しんけん!! ― ひふみ歌 ―   作:黒海透

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伍話

「御館様、朝です。起きて下さいませ」

 

 薄ぼんやりとした思考の中に届いた声で、意識が浮上する。

 寝ぼけ眼を擦りながら身を起こせば――あぁそうか、と瑞泉は思い出した。

 ここは真金神社の隣にある屋敷の一室だ。

 大人数の真剣少女が寝泊まりしても問題ないように作られているのか、瑞泉たちの拠点となるこの住居は酷く部屋数が多かった。

 その内の一つを専用の部屋として割り当てられ、二日目の夜を過ごしたのだった。

 

 布団で寝起きしたのはどれぐらいぶりだろう。ここ数ヶ月は野宿か荒れた廃墟での寝泊まりを繰り返していたため、久々に清潔で安全な寝床で睡眠を取ったからか、寝過ぎた感じがある。

 このまま倒れれば間違いなく二度寝ができる――が、他人の見ている、しかも自分の部下となる少女がいるのだから下手な姿を見せることはできないだろう。

 

「……おはよう。今は何時かな」

 

「八時を過ぎた頃です」

 

「一二時間近く眠ってたのか俺は」

 

「お疲れでしたからね。姫も久々の布団で熟睡できました」

 

「それは良かった……あぁ、めづる、着替えるから外に」

 

「……」

 

「めづる?」

 

「はい、承知いたしました。それでは朝食が出来ているので、居間にきてくださいませ」

 

 何事もなかったかのようにめづるは微笑むと、音もなく立ち上がり襖を開けて外へ。

 別に今更着替えを異性に見られて恥ずかしがるほど可愛げのある歳でもないが、それでもなぁ、と瑞泉は頭を掻きながら準備された服に袖を通す。

 真っ白なシャツに黒のスラックス。ここに辿り着くまで着続けていた服は、汚れや傷みが酷く捨てることになってしまった。

 何か愛着があったわけではないためそのことに瑞泉が思い悩むことはないのだが、代わりに用意された服は俗に学ランと呼ばれる学生服だ。

 

 いちこ曰く、簡単に調達できるものがそれしかなかったから――とのことだが絶対に嘘だろう。

 何かしら彼女の趣味でこれを着ることになったに違いない、と瑞泉は予想する。

 実際、思い当たる節はあるのだが――

 

「まぁ感傷の一つぐらいは許されるだろう」

 

 この言葉をいちこが聞いていたら間違いなく顔を顰めるだろう――まだ顔を合わせてから数日しか経っていないが、断言できる、と瑞泉は思いつつ部屋を後にした。

 

 縁側には陽光が差し、朝の涼しさが徐々に消えつつある。

 眩しさに眼を細めながら、瑞泉はぐるっと周囲を見渡した。

 到着したばかりの時は疲労と状況把握で頭がいっぱい――そもそも最初はここに居着くなど考えていなかったため、わざわざ屋敷の広さなど気にしていなかった。

 だがこれから寝起きする場所と考えれば、話は別だ。

 

 この屋敷に寝起きしているのはいちこ、ツッチー、瑞泉、そして真剣少女たち。

 寮といえば色気のないコンクリート造りの箱物……と、瑞泉の中に残っている常識から考えると違和感は残るが、ここは真剣少女のための寮みたいなものなのだろう。

 

「あら、おはようございます」

 

「ああ、おはよう。君は――」

 

「左文字みよし。姉がお世話になっています」

 

 庭を眺めながらふらふら歩いていると、曲がり角で一人の少女と出会った。

 褐色の肌に、後頭部で一つにまとめられた燃えるような赤毛。露出度が高く、スリットが多いため動くと肌が見える改造セーラー服を着た少女。

 左文字みよし。姉、というのは、さよのことだろう。

 

「姉……っていうのは」

 

「私じゃなくてこっちが、ね」

 

 そう云い、彼女は腰に差した打刀を軽く叩いた。

 宗三左文字。天下取りの刀とも云われる有名な業物。

 姉妹、というのは血のつながりではなく、刀匠の派閥による区分けのようなもの。

 彼女たち三人は左文字派によって生み出された刀であるため、それらと契約した結果、自分たちは姉妹なのだという意識が生まれたのだろう。

 

「……そうか。さよさんとはなんとか上手くやっていきたいと思ってる。何か彼女のことで分からないことがあったら相談することもあるかもしれないから、その時はよろしく」

 

