シンシアさんですか? 作:栄光への戦い
お盆に乗せられたのはスープとパンという簡素な夕飯。しかしこんな山奥の村で提供できるのは、このような質素な食事しかないのだ。
しかし質素とは言っても、ちゃんと丹精を込めて作られた一品であり、味のよさは私が保証する。なぜならおじさんがいつの日か、大繁盛の宿を切り盛りすることを夢見て日々、客の来ない宿で切磋琢磨していることを私は知っているのだから。……事実、おじさんの作る料理は美味しいし……なんて、そんな宛てのない思考を張り巡らせることで、どうにか心の平静を保とうとする。
小さい宿故に部屋数も少なく、その詩人さんがいるという部屋にはすぐにたどり着く。意を決心して、私は木製のドアを控え目にノックする。
「はい?」
「夕食をお持ちしました」
「どうぞ」
扉の向こうから聞こえてきたのは丁寧な男の声。まだ……まだ確証を持てたわけではない。
「失礼します」
部屋に入る。タンスにベッドが一つ、そして木の椅子が二つに同じく木の机という質素な部屋作りは私の部屋と何ら変わりはない。
ただ一つだけ、違ったのは普段はもぬけの殻であるその部屋に、一人の男の姿があったこと。
「……」
おじさんが言っていた通り、詩人は長身の男だった。赤い瞳に透き通るような白い肌。流れ落ちる白髪は部屋の光の加減も相まって銀髪のようにも見えなくもない。
そして何より
前世の記憶で、その外見的な特徴を知っていなければ、サイトに投稿された彼のイラストを見ていなければ、私はきっと彼がこの村を滅ぼす張本人であると気付けなかっただろう。それほどまでに恐ろしく巧妙に彼は自分の
「……」
震えそうになるその手をどうにか抑えて、私は平静を装って、テーブルにスープとパンを並べていく。悟られてならない。私が彼の正体に気付いていることを、悟られてはならない――。
「あの」
「――っ!?」
不意に声をかけられ、私は飛び上がりそうになった。まさか……バレた……?
「この村にも君のようなエルフがいたのですね。ここには昔から住んでいるのですか?」
「あ……は、はい。昔、森を一人さ迷っていたところをこの村の人たちに助けていただいて、そのままここで暮らしているのですよ」
ちなみに私には生まれた時から両親がいなかった。気が付いたら見ず知らずの森の中にいて、途方に暮れていたとき、ソフィアに剣を教えている剣士さんに救ってもらったのだ。今となっては懐かしき思い出だが、この男は急になぜこんなことを?
「やはり人間に追い立てられたのですか?」
その言葉にハッ、と私はある事を思い出す。そうだ……このピサロという男にはロザリーというエルフの恋人がいたんだ。原作において、ロザリーはエルフ族が流すという『ルビーの涙』を狙われて殺され、それがピサロを憤怒と狂気に駆らせていたのだが、実際はどうなのだろう。確認する手段がないというのは言うまでもないことなのだけど。
そんなことを刹那のうちに考えながらも私は首を横に振る。
「そんなことないですよ。昔のことなんで、あまり良く覚えていないんですけど、今はこうして村の人たちにや優しくしていただいておりますし、私は幸せ者です」
「……そうですか」
彼のその返事に僅かな憂いが込められているような気がしたのは私の気のせいなのだろうか。とにかくこのまま何事もなく、過ぎ去ってくれるといいんだけど……。
「話に付き合ってくださり、ありがとうございます。最後に一つ、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
食事の準備が整ったので、私は背筋を伸ばして、彼のことを見据える。
「この村にあなたぐらいの年齢の子供はいませんでしょうか? 詩人をしながら旅をしているのも、昔、生き別れた大切な人を探しているからなんです」
「!」
一見すると何の変哲のない、人探しをしてるという彼の言葉。しかし、私は――いや、この世界のことを知る私だからこそ、その言葉に雷鳴のような衝撃を覚えた。探してる……やっぱり探してるんだ。自らの野望を成就する上で邪魔となる勇者の存在を。
ソフィアの存在を――。
「……」
「どうかしましたか?」
落ち着け……落ち着きなさい、シンシア。ここで取り乱したら全てが終わってしまう。どうにかソフィアの存在を隠し、彼をこの村から立ち退かせないと……。
とりあえず彼がどのような人物を探しているのか、聞いてみよう。この会話の流れでは不自然なことではないはずだ。
「えっ、あ、すみません。少しぼーっとしてしまって……。人を探しているのですか。どんな人なんでしょう?」
すると彼は然したる動揺も見せずに答えてくる。
「昔の事なので、何とも言えないのですが……とにかく、出会えばわかるような気がしているのです」
「……そうですか」
やはり容姿については答えられない。それはそうだ、彼は自らの野望の邪魔となる勇者の存在を知っていたとしても、その姿をみたことはないはずだからだ。というか、もし一目、見る機会があったとしたら、その時点で勇者は――ソフィアは殺されているだろう。やはり勇者の存在を探すべく、世界中を巡っている彼はしっかりと聞かれた際の常套句を用意していたか……。
となると、どうやって彼は――ピサロは勇者の存在を見抜けたかといえば……恐らくだが、勇者の中に眠る『秘められた力』を見抜いたのだろう。勇者としての才能の片鱗を見抜いたのか、とにかく魔界随一の王であるピサロならば、相手の潜在能力を見抜くことくらい、赤子の手をひねることより簡単なことのはずだ。
「……」
となるとやはりソフィアをこの男の前に出すわけにはいかない。なんとか存在を隠さないと……。
「この村には私以外にも子供は数人おりますが、皆が皆、生まれた時からこの村を出たことがない者だけですので……そう考えると、お気の毒ですが、旅人さんが探す人はいないと思われます」
「……そうですか。ありがとうございます」
一瞬の探るような目。しかしそれは本当に一瞬のことで、彼はこちらに礼を言うと、椅子に腰かけ、用意された夕飯を食べようとする。
「では失礼します」
最後に頭を下げ、私は静かにその場を後にする。バタン、と扉を閉じて、思わずその場に座り込みそうになるのをどうにか堪えて歩き出す。
旅の詩人との――否、魔界の魔族を統べる王たるピサロとの一回目となる邂逅は、こうして幕を閉じたのだった。