冷たい夜風は吹きすさぶ。陸にここまで長く上がっていることは今までなかった気がする。
だがしかし、決して緊張の糸を解いてよい時ではない。これから始まる作戦を考えれば当然のことだろう。
話は数時間前に遡る。
海軍省の警察ともいえる大洗鎮守府の髙橋提督に何とか認められ、第666艦隊の面々は作戦会議に参加していた。
大洗鎮守府と横須賀鎮守府のクーデターから生き延びた者達は既に連絡を取ることに成功していた。そこで夕張が無事であることを確認できたことは、不幸中の幸いだった。それでも、蜂起軍に対抗する組織がいても既に海上を完全に封鎖されている現状では、横須賀鎮守府奪還のために艦娘を使用しての攻撃は不可能となっていた。だが、武装蜂起軍にはドイツ海軍を中心とした艦娘がいる限り、人の手だけで奪還作戦を敢行することは無謀過ぎた。そこで、髙橋提督は一つの提案をした。
「陸路を使っての艦娘の運搬」
艤装した軍用車両を使用して横須賀鎮守府の地下に艦娘を送りこみ、鎮守府内部から敵の戦力を切り崩していくものだった。上手くいく保証などどこにもないが、砲弾の雨が降り注ぐ海上を無理矢理突っ切るよりかは、幾分増しに感じられた。元々第666部隊の副隊長であった五十鈴がそのまま暫定の隊長にシフトする形となり、第666艦隊及び大洗鎮守府所属艦娘の混成部隊は陸路にて横須賀鎮守府を目指すこととなっていた。
振動が一定の間隔で感じられる。艤装はつけているが、海の上ではないためどこまで通用するのかは未知数だ。
それでも今は耐えるしかない。耐えて生きて、横須賀鎮守府に辿り着かなくてはならない。
「それにしても吹雪、すごかいと思いました。正直、不知火はまさか吹雪があんなことを言うとは思いませんでした」
「そ、そうですよね……私も柄にないことを言ってしまったと思ってますよ」
「だけれど、吹雪のおかげで無事に作戦に参加することができたんだし、感謝してるわよ」
五十鈴が吹雪きの背中を叩く。吹雪は照れ笑いを浮かべていた。
「まったくだ。だが二度と冷や冷やさせるな。髙橋提督はドイツ海軍内でも要注意人物としてマークされているんだ。下手に刺激したら殺されていたかもしれないぞ」
「あの人はそんなにすごい人なのか?」
「あぁ。処刑人髙橋。今まで彼の指示によって事故死した人物は数えられない程いるとされている。彼もまた、一切の躊躇なく任務を遂行する性格だからな。氷の男などとも言われている」
「そう言われると橋本提督も同じような雰囲気ですね」
「……吹雪、それは言っちゃいけないよ。橋本提督は本当は……」
不自然に五十鈴が言葉を切る。その先に何と続けたかったのかはわからない。五十鈴は迷いの表情を浮かべていたが、やがていつも通りの笑顔にもどると「なんでもない」と笑った。明らかにぎこちなさしか見えなかったが、今はそれ以上追求してはいけないと吹雪は感じた。
それは突然だった。爆発音がする。
「どうしたッ!」
初月が窓から顔を出すと、後ろから数台の車が追いかけてきていた。どこからか情報をかぎつけた蜂起軍であることは間違いない。護衛の車両が応戦しているが、ことごとく破壊されていく。
「こんな時にも……いったい誰が……!」
マックスが後ろを振り向く。そこには車の屋根の場所に仁王立ちになり20.3cm砲を躊躇なく発射している艦娘の姿がある。
「プリンツ少尉ッ!」
「ドイツ海軍のですか?!」
「そうだ……! めんどうな奴に見つかった。アイツは手強いぞ……艦娘でありながら、元は
「どうしてそんな人が艦娘になったの?!」
「そこまではわからない。誰かが応戦をしないと……おい、不知火なにしているんだ!」
「大丈夫、不知火は強いから」
「待って!」
「不知火さん!」
「不知火ッ!」
制止を聞かずに不知火は突然道路に飛び出した。幸いにも目の前の障害物を避けるために減速していたため、受け身を取ることで怪我はなさそうだ。不知火はそのまま敵車両の前に立ちはだかった。
「……お馬鹿さん。轢いてさしあげなさい」
「し、しかしプリンツ少尉。彼女は私達と同じ大日本帝国の軍人で……」
「お猿さんは言葉を理解できないのかしら? 轢き殺しなさい」
プリンツの脅しに屈した運転手が速度を上げる。それでも不知火は退かない。
「私は不知火。かつてインド洋で深海棲艦の多くを海の藻屑と変えた。私は……私は……こういう戦いが大好きなのッ!」
「……ッ! 止まりなさい!」
「む、無理です!」
「来なさい……不知火が粉々にしてあげるからッ!」
不知火は両手に酸素魚雷を掴むと接近する車両へと投げ捨てた。間を空けず機銃を魚雷へと発射する。信管を撃ちぬかれた魚雷は派手に爆発を起こした。そこへ車両が突っ込んでいく。爆発の炎と爆風をもろにうけ、車両はひっくりかえった。数秒後、漏れ出したガソリンに引火してさらに爆発を起こし巨大な黒煙と炎を上げる。
邪魔な車両の残骸を蹴り飛ばして、プリンツは外へと這い出した。服についた誇りと煤を払い落とす。
「やってくれるじゃない、不知火先任少尉」
「不知火に落ち度などありえない。来なさい異端者。この国を土足で踏み荒らした罰を鬼が与えましょう」