「ええ、その時は是非に。でも、さよちゃんはあれで素直な子だから、扱いに困るようなことはないと思いますけどね」

 

「……さよちゃん?」

 

「ええ、可愛いでしょう?」

 

「可愛いけど、俺がその呼び方をしたら間違いなく不機嫌そうな顔に拍車がかかりそうだ」

 

「あの子が難しい顔してるのはいつものことだから、気にしなくて良いのよ。それで瑞泉さんは、これから何を?」

 

「今起きたばかりで、これから朝食をね。その後は少し体を動かそうと思ってる。帰らずの森へ討伐に出ることは決まっているから、それまでにめづるに少しでも経験を積ませないと」

 

「そうね。それがいいと思うわ。私も手伝えたらって思うんだけど、いちこさんの補佐があるから」

 

「それも大事な仕事だよ。仕事を増やして悪いね」

 

「気にしないで。持ちつ持たれつだもの」

 

 いちこの事務処理は、瑞泉たちがこの土地へ辿り着いたことで間違いなく増えているだろう。

 そしてそれを手伝うみよしにもしわ寄せが行っているはずだ。

 

「あら、ところでこんなところで油売ってないで、早くご飯を食べに行った方が良いんじゃないの?」

 

「それもそうだ。それじゃあ、また」

 

「ええ、また」

 

 

 

 

 

 †††

 

 

 

 

 

 コン、と小気味の良い音が、窓の開け放たれた道場内に響き渡る。

 声の発生源は木刀を握る二人――その内の一人である一文字めづるは、長い髪を靡かせながら気合いを乗せた打ち込みを繰り返す。

 振るわれる木刀は文字通り霞むような速度で空を薙ぎ、次々に標的へと吸い込まれる――

 

 だがしかし、彼女の相手をしている瑞泉は、それらのすべてを容易く捌いていた。

 打ち込まれる太刀筋を咄嗟に見極め、最低限の手首の動きで切っ先を動かし、めづるの斬撃すべてを逸らす。

 負けじとめづるは声を張り上げより鋭い一撃を見舞うが、こともなく防がれてしまい彼を一歩動かすことすら出来ず手が止まってしまう。

 

 消耗した酸素を取り入れるべく喘ぎ、胸はせわしなく上下する。

 動きを止めた瞬間から汗がどっとふき出て、彼女の肌を伝った。

 

「……ハァ、うっ、一撃も、入れられないなんて」

 

「慣れの問題だよ。刀の扱いや剣術の知識は、縁を結んだ時点で得ているはず。であるなら、あとはその知識や技をどう自分自身の体に馴染ませるかだ。加えて、めづるはまだ真剣少女になって日が浅いから、刀の力を十二分に引き出せていないというのもある」

 

「わ、私も……経験を積めば御館様のお役に立てますか?」

 

「役に立てるか否かという話であれば、今の状態でも充分に。……さあ、準備運動はこれぐらいにして、次は本番といこうか」

 

「はい」

 

 瑞泉の言葉に頷くと、めづるは壁際に置いてあった自らの刀、姫鶴一文字を腰に差す。それに応じる形で、瑞泉もまた自らの刀を手に取る。

 

「おいで」

 

「ゆきます」

 

 一切の淀みなく、めづるは鞘から太刀を抜き放つ。刀を手にしてまだ数日だというのに、動作の練度は熟練のそれ。

 刀の扱いという意味では、既に真剣少女は縁を結んだ時点で完成しているのだ。しかし――

 

 先ほどの比ではない勢いで剣閃が乱舞し風切り音が吹き荒ぶ。

 木刀などという紛い物ではなく、自らの手足と云っても良い愛刀で巻き起こされる剣戟はその太刀筋からして格が違う。

 しかし――そこから先は、先ほどの応酬の再現だ。

 

「全力で良いよ。受け止めてあげる」

 

「……それでは、お願いしますね御館様」

 

 瑞泉の言葉に何を思ったのか、めづるは頬を染めつつも苦笑するように口元を歪めた。

 そして――めづるの体内にある熱量が消費されると同時、姫鶴一文字から吹き上がる霊力が増した。

 それは物理的な衝撃を伴い、めづるを中心に空気の流れが変わる。

 彼女に大気が押し退けられるような――

 

「行きます!」

 

