「いらっしゃいませ、あら?」
「っ!?」
雄一の入店に対応した桃子に、雄一は思わず体を固めそうになった。
以前の温泉旅行の時に、桃子を頂点とした高町家のヒエラルキーを目にしていた雄一は、彼女といきなり出くわして一気に覚悟が吹き飛びそうになった。
「あの?」
「!? え、ええ! 大丈夫です! 一人ですが席はありますか?」
「? はい、こちらへどうぞ」
桃子に声をかけられ、雄一は我に返るとすぐに取り繕う。
桃子は首を傾げたが、雄一をテーブル席に案内した。
雄一はメニューを見る振りをしながら、店内にそれとなく目を向ける。
(・・・・・・。いないな。ここならなのはがいるかと思っていたんだけど)
思わず落胆する雄一だったが、彼は失念していた。
今日は平日であり、小学校は平常運転。
八神家の生活で麻痺しているが、なのはがいると思うことが不自然だった。
ため息をついて、もう一度店内に視線を走らせ、
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「っ!?」
突然横合いからかけられた声に雄一は、今度は取り繕えず、慌てて振り返った。
そこには、伝票を片手に士郎が僅かに目を丸くして立っていた。
何かに驚いているようだが、雄一にはそれが何かを確かめている余裕はない。
(気配がぜんぜん読めなかったぞ!? 以前の恭也さんの動きから何か心得があるとは思っていたけど、この人もか!? というか、なのはの家系はどうなってるんだ!?)
「・・・・・・申し訳ありません、お客様。驚かせてしまったようですね」
しばらく、無言で雄一を見ていた士郎は一つ息を吐くと、表情を緩めて気まずげに頭を掻いた。
雰囲気が変わったことで、雄一にも答える余裕が生まれた。
「い、いえ・・・・・・そんなことはないですよ?」
「ふむ、そうかい?」
士郎の気迫に呑まれていたことを恥じる雄一に、士郎は首を傾げる。
(どうにも、彼はチグハグだな。所々に走る傷から、何かやっているのは確かだし、濃い血の匂いもしている。その割には危機感が足りていないようだが、一体?)
「あの?」
突然黙った士郎に、今度は雄一の方から声をかけた。
「ああ、すまない。それで、どうかしたのかな? 随分と周りを気にしていたようだけど?」
「(気がつかれてた、か)・・・・・・実は」
見破られていた衝撃で、雄一は思わず口を開きそうになり、すぐに我に返った。
(待て! もしバカ正直になのはに会いに来たって言ってみろ! 理由の如何を問わず、士郎さんと恭也
さんが襲ってくるのは目に見えている! しかも今の俺の見た目は二十歳前後。そんなやつが小三女子を訪ねるとか、危ない絵面にしか見えない!? その辺、考えてなかったー!!)
「あー、君? どうかしたのかい?」
「な、なんでもありません・・・・・・ちょっと、コーヒーの名前に不慣れなだけですから」
「・・・・・・そうかい」
咄嗟に雄一が言った言い訳は士郎には利かなかったが、あえて掘り起こす必要もないか、と士郎は流すことにした。
「それじゃあ。注文が決まったらいつでも読んでくれて構わないからね」
「ああ、ありがとうございます」
去っていく四郎を見送ると、雄一は深く息を吐き出した。
(あ、焦った・・・・・・いや、焦る必要はないはずなんだけど、それなのにやたら気疲れしたな。なのはを待つついでにちょっと休憩していこう・・・・・・)
改めてメニューに目を落とすと、ケーキセットを紅茶で頼むことにした。
「・・・・・・来ないな」
あれから、何度か、紅茶をお替りしつつ、店内に注意を張り続けていた雄一だったが、なのはは現れる様子はなかった。
雄一は知らぬことだったが、彼女はフェイトの携帯購入に同行しており、帰りはまだなのだった。
「これは、方針を変えた方がいいかな?」
「ん、どういうことかな?」
「!?」
気がそぞろになっていた時にかけられた声に、雄一は三度振り向いた。
今度は眼鏡をかけたなのはに似た女性。
彼女の姉の美由紀だった。
「それで、何の方針を変えるべきなのかな? 父さんから『歳が近い方が話しやすいだろう』って言われたし、よかったら相談に乗るけど?」
