唯のアルトリアだった最後の日、一人の男が選定の剣の前に立った。
*原作、神話・歴史改変が含まれております。
その丘には、一本の剣が刺さっている。
鞘は無く、剥き出しの刀身で自らの主人を待つかのように。
風で草原が揺れても決して剣が揺らぐことは無い。
深々と刺さっていないのにも関わらず、不動の剣。
幾千、幾人の者が剣を抜こうとしたにも関わらずその剣は抜けず。
いつの日からは町の住人は気にさないようになっていた。
しかし、ある日を境にその剣は住人の眼を惹くようになる。
——選定の日、彼者が剣を抜き。この国を導く王となる
そんな風の噂と共に。
繰り返される日々の生活に飽き飽きしていた住人に広まった噂は忽ち広がり、やがて隣町まで広がると選定の日の前日には町の宿屋は満室となっていた。
この話は、何となく選定の剣が気になった男の物語である。
*
いつもとは違い、賑わった町に俺は笑みを浮かべる。普段は淡々と仕事を繰り返す毎日だが、今日は客足も多く、町の外から入って来た者たちの話を聞くのはとても面白いものである。いつも通り店を開け、食材の仕込みをしてから昼過ぎの開店まで二階の窓から大通りを見つめる。
——本当に人が多いな、そんなに選定日とやらは凄いのか?
そう思いながら朝食の林檎を齧る。赤く熟れた実は瑞々しく、シャキシャキとした感触は喉を伝って冷んやりとした冷たさを感じさせる。
種が見えるギリギリまで器用に食べると、窓ぶちに置きながら指で遊ぶ。手がベタベタになるが、どうせ水で洗うのだから思う存分汚くしておこう。
——それにしても選定の剣とは一体何なのだろうか
確か、この町にある小高い丘にいつの間にか、はたまた神代から突き刺さっていたと言われる剣。そんな何千年と抜かれなかったにも関わらずに何故今抜けるのだろうか。そして、抜いたあとこの町は、この国はどうなってしまうのだろうか。
日常を非日常と思い、変化を欲さない彼にとってそんな厄介ごとは御免である。
——さて、そろそろ店を開けよう
大通りの先にある、大きな城を眺める。
その城主は勿論この町の長であり、長年同じ一族が納めてきた比較的民草のことを思いやってくれる人たちだ。その城の先端上には爛々と輝く太陽が昇っており、昼が来たのだと知らせてくれる。この分だと明日も晴れて、良い選定日になるだろうと考えながら食べ終わった林檎をごみ箱に投げ入れた。
軋む音に少し注意しながら店である下に降りると、ちょうどドアノッカーが二度三度鳴った。恐らくまだ空いてないにも関わらず、傲慢にも開けろと催促して来るのは彼女一人だ。
内側から木の板を掛けただけの扉を開けると、そこには金髪にエメラルドのような瞳、高く伸びたアホ毛が特徴的な少女が立っていた。
——今日も来たのか……
落胆とも取れるそれは決して口には出さず、彼女の手を引いて店に入れる。一見すると男女の逢瀬にも勘違いされるが、彼女とはこれといった関係ではなく、あくまでも……
「——今日は何を食べさせてくれるのですか?」
店主と客だ。
「何を食べさせてくれるのですか?」と言われた彼は彼女を椅子に座らせると、厨房に行って予め作っておいた料理を運ぶ。一品目は適当に作った奴で、二品目は新商品として売り出そうか迷っているものである。彼は彼女に朝の食事を提供する代わりにその見返りとして味の批評をしてもらっている。この町の中でも上位に属する名家の娘なだけあって、舌が肥えており意見がツボを突いている。そしてなにより、彼女の直感は未来視並みに当たるのである。
「……もきゅもきゅ……んー、こちらは少し塩が足りません。でも口に入れた感触は良かったのでこのままでお願いします」
——やっぱり塩が足りなかったか。彼女の意見はいつも頼りになるなぁ
アホ毛を揺らしながら料理を口に詰めていく彼女を見つめながらそう考える。
「……ごく。どうかしましたか? 私の顔に何か?」
見つめられていることに気付いたのか、彼女がそう言うと適当に言葉を見繕って返した。
「——か、可愛いなんて……貴方はそうやっていつも……」
——いつも?
「——いつもいつも客の美少女たちを取っ替え引っ替えしてるのですねっ!」
——!?!?