 裂帛の気合いと共に踏み出された一歩の力強さは、先ほどまでとは段違いの勢い。

 速度に乗り大上段からの振り下ろし。もしこのまま瑞泉が抵抗をしなければ、股下まで一刀の元に両断してしまえるだろう。

 だがしかし、めづるの太刀筋に迷いはない。受け止める、という瑞泉の言葉を信じているからなのか。

 

「その調子。けど、もっと強く、早く打ち込めるはずだ」

 

 雷光のごとく打ち込まれた一撃は、しかし、瑞泉が持ち上げた刀によって軌道が逸らされてしまう。

 鋼同士が擦れる擦過音、それ同時に瑞泉は一歩踏み出し、めづるの攻撃をいなした。

 渾身の一撃を容易く躱された――しかしめづるの表情には笑みが浮かんでいる。

 彼女からすれば、瑞泉が今の一撃を防いでしまうことなど当然であり、むしろ今まで一歩たりとも動かすことの出来なかった彼を歩かせたという手応えの方が嬉しかったに違いない。

 

「――御館様、姫は頑張ります!」

 

 めづるは更に刀へと熱量を注ぎ、彼女の動きは更に一段階上へ移行する。

 瑞泉も本腰を入れて迎え撃つべく、目つきが鋭くなる。

 苛烈に虚空を薙ぐ剣戟を、逸らし、防ぎ、時には先に牽制の一手を打ち込むことで中断に追い込む。

 めづるが刀の力を引き出し、純粋な力で追いすがっているのに対し瑞泉はくまで技術で対抗しているのだ。

 

 すごい――そんな言葉が瑞泉の耳に届く。

 その声を上げたのは訓練を見学している左文字さよ――ではない。

 彼女は道場の片隅で、普段通りの不機嫌そうな表情のまま瑞泉とめづるの試合を眺めている。

 であるならば――と瑞泉がめづるの顔を見ると、彼女は真剣を用いたやりとりをする場に似合わない、ほころんだ笑みを浮かべている。

 

「楽しいかい?」

 

 力を振るうことが。

 責めるつもりではなく、単純な問いかけとして瑞泉はそう口にした。

 力に酔う、ということは万人に起こりうる現象だ。それが今までの自分では手に出来ない力を振るえるようになったのならば尚更。

 特に刀と縁を結んだ人間はそれが顕著だ。美術品としてしかその存在を許されない、といった事情を考慮しなければ、そもそも刀は戦うための武器として生まれている。

 そんな存在と精神の一部を融合している今、戦を好み、血を好む、といった習性に引きずられてしまう部分が出てきてしまうのも当然だ。

 が、しかし返ってきた言葉は予想していたものとは違った。

 

「はい! 私の見込んだ殿方は、やはり素晴らしいお方なのだと知ることができて!」

 

 ですから――

 更にめづるは熱量を刀に注ぐ。

 これで解除されたリミッターは三つ。もはや超人の域に達しているめづるの身体能力は、更にもう一段先へゆく。

 この領域に至り、めづるも自らの身体能力を制御するのに手一杯となったのだろう。

 刀を振るう速度、膂力、それらは素の状態と比べれば次元が違うと称しても間違いはない。

 しかし拙いながらも行われていたフェイント等の技術は一気に削がれ、純粋な力のみを振るう。

 

 それが瑞泉からすれば御しやすかったのか、圧され気味だった形成は一時的に持ち直す。

 防御に徹していた瑞泉はめづるの太刀筋を見切ると僅かにだが反撃を開始した。

 それもまた牽制の域を出ない、めづるを傷付けないよう充分な配慮をしたものだったが、彼女からすればその気遣いがどう映ったのか。

 

 バックステップを踏み、めづるは瑞泉との距離を開ける。五メートルほどの間隔は今のめづるにとって一歩で踏み越えられる距離に過ぎない。

 

 来るか――

 

 神経を尖らせ、眼前のめづるに意識を集中させる。

 彼女以外が色褪せるような錯覚――全神経をただ一点に。

 

 次いで、めづるの握る姫鶴一文字を抑えつける枷のすべてが外されたことを認識する。

 吹き上がる霊力に乱される道場内の空気。

 不可視の嵐を身に纏い、しかしその中心にいる彼女は酷く静かだった。

 能面のようにも見えるその表情は、瑞泉と同じように極限の集中を行っているからなのだろう。

 正眼に構えられた姫鶴一文字がゆっくりと持ち上げられ、そして、一歩踏み込み――

 

「……っ!」

 

