「? 今のは・・・・・・」
突然聞こえた鈍い音に、リンはふと振り返る。
方向からすれば、シルヴィを残してきた部屋の方だが。
「それにしては、ここまで響くような音を立てるようなやつに彼女が不意を打たれるとは思えないんだが」
いまだ混迷さを深めていく状況に眉をしかめつつ、足元に転がっている男を見下ろした。
「それで、もう終わったわけだが、お前は何者だ? 誰の指示でここに来た」
「ぐっ・・・・・・が、は・・・・・・」
男はリンの予想したとおり表の騒ぎを利用して屋敷に侵入した暗殺者だった。
といっても、リンには傷一つ無く、転がる男の体には大小さまざまな傷がついており、どちらが勝者か明白だった。
転がる男を見下ろしつつリンは男へ詰問するが、男は答えられず呻く。
リンは、その様子に表情を変えず暗殺者の腹の上に足を移動させると強く踏み下ろした。
「ぎ、ぎゃぁああああ!!」
「なんだ、喋れるじゃないか。それで、お前は誰に雇われたんだ?」
「い、言う・・・・・・言うから、脚、どけて・・・・・・」
力を緩めず問い詰めるリンに、男はこのままでは確実に殺されると思い、口を割る代わりに脚をどけてもらうことを、息も絶え絶えに懇願する。
だが、
「・・・・・・」
リンは、すっと目を細めると、人差し指を立て必死にもがく男の膝を指した。
途端、指から放たれた魔力弾が男の膝を撃ち抜いた。
「あああぁああああっ!!?」
「言えば助かると思っていたのか? エレミアを前にして五体満足で帰れるとでも思っていたのか?お前はただ聞かれたことに答えておけばいいんだよ」
「わ、分がっだ、分がっだから!」
「それで、お前の雇い主は?」
「ダールグリュン! シグムント=ダールグリュンだ!」
「・・・・・・やっぱりか」
男の吐いた依頼主に、予想通りであったことを苦く思いつつ顔をしかめる。
しかし、考えるのは後回し、と気を取り直して男への尋問を再開する。
「何故襲った?」
「く、詳しくは知らされていない! ただ、女が持つ本は確実に確保するよう言われている! そして、女は可能ならば殺せ、と!」
「狙いは夜天の書か。それより、可能ならっていうのは?」
暗殺を企てていたわりに控えめなものだ。
そもそも、シルヴィを亡き者にさえしてしまえば、夜天の書は彼が手に入れることができる。
わざわざ、シルヴィを生かす真似をして夜天の書のみを手に入れるというのはどこかおかしい気がするが。
シグムントの企みにしては奇妙な点を問うと、男は必死に首を振った。
「し、知らない! 依頼人にどんな意図があるかなんて知るものじゃない!」
「なるほど・・・・・・いいだろう」
男の言い分に、ある程度信憑性を得たリンは数度頷きつつ考えに沈む。
その様子に、男は膝の苦痛に喘ぎながらニヤリと唇を吊り上げた。
「へ・・・・・・へへ、そういえば、言ってなかったな」
「ん?」
「なんで、あの女を殺すのが、可能なら、かだ」
まさに考えていたことを口にする男に、リンの目が険しくなる。
その様子に男は笑みを深くすると、言葉を続ける。
「それは、あんただ。あんたの存在をどうにかするのが問題だったのさ」
「・・・・・・どういうことだ」
「あの女だけなら、どうとでもなるが、あんたがいるなら話は別だ。武器も使わず敵を引きちぎるやつなんかまっとうに相手をするだけ厄介だろ。だったら、あんたさえあの女から引き離せば」
「もういい」
得意げに話していた男の顔が凍りついた。
声に温度を込めないまま男を見下ろしていたリンの手を覆う篭手が形を変えていく。
いや、その実態は視覚化されるほどの高密度の魔力の塊だった。
「
「ひっ!?」
ポツリとしたリンの呟きに男の顔が引き攣り、
一瞬の衝撃と共に、視界が宙を舞った。
二つに両断された男の上半身が地面に落ちると同時に、思い出したように血が噴出すなか、リンは振り抜いた拳をゆっくりと引き戻すと我に返った。
「これは・・・・・・またやってしまったか」
周囲に散った惨状に僅かに心が痛むが、頭を振って切り替えシルヴィの部屋へ急ぐ。
先ほどの刺客の言うとおりなら、刺客の仲間が少なくとももう一人いるのだろう。
そして、それがいるのは、
「シルヴィの部屋か」
階段を駆け上がりながら歯噛みする。
おそらく、三段構えの策。
本命はシルヴィのもとにいる刺客で先ほどの男もまた捨て駒だったのだろう。
その策にリン達はまんまと嵌ってしまったわけだ。
不甲斐なさを噛み締めながら、シルヴィの無事を祈りつつ、彼女の部屋の扉を蹴り開ける。
