千年王国――唯一絶対神の祝福の下、安寧と幸福が約束された世界。かつて勃発した天使と悪魔の最終戦争。人類をも巻き込んだその大戦の末、勝利を収めた天使によって主導される世界だ。
しかし、そこに生きる全ての存在が天から齎される安楽を享受しているわけではない。かつての戦争で敗れながらも未だ燻る悪の意思、真なる法を掲げ歪んだ正義に抗う善の意思、善悪の区別なくあまねく飲み下さんとする中庸の意思――様々な思惑が時に争い、時に手を取り合って千年王国の裏側を跳梁跋扈する。
当然ながらそのような存在を容認する天使たちではない。暗躍するそれらを駆逐し、変わらぬ安寧を民に与えるため、神の意思を代行する戦士たちを送り込む。その戦士こそが、貴方たち『デビルバスターズ』である――。
澄み渡る青空、麗らかな日差し、厳密な計算のもと設計された自然と人工物のコントラスト。道端のベンチに腰掛ける者、道を行きかう人々のいずれもが笑顔を湛えており、こここそが楽園だと言わんばかりの平和な空間。そこに突如、人々の不安を掻き立てるようなサイレンが鳴り響き、無機質な男の声が続いた。
「二級市民、円治、蔵人、御堂、良也は直ちにセントラル第四ブリーフィングルームへと参上せよ。該当者以外のものは最寄りの避難所へ退避せよ。繰り返す。二級市民、円治、蔵人、御堂、良也は直ちに――」
放送が終わるとともにその場にいた人々は直前の行いを止め、列を成して避難所のある地点を目指して歩み始めた。その間も人々の顔には笑顔が浮かんでいる。
そしてその流れから外れる四つの影が、列が途切れるまで待機したのちに示し合わせた様に各自の中心地点に集まり顔を合わせた。全員が全員の顔を見渡し終えたタイミングで、その中の一人が声をかける。
「私の名前は円治と言います。あなた方も召集されたものだとは思いますが、自己紹介をお願いできますか」
「蔵人だ」
「御堂といいます」
「良也だ、よろしく頼む」
自己紹介を兼ねた点呼を終えると、円治は一つ頷いた。
「それでは早速指定されたブリーフィングルームへと向かいましょう。天使様をお待たせするわけにはいきません」
その言葉に異論があるはずもなく、四人は足早に目的の場所へと向かった。
- Citizen, Happiness is mandatory - Are you happy? - Trust no one - Keep your sma-pho -
「よくぞ集まりました、敬虔な信徒たるデビルバスターたちよ。事は急を要するゆえに端的に指令を告げます」
羽の生えた人型にクリアブルーのゲルを流し込み固めたような天使ヴァ―チャーが、跪く四人に向けて無機質な声で語りかける。
「ファクトリーセクターにあるデミナンディ牧場近辺で喰奴と思しき存在が確認されました。喰奴はその存在が許されざる大罪ですが、奴らを放置すれば甚大な人的被害が発生すると予想されます。諸君らの任務はこれ早急に処分することであり、またこの個体に関連する情報を集めることです」
喰奴とは、簡潔に言えば悪魔化能力を有した人間である。カルマ協会と言われる様々な分野のエリートで構成される集団の驚異の技術により生み出された悪魔化ウイルス。これによって悪魔化したものは“喰奴”あるいは“アバタールチューナー”と呼ばれる存在となる。
彼らは悪魔の姿と人の姿を自在にとることができ、高い戦闘力を有するというメリットを持つが、その存在を維持するために必要とする生体マグネタイトは通常の悪魔と比べ物にならないほど多く、不足を満たすためには生体マグネタイトを多く有する存在――人や悪魔――を喰らわねばならないというデメリットが存在する。
喰らうことで強くなれるという一面もあるが、不足を満たせなかった者――飢えを満たせなかった者は飢えに狂い自我を失い、衝動のままに全てを喰らうという、悪魔にも劣る畜生となる非業の宿命を背負った存在だ。
また喰奴は人の姿の時は体のどこかに“アートマ”と言われる刺青の様な痣が浮き出ているため、これを隠さないとすぐに討伐対象となる。
「彼の存在を討つためにあなた方に力を貸し与えましょう」
