管理局の追跡を撒いたのを確認して、八神家に戻ってきた雄一は、少々気後れしながら、リビングへ続く扉を開けた。
「・・・・・・ただいま」
「あ、帰って来た! シャマル!」
「あ、いま帰ってきました。はい、はい、いま代わりますね?」
雄一に気がついたヴィータの声に、受話器を手にしたシャマルが視線をこちらに寄越した。
そのまま、受話器を雄一に差し出した。
「<誰? というか、はやては?>」
「<そのはやてちゃんよ。丁度電話していたところだったの。はやてちゃん、友達の家にいるって>」
はやての友達、という条件に雄一が思い浮かべたのはすずかの顔だった。
とにかく、受話器を受け取る。
「もしもし、はやてか? ペインだ」
『あ、ペインさんか? 遅かったんやな?』
一応傍に誰かがいる可能性を考えて名乗ると、聡いはやては意図を察して合わせてくれた。
ただ、言葉に棘を感じるのは気のせいではあるまいが。
「すまない。今は友達の家か?」
『せや。すずかちゃんの家にお邪魔してるんよ。二人だけでお鍋いうんも寂しいし。ところで、ペインさんはなんで遅かったん?』
はやての問いに、雄一はシャマル達に念話を繋ぐ。
「<俺の事は何か説明した?>」
「<その前に帰って来たから、まだ何も。けど、何て説明するの? 本当の事を言うわけにもいかないだろうし?>」
「<・・・・・・一応確認しておくけど、俺が皆と一緒だったとかは言った?>」
「<? うーん、言ってなかったと思うわ。けど、それがどうしたの?>」
「<任せておけ>ああ、実はな・・・・・・」
シャマルに確認を取ったことを踏まえて。
「実は、街をうろついていたら、妙な連中に絡まれている人を見かけてな。気がついてしまったものは仕方ない、見ない振りも気分が悪い、そう思ったら、その場に飛び込んでいてな。で、そいつらを制圧したはいいんだが、そいつらが応援を呼んだんだ。その間に絡まれていた人は逃げてるし、そいつらは俺を狙ってくるし。で、結局そいつらを撒くために隣街までいく羽目になってしまったんだ」
「<よく、あんなにぺらぺらと嘘が言えるもんだ・・・・・・>」
ちなみに、絡まれていた人達=雄一達。妙な連中=管理局員。呼ばれた応援=なのは達と変換してみよう。
スラスラと嘘を言う雄一を、呆れたように見るヴィータが念話でこぼした。
「<ヴィータ、ウルサイ>そういうわけで、鍋に参加できなくて悪かった。今度何か埋め合わせを」
『ううん、それはええんやけど』
「? はやて?」
『なあ、ペインさん。私、ちょっと気になったことがあるんやけど、聞いてもええかな?』
「ん? あ、ああ・・・・・・(あれ? 何か雲行きが怪しくなってきたような?)」
電話越しにも分かるほど低く沈んだはやての声に、顔を引きつらせる雄一。
声の聞こえないヴィータ達は雄一の様子に首を傾げている。
『その絡まれとったっていう人って女の人?』
「え、あ、ああ、そうだな?」
『・・・・・・。へぇ、そうなんや・・・・・・』
ゾクゥ!!
真実味を持たせようと、つい、そう答えた途端、電話越しにも伝わるような冷たさを帯びた声に、背筋が震え上がった。
「は・・・・・・はやてさん?」
『その女って美人やったん? ペインさんが助けに行くんやから美人やったんやろーなー』
「い、いや! そんなことはないぞ!」
ようやく事態を悟った雄一が止めようとするが、はやては止まらない。
『そんなんで、すっぽかされた私は可哀想な女やなー。そう思わんかー?』
「あのな、はやて・・・・・・少なくとも、名前も聞いてないし、何も受け取ってないんだから、発展する余地はないから」
『・・・・・・ホンマなん?』
雄一の弁明に、一応聞く耳は残していたのか、一転して拗ねるような口調になるはやて。
「本当だ。だから機嫌、直してくれないか?」
『・・・・・・しゃあないから、今回は許したるわ』
拗ねた口調ながら、一応の御許しに一息つく雄一。
『やっぱ、なんかあったやろ!』
「ないって!!」
それを聞き咎めたのか、はやての勢いが再燃した。
『うぅ~・・・・・・まあええ。埋め合わせ、期待しとるでな!』
「はいはい・・・・・・あまり夜更かしするなよ?」
『それは確約できひんなぁ。シャマルにも言うたけど、冷蔵庫にお鍋の具が入ってるから、鍋に入ってるお出汁温めて皆で食べてな』
見ると、机の上には人数分の食器が伏せられていて、中央にはコンロに据えられた鍋があった。
今は見れないが、はやての言うとおり、具材が冷蔵庫に入っているのだろう。
「ああ。本当にすまなかった」
『もうええって。無事やったんやし、気にせんといて。ほな、シグナムに代わってくれへん?』
「分かった。ヴィータ、シグナムを呼んできてくれ」
「あいよー」
シグナムの姿が見えず、ヴィータに頼むと、窓の方へ向かう。
どうやら庭に出ていたらしい。
ヴィータに呼ばれてきたシグナムに受話器を渡すと、雄一は庭の方へ向かう。
そこにはシグナムと話していたのだろう、シャマルの姿があった。
「ああ、雄一君。丁度良かったわ」
「丁度良かった? 何かあったのか?」
「あの仮面の人のことなの。あの人、一体何者なのかしら?」
仮面の男達の話題に、雄一の目が鋭くなる。
「分からない。シャマルはどう思った?」
「さっき、シグナムとも話していたんだけど、私達のにも分からないの。少なくとも当面の敵ではなさそうだけど」
「敵ではなさそう、か。そういえば、あいつらは何をしに来たんだ?」
念話では状況が分からなかった雄一は、その時の事を問うた。
「助言のつもりだったようね。闇の書の魔力を使って結界を破れ、って」
「どういうことだ?」
「闇の書に蓄えた魔力を開放しろ、ってことね。事実、そうしていたらあの結界を吹き飛ばすだけの魔力爆撃を撃っていたと思うわ」
「魔力爆撃とは、また物騒な響きだな・・・・・・けど、そんな威力のものを使ったら、頁は減るんじゃないのか?」
雄一が思い至った疑問。
魔力を蓄積することで力を発揮する闇の書に開放させるとは何ぞや?