「ああ、いや、大したことでは」
笑顔で促す美由紀に、雄一は先ほどのように断ろうとして、ちょうど方針を変えようとしていたことを思い出すと思い直した。
「実は、ちょっと探している子がいまして」
「へぇ? なんていう子かな? よかったら私も探すのを手伝うけど」
「貴女も知っていますよ、高町美由紀さん。貴女の妹、高町なのはを探しているんです」
「・・・・・・どういうことかな?」
途端、美由紀の気配が鋭くなった。
隠す気もない敵意が雄一に向けられる。
雄一は害意がないことを示すように両手を掲げる。
「大丈夫です。彼女には何もしませんから。彼女には、ある人にアポを繋いでほしいだけですから」
「ある人? それは誰なの?」
全てを信じたわけではないが、なのはに危害を加えるわけではないことを知り、僅かに警戒を緩める美由紀に雄一は目的の名前を告げる。
「リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、そしてエイミィ・リミエッタの誰でもいいんです。彼らに少々話すことがありまして」
「リンディさん? それに、エイミィですって?」
なのはが最近世話になっているもの達、さらに自分の友人の名前があげられたことに美由紀は驚いて聞き直すが、雄一は頷いた。
「ええ、その三人に連絡をとりたいんですけど、伝手がなくて。なのはやフェイトなら、伝えてくれるでしょうから、会いに来たんですけど」
フェイトのことも知っていることに、美由紀は目の前の青年が何者なのか分からず警戒を強める。
その警戒の中、美由紀はカードを一枚切った。
「・・・・・・エイミィなら、私から伝えられるけど」
「なんですと?」
美由紀の言葉に雄一は耳を疑った。
その雄一に、美由紀は言う。
「彼女は私の友達なの。それで、貴方はどういう関係なのかしら?」
エイミィを友達という美由紀に、雄一は魔法を知ったのか、と思ったがすぐにそれはないと打ち消した。
なのはがそれを打ち明けていないのなら、美由紀達が魔法に触れることはないだろう、という考えからだった。
だとしたら、雄一が彼女達との関係を説明するわけにもいかない。
敵であると説明するには、その背景、魔法のことに触れる必要があるし、味方というには美由紀が抱いた警戒心が大きすぎる。
説明に窮した雄一は、無言で伝票を手に立ち上がった。
「あ、ちょっと!?」
「すみません、お会計お願いします」
美由紀を無視し、レジへ向かう雄一。
美由紀はすぐにそのあとを追った。
「ちょっと、ちょっと待ってください! いったい、皆に何を」
「美由紀さん」
追い縋る美由紀の言葉を遮り、美由紀を振り返る雄一。
「エイミィさんに伝えてください。『ペインが来た』といえば伝わるはずです」
「ペイン?」
美由紀が首を傾げる間に、店をあとにする雄一。
美由紀が我に返り、戸を開けて外に出る頃には、雄一の姿は消えていた。
「やれやれ・・・・・・これでうまくいってくれれば楽なんだけど」
翠屋から離れた路地に凭れながら、雄一は一人ごちた。
これで、管理局が動き、接触できればよし。
管理局側に話を聞く意思があり、上手く進めばなおよしだが・・・・・・。
「それは、蓋を開けてみなければ分からんか」
呟き、会計を済ませたまま手に持っていた財布をポケットに戻し、
「・・・・・・ん?」
財布が何かに引っかかったことに気がつき、雄一はポケットからそれを取り出した。
それは、図書館の貸出カード。
裏を見ると、はやての名前が書かれている。
おそらく、『旅の鏡』の機能を使って雄一のポケットに入れたのだろう。
シャマルが言っていた『送る』という言葉の意味が氷解した雄一は、方針を僅かに変えることにした。
「せっかく、カードが手元にあって、時間もあることだし図書館にも行っておくか。そうすれば、明日の見舞いに持っていくことが出来るな」
足を図書館へ向けると、雄一は今まではやてが借りていた本をピックアップし、どのような本を借りようか考えながら図書館へ歩き出した。