では本編!
なのはの言ったとおり、今度はフェイトがお盆を手にして来た。
「雄一、いらっしゃい」
「ああ。それじゃ、早速……」
「う、うん。私からはこれ」
「――へぇ、これはチョコクッキー?」
フェイトが置いた皿に乗っているのは、焦げ茶色をしたクッキーだった。
もちろん焦げているわけではない。
ただ、ココアパウダーを使ったにしては色が濃いのが気になるところだが。
「(食べてみれば判るか)それじゃ、いただきます」
「あ、あのね! 雄一!」
食べようと手を伸ばした雄一を、フェイトは制止した。
何事か、と振り向くと、フェイトは何やら緊張した様子で、一枚クッキーを取ると、
「え、えっと・・・・・・あ、あーん」
雄一に向けて差し出した。
「え、えーと・・・・・・」
厨房から、「ああ!?」という声が聞こえ、雄一も顔を引き攣らせた。
いわゆる、「はい、あーん♪」というやつだ。
これには、流石の雄一も顔を赤らめた。
「あ、あのな、フェイト・・・・・・それは、流石に恥ずかしいというか」
「だ、駄目かな・・・・・・」
「(断れるか!)イタダキマス」
若干目を潤ませながらフェイトに言われ、雄一は抵抗を諦め、フェイトが差し出すクッキーを口で受け止めた。
何やら騒がしい厨房の喧騒には関わらず、口の中のクッキーの味に集中し、
「ん? これって」
「あ、気がついた?」
違和感の正体に気がついた雄一二、フェイトは嬉しそうに頷いた。
フェイトのクッキーは、生地にチョコレートを練りこんでいるのだ。
それで、ココアパウダーを混ぜるだけよりも、味がしっかりしているのだろう。
「美味しいぞ。ほろ苦いけど、チョコの甘さもしっかり伝わるから食べやすいし」
「そ、そうかな。実は、リニスに作り方を教わったんだ」
「流石だな、リニスさん。けど、フェイトも上手だぞ。こうやって、教わった料理をちゃんと作れるんだから」
「う、うん・・・・・・雄一、ありがとう」
手放しに誉めると、フェイトも照れくさくなったのか、顔を俯けてしまう。
なんともいえぬ、微妙な空気が広がり、
「わ、私、次の人を呼んでくるから!」
「あ、フェイト!?」
突然、フェイトは厨房へと駆けていってしまった。
雄一は、止める間もなかったことに唖然としつつ、残りのクッキーも美味しくいただくのだった。
「まったく・・・・・・フェイトもあそこでもっと押していければよかったのに」
「いきなり、何を言うかな? アリシア」
三番手はアリシアなのだろう。
膝の上にお盆を載せながら、車椅子で器用にテーブルの間を縫っていく。
「何、というか・・・・・・あそこまで雰囲気を作っておいて、最後まで詰めきらないなんて、というかキャッチ&リリースの精神が強すぎるというか・・・・・・」
「ツッコまないからな」
思わず渋面になる雄一に、アリシアもそれ以上は言わずに、高さ上難が在るからか、お盆から皿を直接雄一に差し出した。
皿を受け取りテーブルに置いてから、雄一は改めてアリシアのチョコを見た。
「これは・・・・・・ブラウニーか?」
「そうよ。チョコブラウニー」
チョコレートブラウニー、あるいはブラウニーというのは、ケーキの一種だ。
目の詰まった重めのケーキであるのが特徴といえる。
「それじゃ、早速」
「はいはい。あーん♪」
アリシアは、一口大にブラウニーを切ると、雄一に差し出した。
フェイトにもしたのだから、今度は雄一もごねずに口に含む。
途端、雄一は目を瞬かせた。
「驚いたな。チョコレートの香りがしっかりしている」
「あら? 見縊られたものね」
無理もないけど、とアリシアは苦笑する。
ブラウニーを作る際に問題となるのが、その過熱時間なのだ。
実は、チョコレートの香りはその元が熱で揮発してしまうため、ブラウニーを作る際には素早い調理が求められる。
それこそ、余熱でも香りの揮発は進んでしまうため、確認に刺す竹串にチョコレートが薄らと付く位が望ましいといわれる。
だが、アリシアのものはチョコレートの香りをしっかりと残しながら、生地にも十分火が通っているのだ。
「ん? けど、チョコレートの香りだけじゃないな。まだ何かある気が・・・・・・」
「気がついた? 正解はこれ」
アリシアはポケットから茶色い小瓶を取り出した。
貼られたラベルに、雄一は目を落とした。
「『Orange Curacao』? リキュールか?」
「そ♪ 本当はブランデーを入れるらしいけど、私達子供には癖が強いだろうからって、母様がアレンジしてくれたの」
