黒の艦隊 裏切り戦線   作:ROGOSS

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戦いの果てに

戦闘機吶喊(ヤークト・イェーガー)始めるぞ!!」

『了解!』

 

 那智の指揮のもと深海棲艦の空母へ向けて攻撃を開始する。

 周囲には終わりが見えない砲撃の雨が降り続けている。だが、彼女たちは足を止めることはない。信じることのできる仲間と経験を抱え、ひたむきに敵空母に向けて進み続ける。後にこの様子を見ていた帝国海軍軍人は語った。

 

『戦場に鬼がいたんだ。それはいち小隊の形をした鬼だった。誰一人として欠けちゃ鬼にはならない。とにかく鬼神がごとく進み続ける彼女たちには、正直なところ恐怖も覚えたよ。だけど、味方としてあれほど頼れる存在はいない』

 

 それは伝説となる戦いの一つだった。後に語られることとなる第666部隊の表の世界史では決して語られることのない伝説。

 

「敵までの距離500、魚雷発射態勢に入ります」

「全員魚雷発射用意! 軌跡を残したところでいまさら躱すことなどできまいっ! 一気に2隻沈めるぞ」

「あれだけの巨体。中央のタンクを狙って真っ二つにできるはず」

 

 五十鈴、那智、初月の矢継ぎ早の指示が飛ぶ。

 指示を聞いて吹雪は発射態勢を取る。

 近づいてくる敵戦闘機は的確に南沖ノ鳥島司令部の指示によって撃墜されていき、部隊に損害が広がることはなかった。これだけの状況がそろうチャンスは一度しかない。ここで仕留めるしかない。

 

「撃てッ!」

 

 魚雷が一斉射される。

 海上戦闘においてほぼゼロ距離で発射された高速体を躱すことなど出来るはずもなく、順番に魚雷は着弾していく。

 

「やった!」

「いや、まだだッ!」

 

 マックスが珍しく喜びの声を上げるも那智が静止する。

 空母の一隻は咆吼と爆炎を上げながら、徐々に体を割かれ沈んでいった。しかし、もう一隻はまだ耐え続けギリギリのところで撃沈することができずにいた。痛みを感じているのか、目を赤く光らせながら、第5陣となる戦闘機の離陸準備を始めているのが見える。

 盛り上がりを見せていた後方部隊から絶望の気配が伝わってくる。

 この攻撃のためだけに多くの損害が出たのは間違いがない。

 重巡棲鬼(じゅうじゅんせいき)を倒す又は撤退させることが本作戦の目標であるというのに、ついに見つけた突破口への進撃は失敗しようとしていた。

 空母が沈まなくては、永遠と増え続ける物量に押しつぶされることは目に見えていた。

 敗戦……誰の脳内にも思い浮かんでいた言葉だろう。ただ一人、彼女は覗いては……

 急いで残弾を確認する。

 虎の子の一発がまだ残っている。距離はまだ離れていない。今から撃っても充分大打撃を与えられる。

 

「まだですッ!」

「吹雪……?」

「これで……終わりだぁぁぁぁ!」

 

 吹雪は最後の一発を撃ち出す。

 軌跡を描きながら離陸を始める空母へ向かって一発の魚雷が進んでいた。

 それに気がついたのか重巡棲鬼が慌てたように迎撃の魚雷を発射する。

 魚雷で魚雷を撃破するなど並の人間では出来ない芸当であるが、海上戦闘に特化している深海棲艦にとっては朝飯前なのだろう。

 続けて、無数のト級が海中へ向けて砲撃を開始する。数の暴力の前に希望の一発となっていた吹雪の魚雷の命は風前の灯火と化していた。

 たった一発ではあるが、この一発が両陣営の勝敗を決するだけの力を持っていた。

 

「そ、そんな……」

 

 吹雪が諦めの声を漏らす。彼女の隣を高速で何かが通り抜ける。

 

「な、何をしているんですかっ!」

『私が壁となる!』

「バカなことはやめてください!」

『心配するな。私はこれでも元戦艦だ。魚雷一発守り切るだけの城壁にはなってみせるさ』

「いや……いやですよ! 長門司令!」

『吹雪、お前が繋げた希望だ』

 

 長門から突然名指しで呼ばれる。

 

