「ん……」
「お目覚めになられたでありますか?」
未だに痛む頭を抱えながら、深雪はゆっくりと覚醒を始めた。
湿気の多い部屋、窓一つ見当たらない。目の前にはステンレス製の机が置かれている。天井には、裸電球が一つ。この部屋を彼女の知っている範囲で例えるとするならば……
「と、取調室?! うっ……いつつ……」
「まだ騒がれない方がよろしいですよ。抵抗が激しかったため、こちらも少々強引な方法を取らざるを得ませんでしたから」
深雪は初めて、目の前にいる少女へ視線を向けた。
艦装を装備していないが、何となく彼女が艦娘であることはわかる。異様なまでに色の白い肌。それよりも白い軍服を、どこか誇らしげに着ている。
それでいて……その目は、深雪を人間や艦娘として見ているわけではなく、まるで道具として見ているような冷たさを孕んでいた。
公安……? 諜報系の部署に所属している艦娘? だけど、海軍のそんな艦娘がいるなんて話を聞いたことはないのだけど……。
「どうかされましたか?」
「あ、いや……別に……」
「まだ、痛みますか? まったく、あとできつく言っておきますね。あ、それとも……もういっそ、いらないかな?」
不穏なことを口走る少女に深雪は苦笑する。
そうしてようやく、深雪は何が起きたのかを思い出した。
姉を失ったショックで生きがいを見失い、訓練をサボり一人町に出ていた時のことだった。いかにも、という男たちから声をかけられ、反撃をしていたところ、後ろから殴られたのだった。
では、その男たちは目の前にいる彼女の部下だというのか……?
「あの……ここはどこですか……?」
「それは言えないでありますな」
「私……何かしましたか?」
「ん? なるほど、なるほど。大丈夫ですよ」
少女は笑いながら、懐から名刺を取り出した。
陸軍参謀所属あきつ丸、と書かれていた。
少し前、陸軍にも艦娘が配備されたと風の噂で聞いたことがあったが、どうやら彼女がそのあきつ丸らしい。
ご心配なく、などとあきつ丸は言う。
「私に何の用ですか……?」
「単刀直入に言いますと……深雪さん、あなたにご協力していただきたい」
「何を?」
「横須賀鎮守府を落とす協力を」
「はあ?!」
我ながらなんと間抜けな声を出したのだろうか?
しかし、そうなってしまうほどのことをあきつ丸は、あっさりと言って見せたのだ。
横須賀鎮守府が仮に落とされた場合、大日本帝国は丸裸同然となることは幼子でも知っている事実だ。だというのに、あきつ丸はそれを落とそうなどと言っているのだ。
「あそこが落ちれば日本は……!」
「ご安心ください。あそこがなくなろうとも、我々陸軍は密かに進めているドイツとの同盟があります。大日本帝国が負ける、などということは決してない」
「それもそうですけど! そもそも……同じ軍なのに……」
「同じ軍? はて……何を言っておられるのですか?」
あきつ丸は立ち上がると、深雪の耳元へ口を近づけた。
嫌な臭いではない。だが、身の毛のよだつような気配を感じ、深雪は動けなくなる。
裸電球が奇妙な音を立てながら、チカチカと点滅を始めた。
「海軍は腐りきっている。己の欲望を満たすためならば、何でもする。現に……あなたのお姉さんも、そのせいで死んだのですから」
「え……」
「国連軍と海軍上層部は黒い繋がりがある。そして、先の共同作戦。海軍は自国の軍人を守ればいいものを、メンツのために中国軍の援護へと向かった。その結果は……あなたがよくご存じでありますな?」
喉が異様に乾く。
どれだけ唾を飲み込んでも、カラカラのままだ。
もしも、あきつ丸の言っていることが本当だとしたら、国連軍と海軍の黒い繋がりさえ無ければ、私はこんなにも辛い思いをしないで済んだのかもしれない……? 否、確実にしないで済んだのだ。真に恨むべきは、吹雪ではない。もっと、大きなものであり……。
「我々陸軍は、長年に渡り調査を続けました。そして、ついにその証拠を掴み海軍へと突きつけた。ですが……それが表で出ることはなかった。握りつぶされてしまったのです」
「海軍の上層部は腐っている……?」
「まさにその通りであります。あれは癌です。早めに切除しなくては、体中が侵されてしまう。ゆえに、まずは最も侵されている横須賀を落とすのですよ。ご協力……いただけますよね?」
「それ、は……」
協力すれば、私は二度と海軍だと胸を張って名乗ることはできないだろう。
最悪、今の隊の仲間を売ることになるかもしれない。
でも、もし、ここで協力を拒んだとしたら? 目の前にある巨悪の存在を知りながら、積み重なる屍を見続けることができるだろうか? 正門の下の桜の木に埋まっている英霊たちの前を歩けるだろうか? 放っておけば、癌によって死ぬ者が後を絶たなくなる。ならば……私の答えは……
「わかりました……協力させてください」
「ありがとうございます。聡明なお方だと信じていたでありますよ」
その時、深雪は自分の選択に対する後悔からか、一瞬あきつ丸から目を逸らした。ゆえに、見ることができなかったのだ。本当に癌がある場所を……。