たとえ、共通の敵の前にいようとも。
「行ったか」
「……そのようだ」
「長門中佐」
「勘弁してくれ。提督と二人きりの時くらい、長門でいい。私は、あなたに提督と呼ばれるほど立派な人間じゃない。私はあの事件で……」
長門はそこで言葉を切ると俯いた。
橋本と長門は最初、敵同士として出会った。
かたや海軍の反乱を鎮圧するためのいち指揮官として。そして、かたや不条理な艦娘の運命を変えようと立ち上がった者として。
事件の結末は至極簡単なものであり、簡単だからこそ複雑でもあった。
首謀者の一人の暗殺。
今でも誰が妙高を殺したのかはわからない。
一対一の話の場での静かな殺人。
妙高を失ったことで統率を失った蜂起軍は散り散りになりながら逃げ出した。
しかし、長門の率いていた部隊だけは最後まで組織的反抗を続けていた。
最終的には橋本の率いる特殊鎮圧部隊によって全員捕縛されたわけだが、長門の高い指揮能力を橋本は買っていた。
やや強引とも言える手段で独房から連れ出すと、橋本は長門を自分の部下にした。
それから2年。
様々なことがあったが、橋本と長門は最高のパートナーになれたかもしれなかった。
「懐かしいな」
「そうだ。私があの海域でケガさえしなければ」
「過ぎたことは忘れてくれ。命あっての体だ。本当になくしてはいけないものを見失うな」
「……わかっている」
そう言うと長門は急に部屋の隅を指差した。
それだけで橋本は何が言いたいかを察する。
この部屋は盗聴されている。
おおよそ、誰が盗聴しているかは見当がつく。いつからかまでは知らないが、ドイツの政治将校が我が物顔で仕掛けていったのだろう。
机の上に置いてある紙に橋本はメッセージを書くと長門へと手渡した。
筆談という原始的な方法だが、わざわざ場所を変えなくても良いという点では最良の手段だ。
『それで。今回の作戦の立案者は』
『参謀本部に問い合わせたが有耶無耶にされて終わってしまった。提督は何か知っているか?』
『裏にシュタージが絡んでいることくらいだ。今、横須賀鎮守府にドイツから特使という名目で艦娘が来ているが……』
『威力偵察。あるいは何かしらの妨害工作を仕掛けてきたと?』
『艦娘技術が真に浸透しているのはドイツと日本だけだ。アメリカでさえ、まだ一歩出遅れている。今のうちに日本を潰し、艦娘技術という絶対的な力でドイツは世界を握りたいのだろう。愚かなことだ。人間同士の戦争などしているほど暇ではないのに』
橋本は筆を置くとため息をついた。
本当に愚かしい。
「最善を尽くし、ここを守り切る他に道はないか」
「あぁ……頼むぞ提督。頼りにしている」
「よしてくれ」
橋本は何か言いたそうにするも、そこで口をつぐむ。
よしてくれ。俺はそんなに立派な人間じゃないんだ。
○●○●○
夜の人影はない。
深海棲艦との戦いが始まってからというもの、極端に外国からの物資が手に入らなくなったため、大日本帝国では「欲しがりません、勝つまでは」などという標語が流行っているほど、国内流通は落ち込んでいた。
だが、闇を好む人間にとっては国家そのものが希望を見失い暗くなっているほうが好都合だ。
現に、公園のベンチで一人意気揚々と人を待ち続けている彼女は、今の戦いが永遠に続けば良いと思っている。
その彼女の真後ろにあるベンチに誰かが腰かけた。
数秒の静寂の後、彼女……唯一陸軍に所属している艦娘「あきつ丸」は口を開いた。
「お待ちしていたでありますよ、プリンツ少尉」
「あまり長居はしたくありません。早く情報を」
「まあまあ、そう急かすことはないでありますよ。まずは、お互いの親睦を深めるために……」
「ふざけているのですか?」
あきつ丸の言葉を遮るようにプリンツが睨みを聞かせながら、あきつ丸の背中に銃口を突きつける。
あきつ丸はやれやれとでも言いたげに首を振りながら、紙の束をプリンツへと投げつけた。
あきつ丸なりのせめてもの仕返しだ。
「先の沖縄戦線においての戦死者とその親類の現状でありますな」
「……深雪」
「圧倒的な武功と実力を持つ黒の艦隊を信仰するものは存外に多い。では、弱点はどこにあるか?
それは、命令のためならば仲間であろうとも姉妹であろうとも切り捨ててしまう、その冷酷さ。ここにつけいるしかあるまい」
「なるほど、わかりましたよ。要は、私たちに
「さてさて……それは断言しかねるでありますよ」
「まあ、いいでしょう。わかりました。まったく、あなた方は変わっている」
「変わっている?」
あきつ丸はきょとんと首を傾げた。
それが演技に見えたからなのか? それとも、本当に自覚がなくやっていることに対して不快感を持ったからのか、プリンツはあからさまに顔をしかめた。
「同じ日本の軍人でしょう。どうして海軍を潰したいのですか?」
「少尉、簡単なお話です。一国の中に最強の軍は一つあれば十分。我々陸軍がすべての兵を統率するべきだと考えているだけでありますよ。ゆえに、私は裏で動き回りますとも。いつか日の目を見る日を夢見て」