「60隻もの敵空母の轟沈か……」
初めての出撃を体験したのが僅か2か月前。
そんな新兵である私が、今回のような大事な作戦に関わらなくてはいけないという事態だけで今の人類が、大日本帝国が危機的状況に置かれていることは理解できた。
未だに、部隊の足を引っ張り続ける私なんかが参加していいのだろうか?
私以外の皆は、誰もがかなりの実力を持っており別部隊に配属されていたら、確実に部隊長クラスへと昇進しているものばかりのはずだ。
そんな中で一人、私なんかがいたら……。
大日本帝国海軍創設以来、初となる大規模作戦の前に吹雪は責任に押し潰されそうになっていた。
これからは、もっと激しい戦闘となるだろう。
今回の作戦よりもさらに大規模なものが発令されるかもしれない。
その時、私はどうすればいいのか? どうすれば誰にも迷惑をかけることのないように振る舞えるのか?
「考えて簡単にでるようなものじゃないよね……」
ため息をつくと吹雪は自室へと足を進める。
第666部隊は、その任務の危険度の高さから自室が与えられていた。
いつ死ぬかわからない彼女たちへのほんのささやかな気遣いだった。
もっとも、その気遣いのせいで集団生活を強いられている他の部隊からは目の敵にされているわけだが……。
「仲間同士で争っても仕方ないのに……うわっ!」
「おっと」
角を曲がった瞬間、誰かにぶつかり吹雪は転びかける。
しかし、大きな手のひらは吹雪を優しく掴むとゆっくりと引っ張り上げた。
恐る恐る顔を上げる。
そこには、くたびれた作業着を着た中年の男が立っていた。
筋肉質であり、体は今では珍しい武人体質となっている。
作業員の人……?
その格好と、歩いてきた方角に艦娘のドックがあることから吹雪は推測する。
「あ、あの……」
「すまない。よそ見をしていたようだ」
「あ……いえ、私こそごめんなさい」
どうして私にタメ口なのだろうか? 作業員であるなら、少尉である私にそんな口調を聞くことが出来ないはずなのに……もしかして、国連軍のスパイ……?
訝しむ吹雪に男は笑うと、懐から帽子を取り出した。
純白に輝き、中央に碇のマークがあしらってあるその帽子を
「あ……えっ!?」
「驚かせたようだね」
横須賀鎮守府大日本帝国提督、
陸軍士官学校を卒業して以来、数々の戦場に赴き英雄として崇められた大日本帝国軍の生きながらの軍神の一人。そして、大日本帝国内最大のクーデターである「血の五月雨」事件を裏で解決したとされる謎の人物。
今では、第666部隊をはじめとする横須賀鎮守府の全艦隊の指揮権を持っている提督となっていた。
陸軍出身の将校が何故、海軍の施設にいるのかは謎だが、その手腕は陸海空軍のどの元帥もが評価していた。
まさに、生まれるべくして生まれた英雄。
軍神
そんな男が、まさか作業着を着ているなど誰が想像できるというのだろうか。
吹雪はとっさに敬礼をする。
「し、失礼しました提督!」
「……気にするな」
橋本の口調が変わる。
心なしか、目つきもさきほどよりも鋭いものとなっているような気がした。
殺気を帯びた破壊の
睨まれただけで委縮してしまうようなその眼は、先ほどまでの気弱な整備兵からは想像できないほどの圧倒的カリスマ性を秘めていた。
この眼に死地へ行けと命令されたとしても決して歯向かうことはないだろう。
むしろ、喜んで行きたくなってしまうような悪魔の魅力を持っている。
「君は……吹雪か?」
「はっ! 第666戦術的高機動水上部隊所属吹雪少尉であります!」
「そうか……那智には随分と苦労をかけているようだな」
「も、申し訳ありません!」
「頭を下げることはない。上官に迷惑をかけながらも成長しているのならば、それで良い。屈強な兵士に必要なものは経験と尊敬すべき上官だ」
「尊敬すべき上官……」
橋本は帽子を脱ぐと再び懐へとしまう。
幾分か顔から険が取れ、優しい顔つきになったように感じるのは私だけではないはずだ。
「何度でもぶつかり、自分の納得する答えを出せ。答えを見出せないものは、迷いに殺されるぞ」
「迷いに殺されるでありますか……」
「今はただ命令に従うだけでも構わない。だが、なぜ従っているのか、従うことで自分は何をなせるのか。飾り物ではない頭であることを証明しろ。人間である証を示せ。それが出来てこそ、一人前の兵士であり艦娘だ」
「一人前になるための条件、のようなものでありますね……」
「誰かを守りたいのならば、まずは生き延びる術を学ぶんだな。戦う力がなれければ、絶望的な戦況をひっくり返すことは出来ない」
「……」
「少し話しすぎたようだ」
橋本はそういうと吹雪の横を通り過ぎる。
不思議な人だった。
提督としての陽と陰と併せ持ったような男。
こういう人が誰からも信用される軍人となるのだろう。
吹雪は、遠くなっていく橋本の背中が見えなくなるまで敬礼を続けた。