きの子抄   作:星輝子

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その5

・・・

 

 

 宣材写真の話もしたからこれはセットみたいな話で、もしかしたら私以外の人から見ればむしろこっちのほうが初仕事と言ってぴんとくるのかもしれないな。なにしろこのラジオの仕事で、私は初めて人前に出たからだ。

 

 それはやっぱり突然で、親友に連れ出されたかと思えばそこはスタジオだった。親友の運転する車から見えた空がキノコ的にはあまりよろしくないきれいな青をしていたことをよく憶えている。もちろん事前にお仕事だとは聞いてたけど、それ以上のことは何も教えてくれなかったし、そうなるとぼっちだった私に想像できるアイドルの仕事なんてひとつもないわけで。時期で言えばやっとレッスンに慣れてきたくらいのころだったから、歌なんてまだまだ縁遠い話だったな。つまり何をするんだかわからないままにそのスタジオのあるビルに来たんだ。

 先導するスタッフさんと親友が見えなくならないように頑張って後をついていって、それで通されたのがいわゆるラジオブースというやつで、入ってすこしの間、いやしばらくだな、ぽけーっとしてた。私の頭の中にあったそれは、もっと暗くてごみごみしてて狭い空間だったから、正反対のそのスペースをラジオブースだと理解するまでに時間がかかったんだ。

 他のアイドル仲間のデビュー話を聞いたいま考えてみれば、初仕事がラジオのゲストっていうのは私の性格を踏まえると驚くほど恵まれたものだったんだけど、その時の私は周りにいた人たちの正気を疑ってた。だってラジオに出演するって顔は出さないけど私にしゃべらせるってことだぞ。その時点ではまだ我慢ができていたけど、次のスタッフさんの一言が聞こえた瞬間には、正気か、と口に出してしまった。

 

「あ、ここはリハ用なんで。本番は公録でお願いしまーす」

 

 公録というのは公開収録の略語で、お客さんから見えるところでラジオを録るってことで、つまり私は人目に晒されながらしゃべらなければいけないことになったんだ。これまでの人生で人前に出ることをできる限り避けてきて、どうしても避けられないときには確実に空気を壊してきた私が公録だなんて冗談にしたって褒められた出来じゃないと思う。きっと私と同じクラスだった経験のあるリア充どもは頷いてくれるんじゃないか。

 だけど私にはそれを止める力も度胸もなくて、おろおろするしかなくて、あれよあれよという間に流れは完成しちゃってたんだ。リハ用のブースでならぎりぎりこなせるかもしれないと思ってたぶん、ダメージは大きかったな。

 それにリハって言っても座る位置とかの確認くらいしかなかったから、何が起こるかわからない不安は時間が経つごとに大きくなっていった。スタッフの人たちだけでもけっこういたし、本番のお客さんが来るやつになったら大変なことになるんだろうな、って他人事みたいにうすぼんやりと考えていたのもなぜかよく憶えている。

 

 いくら私みたいなぼっちが出るといってもそれはラジオ番組で、番組である以上は打ち合わせというものがあって、リハというか確認の時間が終わるとそういう時間がやってきた。私と親友がいたのは用意してもらっていた控室で、私が緊張で心臓をバクバクさせていると不意にドアが開いたんだ。

 なんというか、いかにもディスクジョッキーっていう感じの、幸子ちゃんが言っていたパリピってやつに近いのかな、そういうノリの良さそうな人が入ってきたんだ。もちろん私とは初対面で、そのはずなのに、いきなりちゃん付けで呼んできたりガンガン自由にしゃべっちゃってー、なんて仲良さそうに話しかけてくるものだからむちゃくちゃ怖かった。はっきり人種が違うとこの時ほど感じたことはないんじゃないか。

