黒の艦隊 裏切り戦線   作:ROGOSS

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英霊たちは、桜の木の下で平和な世界を夢見続ける。


桜の木

 同日 前線基地 作戦終了後

 姉妹仲はすこぶる良いほうだと思う。

 もっとも、艦娘となった彼女たちの最初の家族である姉妹という存在を嫌う者などいないだろうが。

 戦争の、闘争の、抗争の兵器となった自分を温かく迎え入れてくれる存在。

 共に訓練をし、苦しい時も悲しい時も辛い時も手を取り合い、励ましあった存在。

 特に吹雪型一番艦である私にとって、ほかの艦よりも多くの妹を持てたこと何物にも代えがたい幸せだと思っていた。

 そう、幸せだと思っていたのだ……。

 

○●○●○

 

 部隊の誰も口を開くことなく、ドックからブリーフィングルームへの長い道を歩いていた。

 廊下には多くの負傷した将兵、艦娘が横たわっている。

 ある者は手や足がなく、ある者は腹から内臓を出し、ある者は全身血まみれでピクリとも動きはしていない。

 生と死が入り交じる場所。

 普段は、幾分か活気のある場所がまさに地獄と化していた。

 野戦病院に入りきらない、生きながら苦しむ者たちの巣窟。

 その中の一人が、吹雪の姿を確認すると走ってきた。

 

「深雪ちゃ……」

 

 吹雪が名前を言い終わらぬうちに、鋭い平手打ちが吹雪の頬に炸裂する。

 いったい今日、何度目になるのだろうか。

 呆然としながら、どうしようもないことを考えていると思う。

 恐る恐る深雪の顔を吹雪は見る。

 そこには怒りと悲しみが混じり合った、複雑な表情を浮かべた深雪がいた。

 

「……深雪ちゃん」

「どうしてだぁ! お前が……お前が助けに来ていたら! 白雪は……白雪は死なずに済んだんだっ!」

「そ、それは……」

「白雪だけじゃない、磯波も、曙も……部隊のみんなが死んだのはお前のせいだ!」

「だ、だから!」

「なにが特型駆逐艦だよ! なにが吹雪型だよ! なにが私たちのお姉ちゃんだよ! 一人だけ、特殊部隊に行っていい気になってるんじゃねぇ! 妹を見捨てるような奴は姉貴なんかじゃない!

 

 その言葉に吹雪は何も言い返すことができなかった。

 深雪はさらに大粒の涙を流しながら訴え続ける。

 

「お前たちは……獣だ。味方すら見捨てる……それをお前たちは平気で正しいっていう。獣……化け物め!」

「そ、そんなことはっ!」

「二度と帰ってくるな! お前なんか……お前なんか大嫌いだ!」

「深雪ちゃんっ!」

 

 深雪はそう言うと走り去っていった。

 あとを追うことはできない。追ってはいけないと思う。

 吹雪は一人涙を流し始めた。

 こうなるかもしれないことはわかっていたはずだ。

 わかっていても、それを理解して納得することとは別物のはずだ。

 

「私だって……私だってしたくてしたわけじゃないのに……どうして」

「吹雪少尉」

 

 そんな吹雪の肩に初月がそっと手をのせる。

 ビクッと震わせながらも吹雪は初月の顔を見た。

 普段の厳しい顔つきからは想像できない柔和な表情を浮かべた初月が居る。

 

「少し、付き合ってくれないか。大尉、いいでしょうか」

「かまわん」

 

 那智はそう言うと部隊を引き連れどこかへ去っていった。

 

 

「さあ、行こうか」

 

 吹雪は初月の後に続き、階段を上り始める。

 深雪に叩かれた頬がまだジンジンと痛み続けていた。

 体が痛いのか、それとも心が痛いのか。理解が追い付かない。

 

「ついた」

 

 初月に連れられ屋上へと上がる。

 日は西に傾き始めていた。

 綺麗なオレンジ色が空に広がり、それを映すかのように海もオレンジ色に染まっている。

 美しい夕焼けだ。

 

「君は今回の件について、大尉を恨んでいるかい」

「え……」

「大尉があの時、第45戦闘機吶喊艦隊の救援に向かっていれば、こうはならなかっただろう」

「そうですね。だけど……あの時の大尉を判断は間違って……間違ってなんかないです。私たちは……少数よりもより多くの命を救ったんですから……! 救えたんですから! だから……」

 

「そう、泣きながら言うな」

 

 初月の手が吹雪の頭の上に乗る。

 優しくて大きくて暖かい手だった。

 背も歳もそれほど大差はないはずだ。それでも吹雪は、初月の姿に何か大きなものを感じていた。

 