「へー、ってプレシアさんが?」
「そうだけど、そんなに意外?」
アリシアには悪いが、雄一には結構意外だった。
プレシアは、研究者として一流な分、家事については疎い印象があり、その穴を埋めるためリニスが仕えていたのだと考えていた。
そういうと、アリシアはさらに苦笑を深くした。
「言っておくけど、母様は料理も上手よ? まだ私が無事だったときには、下手な物は食べさせられない、って凄い気合を入れてたんだから」
「それはまた・・・・・・」
呆れればいいんだか、感心すればいいんだか。
そう雄一も苦笑すると、でも、とアリシアは苦笑に翳を落とした。
「ただ、あの事故からあまりしなくなったらしいけど。だからか、フェイトにはリニスの料理の印象が強いのよ」
「印象?」
「そう。よく言うでしょ、『家庭の味』って。言ってみれば、私の料理は母様の、フェイトはリニスの味がそれぞれの味になっているのよ」
なるほど、と雄一は納得を示す。
先ほど、フェイトはリニスに教わった、と言っていた。
それは、こういうことでもあったのか。
「けど、今はそれでもいいんじゃないのか?」
だが、雄一はその翳を笑って受け流した。
む、とアリシアは表情を歪める。
「どういうことかしら?」
「まだテスタロッサ家が、落ち着いて一年も経っていないんだ。色々と角は残っているもんだよ。けど、時間が経てば、アリシアにはリニスの、フェイトにはプレシアの味がそれぞれ馴染んでいくだろう。それこそ、プレシアとリニス、二人の味が『テスタロッサ家の味』になる日が来るさ」
そして、それは雄一としても願うことである。
アリシアは、雄一が言葉にしなかった思いも感じとったのか、険を下げ雄一の言葉を受け止めた。
「・・・・・・そうね。きっとそんな日が来るわ」
そう言って、アリシアは淡く笑むのだった。
「さて、いよいよ私の出番や!」
アリシアが下がり、現れたのははやて。
彼女も車椅子を雄一のテーブルまで寄せると、皿を雄一に渡した。
そこに載った料理に、雄一は今度は首を捻った。
「はやて、これは? チョコプリン・・・・・・じゃないよな?」
ココットに入ったそれを、雄一はプリンと推理したが、すぐに否定した。
プリンであれば、冷やされているところだが、これはまだ熱いらしく表面にはカラメルがパリッとした膜を作りつつも甘い湯気を発している。
はやては雄一の反応に、胸を張った。
「流石の雄君も、これの正体は判らんか。これは、クレームブリュレ・オ・ショコラ、っていうんや」
「クレームブリュレ・・・・・・ああ、なるほど。言われてみれば」
はやてが告げた料理名に、雄一が知るものと目の前のものが合致した。
なるほどなるほど、と頷きながら、はやてがスプーンでカラメルの一部を下のチョコレートクリームと一緒に掬い取ったものを、口に含む。
「おお、思ったよりも甘みが強いな」
「あー、それはあるかもな。本来のカスタードクリームでも甘みが強いんやから、チョコレートクリームなら言うまでもないわな」
「それと・・・・・・なんだろ。チョコレートとは違う甘味が・・・・・・酒じゃないと思うけど」
違和感の正体がつかめず、眉をひそめる雄一。
「ふふ、実は砂糖に秘密があるんよ」
「砂糖?」
「せや。実はな、グラニュー糖やなくて、黒糖を使たんよ」
「黒糖かぁ」
違和感の正体を明かされ、はやてからスプーンを受け取ると、ひょいひょいと口に運んでいく。
すると、
「熱っ!?」
ココットの底近くのクリームを口に含んだ際、雄一は顔をしかめた。
どうやら、舌を火傷してしまったらしい。
「雄君、大丈夫なんか!?」
「心配ない。舌を火傷しただけだ」
「ホンマか? ちょう見せてみ?」
はやてに言われ、大人しく舌を出す雄一。
はやては、車椅子から身を乗り出すと、雄一の両肩に手を掛け、至近距離で覗き込んだ。
「んー、ちょっと赤くなっとるな」
「ひゃやへ、ひはいひはい(はやて、近い近い)」
「何言うてんのか、判らんなー♪ せや、私が舐めて癒したろか?」
舐める? どこを? と疑問が雄一の脳内を埋め、理解した途端、雄一は半目になると、はやての額をデコピンで弾いた。
「あたっ!? なにするん!?」
「そういうのは、将来大切になる人にとっておけ」
「
「はやて? 今何か」
「何も言ってへん!」
「???」
突然不機嫌になったはやてに、雄一はただ首を傾げるばかりだった。