「シルヴィ! 無事・・・・・・か?」
リンの言葉が勢いを失っていく。
部屋の中は所々に破壊の痕が広がり、その中央に横たわるシルヴィの姿。
リンが駆け寄って手早く容態を確かめる。
(幸いというべきか、命があったのは助かった。けど、血を流しすぎているな)
「・・・・・・ぅ・・・・・・」
「っ、シルヴィ! 聞こえるか!?」
途中、僅かに空気を揺らしたシルヴィの呻きに気がつき、リンは彼女に呼びかける。
「大丈夫か!?」
「・・・・・・ぁ、大丈、夫、とは言いにくい、ですわ。さすがに、疲れましたわ」
「そうか。だけど、随分と善戦したみたいだな」
周囲を見渡して漂う魔力に苦笑する。
所々に見える斬撃痕はおそらく彼女の斧鎗によるものだろう。
ただ、
(やはり、室内戦は彼女には不利だったようだな)
屋内のような閉塞空間で、槍などの間合いが長い、いわゆる長物は振り回す途中で何かにぶつかってしまい不利となる。
向こうもそれを見越して、屋内に退くように外で一度戦闘を起こしたのだろう。
「けど・・・・・・夜天の書は、奪われて、しまいましたわ」
シルヴィの言うとおり、見渡した限り夜天の書の姿は無い。
向こうも何らかの方法で一階の失敗を知り第一目標の達成を優先したのだろう。
「そっちは俺が何とかする。だから今は休んでいろ。誰かいるか!?」
シルヴィの手を握り安心させながら、扉の外へ向けて大声を出す。
その声が聞こえたか、ばたばたと人が来る音が聞こえる。
その音が聞こえたのだろう、シルヴィも肩の力を抜いた。
すぐにも人が来るようで安堵したリンは、ふと短剣が落ちていることに気がついた。
「シルヴィ、あれは?」
「? ああ、あれは下手人が持っていたものですわ」
「これが?」
手に取ると、リンはそれを視る。
「これは・・・・・・毒が塗ってあるな。こういう場合、致死性の高い猛毒だろうけど。よく無事だったな」
「それが」
リンの心配にシルヴィは苦笑する。
その笑みに首を傾げるリンに、シルヴィは言った。
「信じられない話ですけど、突然放たれた砲撃魔法らしきものに撃ち落されたの」
「撃ち落された? それに、らしきって?」
「その短剣は突然背後に落ちてきたもの。それに、砲手は姿さえ見えなかったけど、桃色の魔力光で分かったわ」
「どういう、ことだ?」
シルヴィの話に、リンは向こうの仲間割れかと首を傾げるのだった。
「不味いことになったな」
その話を横で聴きながら、雄一は苦い顔で一同を振り返った。
クロノ・ユーノも同じく苦い顔。
同じく事情を察している面々は苦い顔をするか恐々としている。
そのなか、一人気落ちしているなのは。
「ご、ごめんね・・・・・・皆。私の所為で・・・・・・」
「しょうがない。そこで咄嗟に反応できるのはなのはの強みでもあるからな」
今回はそれが仇となっただけだ。
なのはの砲撃は、襲撃者をナイフごと飲み込んだが、干渉できないため無意味のはずだった。
だが、完全に無意味というわけではなく短剣を弾く形となったようだ。
ただ、短剣の落ちた音に気がついたシルヴィがすぐに襲撃者に気がつき、戦闘に入ったのだが。
追撃を撃とうとしたなのはだったが、我に返ったフェイトたちの説得で事態を悟ったなのはは顔を青褪めさせ、以後一同は二人の戦闘でシルヴィが撃破され夜天の書を奪われるまでを見ていた。
雄一はなのはを慰めるが、正直、雄一も本来どういう歴史になっていたのかを知らないため『シルヴィの生存』がどういう事態に繋がるか、雄一達にも不透明なのだ。
「念のために聞くけど、ユーノ。今後どうなっているかは?」
「ごめん。正直、あの手記以上の史料は見つかっていなくて」
雄一の確認にユーノは首を横に振る。
しかし、それを責めることはできない。
むしろ三日という短い時間で手記を見つけたユーノの手腕は誉められこそするものだ。
「ただ、シグナムたちに影響が無いようだから、まだ大きな改変にはなってないと思う」
「そうだな。それより、フェイト。アルフから何か連絡は?」
「ちょっと待って?」
なのはを慰めていたフェイトに確認を取ると、フェイトはアルフに念話を繋いだ。
アルフには、襲撃者の跡を追ってもらっている。
魔犬であるアルフなら、追跡などはもってこいだろう。
しばし集中していたフェイトは結果が出たのか真剣な表情で振り返った。
「雄一、アルフが彼らのアジトを見つけたって。どうする?」
「決まっているだろ。俺達も」
雄一がフェイトに答える。
否、答えようとしたそのとき、
ピシリ、と小さな音が聞こえた瞬間、世界に皹が入った。