『お前なんかお姉ちゃんじゃない!』
「違う……違うよ。私だってあなた達を助けたいって思ってた……」
『それでも来なかった! 現実は来なかったんだ!』
「深雪ちゃん……」
「吹雪、なにをボサッとしている」
「は、はい! すみません!」
不知火の言葉で我に返ると、吹雪もまた全周警戒を始める。
深雪からかけられた言葉が頭から離れない。同時に、自分もまた身内を任務のために見捨てたという自責の念に駆られる。仕方のないことであり、一度は吹っ切れたはずだったがそう簡単に彼女の言葉を受け止めることはできない。
帝国海軍側の先遣部隊が深海棲艦と接敵したのが2時間前。そこから、第一次機動艦隊が派遣され、今は、威力偵察として黒の艦隊と仙台鎮守府から派遣された艦娘達が大海原を駆けていた。
絶対防御線の遥か手前で敵を見つけることができたのはとても大きい。防御線までの間に四重に部隊を展開することができたことにより、今や沖ノ鳥島前線基地そのものが堅牢な要塞と化していた。
先遣部隊の派遣のタイミングや迅速な対応。その功労者は間違いなく、長門であろう。
「間もなく接敵海域に突入します」
「全員、警戒を厳に。必ず現れるぞ」
那智の言葉を聞き返事をする。
硝煙と血の匂いがここで激戦が繰り広げられていたことを物語っている。僅かに立ち上っている煙を抜けた先で黒の艦隊が見たものは……
「う、噓でしょ……?」
「馬鹿なっ! 完璧な指示だったではないか!」
「那智大尉! 上空2000! 敵艦上爆撃機!」
「五十鈴、吹雪、不知火は対空砲一斉射! 残りは目の前のハイエナどもを食らうぞ!」
先遣部隊と第一次機動艦隊全滅。
目の前に広がっている惨状がいやでもそう伝えていた。深海棲艦達は海に浮かんでいる艦娘達に最後のとどめを刺すべく回っている最中だった。
上空には艦上爆撃機が飛び回り、海上では重巡級の深海棲艦が這い回る様子は間違いなく地獄だ。近年類に見ない大敗北。
しかし、それを本部は知らない。何の知らせもない。事実、それが原因として黒の艦隊は威力偵察として派遣されているのだから当然のことだろう。
「隊長! 仙台からの部隊から応援要請! やはりこの戦場は……死んでいる!」
「やってくれるじゃないか、深海棲艦! 無線封鎖解除。マックス中尉は本部との連絡を取り続けてくれ」
「今やっている」
「総員、陣形アローヘッドワン! 一気に駆け抜ける!
「了解っ!」
今現在、優先される事項は大きく二つ。一つはこのノイズの多い戦場でなんとしても本部へとリアルタイムの状況を伝えること。先遣部隊の全滅を知らないままでは、次なる作戦を立てることができない。おまけに、深海棲艦の機動部隊が生きていることはなんとしても必ず伝えなくてはいけない事項だ。
もう一つは、仙台の部隊との合流。黒の艦隊の面々でさえ、この戦場を後退するのは難しい。いくら仙台エリート部隊であろうとも自力で抜け出すことはまず無理だろう。ゆえに、二つの部隊で力を合わせるしかない。
だが、これはあくまでも賭けだ。仙台の部隊が黒の艦隊が到着するまで耐えているという前提の話だ。そもそも、黒の艦隊がそこまでたどり着けるかさえ怪しい。
それでも、那智は必ずやり遂げるという確信めいたものを持っていた。
この作戦は自分たちがやらなければいけない。他人にはまずできないことだ。経験と実績がそれを物語っている。
「仙台部隊を発見! 全員大破寸前です!」
「照明弾撃て! こちらに注意を引け」
「正気か貴様! それではこちらの位置がまるわかりだぞ!」
「マックス中尉。今更じたばたしても逃れることはできない」
「……くっ」
照明弾が一斉に撃ち上がる。
仙台の部隊からは歓声が上がり、深海棲艦からは咆哮が上がった。軽巡級が一斉に黒の艦隊へと襲い掛かる。
「撃ち方はじめっ!」
軽巡の脇をすり抜けゼロ距離からの発砲を開始する。
下手に停止して撃つよりは、速度に乗っている今、流れに任せて懐に飛び込んだほうが数倍も安全だった。
「黒の艦隊隊長、那智だ」
「ぞ、増援感謝するクマ! 仙台より派遣された第三偵察部隊隊長球磨」
「よし。これより脱出をはかるぞ」
「そ、それは難しいクマ! 見ての通り、こちらは手負いばかりクマ……」
「……よし。ここで本部からの増援が来るまで耐える」
終わりの見えない戦いが幕を開けた。
ト級の群れの数にものを言わせる攻撃が続いていた。しかし、これに耐えなければ希望への
「魚雷が尽きたよ!」
「了解! 不知火と初月が魚雷を撃ちます」
「わかった」
酸素魚雷がト級へと命中し、爆散する。
幸いにも敵からの魚雷攻撃はない。黒の艦隊は砲弾を対空砲で撃ち落とすという神業に近いことをしながら、なんとか難をしのいでいた。
しかし、それもそう長く続くものではない。
補給が見込めない今。先に力尽きるのがどちらかなど明白だった。
「那智大尉! これからどうするのだっ!」
「……くっ。来ないのかっ!」
「吹雪っ!」
五十鈴の叫び声が響き渡る。
「へっ……?」
吹雪がふと真上を見ると、どこから来たのか爆撃機が急降下を始めていた。
今から迎撃したとしても間に合わない。
時が止まる。
スローモーションで迫る爆撃機に吹雪は不思議と恐怖を感じなかった。それどころか、どこか安心したような、あたたかい温もりがある。
「そうかこれで……」
これで私も皆に会いに行ける。怒られるかもしれないけれど、ちゃんと謝りに行ける。だったら、ここで死んでもいいじゃないか。
「吹雪っ! かわせ!」
「大尉……」
那智の焦った顔を初めて見た気がする。
あぁ、ごめんなさい大尉。私は最後までダメな部下のままでした。あなたが正しいのかもしれないとわかっていながらも、戦争だから見捨ててもいいという業を認められなかった弱虫なんです。
エンジン音がはっきりと聞こえる。
もう、これで……
「何を諦めとるんだ!」
「へっ……?」
「……遅いぞ」
爆撃機へ急速接近する烈風が射撃を始める。
降下態勢に入っていた爆撃機はかわすことができず、そのまま撃墜され海の藻屑となった。
続々と大日本帝国海軍自慢の戦闘機が登場していく。
流星、烈風、彗星。
これだけの装備を整えているのは、間違いなく精鋭部隊だ。それも、ただの精鋭ではない。全国から集められたエリート中のエリート。
吹雪はそんな人達がいる部隊を一つしか知らない。
「教導隊……?」
「吹雪!」
その声に吹雪は振り返る。
わずかにはにかみながら立っている彼女に思わず涙が溢れてきた。
「遅いぞ、大鳳」
「いろいろあったんだ、許してくれ。さあ、ここから逆襲といきましょうか」