 雷鳴と聞き間違うような踏み込みの音が聞こえるよりも早く、瑞泉は自らに到達した刃を必死に受け流していた。

 だが衝撃すべてをゼロにすることはできず、足が崩れる――それでも辛うじて膝を付かなかったのは、意地というものだ。

 痺れの残る腕で刀を振るいめづるを振り払うも、気付けば次の剣戟が迫っている。辛うじて回避したところで、次の、次の、次の。

 どれも無防備な所に受ければ間違いなく瑞泉を両断する威力を持っている。めづるは一切の手加減をしてはいない。

 

 受け止めると云ったのは確かに瑞泉ではあるが――

 

 暴風のように荒れ狂う剣戟の奔流を受け流すのが精一杯だ。

 例え技術で上回っていようと、今のめづると瑞泉ではそのフィジカルに天と地ほどの差が存在している。

 むしろその状態でめづるの相手をし続けている瑞泉こそが異様とも云えるだろう。

 たとえ真剣少女となってから日の浅いめづるといえど、その力は既に超常の域に達している。

 そして今の彼女は、己を縛る枷の一切を外し――厳密にはあと一つ残っているが(・・・・・・)――憑喪を狩る者としての実力を十全に発揮している状態だ。

 それを押し留めることが出来ている瑞泉は、例え相対する彼女が技術的に未熟であることを差し引いても一流の剣士といえるだろう。

 

 だがしかし、これもどこまで保つことやら――

 めづるの猛攻を紙一重で凌ぎながら、瑞泉は胸中で苦笑する。

 ここまでめづるに一方的な攻め方をさせているのは、一つの理由があった。

 それは練習で限界まで熱量を消費するという経験を積ませること、そして刀の性能を引き出すことで、その真価――俗に奥義と呼ばれる異能を発現させるために。

 その兆候は確かに現れている。

 先ほどまでめづるの見せていた笑みがかき消え、集中した表情で刃を走らせる様は一種のトランス状態ともいえるだろう。

 今の彼女は刀と自らの精神の間にあった枷がかき消え、今までになく付喪神と意識を同調させた状態にある。

 『自分』ではなく『刀』でもない、刀と一体化した状態。瑞泉からいわせればその深度はまだ浅いが、それでも少し踏み込んだだけでこれほどまでに強力な力を手にすることができる領域。

 このまま力を引き出すような形で攻撃を受け続ければ――

 

 質、ともいうべきだろうか。めづるのまとう気配が一変し、冷たい風が頬を撫でる。

 執拗に瑞泉を追い続けた彼女はその動きを止め、片手で持った太刀を頭上に掲げる――

 

「奥義――」

 

 ぽつり、と呟かれた彼女の言葉と共に、姫鶴一文字が内包する霊力が一気に解放される。

 その圧に大気が打ち震え、彼女の長い黒髪がふわりと広がり、伸びる。

 瞬間、目に見えた異変が道場内に発生した。

 彼女の足下にまで伸びた髪、そこから伝う影が形を変え、一気に瑞泉の元へと伸びてきた。

 回避行動を取るも影は追尾を続け、瑞泉の足下に達すと水面から魚が飛び出すように毛先が体を拘束する。

 

「――ぬばたま搦み」

 

 力尽くで解くことも叶わぬほどに強烈な拘束。

 四肢に搦むのは髪のように見えて、そのように形状を変化させた霊力なのだろう。

 これが姫鶴一文字の真価であり奥義。影絵の拘束具。

 しかしこの拘束の方向性は捕らえる、というよりは留め置く――逃がさないという意味では同じだろうが、求めている本質はまったくの別物のように瑞泉には思えた。

 

 どうやってこれから逃れるか――そう瑞泉が思案し始めた途端、体を拘束していた影は消滅した。

 一体何が――否、考えるまでもない。

 刀をすぐに納めると、瑞泉はすぐにめづるの元へと駆け寄る。

 彼女はほんの数秒前までの力強さを失い、今にも倒れそうな様子で足下がふらついている。

 倒れ込む、という瞬間になんとか体を割り込ませると、瑞泉はめづるを抱き留めた。

 

「あ……御館様」

 

「ごめん、少し無理をさせたかな」

 

「いいえ……決してそんなことは。でも、姫は少し疲れました」

 

