同時刻。
なのは達も何の因果か、海鳴スパラクーアを訪れていた。
彼女の姉の美由紀とエイミィが意気投合した末のものだったが、なのはとフェイトの友人であるアリサとすずかも招かれていた。
本来もっと楽しめるもののはずだったが、なのははいまいち楽しめずにいた。
「・・・・・・ふぅ」
陰鬱な気分を少しでも吐き出そうとため息をつくが、かえって気分が重くなる始末。
アリサやすずかも気にかけているが、以前のこともあり、深くは踏み込もうとはしていなかった。
事情を知るエイミィは美由紀と話しているし、姉である美由紀は、なのはの事情を知らぬ為手を出せずにいる。
今回の誘いも気分転換になれば、と思ってのものだった。
よって、踏み込んだのはフェイトのみだった。
「なのは? ため息ついてどうかした?」
「あ、フェイトちゃん・・・・・・ううん、なにも」
フェイトに気がついたなのはは笑顔を作って首を振るが、その笑顔が無理矢理作られたものであることはフェイトにも分かった。
そして、なのはがそうなった理由を知っている身としてどうすべきかを考えだした。
発端は彼女がシグナム達の襲撃を受けた日。
闇の書の主と見られていた人物、ペインについて聞いたときからだ。
「死んでるって・・・・・・え、どういうことですか?」
『どうもこうも言葉通りじゃ。あやつは既に死んでおる。私もそれを看取った一人じゃ』
「ちょっと待ってください。カナメさん、貴女は随分事情を知っているようですが、そもそも貴女は一体何者ですか? 貴女の口振りだとまるで」
カナメの言葉にリンディが鋭い視線を向ける。
正体を問いただそうとするが、途中で口ごもった。
だが、カナメはその予想をあっさり肯定した。
『左様。お主の予想通り、私の人格データは人間だった頃の魂をベースに作られておる』
「な!?」
『だが、今は私のことは問題ではなかろう。今、問題なのはあやつについてじゃ』
驚く皆をおき、カナメはスクリーンに意識を向けさせる。
そこに映されている軍服の男。
「・・・・・・そうだな。彼は一体何者なんだ? さっきはその、死んでいるとか」
いちはやく復活したのはクロノだった。
『・・・・・・あやつは二代前の精杯の姫の夫の執事だった男じゃ。その後屋敷を離れたが、オルダー教の宣教師として活動し、姫を守ろうとしおった。その結果、ラチナスで最強の契約者まで上り詰めたのじゃ』
「能力・・・・・・あの黒い花のようなものだね」
エイミィがコンソールを操作すると、ペインが結界を破壊する場面が映される。
銃声とともに、奇妙な音を立てて結界に咲いた黒い花。
その場面で映像を止めた。
「解析したら、その黒い花に見えるのは、重力場だった。巻き込まれたら、バリアジャケットごとあっさり潰されるだろうね」
『じゃろうな。しかし、強力な反面制約も大きい。あやつの能力は血を付けることで発動するのじゃ』
「ということは、血に触れなければいいのか?」
『甘い。あやつの持つ銃には、あやつの血を封入した弾丸が装填されておる。障壁なぞ張ろうものなら、あっさり狙い撃ちされるぞ』
クロノが光明を見出したかのように喜ぶが、カナメはそれをあっさり破壊した。
そのとき、フェイトがおずおずと手を挙げた。
「あの、前に雄一に聞いた話だと、契約には対価があるんですよね。なら、そっちから攻めることはできないですか?」
それは一見名案に見えた。
雄一は対価の影響を受けないが、彼以外ならあるいは、と考えるのも無理はない。
例えば、<クフ・リーン>なら、日光に晒させることができれば相手は火傷を負うし、<ハヌ・マーン>ならば、痛みを感じないのだから奇襲をしやすい。
だが、カナメの声は低いまま変わらない。
『・・・・・・あやつの対価は、戦況に直接影響するものではないのじゃ』
「? どういうこと?」
『あやつの対価は・・・・・・寿命じゃ』
カナメの言葉に、場の空気が凍り付いた。
凍った空気の中、カナメは問いを投げた。
『私も聞いた話で、詳しいわけではないから偉そうにはいえぬが、人間の心臓が一生で何回うつか知っておるか?』
「確か・・・・・・約二十億じゃなかったかしら?」
プレシアの応えにカナメは肯定を返す。
『その通り。そして、その回数はどの動物であっても等しいとされておる』
「けど、体の小さいほど寿命は短くて、大きなものほど長生きなんじゃないのかい?」
アルフの素朴な疑問。
『それがこの話の肝じゃな。アルフの言うとおり、図体のデカいものほど寿命は長い。そして、鼓動の回数も決まっておる。ならば、なにが違うと思う?』
「ん? えーと・・・・・・」
考え込むアルフ。
他の者達も首を傾げる中、プレシアやリンディなどの年長者は子供達が悩む様子を眺めている。
やがて、フェイトが正解を口にした。
「もしかして、速さ?」
『左様。一般的に人間なら一秒に一拍とされておるが、これがネズミならば一秒に複数回打つし、逆にキリンなどなら数秒に一回の鼓動じゃ。そして、あやつの心臓は常人の三倍の速度で動いておるのじゃ』
「三倍って・・・・・・ちょっと待って! それじゃ、あの人の寿命は」
