sideクロノ
「危険?」
「でしょうね。まだ、彼に触れてはいけない理由が見えてこないもの」
首を傾げる僕達に対して、母さんやプレシアは冷静にカナメに問うた。
『説明より見てもらうのがよかろ。リンディ殿、主殿に何か尖ったもの、そうだな注射針などを刺してみてくれぬか?』
「注射針、ですか?それで何がわかるんです?」
『見ていれば分かる。ああ、直接やらずに何か、マニピュレーターを使え』
注射器を取ろうと手を伸ばした母さんは、カナメに言われて首を傾げながらマニピュレーターを操作した。
マニピュレーターが動作し、雄一の腕の血管に先端に付いた針を突き刺し、
わずかに針が食い込んだ途端、マニピュレーターが削り取られたように消失した。
「なっ!?」
思わぬ事態に全員が息を呑み、カナメに無言で説明を求めた。
『これが主殿に触れることを止めた理由じゃ。以前の<アルス・マグナ>であれば脈を取る程度ならば問題はなかったが今回は分からぬのでな。今の主殿は「眠り姫」・・・・・・この呼び名もふさわしくないから「眠り子」といったところかの。「眠り子」となった者は<アルス・マグナ>がその一切を守るのじゃ。そして、<アルス・マグナ>は「眠り子」への害意に牙を剥く。その結果がこれじゃ。主殿の体を傷つけることは何者にもできぬ』
「で、ですがこれでは生命維持装置の装着も不可能です! このままでは彼は衰弱して死んでしまいますよ!!」
母さんの驚きはもっともだ。
人の体は眠っていてもエネルギーを消費している。
さらに、発汗などで水分も失われると、体機能に異常を引き起こす。
雄一の死、という未来になのは達が凍り付くが、その心配もカナメは否定した。
『その心配もない。<アルス・マグナ>に捕らわれたものはただ眠り続けるが、その間一切の干渉を受け付けぬ代わり、<アルス・マグナ>がその身を生かし続ける。生命維持装置のない時代でもそうであったのじゃ。今でも問題はなかろう』
「なんだそりゃ・・・・・・デタラメじゃないか」
アルフが呆れたように呟くが、死ぬ訳じゃないことに胸をなで下ろした。
すると、
「カナメさんだったわね。ちょっといいかしら」
プレシアが手を挙げた。
『なんじゃ?』
「さっきあなたは彼を『眠り姫』と呼んだわね。そして、彼が言っていた『精杯の姫』。もしかしてこれは同じものを指すのではないかしら?」
「『精杯の姫』?」
念のため、なのはやフェイトを見るが二人も知らないらしく、首を傾げている。
知っているのはプレシアだけらしい。
カナメも驚きの声を上げた。
『ほう。さすがは大魔導師といったところかの』
「話を聞いていれば分かるわ。貴女の言う<アルス・マグナ>の能力は、彼が言っていた<精杯>の起こす奇跡と酷似している。なら、それをイコールで繋がってもおかしくないわ」
『なるほど。結論からいって、その推測は正しい。「姫」という呼び名は、あの血脈の女子を対象にしておったからじゃから、主殿を「精杯の姫」と呼ぶのもおかしいのじゃが』
「そんなことはおいておきなさい。それで、肝心の質問に移りましょう。彼は目覚めるの?」
皆が聞こうとしていた質問に、空気が張り詰める。
張り詰めた空気の中、カナメはゆっくりと言葉を発した。
「それは、分からぬ」
「分からない? 貴女はその<アルス・マグナ>とやらに随分詳しいようだけど、何か知っていれば話しなさい」
『・・・・・・目覚めた例は一つだけある。だがそれは、あやつらが双子だからできた例外じゃ。主殿には当てはめられぬ』
「構わないわ。何が手がかりになるか分からないもの。まず<アルス・マグナ>とはなんなの? いえ、そもそも精霊とはなんなのかしら?」
不可能と断じるカナメをプレシアはさらに問い詰めた。
二人の間で火花が散るように見える中、二人の戦いで先に折れたのはカナメだった。
カナメはため息をつくと、さらに詳しく説明してくれた。
『精霊は、元々大陸先住民クーランが祀っていたものじゃ。彼らが祀る精霊には様々なものがおったが信仰を受けて力を振るうことは共通しておった。クーランは彼らを祀り、糧を得ることで生活をしておった』
「信仰を受けて力を振るう? けど、<クフ・リーン>とかを祀っている信仰聞いたこともない」
氏族が遺跡探索を生業とするスクライアが反論するが、カナメは然もありなんと肯定した。
『無理もない。その信仰はこの世界のものじゃし、なによりクーランは多くを殺されたのじゃ。大陸に入ってきた開拓民の手によってな』
精霊を祀り糧を得るクーランの文化圏に現れた外敵フロアティナ。
最新鋭の銃器で身を固めたフロアティナと、強靭な肉体と精霊が生み出す奇跡で発達した身体能力を振るうクーランの戦いは熾烈を極めたらしい。
『その最中、多くの氏族が失われ、精霊は祀る民を失った。そして、世界をさまようようになり、人に憑いたのが<クフ・リーン>や<沙波>といった契約精霊であり、憑かれた人間が契約者じゃ』
「なら、<アルス・マグナ>も?」
元々クーランが祀っていたものなのか?