 でもその打ち合わせは避けられないやつで、パーソナリティの人との話はしなきゃいけないものだった。きっとその人は私について新人アイドルってことくらいしか聞かされてなかったんだろうな、イケイケな感じでああしようこうしようみたいなことを早口でまくし立ててた。もちろん私がそんなのにきちんと対応できるわけがなくて、どうにか、そう、愛想笑いで済まそうとしたんだ。いまから思えばどう見ても済んでなかったけどな。けれどパーソナリティの人はずいぶん良い人だったみたいで、それでもリクエストコーナーで好きな曲をかけるから教えて、っていう風に私の余地を残してくれてたんだ。この辺りはそのラジオを聴いてた人も知らない裏事情だな。

 でも私はテンパっててこのやりとりを早く終わらせたかったし、それにアイドルらしさみたいなのも大事なことなんだろうって大雑把に考えてて、だからほとんど意識せずに口を衝いてこんな言葉が出てきたんだ。

 

「まあ、適当にアイドルっぽいの、流してもらえたら……」

 

 振り返って反省してみると怖ろしいほど恥ずかしいな。当時の私はこの一言とあやしい愛想笑いだけで打ち合わせをすっかり突破した気になってたと思うと、暗くてジメジメしたところにこもりたくなるくらいだ。いや、今でもそういうところ大好きだけど。それにしても親友も図太い神経をしてると思う。そんな状態の私の打ち合わせに口を出さずに見守ってたんだからな。

 

 

・・・

 

 

 本番のラジオブースは衝撃的だった。広さはリハ用のところと変わらなかったけど、大きな窓の向こうには外の景色があって、ふつうに人が行き来したりこっちを覗き込んだりしてた。動物園の動物側の気持ちはああいうものなのかもしれないって部屋に戻ったあとで思ったけど、それはまた別の話で。

 パーソナリティの人は控室で会ったときと同じようにイケイケな感じで、なにか特別なものをちょっともったいぶって教えるように私の紹介をしてくれた。たぶんそのときアイドルっていう説明もあったんだろうけど、正直言ってその辺りの記憶はあやふやです。録音なんてしていなかったから、正確なところはわからない。席に着いた私はちょっと前にやった打ち合わせが成功したと思い込んでいたし、そもそものコミュニケーション能力がほとんどないせいで、持ち合わせの処世術が愛想笑いしかなかったんだ。おそらく自己紹介すらできてなかったんじゃないかと思ってる。だからラジオで聴いてた人たちはパーソナリティの人がアイドルの名前を紹介したと思ったらキモい笑い声が聞こえてきたっていう恐怖体験に近いものを経験したんじゃないだろうか。小梅ちゃんは喜ぶかもな。

 キモい笑い声とキノコが好きっていうことしか言わない私に、さすがにフォローしきれないと思ったんだろう、パーソナリティの人は音楽をかけることで凌ごうとしたんだ。当たり前というか、申し訳ないというか、はい。でもここから先が問題で、注目度も低いはずのド新人のゲストなのにそれなりに名前を記憶されてしまった事件がここで発生したんだ。わざわざ書くと逆に怪しいかもしれないけど、これは仕込みじゃなくて本当に事故から生まれたんだ。

 ミュージックスタート、ってパーソナリティの人が叫んでも何も変化がなくて、ブースの中がきょとんとした空気に包まれた。ほんの少し間が空いて、ようやく機材トラブルがあったことが私たちにも伝わってきた。まともにしゃべれないゲストに流れない音楽で、もう放送は事故直前だ。いや、進行中って言ったほうがぴったりなのかもしれない。なんでもいいから音楽流してくれ、っていうパーソナリティの人の悲鳴みたいな声に反応したのか、そこでついにイントロが流れ始めた。たぶん全員がこのイントロを救いみたいに思ってたんだろう。でもそれは一般受けのするアイドルソングやポップスなんかじゃない。そのメロディアスな入りは私に一発で答えを導かせた。

 そいつは私に耳慣れたヘヴィメタルだったんだ。

 