「およそ三分の一、だって言うのか?」
ユーノの言葉を継いで顔を険しくするクロノ。
二人の疑問の答えは是。
だが、カナメのもたらす情報はまだ終わらなかった。
『そして、あやつの対価は、あやつ自身も思いもしない効果をもたらした』
「思いもしない効果?」
その言葉にフェイトの脳裏によぎったのはペインが逃亡するときに起きた現象。
「まさか、あの時の?」
『いや、おそらく違うものを考えておるだろう』
目の前から一瞬で姿を消した件かと問うが、カナメはそれを否定した。
『あやつの能力のもう一つの効果は身体能力の強化じゃ』
「ん? なら大したことはないんじゃないかい?」
突拍子のない能力でないことに肩透かしを受けたように安堵するアルフ。
だが、クロノやフェイトなどは表情を険しくする。
「アルフ、そんな単純じゃない」
「フェイト?」
「フェイトやアルフのような接近戦型だったら、運よく彼に接近できたかもしれないけど、その身体能力が相手じゃ迂闊に組むこともできない」
「かといって、遠距離なら勝ち目があるかといえば、あの銃の存在がある。あの速度だと私でも避けられるか」
クロノとフェイトの様子に契約者の厄介さを再認識する。
だが、場の空気が落ちる中、リンディが立ち上がった。
「皆さん、今日は一度解散しましょう。今の状態ではいい案も出ないでしょうし、なのはさんも休ませなくてはいけません」
その後リンディに応じるように、皆解散したのだが、今日まで具体的な方策は見つかっていない。
なのはのため息は、何もできずにいる現状への苦慮もあるのだろう。
「なのは・・・・・・大丈夫だよ」
「フェイトちゃん?」
フェイトはなのはを背中から抱きしめると、優しく囁く。
「一人で悩まなくても、皆が一緒に悩んでくれる。何もできない、と思うなら、何かできることを探せばいい」
「何ができるかな?」
「大丈夫だよ。私も一緒に探すから。ペインもシグナム達も何とか話を聞かせてもらう。その方法を」
「フェイトちゃん・・・・・・うん! 一緒に頑張ろう!!」
僅かに体をよじり、フェイトと顔を合わせて笑顔になるなのは。
穏やかな空気が二人の間で流れ、
「ぅりゃー!!」
「「きゃー!?」」
どこかから飛ばされてきた水塊に驚き、穏やかな空気は吹き飛んだ。
二人が振り返ると、空の桶を片手に仁王立ちするアリサとその背後でおろおろしているすずかの姿があった。
「もう! いつまで二人の世界を作ってんのよ!」
「アリサちゃん、ずっと二人を待ってたんだよ? 皆でいろんなお風呂に行きたいからって」
「うぅ・・・・・・ごめんね、アリサちゃん」
「ごめん、アリサ」
怒るアリサの心情を代弁するすずかに、二人はアリサに頭を下げた。
元々怒りの長続きしないアリサは、謝られあっさり矛を納める。
「ほら、早く行くわよ! あっちに面白そうなお風呂があって」
「アリサちゃん、こっちのも面白そうだよ」
新しい目的地めがけて駆けていくアリサ達。
彼女達に続こうと、フェイトはなのはに手を差し伸べた。
「なのは、行こう!」
「うん!」
その手を掴んだなのはの表情は、先ほどまでの曇りが消えた笑顔だった。
・ペイン(男)
元ヴァレンシュタイン家執事。リカルド・ヴァレンシュタイン付きの執事であり、当時執事見習いだったドミニクの上役。顔に似合わず手先は器用であり、絵を描くことを特技としている。彼の首に掛かっているロケットにはエルミナ達の母であるヴィオラの肖像画が収まっている。
ヴィオラに恋心を抱いており、眠り姫となった母のために夢を諦めて、貴族であるリカルドと結婚しようとするヴィオラを救うため、リカルドを殺そうとする。そのために、暗殺家業であるドミニクに依頼するがわざと失敗させる。その後、屋敷に身を買われたドミニクがヴィオラと心を交わせるのを見るうち、ドミニクにヴィオラを任せようと考えるが、ドミニクと意見が食い違い敵対。敗れたのち、宣教師となった。
相手の防御を無視できる能力と、爆発的な身体能力で、ラチナス最強の能力者となるが、対価で寿命が短くなっており、<アルス・マグナ>との戦いの数ヶ月後に世を去った。
・ミリエラ(女)
宣教師メンバーの一人。植物を操る精霊<ダー・ナーン>と契約している。対価は「呼吸」であり、植物のように日光を浴びることで酸素を生み出さなければ行動できない。そのため夜には生命活動が低下してしまう。騒がしい女性で、対価の影響で薄着でいるのをジェノバに痴女と勘違いされて激昂した。
髪飾りに使っている花はシャウロンという毒草であり、その花粉は僅かに吸うだけで血液を破壊するとされる。マルクも吸ってしまい、戦闘中苦戦した。他にも棘の蔓や鋭い葉などを持つ植物を生やすことで攻撃手段としている。
ペインの身を案じる女性で、髪飾りのシャウロンは彼への応急処置の薬でもある。シャウロンはその薬効として、強心剤の材料ともされており、すぐに投与できるよう、植物の開花も操作できる彼女が付き添っていた。
エピローグでは、ペインを喪った後、彼の忘れ形見を体に宿した状態でエルミナ達に、彼が手がけた肖像画を渡した。