パブロは頭が痛かった。低気圧のせいではない。包帯もしていない。バファリンはいらない。昨日はぐっすり八時間は寝ただろう。ならば、どうして頭が痛いのか。どうして頭が痛いのか。笑いごとじゃないし、妖怪のせいでもない。「いちばん怖いのは人間だ」という言説を、鼻で笑ってきたパブロだったが。現状。もう笑えないな、と初めにその説を唱えた人に申し訳なくなっている。あと、敬服。素直にすごいなって。
では、頭痛の元凶。恋する乙女、ファンの言い分を聞こうではないか。パブロの気持ちを味わえ。
「なんて言ったらいいんだろ。ディエゴとは〜今回の劇で、恋人同士の役なんだけど〜そのせいかもわからなくもなくもないんだけど〜なんか〜ディエゴがカッコよく見えるっていうか?アレ?逞しくない?みたいな。あ、そうそうファンが〜後ろから抱きつく?飛び乗る?みたいなシーンがあって〜そんで、背中ぎ大きいっていうか〜」
パブロは止まらない怒涛の、のろけ話のような何かに溺れ、息が出来なくなるような感覚を覚える。いつまで続くのコレ、と。ファンは溺れかけてるパブロに気付かない。おそるべきお年頃。恋に恋するお年頃。パブロはファンが気付かないだろうことに気付いていた。長い付き合いなもので、ファンの性格はよく知っていた。……知らざるを得なかった、と彼は言うだろう。
その時、奇跡が起こった。(と、パブロは思った)なんと!教室に件の!超のろけられてる超本人!ファンの恋人役ことディエゴさんが入って来るではないか!
よし逃れられると心の中でガッツポーズ。左腕でガッツポーズ。右腕でガッツポーズ。立ち上がって全身で……と、喜びゆえの奇行をしようとしたパブロは、眼前の一幕に停止した。
「あのぅ、ファンさん?劇…やる前に役、とか。内容とか。話すの…やめよ?」
「っ!!そ、そっそっそそうだね。マーズイよね!?」
「うん…。だから…あの、なんというか。誰と誰がこういう役で…みたいなのは、
「あっうん!地雷?禁句?…えーっとNGワード!そんなんだよね!!」
「……そういうことで、よろしく」
「…うんっ!」
この会話。二人は目も合わせず、合わしきれず。二人してテレッテレである。パブロは幸いにも、また同時に辛いにも。鈍感な人間では無かったので。二人がどんな状態であるかを、しっかり把握出来ていた。流石に口にはしなかったものの、声を大にして、
「おまえらラブコメかよォ!!??」
と言いたかった。あくまで願望。教室の雰囲気が暖かく、皆も気付いたようである。少し見渡しただけなのに、どいつもこいつも青ダヌキ直伝、「あたたかい目」を発動している。パブロは改めて。妙な一体感のあるクラスだよなと思った。座った。
ファンは顔を覆っていた。や、やっちゃったどうしよ〜〜〜注意された……目も合わせてくれなかったし…でもでも!教室でも声かけてくれた!うれしい!みたいな。感情ジェットコースターなう。話し相手にしてたパブロは轢き殺して、座席のとなりにディエゴを据えている。パブロ哀れ……
恋は盲目、とはよく言ったものである。恋してる人には近付かない方がいいのかもしれない。
パブロは解放された喜びを忘れ、こんな事もあるんだな。とどこか感心しながら、図らずも遅れて昼食を始める。二段式の弁当箱。一段目はシャケフレークにスクランブルエッグにポパイ。見事な三色。二段目にはライス、ただしただのライスではなく、母曰く、「ザッコクっていうめっちゃヘルシーなやつ」である。パブロからすると白米に不純物が入ってるようにしか見えないのだが、まぁ普通のライスよりは、いくぶんゴージャスかな。ぐらいの感想だった。一段目の具を、少しずつザッコクの上に乗せ、下から持ち上げ、口へと入れる。うまい。いつも変わらぬ美味しさがあった。
でも、まぁ。変わらないように思っていた腐れ縁が目の前で変化を示したワケだけど。パブロは器用に机の上で照れ暴れるファンを、昼食の肴として眺めていた。……人は恋をすると、こうなっちまうんだな。と、一歩引きたいような、踏み込みたいような。表しきれない感情に襲われた。弁当が半分になっても、ファンの照れ暴れは終わりそうに無かったので、食べ終わったらいろいろ聞いてやろうと思うパブロであった。
一方、ディエゴ。
「ハァーーースゥーーーハァーーー」
自分の席に戻るや否や、深呼吸をしている。緊張していたのかもしれない。ファンの話によると、恋人同士の役らしいが、いちいち会話で緊張してしまっていては、まともに劇が出来るのか?疑問である。
「珍しいよなぁ。何してたんだ?」
ディエゴの隣席のトリニダードが、ディエゴに問うた。確かに昼休み教室からにあんまり動かないディエゴにしては、どこかに行っていたのは珍しいことだった。
「あー、アノマロカリスって言って…伝わる?」
「ばっちしばっちし。古代生物のだろ?」
「そうそう。アレの剥製が、注文してたのが届いてたらしくて。手伝いついでに見せてもらってたんだ!……すごかったよ。生命を感じた……」
「マジか!?え、どこにあんのどこに!?」
「生物室だよ!え、じゃあ放課後行く?」
「いやいやいやいや、お前さん何部だよ?」
「演劇部だよ!?それが!?」
「近々、劇あるーみたいな話を聞いたんだけど」
「あっ……うん。そうだった。…ぜひ楽しんできて」
「お、おう。………ところでディエゴくんよぉ。さっきからガンつけて来るアチラのお嬢さんはなに。彼女?」
パブロは見た。食べ終わったから話聞いてやろうかなーと思ったら。人を射殺さんと殺気を放つファンを。視線の先を追うと、困った顔のトリニダードが居た。どちらからともなく、会釈をした。
「え?」
トリニダードの言にのり、親指で示す方を見れば、そこにはニッコニコのファンが居た。すぐに向き直って小声で目の前のバカ言う奴に言う。
「いやいやいやいやいや。そんなんじゃないから。そんなの畏れ多くて無理だから死ぬから。むしろ殺す気かトリニダード・トバゴ」
「……ソッカァ。ボクノカンチガイカー」
「そうだよ。そうだからな。そうだよな」
「そろそろ食わないと、間に合わないんじゃないか」
「そうだな!!早く食べないとな!!さ、さーて今日のランチボックスは何をボックスしてるのかなーー?」
誤魔化すように、無駄な高テンションのディエゴを横目に、トリニダードは情報収集の必要を感じた。なので、連絡を取ろうとケータイを取り出し、見る。一件のメッセージ。
『放課後、生物室で』
返事は打つことなく、ケータイを仕舞った。
つづくよ!