「魔力を開放したら、その分だけ頁は減るわ。あの人は使った分はまた集めればいいって言ってたけど」
「気楽に言ってくれる。実際使ってたら、どれだけ失ってたんだ?」
「少なくとも、この前のあの白い娘から蒐集した分は使いきると思うわ」
「・・・・・・本当に気楽に言いやがって」
仮面の男達の言葉に顔をしかめる雄一。
ただ、気になる点もあった。
「けど、やっぱり味方とは思えないな」
「一度襲われているから?」
「それもあるけど、俺達に味方である事を印象付けたいなら、それこそあいつらが結界を破壊しても良かったはずなんだ。けど、あえてシャマルの前に姿を見せて破壊を促した」
少なくとも、仮面の男達の存在は管理局の側も感知していなかったはずだ。
その方が動き回るには便利なのに、あえて姿を晒した理由。
まるで、
「まるで、シャマルにやらせることで、俺達と管理局とを完全に敵対させようとしたみたいに思えるんだよ」
シャマルに促したのは、闇の書の危険性を思い知らせるような、一種のデモンストレーションだったんじゃないか、と雄一は考えていた。
だとしたら、彼らの目的は何だろうか?
考え付くのは、やはり怨恨の類だが。
「ちなみに、あいつらに見覚えとかは?」
「ううん。それがまったく無いの。だけど前に雄一君が襲われていたから、あの人達の案に乗らずに済んでホッとしているわ。雄一君のアイデアのおかげね」
「無事に上手くいってよかったよ」
だが、と雄一は眉根を寄せた。
「どうしたの? 何か気がかりでもあるの?」
「いや・・・・・・これで、向こうに俺の手の内がばれたからな」
そう。
カナメは、ペインと榊雄一を結び付けるには至っていないが、その能力には気がついているだろう。
彼女はおそらく、能力の内容も、その対処も知っているだろう。
だとしたら、<ニーア・ブー>や<フィン・ターン>は迂闊に使うと却って状況が悪くなることになりかねない。
それを伝えると、さすがのシャマルも難しい表情を浮かべた。
「うーん・・・・・・それは確かにまずいかも・・・・・・それについては後で皆と話し合いましょ?」
「そうだな・・・・・・他に何かあるか?」
「そうね・・・・・・あ、そうだわ! これを伝えておかなきゃ! 雄一君のおかげで、闇の書の頁を使わずに済んだから、頁が四二一頁まできたわ」
「ん? 俺が頼んだのは五五〇頁だろ?」
首を傾げる雄一に、シャマルは笑って首を振った。
「違うの。蒐集が四〇〇頁を超えると、管制人格が起動するの」
「管制人格?」
「私達守護騎士プログラムの上位存在よ。彼女が起動すれば、雄一君の疑問にも応えられるかもしれないわ!」
「へえ? 確かにそれは朗報だな」
「でしょう!」
「いや、それは不可能だ」
喜んでいる雄一達に水を差す声が割り入った。
振り返ると、ザフィーラが庭に下りてきていた。
「どういうことだ、ザフィーラ?」
「シャマル。管制人格を目覚めさせるのに必要なのは蒐集頁だけではない」
「え? ああ!」
ザフィーラの指摘に、シャマルは何を思い出したか固まった。
その様子に嫌な予感を覚えつつ、雄一は恐る恐る問うた。
「えっと、何があったんだ?」
「そのぅ・・・・・・管制人格の起動には四〇〇頁以上の蒐集の他に、起動許可が必要なの。けれど、それははやてちゃんしか出せなくて・・・・・・」
「主が蒐集の事実を知らぬ以上、起動許可を求めることはできぬ」
そこまで言われれば、雄一にも分かった。
だが、一縷の望みを抱きつつ、続きを促した。
「えーと・・・・・・つまり?」
「つまり・・・・・・管制人格を起こすのは、全頁を蒐集した後になる・・・・・・ってことね」
・・・・・・。
「それじゃ、遅いじゃねえかー!!」
「ごめんなさーい!!」
『何か騒がしいけど、どないしたん?』
「え、ううん、なんでもないよ? ただ、鍋に変な調味料を入れようとしたシャマルをユウが止めただけだから」
『それは確かに止めなあかんなー』
(ヴィータ、お前も雄一のことは言えんだろう)
庭から聞こえた絶叫を咄嗟にごまかすヴィータの姿に、シグナムは一人ため息をつくのだった。