沖ノ鳥島司令部には重い空気が漂っていた。
重巡鬼棲鬼との激闘を制し、なんとか撤退させることには成功した彼女たちであるが帰る場所を失ってしまっていた。
「提督、どうしますか?」
「ふむ……今回の件、海軍省と連絡が取れない点から察するに横浜鎮守府だけではなく海軍省もクーデター部隊によって占拠されたと考えるのが打倒だろう。しかし、それは我々だけではなく戦いの果てに疲弊している沖ノ鳥島司令部にも一切の労いがないことを示している。このままここに居続けたところで、解決策の糸口は見えない」
「では強行突入を試みますか?」
那智の問いに対して橋本は返事をすることはない。そのまま、軍帽を深く被り「ひとりにしてくれ」と那智に退室を促した。こうなってしまっては橋本に何を聞いても無駄ということはすぐにわかった。那智は何も言わずに部屋を後にした。
廊下には戦いで負傷しながらもベッドに収容仕切れない負傷兵が大勢横たわっていた。走り回りながら傷病者の看病をしている軍医や看護師の姿が見えるがその数は十分とは言えない。共に命がけで戦った戦友に黒の艦隊はまた何も出来ないでいた。
「何か言っていましたか?」
「いや、何も言っていない」
五十鈴も珍しく不安そうだ。
他の者も同様に不安に押しつぶされそうなのを必死に耐えているように見える。
「落ち込んでもしかたないネ!」
突然背中をバシリと力強く叩かれ那智は振り返った。そこには派遣された戦艦部隊の隊長である金剛と霧島の姿がある。
「金剛大尉か……」
「水くさいネ。金剛でよろしくデース!」
「では金剛。何か解決のための妙案でもあるか?」
「現在、榛名と比叡の両者によって我々の鎮守府である大洗に連絡を取っています。我々以外だけではなく、他の艦娘及び傷病者の収容を要請している次第です。本部が混乱状態であることもあり、鎮守府司令は快く受け入れてくれる次第となっています」
「それは助かる。ありがたい」
「それこそ水くさいネ! 私達は戦友。困っているならば手助けするのは当たり前デース!」
「だが……」
脳裏によぎるのは今まで見捨ててきた者達の姿。それによって浴びせられる罵詈雑言。私達は命という世界にひとつしかないものを見捨てて、目の前の勝利にこだわり続けて来た。誰も助けることがないのだから、誰かに助けられる権利などないと思っていた。
だがそれは違った。目の前にいる金剛やその妹達は黒の艦隊の事情をしっていながらも手助けしてくれた。
金剛は「ん?」と首をかしげる。正直見た感じはえせ日本語を使う不真面目な奴と思っていたが、長女であるだけあり頼りになる。ならば今だけは……その申し出を受けていいのかもしれない。
「では早速、私達も提督に……」
その時地鳴りがした。続けて爆発音がする。
「艦砲射撃だ!!!」
見張りの兵士が叫ぶ声がスピーカーを通して聞こえた。
その物言いから深海棲艦がやってきたのではないことを察する。クーデター部隊がこの司令部を破壊するためにやってきたのだろう。
「全員、急いで艤装をつけるぞ」
那智に続いて隊員が走り始める。
「吹雪、何をしているの!」
一人動き出さない吹雪に不知火が声をかける。それでも吹雪は窓の外から艦砲射撃を続けている様子を見ながら動き出そうとしなかった。しびれをきらした初月が回れ右をし、吹雪の腕を掴む。
「急がないといけない」
「違うんです……違うんです……」
「何が違うの」
震える手で吹雪は窓の外を指さした。
艦砲射撃をしている艦娘の後方で指揮をしている者がいる。見た感じ駆逐艦だろうか。大きな見た目をしているわけではないが、その指揮は的確で確実に弾薬庫や重要な沿岸警備設備を破壊させている。
「どうしたの?」
五十鈴までもが不安そうに吹雪の元へと走ってくる。
吹雪はきつく唇を噛み、次に続ける言葉を放って良いものかと迷っているように見える。数秒後、司令部に砲弾が落ちた。
天井が激しくゆれ、廊下の一部から火の手があがる。傷病者達は「死にたくない」と叫びながら逃げ惑い、重傷ではない兵士達は逃げる誘導を続けている。こうしている間にも続々と砲弾の雨は司令部へと降り注いでいた。
「いい加減にしなさい吹雪少尉! いったい誰がいるというの!」
「妹が……」
数秒の間だけ沈黙が続く。やがて吹雪は意を決したように続きの呪いの言葉をいう。
「深雪ちゃんが……深雪ちゃんが私達を攻撃しているんです……!」