第一部終了直後、主人公とデフさんの話です

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優しい記憶

主人公→ユザク

第一部ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えているのは大きく暖かかった手のひら。

それから低く穏やかに名前を呼ぶ優しい声。

 

遠い幸せの光景は、暖かくて…それでも届かない蛍火の様にほんの僅かな悲しみを連れてくる。記憶の中の父は記憶であるが故に変わることもなく、ただただあの日屋敷を出掛けていった背中のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

光も届かない暗い淵からゆっくりと浮かび上がる様に意識が鮮明さを取り戻す。

暗く浮かび上がることも出来ないと感じた闇に沈む時に聞いた声は何だったのか、差し出された腕は何だったのか…混濁した思考でぼんやりと思うが答えはない。ただあの時感じた死に行くような寒さだけは鮮明で、思わず身じろぎしたユザクはふと、己がとても肌触りの良い寝具に寝かされている事に気付いた。

 

(ここは…俺は一体どうなってしまったんだ?)

 

状況を把握するべく重い体を捻り周囲を見渡す。怪我などは特にないようだがとにかく身体がギシギシと痛むのだ…まるで自分の身体ではないかの様に。

 

何処か、上等な部屋に自分は寝かされているらしい。広い室内に人影はなく、大きく取られた窓からは雪はちらつくものの手入れされた庭…己が寝かされている寝具の柔らかさを考えるにどうやら自分は王宮の何処かで看病されていた様だ、ベッドサイドのテーブルに置かれた水桶とタオルがそれを物語っていた。

 

(確か…王都奪還の為に挙兵して…玉座でルギスと出会ってーー大丈夫、王女は無事だった。デフロットもアーデルハイド様も…モーリスも、みんな生きていた。ーーだけど…)

 

 

 

死を、覚えている。

抗いようの無い死…全てが黒く落ちていく様な、少しだけ寒い様な。

全ての感覚が抜け落ちていき、感じる事はできるが答える言は出来なかったあの記憶は確かに自分のもので。

 

(どうして、俺は…)

 

頭が混乱する。あれ程の怪我を負ったというのに、何故自分は肉体的に平然としているのか…何故身体が重い以外の変調すら無いのか。

それとも己の知らぬ間に季節が巡りでもしたのだろうかともう一度窓に視線を投げるが写るのは決戦のあの日、雪がちらついていたあの光景のままで。

 

(どうなっているんだろう…俺は一体?)

 

何か大事なものが抜け落ちたような不安定感。そんなものは幻だと振り払いたいのに振り払えない苛立ちに軽く眩暈を覚えた時に聞こえたのは、返る声を期待し無いおざなりなノックの音で。

 

「おーい、入るぞ…ってユザク!目が覚めたのかよ!」

 

手に持った書類が落ちる事も構わず駆け寄ってきたデフロットの姿に僅かに安堵し身体の力が抜けた。確かに彼の無事を知ってはいたがやはりこうやって無事な姿を確認し、知らずこわばっていた緊張がほぐれたのだろう…そんなユザクの表情に、彼は呆れたように。

 

「お前なぁ!お前が一番重傷だったんだったんだぜ?安心しましたーなんて顔してんじゃねえよ!こっちが安心したっての!」

「あ、ああ…すまない…?」

 

突然の剣幕に面食らい、瞳を瞬かせたユザクにデフロットは大きくため息をつく。そして苦笑しながら。

 

「まぁ、いいか。とにかく無事で良かったぜ…やっと終わったんだもんな」

「デフロット、あれからどうなったんだ?俺はどれ位寝ていた?」

 

とにかく状況を把握したい、そんなユザクの様子に苦笑しながらデフロットは落ち着けって、と軽く声をかけると、落とした書類を拾い集めながら。

 

「そんな経ってねーよ。今日で2日?だったっけ?実の所俺やモーリスのおっさんやアーデルハイド様も昨日起きたばっかりだ…ぼっちゃ、いや、王女サマは疲れてるのかまだ寝てるけどな」

「王女が…?」

 

王女が目を覚まさない、そんな言葉に表情を曇らせたユザクにデフロットはあーもう!と短く嘆息し、手にした書類でユザクの頭をはたく。驚いて目を白黒させた彼に、デフロットはベッドサイドの椅子に座りながら呆れた様子で。

 

「だーかーら!お前が一番重傷だったんだっつーの!医者も疲れただけだって言ってるし問題ねーよ!」

 

全くお前はと呟きながら、それでも随分と心配をかけた空気を感じて苦笑が漏れた。そしてふと、彼が持っている書類に目を留め。

 

「それは…騎士昇格試験の?」

 

そう問いかけたユザクにデフロットは照れくさそうな、誇らしげな様子で、それでも茶化すように。

 

「おうよ!やーっと俺様の価値に王国が気付いたって事だな!…まぁ、なんか色々メンドくせーことだらけみたいだけどよ。まー、ひと段落してオーベルに帰ったらちゃんと読むわ」

「そうだな…全部終わったんだ、みんなでオーベルに帰れるんだ…」

 

噛みしめるようにそう告げたユザクを眺め、そーだよ、だから早く元気になりやがれと軽口をたたき、デフロットは口をつぐんだ。何かを言い淀むようなそんな様子に、だが嫌な気配は感じない。不思議に思い、ユザクが先を促すように視線をやると、彼は困ったように頭をかきながら。