『どんな時でも諦めない気持ちは希望となる。吹雪、いかなる時もそれでもっと反抗し続けるんだ。兵器ではなく、人として生きろ』

「司令ッ!」

『那智……偉くなると苦労が増えるばかりだ。お前も私も……妙高も』

「長門司令ッ!!!」

 

 巨大な爆炎が上がる。

 上がる咆吼は誰のものなのだろうか。

 誰もが固唾を呑み、静寂を守っていた。体が動かない。目の前に広がっている光景を見ていることしかできない。

 気がつくと大軍を率いていた深海棲艦は撤退をしていた。

 

『何をしている! 長門の救援に迎え!』

 

 無線封鎖が解除されたことにより、沖ノ鳥島司令室から橋本の声が聞こえる。その声に弾き出されるように各員が長門がいたと思われる海域に集った。しかし、そこに肝心の長門の姿はない。長門が誇りにしていた36cm砲の艤装がボロボロになりながら無常にも浮かんでいるだけだった。

 太平洋上から侵攻していた深海棲艦の大軍を退けることに成功したニュースは、瞬く間に大日本帝国全土に広がり帝国民達は喜びの声を上げていた。迫っていた危機がなくなったことにより、今だけは浮かれていたいのだろう。それを誰もとがめることはできない。ただもし、大日本帝国軍の広報隊がもっと正確な情報を伝えていたならば、人々ははたしてただ喜ぶことができていたのだろうか?

 死者1万人、失われた艦娘不明。事実上、長門という柱を失った沖ノ鳥島司令部の崩壊。

 再度、深海棲艦が大軍を率いて同じ海域に現れた時、今度こそ大日本帝国海軍は為す術なく侵攻を許すしかないのは目に見えていた。

 一大海戦は終わりを迎えた。最後の一弾を放った吹雪は、英雄として祭り上げられ、ひっきりなしに取材の依頼を受けた。だが、彼女が取材に応じることはない。第666部隊は非情で秘密性の高い部隊であり続けなければいけない。

 

〇●〇●〇

 

「浮かない顔だな英雄」

「提督」

 

 待合室で呆然としていた吹雪に橋本が声をかける。

 幸いにも司令部に直接的な攻撃はなく、設備が破壊されることはなかった。

 それでも、次なる戦いに向けて参謀本部は新たなる組織図を作成しているらしい。現に司令部の上層部の軍人は慌ただしく働き続けていた。

 

「私は……英雄じゃありません。本当の英雄は命を落としてまで、一発の魚雷を守り切った長門司令です」

「それでも世間ではお前が英雄だ。残念ながら、死んだ人間を評価することは非情に難しい。それも……血の五月雨事件に関わっていた彼女ならば尚更な」

「……長門司令は最後、どうして私に人として生きろと言ったのでしょうか」

「……彼女は艦娘であることを誇りとしていた。人々のために戦い、平和を築くことを人生としていた。そして誰よりも……艦娘は兵器ではないことを主張していた」

 

 橋本が吹雪の頭に手を置いた。

 大きくて温かな手だった。だが、吹雪は感じていた。橋本の手が震えていることを。長門は橋本のかつての敵であり、秘書であり、戦友だった。彼だって人間なのだ。大切な人を失えば憤り悲しみに暮れたくなる。しかし、彼はそんな素振りを一切見せない。偉くなってしまうと部下の気持ちに寄り添うことを考え、自分の気持ちを押し殺さなくてはいけないのだろう。

 

「血の五月雨事件で最後まで長門が主張していたのは艦娘の人権確保だった。兵器として運用される彼女たち対して軍部は、前戦への投入を続け、人としての尊厳を無視していた。那智や妙高といった艦娘達はその仕打ちに対して不満を爆発させていた。長門は本当に……良い奴だった。やり方には問題があったがな」

「たしか、提督があの事件を収束させたんですよね?」

「……そうなっているな」

「え……それってどういう……」

 

 私が疑問を口にしようとすると不知火が慌てたように走ってきた。橋本の姿を見ると敬礼をする。

 

「提督、緊急事態です」

「どうした」

「横浜鎮守府がクーデターを起こしました」

「なにッ?!」

「それも……国連軍が捕虜にされ、現在各国の首脳が大日本帝国への大規模な軍事侵攻の準備をしているそうです」

「どこが主導かを言っていたか」

「ドイツです!」

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