「……2年前。僕がいた部隊が壊滅した」

「え……」

「哨戒任務を終え帰投している時だった。近くにいる部隊から救援要請が来た。あの時、僕は姉妹3人しかいなかった。とてもじゃないが、自分たちだけを守るだけで精一杯の戦力しかない。だけど、命は見捨てられない、などとほざきながら旗艦だった僕は、秋月と照月……あぁ、姉妹の名前なんだけどの意見を遮って現場へ向かった」

「どう……なったんですか」

「救助を求めた部隊の救出に成功。あとは本当に帰るだけ。そんな時だった敵の主力艦隊に出会ったのは」

「主力艦隊……」

「みんな一生懸命に戦った。だけど3対15の戦いだ。圧倒的な力の前にどうにかなるものか。目の前でまずは、照月が。次に秋月が沈んでいった。僕の目の前で」

「目の…前で」

「僕は必死になって戦った。例の1対12の噂。あれは、この時のものさ。数分だったか数十分だったのか、それとも数時間だったのか。ハッキリとはわからない。だけど、僕は立っていた。独り……血まみれで立っていたんだ」

 

 初月は夕日を見るのをやめ、吹雪に視線を向ける。

 何か光るようなものが瞳にあるのは勘違いではないだろう。

 彼女は、自分の選択で姉妹を失っているのだ。私も、大尉を説得するという選択を捨ててしまったからこそ、姉妹を失ったのだ。

 

「鎮守府に戻って初めに思ったことは何だと思う?」

「……わかりません」

「姉妹はいつ帰ってくるのかな、だ」

「現実を受け入れられなかった、受け入れたくなかった。僕の間違った独断のせいで、僕の判断ミスで姉妹を沈めたなんて認めたくなかった。だけど……彼女たちが還ってくることはなかった」

「……少尉」

「現実なんてそんなものさ。みんな、必ずどこかで大切な人をなくしている。僕は、実は幸せ者なんだ。姉妹が、どうして、どこで、どのように逝ってしまったのか知っているんだから。この激戦の中。そんな些細な事、姉妹がどこで死んだかさえ知らない艦娘や人は本当に多い」

「……何も知らない人が多い。」

「いいかい、吹雪。助けたいって気持ちはなくしちゃだめだ。その気持ちはこれから、どんな時でも必要なものになるから。だけど、助けられなかったなんて気持ちは忘れるべきだよ。そんな後ろ向きな思い持ってても……誰も喜ばないからね」

「……前を向き続けるのは生者の義務」

 

 初月は何も言わずに笑みを返し、吹雪の後ろを指す。

 吹雪が振り返ると、驚いた顔をしたマックスが立っていた。

 マックスは咳ばらいをすると、レコーダーを吹雪へと手渡す。

 不審に思うも、マックスにせかされ、吹雪はレコーダーのスイッチを押した。

 砂嵐と共に、二度と聞くことはないと思っていた声が聞こえてくる。

 

『吹雪お姉ちゃん……任務頑張ってね。本当は最後にもう一度会いたかったな……。だけど、しょうがないよ。私は恨んでないよ? お姉ちゃんが、より多くの命を救うならば……すごく嬉しいよ。だから……お姉ちゃんも前向きに生きてね? お姉ちゃんのことが大好きだよ……。深雪はもしかして、お姉ちゃんに突っかかるかもしれない……だけど、受け止めてあげてください。お姉ちゃんも辛いかもしれない……だけど私は……深雪を置いて行ったのは私の責任だから……深雪も辛いはずなんだ……お姉ちゃん……私を助けようとお願いしてくれてありがとう……。平和になったらもう一度会おうね。那智大尉……最後の言葉を残させてくれて……ありがとうございます。お姉ちゃん……またね』

「く……う……うぅ……」

「白雪少尉からの伝言だ。確かに渡したからな」

「中尉! 白雪ちゃんは……幸せに死ねたのでしょうか……?」

「……死ぬことに幸せなんてあってたまるか。だけど……彼女はきっと吹雪少尉に言葉を残せて、満足したはずだ。あとは、貴様がどう生きるか次第だ」

「はい……! マックス中尉はお優しいんですね」

 「こ、これは公務じゃないからだ! ……大尉には私から言っておく。後で来い」

 

 吹雪は無言でうなずくと、白雪の言葉を再び噛みしめながら録音を聞き直し始めた。

 その目には大粒の涙が流れていた。

 横浜鎮守府では、作戦で散っていった者たちを正門の前の桜の木に埋めるらしい。

 もちろん、死体がなくとも彼女たちの意思は、死後そこに集まり、平和な世界を夢見続けるのだ。

 

「会いに行こう」

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