リリカル世界を逝く影執事   作:ラッテンフェンガー

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第八十八話 契約書と少女の決意

 

プレシアが先導して一同はアースラの医務室へ向かう。

道中、プレシアの説明を聞くことに。

 

「それで、一体何があったというのです?」

「さっきアリシアを探しに行ったとき、彼を看ていた医療スタッフが知らせてきたのよ。眠りを示し続ける彼の脳波が一度乱れたの」

「それは前もあったけど、それとは違うの?」

 

問うフェイトに、プレシアは頷く。

 

「いい質問よ、フェイト。今回のは強いショックによるもので、前回のように強い痛みによるものではない。ただ、問題なのは刺激の種類じゃなくてそのタイミング。ちょうど、アルフがフェイトの異常を感じ取ったとき、もっと言えば、フェイトがコアを蒐集されて、アルフが駆けつけるまでにペイン達が何かをしたときとおおよそ一致するはずよ」

『そして、その何かとは「契約書」によってもたらされたものである可能性が高い、というのがおぬしの予想なのじゃな。事実、「契約書」は働いておるようじゃしの』

「さっきも聞きましたが、その契約書は一体どういったものなのでしょうか?」

 

事情が分からぬリニスが質問する。

一人、<アルス・マグナ>の異常性を知らぬリニスには、『契約書』の力の大きさもピンと来ないものだった。

さもありなん、とカナメは改めて説明しようとし、

 

「あたしもそれは聞きたいね。主に契約しちまうとどんな厄介なことが起きるのか、について」

「アルフ!?」

 

いつの間に現れたのか、カナメを睨むアルフに驚くフェイト。

アルフは鋭い目でカナメを問い詰めた。

 

「ペインから、フェイトに伝言を預かった。『何か異常があったら自分を恨め』って。一体どんな不味いことが起こると思っているのか。そして、実際に起こるのか。あんたは知ってるんだろ、カナメ?」

『・・・・・・先に言っておくが、私の知るものと主の背にある契約書は似て非なるものじゃ。それを覚えておけ』

「構わないよ。いいから、教えてくれないかね」

『・・・・・・まず、契約書は血を交わすことで成立するのじゃ』

「血を? けど、待ってもらえるかしら? 検査のとき、フェイトにそんな傷は無かったわよ?」

 

カナメの説明の冒頭から、プレシアが問いを飛ばした。

リニスが抑えようと袖を引く。

 

「プレシア、まずは説明を聞きましょう。話が進みません」

「え、ええ、そうね。ごめんなさい、続けてもらえるかしら」

『リニス以外は知っておろうが、本来、契約者は精霊に対価を捧げることで異能をその身に宿した者達じゃ。異能は強力じゃが、それに対して対価もまた大きな枷となる。「日の下を歩けない」「目に写る景色が灰色になる」「痛みを感じなくなる」。そして、「体が液状化する」。これらを持った状態でまともに生きられるはずはない。ほとんどの契約者はそれすらも呑みこんでいるものじゃがな』

「じゃあ、契約書にはどんな意味があるんだい?」

 

結論を急ぐアルフ。

カナメも、まずアルフを落ち着かせようと、結論から説明することに。

 

『契約書に署名することで、契約者の側は、絶対服従を代償に模造した対価を返還されるのじゃ』

「絶対服従だって!? それって大事じゃないか!?」

『安心せい。さっきも言ったが、私も知る契約書とは変わっておる。おそらく別の条件付けがされておるのじゃろう』

「どうしてそう思うんだい?」

『それは』

 

アルフに答えようとしたとき、一同は目的地である医務室にたどり着いた。

 

『ちょうどよかろ。実際に契約書を交えながら説明するとしようか』

 

 

 

 

医務室に入った一同の目の先。

ベッドの一つで眠り続ける雄一の姿があった。

体の各所から、コードが延びているが、生命維持装置の類は付けられていない。

 

「いつ見ても異様ね、これは」

「そう、ですね」

 

眉をひそめるプレシアに消極的に同意するリニス。

一切の補助もなく、ただ眠り続ける。

普通は水を取らなければ脱水症状を起こすし、他にも色々と問題はあるはずだ。

だが、雄一にはその一切が不要、というか設置できないのだ。

点滴を刺そうにも、針を攻撃とみなされ消し飛ばされかねないし、水を経口で飲ませようにも吐き出してしまうのだ。

 

『さて、先ほど、契約者と契約書の関係に触れたが、此処で問題じゃ。主と普通の契約者の違いは分かるか?』

「複数の異能を宿していることかい?」

『それもあるが、もっと決定的なことがあるじゃろ?』

「あ、対価がないこと?」

『然様』

 

付き合いが比較的あったフェイト達が答えると、カナメはそれを肯定した。

 

