黒への期待
11月1日
僅かな休暇を得ることも叶わず、黒の艦隊の面々は太平洋側戦線において重要な要所である「南沖の鳥島基地」へと派遣されていた。
常に臨戦態勢ということからなのか、鎮守府よりも全体的にピリついた雰囲気が漂っている。
それでも、極東の防衛拠点である日本の最後の砦ということもあり、帝国海軍だけではなく、連合国軍の海軍もその基地に常時いるからなのか、国連軍と帝国海軍という軍の垣根を超えた連携には舌を巻かざる負えなかった。
簡素な作りの司令室には、一人の女性がいた。
かつて、その高い攻撃力から「狩人」と言われ崇められた艦娘。
「お久しぶりです、提督」
「……やめてください。私は今では、あなたの提督ではありませんよ長門中佐」
「……そうか。なんだか照れくさいものだな。かつての上官にこうしてまた出会えるというのは」
「そんなこと言わないでくださいよ……第666戦術的高機動部隊、ただいま着任いたしました」
「南沖ノ鳥島基地司令長門だ」
吹雪も話だけは聞いたことがあった。
南沖ノ鳥島基地は、女性士官が司令をつとめているという噂は本当だったらしい。
見事なまでの敬礼をお互いにかわし、長門は机の上に広げてある地図へと目を落とした。黒と白の駒が置かれており、それが人類側と深海棲艦側を表しているのは一目瞭然だった。
「まさか、ここの司令になっているとは思いませんでしたよ」
「……そうだな。負傷した私は二度と艦娘として出撃することは叶わなくなった。だが、どうやら私の戦術知識が買われたようでね。こうして、貧乏くじを引かされているわけだ」
「では、内地で勤務したかったと?」
「馬鹿を言うな。私は一生、前線で戦い続ける女だ」
長門がニヤリと笑う。
橋本もその反応を予測していたのだろう。安心したような顔をすると、彼もまた地図へと視線を落とした。
「今の大日本帝国の状況を整理する。まずは北だが……正直、ソ連頼みだ。北海道に配備されている第4旅団も善戦しているが、ソ連の武力介入がなくなれば、一気に前線は瓦解するだろう。同じく、西の私たちも同じことが言える。後ろの補給線が絶たれれば、数日と持たず太平洋側から本土に深海棲艦は上陸を開始する」
「そして、南は先の沖縄戦線崩壊によって深海棲艦は鹿児島へ向けて進撃中。残存した沖縄戦線防衛隊の活躍で、今は何とか食い止めているが……いつまで持つかまったく予想できない。強いて言うならば、東側が比較的安全といえるか……」
「そうだな。どういうわけか、今回は太平洋側に面している鎮守府の兵力が
「太平洋側から深海棲艦は一気に上陸。首都東京は崩壊、大日本帝国の滅亡……か」
わかっていても言葉にされると重いものがあった。
ただでさえ、戦力の一点集中を行っている今、どれだけ重大な任務を与えられているかを吹雪は再認識した。
那智や不知火、初月はもちろんのことムードメーカーである五十鈴も今ばかりは、緊張の色を浮かべている。
「今回、我々に下された命令は接近中である鬼級の完全撃破だ。そのためにわざわざなけなしの戦力をこちらに回してもらったわけなのだが……」
長門が不意に言葉を切る。
その表情を見るに、彼女のこの命令に疑問を抱いているのだろう。あるいは、裏でシュタージが絡んでいるかもしれないことまで知っているかもしれない。
マックスがいる前では不用意なことを言うことはできない。
橋本は那智と目くばせをすると口を噤んだ。
「なんにせよ、合同作戦会議は明日からだ。今日は一日休んでくれ。あぁ、そうそう。教導隊からこちらへ来てくれている者たちもいる。ありがたい話だ」
「それって……」
那智は言いかけると口を閉じた。
ますますおかしな話だ。
本土決戦ならば話は別にせよ、前線基地にエリート中のエリートである教導隊を派遣するものなのだろうか?
疑問を抱えたまま、橋本を残し黒の艦隊は長門の部屋を後にした。