさよの二人だけ。
残る二人は真金神社の守りとして基本的に外へ出ないことになっている。
「それで八重垣司令。真金神社の方針としては、今後どういった目標の下活動してゆく予定でしょうか」
「はい。大きな目標の一つとしては、まず出鉄大社との流通ルートの確立を目指したいと思っています」
「流通ルート? 今の真金神社は出鉄大社と情報のやりとりは出来ているんですよね?」
「ええ。情報のやりとりは可能です。ただ物資のやりとりとなると大変厳しい状況です。瑞泉さんとめづるさんへ説明も兼ねて、今この真金神社を含めた出鉄大社周辺地域の状況をご説明しましょう」
いちこは手元のお茶に口を付け、先を続ける。
「最近、出鉄大社の周辺地域では憑喪の活動が活発化しており、出鉄大社はその対処に追われています。真剣少女が配属されていない疎開村への戦力配備から、街の復興まで。そのため、この真金神社のように戦力を保持している武装神社に対しては支援の手が回らない状況にあります」
「そうだったんですか……出鉄大社からの支援、というのは刀匠の派遣も含まれているんでしょうか」
「そうなります。憑喪の襲撃を受けた場所を安全地帯としても、戦力を引き上げたら再び襲撃を受ける……といった事態が頻発したため、そういった疎開村を神霊都市へと作り替える動きもありますから」
そして神霊都市を造ると云うことは、当然刀匠もそこへ派遣されることを意味する。
であるならば真金神社に割ける刀匠は、確かにいないだろう。余剰人員はいるのだろうが、それだってこれから発生するかもしれない災害への備えとして待機させておく必要がある。
「出鉄大社からの支援が望めない状況にあることは分かりました。それじゃあ今度は、物流が滞っている状況によって予想される問題などを教えて下さい。食料などは自給自足できると思いますが……」
「食料等は問題ありません。ある程度の自給自足は可能ですし、出鉄大社に業務委託をされた万屋が出入りしてくれているため、刀の研磨に必要な道具等は調達可能です。問題は、出鉄大社からこちらへ送られるものではなく、こちらから送る方。瑞泉さんは今朝、真金神社に封印されている魂鋼を見られましたね?」
「はい」
「真金神社で封印処理が可能な魂鋼の許容量には限りがあります。今はまだ三割ほどですが、これから憑喪との戦闘が増え魂鋼の蒐集ペースも上がると考えると、早い内から対処しておいた方が良いでしょう」
「魂鋼の処分……あぁ、それを出鉄大社が実行してるんですね」
「ええ。各武装神社は町を守るという役目の他に、魂鋼を集めてそれを出鉄大社へ送るという仕事があります。出鉄大社はそうやって集められた魂鋼を用いて真剣少女や新技術を開発、各武装神社に得られた知識を供給する……」
「そのサイクルを正常化するためには、真金神社と出鉄大社間の流通ルートを確立しなければならない、か……一応聞いておきますが、先ほど話に出た業務委託されているという万屋に持って行ってもらうことは出来ないんですか?」
「可能ですが、金額は法外なものです。魂鋼はその性質上、憑喪を寄せ付けますから……犠牲を考慮すれば妥当な値段、とは本人の言です」
「なるほど」
随分と仕組みが変わったものだ――いちこの説明を聞き、瑞泉は己が以前真剣少年として活動していた頃の記憶と照らし合わせ、
宮内庁――否、出鉄大社もその体勢を大きく変えたのだ、と感想を抱く。
だからといって、その所行が変わっていないであろうことは予想できたが。
「ただそこまで規模の大きな憑喪の活性化が発生しているというならば、ルート上の憑喪を討伐しても、いざ運搬を……という時には再び発生しているのでは」
「ええ。なんらかの原因が存在しており、それを排除すれば良いという話であれば別なのですが……なのでここからは討伐部隊の活動方針へと話が移ります。討伐部隊の皆さんには憑喪との戦闘は勿論ですが、その他にも妖刀の捕縛をお願いしたいと思います」
「……妖刀の捕縛? あぁ、それを持って真金神社の戦力増強を図るわけですか。しかし……」
「瑞泉さんの危惧は理解しています。私ももしあなたがこの町に来なかったならば、こんなことを言い出すつもりはありませんでした」
「……それは、俺の腕をアテにしてるってことですか?」
「確かな物だと思っています。めづるさんたちを無事この真金神社へ護送した手腕や、鹿島さんたちから聞くあなたの活躍を元に判断させていただきました」
いちこの言葉に、瑞泉は思わず黙り込んでしまう。
自分の知らぬ場所でどんな評価を下されていたのか等あまり興味はない。
だがそれを根拠に難題をお願いされても困ってしまう。
「あの……宜しいですか?」
「はい、なんでしょうか、めづるさん」
