「提督起きてください! 提督ッ!」
「どうした?」
「クーデターです!」
「なに?」
横浜鎮守府国連海軍提督葛城は知らせを聞き、意識を覚醒させる。先程まで執務室の机の上で微睡んでいたが、そんな場合ではないことを第六感が告げていた。息を切らしながら入ってきた部下にねぎらいの言葉をかける間もなく彼は動き出した。
急ぎ緊急事態用に海底ケーブルから繋がっているワシントンへ連絡を繋げようと試みる。
「動かないでください、提督」
「……なるほど。どうりで見ない顔だと思った」
葛城の眉間に銃口が向けられる。
先程飛び込んできた部下は国連軍の証明と言える星の印の付いた軍帽を捨て去り、旭日旗が突いている軍帽を被った。
「そうですか。さて、葛城提督を殺すような命を受けてはいません。おとなしく付いてきてくれれば危害は加えません」
「長生きをすると様々なことが起きるものだ」
葛城はやれやれと首を振りながら両手を挙げる。
葛城の無力化を試みるために近づいてきた反乱軍の兵士が突然倒れた。後ろからは鉄パイプを持った夕張がいる。
「お怪我はありませんか?」
「無論。助かったよ。まさか橋本の艦娘に助けられるとはな」
「橋本提督はこのクーデターを予期していました」
「……やはりな」
葛城の言葉に夕張はキョトンとする。
「とにかく今は離脱しよう」
そう言うと葛城は大きな本棚の前に立った。
しばらくすると本棚は巨大な音を立てながら横にずれ始める。そこに地下へと続く階段が現れた。
「旧帝国海軍は本土決戦に備えて非常口を用意していたわけだ」
「なるほど」
「さて、行くとしようか」
薄暗い階段を下り始める。どこへ続いているのかは葛城しか知らない。
夕張はフと疑問を口にした。
「葛城提督。なぜ橋本少佐は今回のクーデターを予期していたのでしょうか?」
「決起の五月雨は知っているな?」
「もちろん」
「あの事件解決の裏で糸を引いていたのがドイツ軍だった」
「噂では聞いていましたが……」
「そしてドイツ軍と旧帝国陸軍とのパイプ役としていたのが橋本だった」
「まさか……!」
夕張は最悪のシナリオを想像する。
まさか、橋本提督は今回のクーデターに絡んでいる……?
葛城はそんな夕張の姿を見て首を横に振った。
「橋本は今回の件に絡んではいないだろう。彼はドイツ軍と陸軍との泥沼の癒着を見て嫌気がさして内部告発をしようとした。だが、それは巨大な組織を敵に回すことだ。結局、告発は失敗に終わった。それでも陸軍は決起の五月雨解決の英雄である橋本を殺すわけにはいかなかった。そして橋本が流れ着いたのが最も前線に向かい危険がつきまとう黒の艦隊の提督というポジションだった」
「そんな過去があったんですね」
「然り。おおよそ今回も日本国内の掌握を企む陸軍とドイツ軍が裏で何かしらの工作をしたのだろう。まったく、敵は目前だというのに暢気なことだ」
葛城は怒りのこもった口調で吐き捨てた。
彼の言っていることは正しい。現在、沖ノ鳥島海域では日本の存亡をかけた一大決戦が行われている。その最中に今回のクーデター。仮に沖ノ鳥島海域での戦闘で海軍が敗退すれば、日本に深海棲艦の脅威が迫るというのに、なぜこんなことができるというのか。理解に苦しむ。
「このタイミングだからこそ、なのかもしれないがな」
「そうですね……現在、横浜鎮守府の近場にある鎮守府の艦娘達は出払っています。そして都合良くやってきたドイツ軍からの査察。完全に罠でしかありません」
階段の終わりが見える。
葛城は古びた鉄に扉をゆっくりと開いた。
その先には大きな潜水艦ドッグがある。
「こんな大規模な施設が……」
「ここは旧司令部が有事の際に高級士官が脱出できるように用意していた場所だ」
「こういっては何ですが、昔の軍人達はクズですね」
「面目次第もない」
葛城と夕張が話していると足音が聞こえてきた。
徐々に足音は近づいてくる。夕張は手に持っている鉄パイプを握りしめながら振り返り、鉄パイプを振り上げた。
「誰ッ!」
「やめなさい。彼女は味方だ」
「味方……?」
暗がりから一人の少女が姿を現す。
どこからどう見てもドイツ海軍の軍服を着ている。夕張の脳裏に葛城にも裏切られたという文字が浮かんだ。
「ユーは敵じゃない」
「待っていたよ。君をね」
「どういうことですか葛城提督」
「彼女はいわゆる二重スパイだ」
夕張は葛城が何を言っているのかがわからなかった。
「第二次世界大戦中……彼女の前身ではる潜水艦U-511は日本海軍に貸し出された。その際、不慮の事故に遭い沈没寸前だったところを救助したのが海軍だった。その時、U-511の船員達は誓った。日本海軍の有事の際には必ず味方になる、とね。そしてその誓いは艦娘としてU-511の魂を宿した彼女にも受け継がれた。つまり、彼女と帝国海軍は魂の親友ということさ」
「葛城提督、まったく意味がわかりません。論理的に話してください」
「ははは、まあ良いじゃないか。とにかく彼女は味方だ」
納得はいかなかったが小柄なユーは夕張にぺこりとお辞儀をしてきた。その姿を見ていると確かに敵に見えなくなってきた。
ドイツ海軍も一枚岩とは言いがたいようだ。そう納得して心の疑心を治めることにした。
「それで集まったかね?」
「もちろん。一言で大勢の同士が集まりました」
「よろしい。では我々も始めるとしようかね。土足で志を踏みにじる不埒者への天誅を」