いきなりのことに驚いた彼は思わず咳き込んでしまった。コップの水を一口飲み、喉を潤してからフォークとスプーンを持ったまま立った彼女の肩を持って座らせた。そして何故いきなりそう言ったのか質問した。
「今日、ここまで来る途中に小耳に挟みました。最近貴方の店に良く出入りする娘が居ると。店が空いてないにも関わらず貴方の店に行くのは料理が目的なのではなく、彼が目的なのだろうと……」
——誰だろうか、その娘は。一人しか思いつかないのだが……
そう言った彼女は少し睨むようにこちらを見てくる。順序立てて説明しても仕方がないので直接的にその娘の名前を言う。
「——あ、アル!? わ、私だと言うのですか!? 店ではなく貴方を目的として良く出入りする娘と言うのはっ?」
——いやん、エッチ
なんてしょうもない事を考えながら彼は笑って気にするなと言った。ぷしゅぷしゅと生娘のように煙を上げる彼女の顔に冷たいコップを当てる。しかしそれでも戻ってくる気配はなく、顔を赤くしたままだ。
「こ、こほん。少し取り乱しましたね。まさか町でそんな噂になっていたとは……これは少し頻度を減らさなければならないですね……」
——まあ、彼女がここまで美しいからこそ噂になったのだろう
言わずもながら彼の前に座る彼女は『美』少女が付く程の容姿を持っている。見た目を惹く金髪に慧眼、可愛らしいアホ毛に男にとって撫でやすそうな身長。慎ましやかな胸にスラッとした服の上から見ても余分なものが付いていないであろうウエスト。どれを取っても一級品である。強いて他と比べるならば、田舎貴族ということで強気な発言と、男勝りなとこがあることだ。しかし、それすらもギャップも相まって可愛らしい。
——まあ、君のような娘が嫁に来てくれたら嬉しいのだが
「——なっ!?……よ、よよ嫁……」
ぱくぱくと魚のようにする彼女を見ていると心が和む。
「——き、今日のとこはもう帰ります。美味しいご飯をありがとうございます」
汁一啜り無くなった皿にフォークとスプーンをかちゃりと置くと、彼女はいそいそと扉に向かって行く。やがて扉を開けようとすると、思い出したかのように口を開いた。
「明日の選定日、私は剣を抜きに行こうと思います……」
——剣を? どうして彼女が……
「昨日の夜、夢を見ました。いや、夢を見せられたと言った方が良いのでしょうか。明日の朝、太陽が昇ると共に私は剣を抜き、民草の王となる夢です」
——成る程
普段から直感が優れている彼女が言うことだ、恐らく……真実だろう。明日の選定日、彼女は剣を抜いて王となる。
「では……」
扉を開け出ようとしたところに、彼女の腕を掴む。そして、
「——はい、例えそうなったとしても貴方の料理は食べに来ます」
——さよう……いや、また明日
彼はそう口にすると彼女を見送った。
——さて、店を開けよう
大通りの一番最初にあり、一番丘に近いその店は今日も変わらず開店した。
「——ヒィーックッ、飲み過ぎちまったぜ……」
「——ほんとハメ外し過ぎなんだよ、背負って行くこっちの気になれよ」
「すまんすまんって、明日なにか奢るからさ」
「マジで覚えとおけよ……店主、酔い覚ましありがとう」
「また来るぜ〜、じゃあなぁーっとっとと」
「ちょ、おま」
本日最後の客を見送る。
選定日の前日ということもあり売り上げはいつもの十倍近く、流石に一人で回していたこともあってクタクタである。気怠さと眠気を感じながら、夜の寒さを肌に感じる。この後は明日の仕込みもあるためまだ寝ることは出来ない。
——眠気を覚ますために少し歩くか
そのまま外から鍵を掛けると、ポケットに放り込む。
いつもより何処となく高い空に、いつもより多く見える星々。月は淡白く光っており、幻想を魅せる。
——そう言えば、まだ剣を近くから見たことは無かったな
昼間の彼女を思い出していた彼は、ふとそう思う。剣の丘から一番近い彼の店からは徒歩五分もかからず、眠気飛ばしにはちょうど良い距離だ。目的地を決めた彼の行動は早い、その丘に向かって歩く。剣を見ることも、触れることにも何の禁則事項も無かったため今から見に行って大丈夫だろう。踝程度まで伸びた草原を抜け、十メートル程まで盛り上がった丘へと立つ。坂下から見上げるように見たその剣は星を反射し、月を背景に夜空より輝いている。
黄金に、何かに呼応するかのように。
——っ
無意識に足が進む。
行かなければならない、行こうとしなければならない。
心から湧き出てくる意味の分からない焦燥に駆り立てられて彼は剣の下まで走る。
丘から周りを見てみると誰も居らず、町の方だけ灯りがついている。飲み明かしているのだろう。
——これは……
この光景を、見たことがある。
そう思い、柄を握る。
力が湧いてくる、皮膚が吸い付く感触。
何も考えず、彼はその剣を——抜いた
*
夢を見た。
一般家庭に生まれた俺が、ブリテンを導く『王』となる夢である。
運命の日から俺は王となり、民草を導く存在となった。
政治の、戦争の『せ』の字も知らない俺は部下であり仲間である者たちに様々なことを教わる。
やがてある湖に辿り着き、そこに住む乙女から聖剣を授かる。
巨人討伐、国の侵略、蛮族の侵攻……思いも寄らない事態に初めは驚いたが少しずつ適応していった。
前王までは戦乱の世が嘘だったかのように戦争は終わり、王は進んで周りの国と外交をし、友好関係を築いた。
何十年と国を治めた王の下に、一匹の竜が現れる。
幻想の庭から放たれた、最強種である。
戦いは何日も続き、王の部下は一人、二人と離脱して行き最後は一騎討ちへとなった。
そして、漸く体力も回復して王の下にもう一度駆け付けた仲間たちが見たのは竜が王に牙を突き立て、王が竜に聖剣を突き立てた姿だった。
その知らせを聞いた民草は酷く悲しみ、嘆いた。
彼の亡骸は聖骸布に包まれ、とある丘に埋葬された。王の、始まりの場所にである。それと同様に、輝きを失った聖剣もそこに墓標のように突き刺された。
幾星霜もの年月を掛けて、もう一度抜かれるとは知らずに。
*
「——面倒臭い、止めよう。無かったことにしよう」
ざしゅり、初めより深々と刺さった剣を更に固定するため押し込む。横にグラグラと揺らしながら固定した。
「さ、明日も店がある。さっさと戻って仕込みだ」
そうやって思考を切り替えるように頬を叩いた。
寒さも相まって少し痛い。
「——明日は少し、早く開けるか」
人差し指と親指で輪っかを作りながら月を見る。
淡白く輝き、何処となく——懐かしかった。
アルトリア・ペンドラゴンが原作ならば、こちらの王は理想の中の王。
万人を救い、国のために導いたifの話。