 それを口にするのが精一杯だったのか、めづるを抱き留めた腕にずしりと重さが乗る。

 落とさないよう気を付けながら、瑞泉はその場へゆっくりとめづるを寝かせる。

 肌にはびっしょりと汗が浮かび、乱れた髪が張り付いている。

 寝息は細く、苦しそうではない。彼女が気絶した原因は、熱量の急激な消費――要するにエネルギー切れだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 成り行きを見守っていたさよが、どこか焦ったように近付いてくる。

 しかしめづるの様子を見て大したことはないと分かったからか、彼女は胸をなで下ろした。

 

 

 

 

 

 †††

 

 

 

 

 

 屋敷から見渡す景色は、瑞泉がこの土地に辿り着いた時と大差はない。

 人が住むのに適していない、度を超した緑の豊かさ。人の生きた証ともいえる廃墟は点在しているが、最早原形すら残っていない。

 しかしそんな中にも変化はある。

 

 この町へと移住してきた村人たち――彼らはゼロからの再出発だというのにそれを感じさせない力強さで、生活の復興を始めている。

 まともな職人がいないのか住居は掘っ立て小屋同然で、農作物を栽培するにしてもまず土地の改良から始めないとならない状態――だというのに、彼らは精力的に働いている。

 その逞しさは瑞泉にとって眩しいほどだ。彼らからすれば過酷な日常など当然のことなのかもしれないが、昔――まだ文明が崩壊していない時代を覚えている瑞泉からすれば、とんでもないことだ。もし自分が着の身着のまま、生活に必要なすべてを失った状態で外に放り出されたのならばここまで逞しく活動することが出来るか――おそらくは無理だろう、とすぐに結論づける。

 

「せめて住居ぐらいはなんとかしたいものだけど……」

 

「いちこさんが手配してくれたそうです。一週間もかからない内に職人の方が来てくれるみたいですよ」

 

 瑞泉の呟きに反応したのは、隣に立つ左文字さよだった。

 二人はめづるを自室へ運び込み、彼女の様子におかしなところがないことを確認するとそのまま休むように云い、外に出ていた。

 この町に到着してまだどのような土地なのかを詳しく調べていなかったため、その確認をするべく散歩に出ている。

 それにさよが案内を買って出たのは、予想外ではあったが。

 

「屋敷に住まわせるわけにはいかないのかな?」

 

「止めておいた方が良いと思います。詳しくは知りませんが、あの屋敷は普通ではないので」

 

「普通じゃない?」

 

「はい。屋敷の中に鏡が一切ないことには気付いてますか?」

 

「あぁ、そういえば……」

 

 云われてみれば、と瑞泉は声を上げる。

 小さな手鏡程度ならば洗面所にあったかもしれないが、それにしたって普通はもっと大きなものが置かれていてもいいはずだ。

 だというのに屋敷の中には、洗面所以外の場所にもロクに鏡が置かれていなかった。

 

「あれは、屋敷にかけられている術が暴走しないようにって理由があるようです」

 

「確かに鏡は呪具の一種ではあるけど……というか術? そんなものを住居にかけてたのか?」

 

「実際に作業したのは私じゃないので詳しいことはなんとも……憑喪避けの結界の他にも、いくつかかかっていると聞いています。複数の術を重ねがけした結果、それぞれが作用して妙な副作用が生まれているとのことで。生活面で問題はないから気にしなくて良いとも云われていますが」

 

「気にするなと云われても……」

 

「私は農薬を例えに出され説明されました。人間には明らかに害の出るものだが、真剣少女に何か影響を与えられるほどの力は持っていない、と」

 

「だから住民を屋敷に上げることはできない……か」

 

 いくら真剣少女に影響がないものだといっても、一応教えて欲しくはあったのだが――

 伝え忘れていたのか、伝える必要がないと思われていたのか。いちこが何を考えているかは不明だが、瑞泉としてはあまり面白くはない。

 

「彼らにはもう少し我慢してもらわなきゃいけないわけか」

 

「ええ、申し訳ないですけどね」

 

 会話をしながら、瑞泉たちは徐々に屋敷から離れてゆく。

 屋敷の正面にある居住区を抜けると、あとは手つかずに近い自然が現れる。

 住民たちが作業を行った跡も見えるが、それも林を切り開くほどではない。

 

「そういえば、三笠さん。随分乱暴な手段を使うんですね」

 

「乱暴?」

 

「めづるさんです」

 

 言葉少なくそう口にするさよに、ああ、と瑞泉は頷く。

 彼女は道場でのやりとりをじっと見ていた。あの場では口にこそ出さなかったが、不満に思うことがあったのだろう。

 