問うが、カナメは否定した。
『<アルス・マグナ>はむしろフロアティナで生まれた信仰じゃ。オルダー教の祖が起こした奇跡と結びつき、膨れ上がった契約精霊。じゃが、<アルス・マグナ>は因果に干渉できる。その力を使えばオルダー教そのものを無くせるほどに膨れ上がった力は、オルダー教を恐れさせた。そこから、<アルス・マグナ>の力を得ようとする者達と、彼らが『精杯の姫』と呼んだある血脈の娘の歴史が始まったのじゃ』
「・・・・・・精霊と<アルス・マグナ>については分かったわ。それなら、その双子はどうやってその流れを破れたの?」
『鍵となったのは、<アルス・マグナ>の鏡を生み出したことじゃ。名を「空白の契約書」といったそれは<アルス・マグナ>の鏡として効力を発揮したことで、最後には<アルス・マグナ>を殺してみせたのじゃ』
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今、<アルス・マグナ>は死んだって言わなかったか!?」
『然様。本来<アルス・マグナ>は失われているはず。なのに、主殿はそれを宿しておる。主殿には驚いたが、何か意味があるのじゃろう。私はそう思っておる』
「そう・・・・・・カナメさん、私からもいいでしょうか?」
『構わぬ。なんじゃ?』
すっ、と母さんが手を上げる。
「その『空白の契約書』はどのようにして作用するものなのでしょう? その効果を魔法でサポートできればあるいは」
『残念じゃが、不可能じゃ。『契約書』は契約者が交わすことで精霊の力を写し取る。その力を積み重ねることで<アルスマグナ>と同等に至ることが目的だったのじゃ。魔法とは異なるものじゃから、受けつけぬじゃろ。そして、問題はまだある。『契約書』は主の背に存在しておる』
「背中・・・・・・もしかして、あの刺青!?」
「なら、それを使えば雄一を起こせるの!?」
それを見たことがあるなのはが驚き、希望に顔を輝かせるフェイトだったが、カナメはその希望も否定した。
『残念じゃが、主の持つ「契約書」は不具合を起こしておるのじゃ。目処は立っておらんから、この線からは難しかろう』
「そんな・・・・・・」
顔を悲痛に歪ませて二人が落ち込む。
それを見た母さんが再びカナメに問うた。
「なら、その双子の名を教えていただいてよろしいでしょうか。何か、ヒントが得られるかもしれませんので」
『・・・・・・。正直、気が進まんが、この際文句ばかりを言うてもおれん。そやつらの名は』
「エルミナ・ヴァレンシュタインとエミリオ・ヴァレンシュタイン。その二人の調査はどうなりました?」
「今エイミィが記録を遡っているところよ。ただ、あまり芳しくはないようね」
母さんがため息をつく。
一月経っているがそれらしい報告が上がってこないのだから、無理もない。
どうやら契約者の情報はあまり表に出ないらしく、使える情報がないらしい。
そろそろ、別方向からの調査に切り替えるべきだろうか。
煮詰まっている僕を見かねたのか、母さんが話題を変えた。
「そういえば、フェイトさんはどうしているのかしら?」
「たぶん、医務室でしょう。雄一の傍にいるようです」
「そう・・・・・・辛いでしょうね」
「けど、この書類で少しは安心させられるはずです。裁判を大きく揺らがせるでしょうし、少なくとも、あの家族が離れ離れになることは避けられます」
「そうね・・・・・・。ですが、それで諦めるつもりはありません。クロノ執務官、改めて命令します。なんとしても、榊雄一を目覚めさせる手段を探し出してください。それが、我々が、事件を最良へ導いた彼にできる恩返しです」
「了解しました!」
否があるわけがない。
母さん、じゃなくて艦長に敬礼し僕は、もう一度エイミィに進捗を訪ねてみよう、と資料室に足を向けた。
次回からは再び八神家サイドに戻るつもりです。
ではまた次回!