南沖の鳥島 前線基地司令部
11月10日
太平洋側での戦闘が始まり、すでに10日が経過していた。最初に、前線基地へと入った時よりも、明らかに人員が減っている。
艦娘、一般兵、衛生兵。どの兵科の人員もごっそりと、今は深い海の底へと沈んでいるのだと考えるだけで、背筋が凍りついていく幻覚に襲われる。
しかし、そうであっても諦めるわけにはいかない。
未だに確認できない重巡棲鬼の存在が、見えない圧力として防衛軍にかかっていた。
大規模な戦闘は初日以来起きてはいないが、散発的な戦闘が繰り返し続き、兵の士気は下がる一方だった。かろうじて、人間よりも頑強に作られている艦娘たちはいつでも出撃できる態勢を整えているが、それもいつまで続くか、時間の問題となっていた。
深海棲艦が有利な状況に変わりはない。そうである限り、今回の討伐対象である重巡棲鬼は絶対に出てこない。逆説的に言うならば、重巡棲鬼さえ倒せてしまえば、深海棲艦側の指揮官はいなくなり、一気に瓦解させることが可能となる。
ならば、深海棲艦陣営に黒の艦隊でも吶喊させればいいのか? 吶喊させ大将首を上げさせるか?
そんな無茶をさせられるわけがない。
「詰んでいる。人類から手出しをできない状況であるが、いつまでも
長門は机を思わず殴り続ける。
撤退という選択肢はない。
島国である大日本帝国は一か所だけでも、完全に深海棲艦の侵入を許すようなことがあれば、半日と持たずに東日本と西日本は分断され、深海棲艦の陸上前線基地へと姿を変えることとなるだろう。
「ならば、どうする……どうすればいい?」
有力な駒は3つ。
大鳳を旗艦とする教導隊によって編成された航空部隊。かつて一騎当千と言われた猛者たちによって作られた部隊だ。しばらく、実戦から離れていたとはいえなんのブランクにもならないだろう。
もう一つは、銚子や呉から派遣された金剛型戦艦からなる主力艦隊だ。目立った活躍は響いていないが、沖縄防衛戦では小さな戦闘に介入し続け確実な勝利を積み重ねていっていた。旗艦である金剛にある天性のカリスマ性。それを支える姉妹たちの働きが実に連携の取れている良い部隊だ。
最後は、言わずもがな黒の艦隊だ。今や、大日本帝国の最終兵器と形容しても過言ではないだろう。彼女たちを失うことは何としても避けなくてはいけなく、また、彼女たちの力を借りなければ、勝利はあり得ない。
「まったく。これだけの部隊を持っていながら、こんなところで足踏みしているとは……私の無能さのせいか」
思わず弱音が出る。
今は部屋に一人いるだけだ。こんな時くらい、弱音を吐いても誰も文句は言わないだろう。
「待てよ……」
かつて……まだ、葛城の下で艦娘として働いていた頃の写真が目に入り、長門は考え込む。
妙案であり、愚策。人間が指揮をしている戦場ではありえないような作戦を、長門は立案しようとしていた。
クスリと笑みがこぼれる。
これを知った現場指揮官たちはどんな顔をするだろうか? 驚くか、怒るか、喜ぶか?
「まあ、いいさ。では、さっそく事務仕事を片付けようじゃないか」
〇 〇 〇
彼女たちに休息は必要ない。
だが、無意味な戦闘をダラダラと続ける愚かさを彼女たちはよく理解していた。
ゆえに、導き出した答えは波状攻撃。一定の間隔をあけ、攻撃を続けることで確実に相手方を疲弊させる単純かつ明確な戦果を期待できる作戦。
彼女たちの中に、初日から微動だにしない者がいた。
長い蛇のような艤装を身にまとい、片足だけニーソを履いている異様な容姿。全身が白という白で覆われている。
彼女が出撃する機会はおそらくないだろう。人間側が、深海棲艦の最終防衛ラインを突破したなどということがあれば、出撃するのもやぶさかではないが。
「バカ……メ……」
重巡棲鬼は無感動に言葉を発する。
感情が彼女たちにあるかは知らない。それでも、人が今の様子を見た時、そう表現するしかないであろうことは想像に難しくない。
また深海棲艦の一群が前線へと出撃を開始した。
重巡棲鬼は黙ってそれを見つめていた。
「マタ……オオクノムスメガシズム……」