「何も考え無しにやったことじゃない。理由はいくつかあったし、成功するって確信もね」

 

「理由ですか?」

 

「帰らずの森へ行くことが半ば決まっているだろう」

 

 出来れば、といちこは口にしていたが、あれはほとんど命令のようなものだと瑞泉は認識している。

 真剣少女という唯一無二の戦力を補充する術がない今、帰らずの森に出現したという妖刀少女の捕縛と戦力化はほぼ決定事項と云って良い。

 

「妖刀少女が相手なら間違いなく戦闘が発生する。そうなった時、もし万が一の事態に備えて自分の全力がどれほどの物なのか把握していることは絶対に必要だった」

 

「妖刀少女……そこまで強いものなんですか?」

 

「強い」

 

 あまり表情を変えないさよが、珍しいことに眼鏡の奥で目を丸くする。

 

「……私はてっきり、瑞泉さん一人でどうにかなるものだと思っていました」

 

「それは俺を過大評価しているのか、妖刀少女を過小評価しているのか」

 

「どっちもです」

 

 さよは自らのベルトに差さっている短刀に視線を落とす。

 

「真剣少女になって、私は前の……ただの人だった時と比べて、ずっと強くなったと思っています。絶対に敵わないと教えられてきた憑喪も倒せるようになって……自分は強くなったんだという自負もあります。ただ……それもまだまともに戦場へ出ていない者の甘い妄言だとは思っていますけど」

 

「それほど間違っちゃいないさ。真剣少女は強いし、君だって」

 

「三笠さんがそう云うと説得力ないんですが」

 

 ジトっとした目で見られてしまい、思わず瑞泉は苦笑する。

 瑞泉が云うと――彼女はおそらく、瑞泉の全力に近い力を誰よりも見ていると云って良い。

 この土地へ到着したばかりの時に発生した戦闘と、道場での稽古。

 特に稽古の方は、コントロールが未熟とは云え刀の全ポテンシャルを引き出しためづるを前に、一度もリミッターを解除せず立ち会って見せた。

 その光景は異様と云えば異様だっただろう。力押しでどうにかできない絶対的な戦闘技術の差を感じ取ったはずだ。

 

 そうした人物から褒められて、素直に賞賛として受け止めるか、嫌味と感じるか。

 どうやらさよは自虐的な性格なので、瑞泉が前者のニュアンスで口にしたと分かっていてもそのまま言葉を受け止めることができないのだろう。

 

「……ちょっとした疑問なんですが」

 

「なんだい?」

 

「なんで三笠さんはめづるさん相手に全力を出さなかったんですか? 本気だったのは分かりましたけど」

 

「そこは簡単な話。お互いに全力を出したら道場がオシャカになる」

 

「……それもそうですね」

 

 納得したような、しないような。

 そんな風に微妙な表情をさよは浮かべ――

 ふと、彼女は足を止めて首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「いえ、ちょっと……」

 

 彼女の視線を追うと、何やら草むらの中に交じって風にそよぐ――あれは俗に言うアホ毛というやつだろうか。

 それを見付けた彼女は溜息を一つ吐くと、肩を怒らせてアホ毛の持ち主の元へ近付いた。

 

「こら、こゆき! あなた巡回はどうしたの!?」

 

「へ!? うわっ、おねーちゃん! なんで!?」

 

「こんなところでサボってないで仕事をしなさい!」

 

「あー、瑞泉さんと一緒に見回りか。おいーす!」

 

「こら、人の話を……」

 

「あ、そうそう! ヨモギ取れたちゃ、これで団子作ろう」

 

「んもー!」

 

 マイペースで陽気なこゆきに、さよは終始調子を乱されっぱなしのようだった。

 どうやら彼女は見回りの途中で道草をくっていた挙げ句、昼寝をしていたようだ。

 真金神社周辺の憑喪は瑞泉が殲滅に近い形で刈り尽くしたため、驚異といえる驚異は乗っていない状況で緊張感が抜けてしまったのか。

 憑喪のいる状況でなんと警戒心のない……と思わなくもないが、叱り役はさよが買って出てくれたようなので瑞泉は傍観することにした。

 

 




博多弁にまったく詳しくないため、こゆきの出番がかなり少なくなると思います。申し訳ない。
方言娘は可愛いけれど二次創作で扱いにくいのが辛いですね。
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