シンシアさんですか?   作:栄光への戦い

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詩人の来訪

 その後はソフィアの修行もなく、花畑に寝転びながら戯れて時間は過ぎていった。ついでにソフィアに≪ニフラム≫が有効なモンスターについて話をした。ソフィアは難しい顔をしながらも真剣に聞いていて、どうにか幽霊や骸骨、ゾンビ系に有効だということをなんとなく理解してくれた。……まぁ、ボーンナイトとか骸骨系とかでも効かない敵は多いんだけどね。

 夕暮れ時になるとどこからともなく夕ご飯のいい匂いが辺りに立ち込めてきて、ソフィアの腹がぐぐぅと鳴ったところで私は提案する。

 

 「あっ……」

 「そろそろ家に帰ろっか。陽も落ちたし、何よりソフィアのお腹がもう限界みたいだからね」

 「……っ」

 

 ソフィアは顔を赤らめる。割とボーイッシュで男勝りな性格の癖に、こういったところで恥ずかしがるのだ。そういうギャップが私的に会心の一撃(クリティカル・ヒット)なのだが、パトスが燃え上がるのだが、決して顔には出さない。ソフィアの前では頼れるお姉さんとしての私であり続けたいのだ。

 

 「どうしたの、右手をわきわき動かして?」

 「ん? なんでもないよ? なんでもないからね?」

 

 そうしてソフィアと別れて、一人、残された私は暗く染まりつつある夕刻の空を見やる。

 

 「……もうすぐ、か」

 

 自分が何者だったのか、名前は愚か、男だったのか、女だったのかさえわからない。ただなぜか、この世界が前世において私がプレイしていたゲームの世界観と瓜二つであるということだけはわかっている。

 故郷を魔族によって滅ぼされた一人の勇者が、旅に出て、運命に導かれし七人の仲間と共に、世界を混沌に陥れる魔王を打ち倒す物語。いったい、いつその物語が始まるのか、私はその基準をいくつか定めていた。

 その一つ目は、年齢。原作における主人公は魔族に村を襲われた当初、十七歳だった。これが物語の基準を測る重要な物差しであることは間違いない。

 そして二つ目に思い至ったのが、勇者である主人公――この世界に当てはめるならばソフィアだ――が冒険を始める当初から習得していた≪ニフラム≫という呪文。

 そして最後の一つは――。

 

 「ただいま」

 「おかえり、シンシア」

 

 私はこの村に一つだけある宿屋を経営しているおじさんの家で暮らしている。この人の寄り付かない山奥にあるこの村で宿を経営するのは色々と無理があるとは思うし、それについては他の村人もおじさんに言っている。けどおじさんは宿に対して並々ならぬ熱意を持っていて、いつかは商売の神様と謡われるヒルタンさんの講義を聞きに行きたいのだそうだ。

 まぁ、その熱意のおかげで私はこうして宿の空き部屋に住まわせてもらってるので、文句も何もないのだけど。

 

 「ねぇ、おじさん。誰かお客さん来た?」

 

 これはいつも私のとある理由により、宿に帰ると聞く質問だ。普段なら「いや、今日も客足はサッパリだったよ」という返事がすぐに返ってくる。 

 けれど今日は違った。

 

 「……」

 「おじさん?」

 「……実は旅の詩人が迷い込んで来ましてな、村の掟を破ってつい助けてしまったのです」

 「え……」

 「災いの種にならないとよいのですが……」

 「……」

 

 おじさんの言葉が信じられなかった。信じたくなかった。お願いだから嘘であってほしいと、願わずにはいられなかった。

 私の定めた最後の基準。それは原作において、魔族が村に攻めてくる間際に、この村に迷いこんできた旅の詩人の存在。彼こそが魔族たちを率いる王――ピサロなのだ。

 

 「……」

 

 背中の冷汗がたまらない。カラカラに乾く喉を唾をゴクリと飲み込むことでどうにか潤す。まだだ……まだその()()がピサロだという確証があるわけではないのだ。

 

 「おじさん、その旅の詩人はどんな人なの?」

 「とても綺麗な長身の方でしたよ。――ちょうど今、夕食を部屋に運ぼうと思っていたところなのです。よかったらシンシア、あなたが運んでくれますか?」

 

 おじさんの提案は願ってもいない提案だった。ぜひともこの目で確認したい。確認しなければならないのだ。

 

 「うん、わかった」

 

 だから私は頷いた。願わくばその詩人が本当にただの詩人であることを願いながら。

 心の奥底では、それがただの自分の都合のいい解釈にしか過ぎないということを理解していながら――。

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