ヴァ―チャーがそう告げると同時に、跪く四人の前にスマホが現れた。手に取りなさいという天使の言葉に従い各々が目前のスマホを手に取る。スマホには相互に連絡が取れるよう連絡先が登録されている以外は、悪魔召喚アプリのみがインストールされている代物だ。そのアプリを起動し、全員が己に貸し与えられた悪魔を確認する。
「それが今回の任務であなた方に与えられる悪魔です。――確認は済ませましたね。ならば直ちに行動を開始しなさい。あなた方に主の祝福があらんことを……」
言い終えたヴァ―チャーが光に包まれ姿を消すと、跪いていた四人が立ち上がり互いに顔を見合った。
「さて、さっそく行動と行こう……と、その前に今回の任務でのリーダーを決めようか……」
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これは円治、蔵人、御堂、良也の四人が召集を受ける前日の話。夜も更け、善良な市民たちならすでに寝床に入っている時間。
ガイア教団ユリコ派センター支部
悪魔との共存を掲げ、力を信奉する組織ガイア教団――天使が統治する現状に最も反する集団であり、その中でも最もその理想を体現していると言えるユリコ派の抱える秘密基地の一室で、ガイア教徒の修行者と蔵人が対面していた。
「さて、蔵人……おそらくだが、貴様は明日、天使より任務を与えられるだろう。その内容は喰奴の調査と討伐だ」
修行者の言葉に蔵人は言葉を返さず、ただ静かに続きを待つ。
「そこで貴様には我々から極秘任務を授ける。まず一つ、その喰奴を捕獲しろ。奴はカルマ協会からの脱走兵だが未だどこにも属していない。戦力とするためこちらに取り込め。そしてもう一つ」
そこで修行者は蔵人の右手を見る。そこには普段は化粧で隠されているアートマが刻まれていた。
「貴様の飢えを満たして来い。当然、貴様が喰奴であることが露見しては貴様が討伐対象になるからな、よく考えて動くことだ。……尤も、この任務の意義は貴様の力を見定める以上のものはない。仮に失敗したところで失うものなどない。貴様の我々からの評価が落ちるか、貴様が討たれるか。それだけだ、気楽にやれよ」
修行者はそれだけ言うとこれ以上話すことは無いというように、蔵人から背を向けて隣の部屋へ向かう。蔵人は少しの間無言でその背を見つめて居たが、やがて蔵人も踵を返してその部屋を後にしようとした。
「……いずれお前も喰ってやるさ」
そんなつぶやきを聞いた修行者は楽しげな笑い声をあげると、思い出したように足を止め蔵人を振り返った。
「ああ、そうそう。明日は天使どもから悪魔を渡されるだろうが、どうせそれはつかえないだろう。代わりの悪魔を登録したスマホを明日部屋に届けさせるから、それで上手く誤魔化せ」
「……ふん」
そう言って今度こそ、二人とも部屋を後にするのだった。
同時刻、邪教の館センター支部
邪教の館は悪魔の研究にいそしむ中庸の組織だ。悪魔合体と言われる邪法を用いてより凶悪な悪魔を生み出すことができる。
研究材料を効率良く得るために、善悪中庸問わず人を招いては悪魔合体を行い深淵へと辿りつこうとしている。当然ながら彼らにとっては天使もまた研究材料に過ぎず、天使たちからは蛇蝎の如く嫌われている。
その研究施設の一室で、青衣の男と御堂が席に座り対面していた。
「さて、御堂。お主に新たな任務を与える。ファクトリーセクターのデミナンディ牧場で喰奴が確認された。おそらく明日、天使どもよりこれを討伐するよう指令が下るだろう。これを捕らえよ」
喰奴のサンプルは少ないからな……そう言った蒼衣の男に、御堂が疑問をぶつける。
「ならば今のうちに捕らえにいけばいいのでは? 何故わざわざ天使からの指令を待つのです」
「指令が下れば天使からもサンプルを得られよう……お主に与える二つ目の任務は、天使より預かるスマホを持ち帰ることだ。お主の同行者の分も含めてな……無論、その天使そのものを持ち帰っても構わんぞ」
蒼衣の男の言葉に御堂は得心したように笑みを浮かべると、席を立って一礼した。
「その任務、確かに承りました。ええ、必ずや十分な数のサンプルを持ち帰って見せますとも」
千年王国の闇は深い。