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「失礼するであります」
重厚の扉の向こうからは「どうぞ」と声が返された。慎重に扉を開き、あきつ丸は部屋の中へと滑り込んだ。恰幅の良い男は「よく来てくれた」と満面の笑みを浮かべながらソファへ座るように促した。
「
「君のその忠誠心は新兵達のお手本そのものだ。素晴らしいと賞賛を送ろう」
春日井はそう言いながらあきつ丸の対面に座った。
「それで、緊急の招集の理由はいかほどに?」
「あきつ丸くん、君の活躍はとてもよく聞こえている。君がドイツ海軍内の過激派、それもゲシュタポと深い繋がりがある派閥に働きかけてくれたおかげで、横須賀はもはや砂上の城同然となった。まもなく、この神聖なる大日本帝国から異国の息がかかった者達を排除できるのは間違いないだろう。さらには海軍の権威も地に墜ち、我々陸軍がさらなる躍進をする場所へと活動の段階を広げることも時間の問題だ。これも全て君のおかげだよあきつ丸くん。君の素晴らしい働きかけのおかげだ。この仕事の報酬は君にだけ与えられるものだ」
「もったいないお言葉です。自分などまだまだひよっこでありますゆえ」
「謙遜などするものではないよ。上官からの賛辞は素直に受けるのもまた、軍人の誉れ」
「では遠慮なく。ありがとうございます」
「で、だ……」
一瞬にして場の空気が凍り付く。
何かがおかしい……そう感じた時にはもう遅かった。
「おっとすまない……」
そう言いながら春日井はテーブルの上の書類を床へとばらまいた。
その中の一枚の写真を見てあきつ丸は凍り付く。そこには、あきつ丸と密談をしているプリンツが鮮明に写っていた。ふと見上げると、そこには冷たい眼差しでありながらも満面の笑みを浮かべる春日井がいた。
「君は横須賀鎮守府に随分と最近に着任した青葉という艦娘を知っているかね?」
「青葉……」
名前は聞いた事がある。
数ヶ月前に日本海で勃発した偶発的な深海棲艦との戦いで轟沈したという情報を聞いた事がある。だがまさか、こんなにも早く重巡洋艦青葉の魂を継ぐ新たな艦娘青葉が着任しているとは思いもよらなかった。
「そ、それは今、初めて知りましたな……」
「そうか。彼女の記者根性には見上げたものがあるようだ。まるでどこまでもどこまでも、気になることは追求を続けて絶対に話さないマムシのような艦娘だ」
まさかあの場面を取られているとは思いもよらなかった。細心の注意を払って密会に向かったはずだ。いったいどこで、この情報が漏洩したというのか? まるでわからない。
「今回の陸軍とドイツ海軍の繋がりから始まるあらゆる事象だが……君が全ての功績と責任を背負ってくれるという理解でかまわないかな?」
「な、し、しかしッ! 自分はッ!」
「軍人ならつべこべとくだらない言葉を放つなッ!」
春日井の怒声が部屋中に響き渡った。しばらくすると春日井は咳払いをひとつして「すまない、ついつい声を荒げてしまった」と謝辞を述べた。だが、相変わらずその目は笑っていない。
春日井はサイドテーブルにあるティーポッドを手にとるとマグカップにそそぎあきつ丸の前へ置いた。
「君は随分と働きすぎてしまったようだ。フィジーは好きかね? あそこは随分と気候が穏やかで休暇を過ごすにはうってつけのようだ。もっとも、海水浴を楽しむにしては深海棲艦が多いようだが……」
「じ、じぶんは……」
「それとも……少し、この部屋で休んでいくかね?」
「ヒッ!」
「極上の茶葉で入れた紅茶だ。なかなかお目にかかれるものではない。さぁ、選びたまえよ。この部屋で少し休むか、常夏の島で休暇を取るかを……さぁ、さぁ、さぁ、さぁッ!」
「じ、じぶんはッ! じぶんは……!」
「少し休みたまえ。随分と疲れているようだ……ほら」
数分後、参謀室から下級士官の宿舎へと電話がかかってきた。
『わるいが部屋に大きな虫が紛れ込んでしまったようだ。庭の焼却炉で燃やしてくれないか。あぁ、丁重にしっかりと燃やしてくれよ』