第666部隊が横須賀鎮守府から逃げた者達と合流を果たしたという情報はドイツ海軍側も直ぐに掴むことができた。これで武装蜂起軍には大きな敵勢力が出来ることとなる。しかも相手は戦闘のプロ集団だ。海軍省のネットワークをダウンさせることには成功しているが、現状横須賀鎮守府しか掌握できていないドイツ海軍側にとって早い段階での明確な敵勢力の誕生はあまり好ましいものではなかった。加えて、今回の騒動の裏に隠れるように海軍の地下組織が暗躍をしているらしいとの噂も掴んでいる。実態をいつまでも掴ませることのない海軍の秘密警察。その組織まで出張ってきた時、陸軍がどこまで役に立つのかは未知数すぎる。よってビスマルクは陸軍は戦力にカウントしないことを決めた。加えて、未だに各地にくすぶっている反海軍派の者達も戦力に加えることができない。ここまで大きな事態に発展していながら、己の覚悟を決めることが出来ない生半可者はいつ裏切りに出るかわかったものではない。
「誰かが手を貸している?」
迅速な第666部隊の対応……海軍の秘密警察の暗躍……本来は交わるはずのない戦場の闇同士が早くも手を組んだことには誰かの入れ知恵があったことは間違いないだろう。
第666部隊の提督である橋本はあらゆる派閥に顔がきく影の権力者の一角と言われていたことは知っている。だが現在、彼は沖ノ鳥島司令部総攻撃の時に捕虜として捕まえたはずだ。安易に事を起こせばすぐに察知できるはず……彼は何かをした痕跡はない。
「遙か前から我々の行動に気がついていた……?」
可能性は充分にあり得る。橋本には一度だけ会ったことがある。血の五月雨事件……あの事件を迅速に解決するために私達ドイツ海軍と大日本帝国海軍、そして大日本帝国陸軍は密約を取り決めた。密約の中身を決めるあの場所に橋本はいた。無口でどこにでもいるような男であるが、計り知れない闇を抱えている様子もうかがえた。あの男ならば、あの事件の時から
「それでもたったそれだけではピースは足りない」
橋本以外にも裏で動いている人物がいるはずだ。
「ビスマルク」
「どうしたグラーフ」
「ユーと連絡が取れないの」
「アイツは今、沖ノ鳥島で残存する敵勢力の殲滅任務に……」
そこまでいって合点がいった。
私達の目を悠々とかいくぐることのできる存在。それは私達の仲間以外にあり得ない。
ユー特務中尉は作戦決行直前にチームに加わった。誰の差し金なのかは不明だが、対潜能力の乏しい私達は潜水艦級である彼女の合流は願ったり叶ったりだった。あの時から怪しさを感じることができなかったのは私の失態に違いない。最初から目の前で裏切りを働いている者がいながら、自由を許し、あらゆる権利を渡していた。
「至急ユーに連絡を取れ」
「わかったわ」
執務室にはグラーフの応答を求める声と無機質な砂嵐の音が鳴り響いた。
潜水中は連絡が取ることが出来ないと彼女はよく言っていたが至急連絡できるように取り決めた暗号を使っても反応はない。この時点で彼女への判決は有罪となっていた。
ビスマルクはグラーフに「もういい」と言うと忌々しげに執務机を叩いた。机の上に乗っていた資料がバラバラと崩れ去る。因果なことにその中にはユーの資料もあった。
彼女が元に所属していたのは第8潜水艦小隊となっているが、第8小隊は数年前に全滅している。ならば全滅した後の数年間彼女はどこで何をしていたのか? おそらく
大日本帝国という島国で戦っていると勘違いしていたが、実のところドイツ国内の内部政治までが今回の件には深く絡んでいることがわかった。
ここまでくれば確証が得られずともグラーフの取るべき選択はただ一つとなっていた。
「サーチ&デストロイ」
「え……?」
グラーフは艦内スピーカーに繋がっているマイクの前に立った。
『全英雄達に通達する。ユー特務中尉は我々を裏切っていることが判明した。これより彼女も敵対するべき者と断定する。姿を見たものが即刻処分せよ。なお、艤装を残す必要はない。完膚なきまで破壊し尽くせ』
スイッチを切るとグラーフは困惑したように話しかけてきた。
「ど、どういうことなのビスマルク」
「どうもこうもない。我々の中にネズミが混じっていた」
「ネズミ……」
「汚らしいネズミには海の底に帰ってもらわなければいけない。これは聖戦だ。負けるわけにはいかないのだ」
ビスマルクは忌々しげに窓の外を眺めた。
空は黒い雲が被っており、今にも雷雨が降りそうな天気となっている。
窓には鬼の形相をしたビスマルクが映っていた。