あれから何が起きたのかは覚えていない。
沖ノ鳥島海域で武装蜂起軍とドイツ海軍の強襲を受けた私達は、那智という隊の柱を失い崩壊しようとしていた。
絶対的な君主であり、最強の異名をもつ隊長の敗北が与えた隊員へのダメージは計り知れない。戦意喪失となっていた私達はビスマルクの言うとおり射撃の的となっていた。無数に飛来してくるであろう砲弾の雨によって那智の後を追い海の藻屑となると思っていた。しかし、状況はそうはならなかった。武装蜂起軍の護衛艦が次々と爆散していくと同時に、艦娘達にも魚雷が発射されていた。軌跡を残さない酸素魚雷と見えない敵の前に知将でもあるビスマルクは撤退の指示を出した。結果として謎の勢力の参戦によって第666部隊は壊滅の危機から脱することができた。
そして……今、彼女達は当初の予定通り大洗鎮守府にいた。大洗鎮守府は本来は存在しないはずの幻の鎮守府だった。かつて計画されていた鎮守府建造計画は、血の五月雨事件の影響で頓挫し、僅かな建造物を残して放棄されたと記録には残されている。だが、実際には地下へ建築を進め地上には老朽化している倉庫をダミーとして残している秘匿施設となっていた。
「なににせよ、無事に辿り着いたみたいでなによりです」
「……」
水着姿の彼女はニコリと笑いながら私達に話しかけた。
伊58、秘匿性の高い任務につくことで知られている潜水艦の艦娘。大洗鎮守府に配属されている噂は前々から聞いたことはあったが、実際に会ったのは初めてだった。それでも気さくに話しかけてくるのは彼女の性格なのだろう。
「提督のところへご招待しますね」
黙りこくっている部隊の面々を先導しながら伊58は歩き続ける。地下空間にある施設のせいなのかどこかジメジメとしている暑さがあった。やがて一番奥の扉の前で彼女は止まるとノックをして部屋の中へと入っていった。中には口ひげを立派に蓄えた提督が静かに座っている。
「髙橋提督、第666部隊の面々をお連れしました」
「ご苦労だね。それじゃあ、申し訳ないんだけれども全艦娘に招集をかけてくれるかな?」
「了解でち!」
その様相とは違い髙橋は穏やかな声で指示を出す。
「さて、ご苦労様でした。遠路はるばるようこそ大洗鎮守府へ」
「……助けてくれたことには感謝します。ですが……目的はいったいなんですか? 正直なことをいうと髙橋提督からはあまり良い噂はきかないのですが」
「さすがは政治将校殿……僕のこともよく知っているようですね。では包み隠さず話すとしましょうか。そもなぜ、大洗鎮守府は存在しているのか? 記録上には存在しないはずの幻の鎮守府……その意義とは? 答えは簡単です。我々は海軍の中の警察。もっと言うなれば秘密警察と言い換えればわかりやすいでしょうかね」
ピクリとマックスが肩を振るわせる。それでも彼女は気丈に振る舞い続けようとしているのが吹雪の目から見てもわかった。
「大洗鎮守府の多くは潜水艦で編成されています。もちろん、金剛型のような戦艦も所属していますがいうなれば張りぼてのダミーです」
「……」
「海難、暗殺……あらゆる事件に関与しているのが僕達です。ですからもちろん、今回の武装蜂起も予期していましたし、それによって貴女方第666部隊の命が危険になることもしっていた。しかし、僕達の狙いはあくまでもドイツ高級将校であり、いっかいの兵士や艦娘の命など勘定するつもりもない。それでも、貴女方の上官である橋本さんには恩がありますからね。一度は助けますよ」
言っている意味がわからなかった。目の前の提督は訳のわからないことを言い続けている。つまるところ、彼は彼の目標を確実に殺すために多くの将兵を見殺しにしているということなのだろうか?
「もっと早く……どうにかできたんじゃないですか!」
五十鈴が叫んだ。那智が死んで一番悲しんでいた彼女の悲痛の叫び。しかし、髙橋は顔色をひとつ変えない。
「できましたよ。ですが……皆さんも目的達成のために多くの命を犠牲にしてきましたよね?」
「……」
「同じ穴の狢ですよ。僕達は目的のために手段を選ばない。違いますか?」
否定することはできなかった。
髙橋の言っていることは事実だ。私達が永遠に他の将兵に思われていることだ。私達がしてきていることを私達がされている。因果応報というものだろうか? 巡り巡って必ず帰ってくる。
「橋本提督は……どうなったんですか?」
沖ノ鳥島司令部に置いてきてしまった橋本安否を不知火が聞く。髙橋は静かに首を振った。
「あの後、第三陣の攻撃部隊が沖ノ鳥島司令部に上陸し制圧したとの情報があります。おそらく……殺されているか……あるいは捕虜か」
「……橋本提督を助けてくれても」
「僕が任されたのは貴女達の保護だけですので」
命令以上のことはしない。命令や約束は絶対に守るが付加価値をつけることはない。生真面目生き方だ。
「さて……どうしますか? 僕にはこれ以上貴女達にできることはありません? 貴女達にできることはもはや傍観することだけだ。おとなしく、この鎮守府で事態が収まるのを待っていてください」
髙橋はそれだけ言うと立ち上がり部屋を出て行こうとした。
納得ができない。見ているだけでいいわけがない。私達にはまだ……やるべきことがあるはずだ。
『その通りだ』
那智の声が聞こえた気がした。勇気を奮い立たせてくれる声がした。
「髙橋提督ッ!」
吹雪が叫んだ。
「どうかしましたか?」
「提督はこのままどうするおつもりですか?」
「状況を見て収まってきたころで安心しきったところを今回の首謀者を殺します」
「でもその頃には完全に手遅れになっているかもしれませんよね?」
「……何が言いたいんですか?」
「やるなら今やるべきです。たたけるときにたたく」
髙橋が目を見開いた。一番言うとは予想できなかった吹雪からその言葉が出てきたのが意外すぎたのだろう。
「事が全て上手くいって増長している今こそたたくチャンスです。そしてそのためには一種の神話性を持つ英雄が必要のはずです。それは……私達、第666部隊だ」
「……いったいなにができると?」
「本当はまだいるんですよね? 武装蜂起軍に抗い続ける人達が。その人達に勇気をふるい立たせることができれば、戦況は一気にかえることができるはずです。髙橋提督、私達を使ってください」
「……なるほど、なるほどなるほど」
髙橋が高笑いをする。しばらくするとおかしなものを見ているかのように彼は吹雪を指さした。
「面白い、面白い! いいでしょう! わかりました。入ってきてください」
声と共に伊56や金剛型といった大洗鎮守府所属の艦娘達が部屋に入ってきた。
「僕はその話にのりましょうか。さぁ……作戦会議の時間です」