永遠絶対の地獄
時は少し遡る。
沖ノ鳥島では迫り来る重巡棲鬼との決戦を間近に戦いの準備を続けていた時。本土にある横浜鎮守府でもまた、大きな戦いの狼煙が上がろうとしていた。
横浜鎮守府は国連と大日本帝国が合同で利用している世界にも類を見ない規模の巨大な鎮守府だ。とはいっても、戦力が十全にあるわけではない。極東の守りの要となっている大日本帝国に国連の息がかかっている施設を置くことで、大日本帝国に世界各国が期待をしているという重圧を与えるために利用しているに過ぎないからだ。艦娘の技術も未だに大日本帝国とドイツ以外では、進んでいるとは到底言える状況ではない。
誰もが寝静まり巡回の憲兵だけが起きているだけの真夜中。鎮守府の地下にある一室では怪しげな顔をした面々が密会をしていた。
「準備は整ったでありますか?」
「当然。間もなく祖国から大規模な兵隊達が来るわ」
「それはよかったであります。やはり、ドイツの方々にも甘い汁を吸っていただきたいですから」
ビスマルクの顔がピクリと動く。だがその前に早かったのがレーベだった。彼女はホルスターから銃を抜くとあきつ丸へ向ける。引き金には指が掛かっており、いつでも発射できることがわかる。
「祖国へのそのような物言い。あまり関心はできません」
「可愛い顔をしているのに怖いことをしますね……冗談ですよ冗談。日本の冗談です。自分は心の底から同盟国であるドイツには敬意を払っていますから」
「下ろしなさいレーベ。ここで彼女を撃ってしまっても良いことはないわ」
「……わかりました、グラーフ中尉」
グラーフに窘められ、レーベは銃を下ろす。
あきつ丸は笑みをこぼさぬように必死に堪えた。
予想を遙かに超えている。やはり彼女達は無能だ。海上戦闘においては世界有数の力を誇るドイツであるだろうが、情報戦においてはザルとしか言いようがない。実際のところ、私だってしょせんは陸軍の末端でしかない。私を殺したところで、計画に損害など発生するわけがない。もちろん私が独自に創り上げた情報網を活用できなくなるという痛手は被るだろうが、今回のクーデターを成功させるためだけなら、私の仕事は終わっている。誰の目から見ても明らかなことを彼女たちはわかっていない。
頭でっかちの軍国主義の女狐め……本当の恐怖はまだ始まったばかりだ。
「まぁまぁ、自分も言い方が悪かったと思うでありますし、グラーフ中尉、そこまで言わなくても良いでありますよ」
グラーフが困った顔をしながらレーベを見る。
レーベは今にも泣きそうな顔をしながらも、グラーフに対して申し訳なさそうな様子だ。
「話を戻そうか。明朝、クーデターは決行する。黒の艦隊を含むあらゆる戦力が沖ノ鳥島周辺に展開している今が最大の好機。だが問題もある。奴らが横浜鎮守府鎮圧のために戦力を向けてきた時、海上防衛は誰に任せる?」
「もちろん、我々艦娘の出番でしょう」
「……では準備は済んでいるのだな?」
「えぇ、入ってきてください」
あきつ丸が呼ぶ。その声に導かれ扉が開き、一人の少女が部屋の中に姿を現した。
目は虚ろで生気がない。ブツブツと何かを言っているようだが、何も聞き取ることはできない。
「思っていたよりも小柄ですね」
「駆逐艦ですから」
「私が見つけた人材ですが、大丈夫なのでしょうね?」
「当たり前じゃないですか。相当な恨みを買っていますからね、彼女達は」
ドイツ艦娘達の表情が強ばる。
部屋の外から尋常ではない程の殺気を感じた。もちろん、部屋の中に入ってきていた深雪からもだ。
あきつ丸の一言で彼女たちは黒の艦隊と海軍に対する不満を爆発させたのだ。
「たった数日でここまで仕上げるとは……」
「私は戦うことは出来ませんが……物資の調達でしたら得意ですので」
「恐れ入ったよあきつ丸」
「最高の褒め言葉です」
あきつ丸がこの数日の間、海軍や黒の艦隊に恨みを持つ艦娘や軍人を探し回っていたのはいうまでもない。
口説き文句はいつもの一言。
『海軍は深く癒着をして仲間を見殺しにしている』
もちろん根も葉もない出鱈目だ。
そんなことはないし、陸軍が都合良く海軍を潰すために人材を雇うために作った殺し文句だ。
だが、恨みという負の感情を抱いている者達はまっとうな判断をすることができなくなっている。
ようは一番理解しやすい、一番恨みやすい対象を教えてあげれば良いのだ。
それがコツだ。海軍はもっと傷ついた彼ら彼女達に手厚い介護をしていれば、こんなことにはならなかった。気がついた頃にはもう遅い。組織内部の深部に潜り込んだ時限爆弾が爆発しているのだから。今更ジタバタとあがいたところで、海軍という一大組織が崩壊するのは時間の問題だ。
「さぁ、では夜明けのために始めようか」