燃える車両の火が衰えることを知らない。深夜1時の街道は炎の影響で昼間のように明るくなっていた。
遠ざかっていく抵抗軍の車両軍を確認すると不知火は目の前で不適に佇んでいるプリンツへと視線を向けた。彼女は笑みを浮かべたまま微動だにしない。
「プリンツ少尉……でしたね」
「不知火先任少尉、なかなかどうして面白いお方です。冷静沈着に見えてる貴官は実のところ根っからの戦闘狂なのですから。知っていますよ、インド洋での戦い。深海棲艦3個中隊の単独撃破などそうそう簡単にはできませんよ」
「褒め言葉として不知火は受け取りましょう」
「もちろん皮肉などではありません。ですが……鬼はそろそろ退治されるお時間ですよ!」
プリンツが機銃を斉射する。闇雲に撃たれた弾丸を躱しながら、不知火は瓦礫の影に隠れた。残弾を確認する。沖ノ鳥島司令部から帰還してから、満足は補給は出来ていない。さっきは思わず貴重な魚雷を2本使ってしまった。長期決戦となれば、援軍が到着する可能性の高いプリンツに軍配が上がることは間違いない。
「ならば、答えは出ています」
瓦礫から飛び出し、不知火はプリンツへと一気に距離を詰める。さすがに面食らったのか、プリンツは驚きのあまり攻撃の手を一瞬だけ緩めてしまった。
「もらいました」
「ぐッ!」
渾身の右ストレートがプリンツの鳩尾に入る。続けて、左ストレートを顔面に叩き込み、反動を利用して肘打ちをする。悲鳴をあげ、血を流しながらプリンツは不知火と距離を取った。
想定外の事態を予想して、深海棲艦との肉弾戦の訓練の賜物だった。
「私の顔に……よくも……」
「ドイツ親衛隊もたいしたことありませんね。しょせん、群れを成してでしか強く出れない弱者ですか」
「なにを……!」
「覚えておくことです、私達大日本帝国海軍は一騎当千の強者揃い。一人が千体の深海棲艦を倒すことができる。生ぬるいドイツ海軍と同じに見られては困るッ!」
「言ってくれるじゃないですか……」
プリンツがユラリと立ち上がる。血を拭い、彼女は再び笑った。
目からは正気が失われていた。不知火の背筋に悪寒が走る。
あの目を彼女は知っている。命を惜しむことのない、兵器としての目。任務を完了するまで止まることがない暴走機関車の如き存在。
早く決着をつけないと……!
不知火は再びプリンツへと殴りかかった。だが、その拳がプリンツへと届くことはない。プリンツは不知火の拳を受け止めるとそのまま不知火を投げ倒した。ゼロ距離で倒れている不知火に向けて機銃を一斉射する。当然躱すことなどできるわけもなく、銃弾の雨あられをもろに受けた不知火は悲鳴を上げた。機銃の弾丸が尽きた隙をつき、不知火は飛び上がり後ろへと飛んだ。
「くく……良い顔になったじゃないですか……血塗れの貴女は最高です。惚れてしまいそうですから」
「狂人め」
「当たり前でしょう? 戦争をしているんですよ。狂わなきゃ続けるわけがない。私達は艦娘です。人としてのたがなどとうの昔に外してしまっている」
「不知火は違う」
「いいえ、不知火先任少尉、貴女も同類ですよ。知っているんですからね? 仲間が轟沈していく中、貴女は笑顔で戦闘を続けた。それがインド洋での戦いの真実であることをッ!」
プリンツが高らかに叫ぶ。
あぁ、知っていたのか。ふと昔を思い出す。あの海戦、あの戦場、旗艦の川内の命令を無視して戦いを続けた。戦友が沈んでいく中、私は戦い続けた。弾がなくなれば、沈み行く味方の艤装から無理矢理奪い取り利用した。1時間ほどの海戦の後、戦場にただひとり立っていたのは私だけだった。あの高揚感と虚しさを忘れたことはない。いつまでも永遠に背負い続けなければいけない罪だ。
だからこ、不知火はプリンツを見て思わず笑ってしまった。自信満々に私の心を揺さぶろうとして言葉を発したプリンツは滑稽以外の言葉で表すことが出来ない。
「それがどうした?」
「な……」
「それがどうした? 最後に立っていたのは不知火だけだった。それ以上も以下の結果は必要ない。弱ければ死ぬ」
プリンツが笑顔のまま固まった。その目は物語ってる。
自分が今対峙しているのは正真正銘の鬼である。
「化け物がァァッ!」
プリンツが艤装に手をかけ20.3cm砲を発射する。
不知火は躱さなかった。それどころか砲弾に向かって突撃する。砲弾が右腕に着弾した。しかし、砲弾一発で死んでしまう程艦娘の装甲はやわではない。痛みが全身に走るが無視をする。アドレナリンが体の隅々まで行き渡り、感覚をマヒさせている気がする。
「これで死にましょうか」
「ムグッ!」
足を払い、プリンツを転ばせると不知火は彼女の腹部を蹴り飛ばした。痛みにもだえている彼女を尻目に、12.5cm連装砲を口の中へと突き入れる。
「狂ってる! やめて!」
涙目にプリンツは訴えかけた。
外装はある程度の強度を持っているが、体の内部に直接攻撃を受ければ、無傷で済むことはまずあり得ない。とくに口腔内にゼロ距離射撃されるとなれば、死ぬことは確実だ。
不知火は訴えかけるプリンツに笑みを浮かべた。
「これ、戦争ですから」
トリガーを引く。
血飛沫と脳漿がぶちまけられる。派手に被った不知火は、ぺろりと舌舐めずりをした。
「不知火の口には合わないですね」
鬼は立ち上がると、仲間が進んだ道を歩き始めた。