「妖刀とは、一体なんなのでしょう。言葉の響きからあまり良くないものだとは思うのですが」
質問を口にしたのはめづるだった。まだ真剣少女になって日の浅い彼女であれば、当然の疑問だろう。
そして彼女だけではなく左文字三姉妹も気になっていたことなのか、三人も小さく首肯している。
「……それについては、俺が説明しよう。まず前提の話として、君たち真剣少女は刀を武器として制御下においているが、この関係が逆転し、刀に君たちが制御された状態になることを妖刀化という」
「刀に、制御される……?」
「そうだ。肉体的、精神的、あるいは両方が消耗状態にある時に刀が本来の主従関係を逆転させ、持ち主の意識を乗っ取る。そうなった真剣少女は、刀と縁を結ぶに至った感情をひたすらに暴走させる状態となる。真剣……いや、妖刀少女は非常に危険だ。普段はセーブされている力が強制的に開放状態となり、全能力を駆使して、自らの衝動が赴くままに行動する」
そして刀は自らの身が削れることを厭いはするが、少女の肉体がどうなろうと頓着はしない。
そのため妖刀化した場合はすぐに捕縛し行動不能にしなければ、少女の心身に大きな負荷がかかる。場合によっては手遅れになることも珍しくはない。
……それらのことを、瑞泉は口にしなかった。
「……とまぁ脅かしはしたけど、そんな簡単になるものじゃないから安心して欲しい」
「……そうなんですか?」
「ああ。それに、元に戻す手段もある」
「その通りです」
心細そうな声が真剣少女から上がると、瑞泉といちこは不安を払拭するように断言した。
「今この場にはいませんが、ツッチーさんが妖刀を元に戻す術を会得していますので問題はありません……それでは、話を元に戻しましょう」
小さく咳払いをし、
「妖刀少女の捕縛は、そのまま真金神社の戦力増強に繋がります」
「刀匠不在の状態で唯一可能な戦力増強手段ってわけですが……妖刀少女だって元は真剣少女だったはず。元に戻したのなら所属していた武装神社へ帰すのが筋だと思いますけど」
「そこは本人の意思次第でしょう。妖刀へと変貌してしまった理由は色々あるでしょうから……」
さらっといちこが口にした言葉に瑞泉は声こそ出さないが眉をひそめる。
そんな簡単に妖刀へ変わりはしない――とは瑞泉が口にした言葉だが、そこに嘘はない。
逆に言えば、それ相応の理由がなければ真剣少女が妖刀少女に変わってしまうなんてことはあり得ないのだ。
その原因が真剣少女の所属していた武装神社にあるのだとしたら、家に戻りたいと思う子はどれほどいるだろうか。
「瑞泉さん、何か意見がおありですか?」
「いいえ、八重垣司令。隠し事をされるよりは、歯に衣着せぬ物言いの方が好きですよ、俺は」
しかし事情を知る人間――この場では瑞泉だが、彼にのみ分かるような言い方で"妖刀少女になるほどの問題を抱えた子が元いた場所へ戻りたがるはずがない"と断言してしまうとは。
瑞泉もそれなりの時間を生きてきた人間ではあるため、誰もが善か悪かの二元論で区別できる――などという夢見がちな考え方はしない。
だがこの八重垣いちこという女は、そもそもからして何を考えているのかすら分からない節がある。
瑞泉が知るいちこの情報は非常に少ない。
真金神社を目指すよう瑞泉に指示を出した友人が"信用できる"と云っていたため気にしていないが、どんな経緯でこの孤立無援と云っても良い神社で活動をしていたのかまったくの不明。
そして何より、彼女は何を考えて真剣少女たちを戦わせているのか――何を求めているのか。
自分よりもずっと人を見る目があった友人の言葉であるから今のところは疑ってこそいないが、事と次第によっては真金神社からの離脱を早める必要があるかもしれない。
ただ――
信用できないという意味であれば、自分の方がよっぽどだろう。そんな風に瑞泉は自嘲する。
「それじゃあ話をまとめさせてもらうと……当座の目標は出鉄大社との物流ルートの確保、それによる魂鋼の運搬。ルート開拓の課程で憑喪の討伐と妖刀少女の捕縛。こんなものかな?」
「はい。あぁそれと、近い内にで構いませんが、一つお願いがあります」
「なんですか?」
「万屋から護衛任務の依頼が入っています。報酬を支払うとのことなので、可能であれば受けて下さい」
「それは構いませんが……護衛ですか?」
「ええ。真金神社の東にある森――通称、帰らずの森を調査したいそうです。真金神社と疎開村の中心地点にある場所だそうで、ここで木材を確保できるようならば大変助かる……とのことです。また、万屋の都合は別として、我々としてもその森を無視できない理由があります」
「なんですか?」
「それは――妖刀少女の目撃がされたからです」
妖刀化に関する設定は捏造および独自解釈になります。