10月27日 作戦海域
「はぁ……はぁ……」
息が乱れる。手が汗ばむ。
緊張していることが自分でもわかる。
このまま、心臓が口から飛び出してきてしまいそうだ。
周りを見る。
精鋭揃いの第666部隊とはいえ、この瞬間は誰の顔にも緊張の色が滲み出ていた。
ただ一人、部隊長である那智だけは目をジッと
作戦が開始されて既に1時間以上が立っていたが、未だに前線の状況を把握できていない。
深呼吸をする。
その時だった。唐突に鳴り響く通信機から聞こえてきたのは。
『HQより、第666戦術的機動水上部隊へ、応答せよ』
「第666戦術的機動部隊隊長那智より、HQどうぞ」
『HQより、ブラッディ1。目標である敵空母の護衛部隊が中国海軍所属の第88大隊の追撃を開始。これにより、第22水上艦隊が敵護衛部隊への攻撃を開始した。まもなく、第45戦闘機吶喊艦隊が戦闘機吶喊を東側32地点より開始する。ブラッディ隊は、西地点より存在が確認されている敵大型空母を撃破せよ。繰り返す、西地点より侵入し、敵空母を撃破せよ』
「ブラッディ1了解。聞いていたな、間もなく狩りの時間だ。
「了解!」
『HQより、第666戦術的機動水上部隊へ。定刻となった、作戦行動を開始せよ。繰り返す、作戦行動を開始せよ』
「ブラッディ1了解。行くぞ、お待ちかねの狩りの時間だ! 一機も残さずたいらげろ!」
那智の掛け声とともに、第666部隊が一斉に行動を開始する。
矢のような陣形は、速度と攻撃力を重視した結果出来たものだ。
前衛に最も索敵能力の秀でた者を置くことで、察知した敵を後続の者が叩いていき一気に戦場を駆け抜ける。
半面、攻撃力に特化したこの陣形は防御力が無いが、そもそも深海棲艦のど真ん中に突っ込んでいくというのに、防御力など気にしてもしかたないことだ。
一秒でも早く「敵戦闘機及び空母を叩き離脱する」、という神業に近い戦闘機吶喊をする際には、この陣形は欠かせないものだった。
敵陣深くに進むにつれ、当然のように深海棲艦の攻撃は激しさを増していった。
『HQより、ブラッディ1。第45戦闘機吶喊艦隊が敵空母と接敵。繰り返す、敵空母と接敵』
「ブラッディ1了解。不知火、次の空母予測地点を割り出せ」
「ブラッディ4了解。データリンクより、敵の規模及び初動配置の予測を開始……距離およそ6000m先に敵空母機動部隊の姿を確認。大尉、予想通りです」
「よくやった。五十鈴、初月。対空戦闘準備」
「了解」
五十鈴と初月、対空砲の準備を始める。
それに合わせ、残りの者は全周警戒をさらに強めた。
一度艦載機の群れに見つかってしまっては、その攻撃から抜けるのは至難の技だ。
それを防ぐためにも、少数で来る敵偵察部隊を早く叩き、母艦の空母に情報を伝えさせない必要があった。
対空戦闘を任される艦娘は、その部隊のエース級の者たちとなるのが通例だ。
「5時の方角から敵爆撃部隊接近」
「よし、マックス中尉、不知火迎撃開始」
「言われなくても……!」
高角斜砲が火を噴く。
重い爆弾を抱えている爆撃機は、回避行動すら取ることを許されず堕ちていく。
取り逃した機体には、初月と五十鈴の追加攻撃が待っていた。
「あははは! どんどん行くよ!」
「やらせはしない!」
「す、すごい……」
「ブラッディ5! 吹雪ボーッとするな! 来てるぞ!」
「は、はい!」
那智の一喝で我に返ると、吹雪も高角斜砲を構える。
しかし、その必要はなくなっていた。
目の前で煙を出しながらも爆撃のタイミングを窺っていた爆撃機は、隣で普段見せないハイな姿になっている五十鈴が撃ち落としていった。
五十鈴はガッツポーズをする。
どこか嬉しそうな様子に吹雪は苦笑いを浮かべるしかなった。
「おい、このままだと空母の群れに何もしないまま」
「構わないさ、中尉。行くぞ! 全員15cm砲を構えろ!」
「了解!」
「正気かっ!?」
五十鈴はどこか不満そうに、高角斜砲での攻撃を終了させると主砲を構えた。
反対に不知火がどこか嬉しそうにしている。
彼女は、戦闘機を狩るよりも空母を狩るほうが好きなのだ。
本当に変わり者の部隊だ、言葉に出さずに吹雪はソッと心でつぶやいた。
「砲撃開始!」
速度を落とすことなく、空母の群れへと突進を続けながら第666部隊の砲撃が始まる。
敵空母は、どこともなく現れた部隊に混乱したように艦載機を発艦させ始めた。
既に護衛護衛は、陽動部隊の作戦によりこの海域にはいない。
丸裸状態の空母を守るものは、何もない。
雑多な火器で深海棲艦は応戦をするも、彼女たちの前には無力だった。
「魚雷発射用意! 発射タイミングは各自に任せ。奴らの横っ腹に風穴を開けてやれ!」
「了解!」
すれ違う間際、魚雷が一斉に発射される。
ほぼ0距離射撃からの射撃となった魚雷を許容量以上に食らった敵空母達は、雄たけびをあげながら沈んでいった。
那智は何の感慨もなさそうに轟沈を確認すると、通信を始める。
「ブラッディ1より、HQ。敵空母ヲ級の轟沈を確認」
『HQより、ブラッディ1。よくやった。ポイントD-5にて補給を開始し別名を待て』
「ブラッディ1了解。全員、ポイントD-5へ向かうぞ。警戒を怠るな」
「よし、あとは別動隊が戦闘機吶喊艦隊を成功させて残りの主力艦隊を叩くだけ」
「無駄な話をするな! くそっ……黄色サル共め」
「……相変わらず怖い怖い」
「不知火少尉……」
「みなさん……すごいです! あんなにも、いともたやすく成功させるなんて」
僅かに漂う険悪な雰囲気の中、吹雪は呆けた表情で呟く。
本当にすごい。
これが第666部隊、大日本帝国海軍最強の部隊。
「何言ってんのさ」
「え?」
吹雪の言葉に五十鈴がニヤリと笑う。
「吹雪も、その成功させた部隊の一員なんだよ? 自信持ちなって」
「五十鈴中尉……」
「そうだよ。僕たちは場数をこなしているから経験がある。だけど、吹雪はまだまだ新任だ。これかもっと強くなれる可能性を秘めている」
「初月少尉……はい!」
『HQより、全主力艦隊に告ぐ。現時刻をもって大規模漸減作戦が終了。これより、第二フェイズへ移行。敵戦艦級以下の残存兵力の殲滅作戦を開始する。繰り返す、現時刻をもって……』
「殲滅戦が始まった」
「万事順調だ。」
「気は抜くなよ。なにがあるかは、誰にもわからない。吹雪」
「は、はい!」
「だが、よくやった。最後の雷撃は良かったぞ」
「おお、大尉がほめるなんて」
「あ、ありがとうございます!」
大尉に褒められた。
どれだけぶつかっていようとも、尊敬に値すべき人に変わりはない。
大尉に褒められることが、どれだけ大きなことかは理解しているつもりだ。
この時、吹雪はまったく予想していなかった。
この後何が起きるかを……。