『主は、本来契約者が負っているはずの対価を必要とせずに異能を使える、我らからしても特異な存在じゃ』

「けど、おかしくないかい? 契約者に対価を戻す契約書なのに、戻す対価がないんじゃ、契約する意味がないんじゃないのかい?」

 

アルフの疑問に頷く一同。

だが、カナメは否定した。

 

『主が契約するわけではないからの。主は契約書に署名する側ではなく、契約書を差し出した側じゃ。署名したのはフェイトの方じゃよ』

「けれど、それなら尚更おかしいじゃんか! フェイトは契約者じゃないのになんで契約できたんだい!?」

 

アルフの疑問に、推測だが、とカナメは先置きした。

 

『おそらく、契約書が魔法を異能と解釈したのじゃ。だから、契約書が機能したのじゃろ』

 

魔法文化のないこの世界では、契約による異能もデバイスによる魔法も大差はない。

無理からぬ話だろう。

そのなか、ふとリニスは疑問に思ったことを尋ねた。

 

「ちょっと待ってください。先ほどのは署名側の話ですよね。なら、相手はどういった効果があるのですか?」

『契約書の方は、その精霊の異能を限定的に使えるようになる、といったところかの。擬似的に複数の異能をその身に宿すといえば分かりやすいじゃろ』

「それって雄一の」

 

カナメの説明に、雄一の戦い方が理解できたフェイト。

カナメはそれに答えず、話を続ける。

 

『だが、これが契約書が問題ないという根拠の一つじゃ』

「どういうことかしら?」

『契約しようにも、フェイトは契約者ではないから対価を喪失しておらず、主の方も既にその効果を宿しており、契約を重ねた先の目的もない。だから、今までの条件では旨味がないし、今回の現象とは合致せぬからな』

「そういえば、プレシアは彼のその、契約書ですか。それを見て何かに気がついたんですよね。何があったんですか?」

「見たほうが早いわ。リニス、アルフ手伝いなさい」

 

言うと、プレシアは雄一の体に手を伸ばした。

機械操作腕の末路を目にしたフェイトは慌てて止めようとし、

 

「・・・・・・あれ? 触れてる?」

 

プレシアが雄一を抱き起こすのを呆然と見つめた。

 

「どうやら、これくらいの接触なら問題はないみたいね。アルフ、支えておいて。リニスは彼の背中を見えるようにして」

「あいよ」

「はい」

 

プレシアの指示に従い、雄一の病人着を脱がせる二人。

露になった背中の文字群の中、<沙波>の横に<フェイト・テスタロッサ>の文字があった。

 

『なるほど。これを見て、契約のことに思い至ったのじゃな』

「そういうことよ。契約者とかについては貴方達から聞いていたから。それで、貴女から見て何か思いつくことはあるかしら?」

 

それを聞くのが目的だったのだろう、プレシアがカナメに問う。

カナメはしばし沈黙すると、

 

『おそらく、アルフが感知した強力な魔力は契約によるものじゃ』

「どういうこと?」

『契約書がこの世界でどう変化したか。これはその仮説として聞いてもらいたいが、「模造した対価」を作り出す魔力がそうやって表出したのではないだろうか?』

「けど、フェイトにはそんな傷は無かったわ」

 

反論するプレシア。

だが、カナメもそれに応じた。

 

『おそらく、その魔力が回復という形で発揮されたのじゃろ。その証拠に、蒐集されたはずのフェイトのリンカーコアにそのような形跡はなかったのじゃろ?』

「そのよう・・・・・・ですね。問題無しだそうです」

 

カナメに、カルテを見ながらリニスが答える。

 

「じゃあ、この文字はどんな意味があるんだい?」

『そこまでは分からぬよ。ただ、フェイトが異能を使えるようになる、というわけではなさそうじゃ』

「そうなの?」

『<沙波>は主の方におるからの』

「それってカナメには、精霊が何処にいるかが分かるってこと?」

『<クフ・リーン>ならはっきりと分かるじゃろうが、私には無理じゃな。ただ、<沙波>は別じゃ。こやつとは浅からぬ縁があるからの』

 

縁? 一同が首を傾げるが、カナメは喋りすぎた、と口を閉ざしてしまう。

仕方なく、リニスが別の話題に変えた。

 

「なら、この文字は何の意味があるんでしょう?」

『さて・・・・・・それを知るのは主だけじゃろ。その主がこの様ではどうにもなるまい。主が起きるのを待つしかあるまいよ』

「それしかないか。それで、カナメ。何か方法は見つかったのかい?」

『・・・・・・はっきりとこれだ、と言えるほどではない。じゃが、』

 

カナメは一拍間を空けて告げた。

 

『ペイン・・・・・・あやつは、その方法に繋がっておる気がするのじゃ。だから、あやつを捕まえねばならん』

「あの人を捕まえれば・・・・・・雄一が目を覚ます」

 

カナメの言葉に、フェイトは強く拳を握り、決意を固めるのであった。

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