「お前が言うのか? お前がそんなことを言う権利があると思っているのかッ!」
終わることのない秋月の罵声と銃弾の中、初月は思い出していた。
いつの日かこうなる時が来る気がした。見殺しにした姉妹達に罵声を浴びせられ、死ぬことを求められる時が必ず来る気がしていた。その時、潔く死を選ぶことができるのだろうか? それとも再び殺す道を選ぶのだろうか? 艦娘という兵器は罪深い存在だ。肉体が滅ぼうとも、艤装に刻み込まれた魂ははがれ落ちることはない。ここで秋月を殺すことが出来たとしても、第二、第三の秋月は魂に従い私を殺そうと動き続けるだろう。これは負の連鎖だ。自らが背負わなくてはいけない罪だ。
「……僕が出来ることは数少ない。それならもう二度と後悔も間違いもない選択をする」
初月は秋月の射線上に飛び出した。その様子を見た秋月が不敵な笑みを浮かべる。
ようやく殺せる時が来た。その視線は初月を殺す事への甘美を味わうことだけを求めている目だ。使命も理念もない。欲望のままに獣のごとく生きるそれを見た初月は悲しくなった。
走りだす。陸上戦闘には不向きな艤装を装備しながらも移動は難しかった。海上ならば躱すことができる砲弾に命中し続ける。腕の感覚が消えていく。足が妙に重たい。腹部が焼けるように痛い。このまま意識を失えばどれだけ楽になれるだろうか……考えてはいけない事が脳内を占める。それでも止めるわけにはいかなかった。
ふと光が見えた気がした。そこには初月も秋月も照月も涼月もいる。彼女達と別れる運命の戦いへと赴く前の僅かな幸せなひととき。あの時、誰だっただろうか写真を撮ろうと言った。乗り気ではなかったが、何故だかこれが最後の姉妹の再会のような気がして私も写真にうつった。いつでも身につけ、手放したことはない。
「許して欲しいわけじゃない」
懺悔などするつもりはない。今更遅いことはわかっている。
『ならばなぜ走る?』
心の声が聞こえた気がした。
『ならばここで死ねば良い。お前がころした女はお前の死を望んでいる』
相手に望まれることだけを叶えることが全てではない。
そうしてしまったら、無秩序に復讐が横行する災厄の世界となってしまう。
『では生きたいと抗っているのか?』
それも違う。私は充分に生き続けた。これ以上は生き汚く這いつくばるつもりは毛頭ない。
『……では改めて聞こう。なぜ走る?』
彼女と添い遂げるためだ。
『……』
我儘と言うか?
『傲慢で素敵な答えだ』
「ありがとう」
「なぁ……!」
初月が秋月の首筋にナイフを突き立てた。血液が飛び出す音がする。驚愕の表情を浮かべたままの秋月が最後の力を振り絞り、初月の胸に銃弾を撃ち込んだ。お互いに精根尽き果て、もつれ込むように倒れる。そこを初月は秋月を支えるように手を回した。もう腕の感覚などない。それでも彼女を抱きしめる意思が突き動かした。
「私をまた殺した……」
「僕を殺したのは君も同じだ」
「私は違う……!」
「もう止めよう、こんなことは」
「勝手を……言うなッ!」
「我儘なことはわかっている。だけれども、僕達の敵は艦娘じゃない。目の前で苦しんでいる人を救うために戦うことを放棄してしまっては、秋月としての魂は壊れてしまう」
「それでも……かまわない……!」
僅かな力で秋月は初月を遠ざけようとする。しかし、初月は秋月が離れようとすればするほど強く引き寄せた。
「ごめんね、秋月」
「……」
秋月が息を呑んだ。静寂が走る。誰も邪魔をする者などいない。地獄の戦火の中にあるたった一瞬の姉妹の時間。それは永遠に続くように感じられた。秋月が涙を流す。手にしていた銃を落とした。
「たったその一言が言えないままでいたんだ」
「……その言葉をいう相手はもう死んでいる」
「そうだね。でも今の秋月は君だから」
「本当に勝手……だけど……私、もう疲れた。私が持っているわけじゃない恨みで動き続けるのは大変なの」
「そうだね。そろそろ……休もうか」
「……おやすみ、初月」
「おやすみ、秋月」
意識が遠のいていく。
これが幸せなのかと問われると難しい。初月は秋月が恨んでる思いを勝手を言い続けることで撥ね除けて、一緒に
それで構わなかった。これは大きすぎる姉妹の喧嘩なのだ。体は別人なのに、魂が同一であるという悲劇が招いた回りくどすぎる復讐劇なのだ。艦娘ゆえにありえてしまった最悪の場面。
「月が……綺麗だね」
その一言が言葉となったのかはわからない。
空には月が煌々と輝いている。
そろそろ月へと帰る時間が来た気がした。