 全部ぶっ飛んだ。突然のラジオ出演も公録で外から見られてることもラジオとはまったく関係のない普段からため込んでるものも含めてありとあらゆる内側に積もった鬱屈が、実際に音を立ててぶっ飛んだんだ。その音っていうのは、まあ、私の声ということになるんだけどな。きっと新人アイドルがラジオに出て曲を流したら、その曲に関する思い出みたいなのをしゃべるのがふつうなんだろう。あのラジオを聴いてた人は憶えているかもしれないけど、私はメタルが流れた途端に叫び始めた。ガラスの向こうに集まってたお客さんに絡んでぼっち道を説き、ゴートゥーヘルを叫んだ。困惑してたはずのパーソナリティの人は急に舌が回り出した私を見てなぜかノってしまって、その状態の私をさらに盛り上げようとしてしまった。結局のところ、キノコの名前と、叫び声と、メタルの流れるとてもラジオ番組とは言い難いものが出来上がった。これを成功と呼んでいいのか失敗と呼ぶべきなのかの判断は私にはつかない。ただあの場が、変な空気のなかで一体感に包まれていたことだけは言い切っていいと思っています。

 

 

・・・

 

 

 収録が終わって、たしか廊下だったと思う、その番組の偉い人に呼び止められた。親友もそばにいた。まあ自然だよな。新人アイドルを名乗っておきながらあれだけ暴れたんだから。もちろんこれはいま振り返ってるから言えることで、あの時は良いも悪いも頭になくて、やっと終わったってことしか頭になかった。呼び止められた瞬間には何かあったんだろうか、って考えてたはずだ。

 番組をむちゃくちゃにしたことを怒られて、たくさんのことを言われたんだけど、そこで私の耳に残ったのはたったひとつだけだった。それは機材トラブルがあったときにとっさにヘヴィメタルを流すよう指示を出したのが親友だったってことだ。星輝子が星輝子であるためにメタルというものは欠かせない要素のひとつで、それはたぶんキノコとかぼっちとかと変わらない重さのもので、星輝子というアイドルが世間に出るためにはあのトラブルがなきゃダメだったんだと思う。親友は絶対にそれを知ってて、わかってて好き放題にやらせたんだと思っている。

 それでメタルを流したことで親友がむちゃくちゃに怒られそうになってた。はっきり言ってしまえば私の頭を飛び越して怒られてた。不思議だよな、暴れたのは私なんだから、その矢印はほんとうは私に向くべきなんだ。親友はプロデューサーという仕事はアイドルに責任を持つことだから、と当たり前のように話していたけど、その辺りのことは私にはまだよくわからない。これはまだ私が子どもだからなんだろうか。仕事そのものじゃなくて、仕事という世界にはなんだか難しいルールがあるみたいで、そこにはまだ立ち入れないような気がしている。

 

 事故にしか見えなかったその仕事でうれしかったことがひとつだけあって、それはその帰り道に車の中で、親友が気分良さそうに教えてくれたんだ。怒られたばっかりだったはずなのに、そんな表情ができるっていうのはやっぱりちょっと普通じゃないよな。あ、話が逸れちゃったな。それはあのラジオのパーソナリティの人が "楽しかったからまたおいで" と言ってくれていたということだった。あんなむちゃくちゃなゲストでも、楽しんでくれた人がいたんだってわかって、こみ上げてくるものがあって、私は助手席の窓の外にすぐ顔を向けた。キノコ的にはよろしくない青空がまだ続いていたけどそんなことはまったく気にならなくて、ニヤニヤが抑えられなくて、そんな顔は見せられなかったから。鏡なんて持ってなかったからわからないけど、たぶんキモい表情をしてたんだろうな。

 でもその事故みたいなラジオ番組が世間的な私のデビューというやつで、あれがあったからいまこんな風にやれてるんだろうなと思います。もしあそこでトラブルもなくアイドルソングが流れていたらどうなっていたんだろうな。自分でもなかなか怖いところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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