 

「何があったか、聞いた。そりゃ全部じゃねえしモーリスのおっさんが知ってるトコまでだけどよ…正直キッツイし冗談じゃねえって感じだけど、ちょっとだけ、羨ましくも思った」

「デフロット…?」

 

何を告げられているのかよく分からず、先を促すように問い返す。そんなユザクの様子にデフロットは居心地が悪そうに髪をバリバリとかき回すと。

 

「なあ、お前さ…俺と初めて会った時のこと覚えてるか?村の奴らが疫病にやられてさ、教会からも見捨てられて…村中化け物で溢れて。親父も最後まで俺の心配したまま死んじまった…俺は親父の中で手のかかるバカ息子のまんま終わっちまった。最後に話すことさえ出来なかったんだ」

「………」

 

確かにそうだ。彼の故郷は謎の疫病に苛まれ打ち捨てられてしまった。そして司祭であった彼の父親は、息子の無事を願う日記を残し亡くなってしまったのだ。

 

あの村で見た光景を思い出し顔を曇らせたユザクに、デフロットは苦笑しながら、それでもまっすぐ見つめると。

 

「だからさ、教皇の魔法で無理やり生きながらえさせられたとはいえ、最後に話できたお前がちょっと羨ましかった……けど、やっぱ勘弁してくれって感じだよな。俺だってあの村で親父に…村の奴らに似た化け物だけはいないでくれって必死に願ってたの、思い出したわ」

 

覚えている最後の父は、慌ただしく屋敷を出て行く後ろ姿で。

それでも異変を感じ不安そうな顔をした自分を振り返り、大丈夫だと静かに笑ったあの笑顔で。

 

あの時から変わらない姿、あの時のままの低く静かな声、だけど苦しげな…辛そうな声だった。

 

「ーーッ!」

 

フラッシュバックのように思い出す記憶。たった数日前の記憶に呼吸すら忘れて胸元を握りしめる。そんなユザクの背中をゆっくり撫でながら、デフロットは。

 

「もう、自分のために泣いていいんじゃねえか?知らない俺が言うのも何だけどよ…お前の親父さんはお前に倒されて、解放されて良かったんじゃねえか?そんな重たいもの息子に背負わせたくなかったんだろうけどさ、それでもお前に止めてもらう事を願ったから、お前は死ななかったんだ。お前は親父さんに生かされたんだよ。だからよぉ…今くらい自分のために泣いちまえよ」

 

父が帰らぬ身になってから、父のようにあろうと、父が安心出来るようしっかりしなくてはと張り詰めてきた。それは習慣になってしまっていたから己では分からなかったが、随分と心に無理を重ねていたようだ…父をこの手にかけたと言う罪悪感と共に。

 

戦争だった。

戦時下だったのだ。

だから仕方ないと、己と同じ境遇など沢山いるとずっと自分に言い聞かせてきた…痛みに鈍感であろうとした。

 

だが、思い出すのは優しいあの日々と、父をこの手にかけたあの瞬間…いつでも自分を殺せた筈の父が、この手のひらの刃を甘んじて受け入れたあの瞬間。

 

「………!」

 

父は、最後に笑っていたのだ。息子の刃に貫かれつつ、それでも笑っていた…強くなったと嬉しそうに。

 

「俺は…父の望むような人間に、なれただろうか…?父さんが失望しない生き方が出来ているだろうか…?」

 

背を撫でる優しい手のひらが、全く違うと言うのにあの日の父の手のひらと重なり、堰を切ったように涙が溢れ出す。そんなユザクに苦笑しながらデフロットもまた。

 

「さーなぁ。どんな生き方してるとか、自分にしかわかんねーし正解なんかないんじゃねえ?俺たちはこれからだって生きてかなきゃなんねぇし…だからこそやり直す事だって出来るんだ。ひとまずお互い今生きてるって事はだいたい間違ってねーんだろ、多分な」

「適当だな…デフロットらしいよ」

 

冗談めかした、だがしっかりと前を向かせる言葉に思わず笑みが漏れる。

恐らく彼なりにかなり心配してくれていたのだろう、不器用な慰めに感謝した。

そんな風にユザクの空気が変わった事を察したのか、デフロットはうっし!と立ち上がると冗談めかした口調で。

 

「そんじゃ、お前が目ぇ覚ましたって言ってくるわ。ノンノリアやおっさんも心配してたしな!それまでにその鼻水たらした情けないツラどーにかしとけよ!」

 

それじゃな!と言って部屋を出て行った慌しさに苦笑する。だが確かに二日も寝ていたならノンノリアも心配しているだろう…きっと走って部屋に来るに違いない。確かに久々に泣いてしまったこんな顔では会わせる顔がないなと苦笑して、ユザクは部屋にあった手洗い場に行くべくベッドを降りたのだ。

 

 

 

 

 

(俺は父さんの望む息子になりたい…今までも、これからも。見ていて欲しい…父さん)

 

 

 

あの四年前と同じ雪空を眺めながら、最後に見た父親の、それでも優しい眼差しを思いながら、明日へ繋げるために。

 

 


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