優一郎とミカエラのところに戻ると、目を覚ましたらしい優一郎が事務室から出てきたライナとシオンに気付いた。
「ライナじゃん」
「よっ」
「俺、いまいち状況わかってないから――」
「跡で説明するからちょっと待って」
今の状況についてくる優一郎に対して、ミカエラに聞けばいいだろうにと思いながら、何よりも先にフェルナとフェリスをどうにかしなければいけないので軽くあしらう。
「フェルナ~」
外に出て行くまでの間のんびりと歩き、のんびりとした調子でフェルナを呼ぶライナには全く慌てている様子も、急いでいる様子も見受けられない。
少しはなれたところにいたフェルナがライナのところに駆け寄ってくる。
ライナの後ろからはぞろぞろとシオンとミカエラ達がついてきる。
フェリスはどこから出したのかわからないだんごを食べながらも、一応こちらに向かってきていた。
少し前までは一人で行動することの多かったライナだが、ここ最近誰かといることが多いことになんとなく不思議な感覚だなと思う。
「大丈夫?」
駆け寄ってきたフェルナがぼけっと立つライナを上から下まで見る。
傷一つ見つからなかったようで、ほっと息をつく。
まあ、実際傷を負うようなことは何もなかったのだから見つかるはずもない。
「ちょっとあいつが鬱陶しすぎただけだから大丈夫」
「鬱陶しいとは聞き捨てならないな」
いかにもさわやかな好青年顔で会話に入ってくるシオンに対してライナは怪訝な顔を向け、フェルナは特に表情を作らず顔を向ける。
「そいつは罵詈雑言を言われると喜ぶタイプの変態だから気をつけたほうがいいぞ。色情狂とブラコン吸血鬼」
いつの間にか真横に立っていたフェリスに驚いたが、ライナは怪訝な顔ではなく、笑顔のような苦虫を噛んだような微妙な表情をして彼女のほうを向いた。
「えっと、その色情狂って?」
「お前のことだ。むしろお前以外に誰がいる?」
無表情で特にこちらを向く様子もなく、パクパクとだんごを食べ続けるフェリスを微妙な顔をしたライナが見据える。
フェリスのよく分からない世界の片隅を先ほど一緒に見張りをしている間にすでに経験したフェルナは小さくため息をついた。
「俺のどこが色情狂だと?」
「顔だな」
しばらくの沈黙の間、フェルナのあきれた顔とシオンの面白い物を見ている顔を見たミカエラはこの人たちには極力関わらないでおこうとひそかに思ったのはいうまでもない。
険悪というか不思議な世界というか可愛そうな状況というかよくわからない空気をぶち破ったのは一番能天気であろう優一郎だった。
「えっと、今の状況ってどうなってんの?」
ドォン!
そんな轟音が鳴り響き、土煙がたったのは優一郎が言い終わるか終わらないかぐらいのタイミングだった。
慌てて戦闘体勢にはいろうとしたライナをシオンが肩を叩いてせいする。
「大丈夫、彼はさっき言っていた後から来る俺達の味方だから」
少しして土煙から人影がうっすらと浮かび上がり、真っ黒なコートを羽織り、フードを目深にかぶっているシオンと背丈が似ている人が出てきた。
マスクもしているようで顔はほとんど見えない。
「状況の説明をたのむ」
シオンよりも声が少し低く抑揚のない声の発生源がその全身真っ黒人間からだというのがわかるのには少し時間がかかった。
フェリスもシオンも特に驚いた様子もないところを見るに、本当に彼らの味方らしい。
「とりあえず、俺達の当初の目的は達成できたよ。なんだかややこしいのもくっついてるけど」
シオンが当初の目的を達成できたという言葉を聞いて、思い出したようにライナが口を開く。
「そうそう、フェルナ。俺達、あいつらのと一緒に行動することになったから」
「ええ?!なんで?!」
「それが――」
危うく本当のことを言いそうになってミカエラと優一郎の存在を思いだした。
彼らは彼らのことで大変だろうし、こちらのことなどどうでもいいかもしれないが、どこで情報が漏れるのかはわかったものではない。
「えっと・・・・・・後で詳しく話すけど、俺達のあれやこれやで脅された」
頭のいいフェルナのことだ。
きっとこの言葉だけで察しはつくはずだ。
と思い、ざっくりと説明をした。
そしてライナの思惑通り、きちんと理解してくれたようで殺気は抑えているものの、鋭い視線をシオンに向けた。
「いや、まあ俺達二人で行動するにも限界があるし、とりあえずあいつらと一緒にいようかなって思っただけだから」
なだめるようにフェルナの頭をぽんぽんと叩く。
納得はしてくれないようで不機嫌は直らない。それでも、シオンたちと行動を共にすることは承諾してくれたようで、特に反論はしてこなかった。
「ところで、これってどういう状況なわけ? シノアたちはどうなったんだ?」
おそらく、今の状況に一番ついてこれていない優一郎が声を張り上げた。
そんな優一郎のことは知ったことか、とでも言うようにフェリスが優一郎のことを無視して話を始める。
先ほどから後回しにされていてさすがに不憫になってくる。
「で、シオン、これからどうする? このブラコン兄弟をつれてかえるのか?」
「一応そうなってる」
「こいつらを追って吸血鬼が来る可能性は?」
全身真っ黒人間から微量な殺気を感じ取り、こいつもまためんどくさそうなやつだなとライナは殺気を受け流しながらぼけっと思う。
フェルナは横で全身真っ黒人間の微量な殺気に対して同じような微量な殺気を放っている。
両サイドから殺気を感じ取りながらも全身真っ黒人間の問いにはライナが答えた。
「追ってくるとは思わない。あのチビたちに付き添ってたのも本当は命令じゃないしな。俺たちのことを追ってくるとしたら、俺たちの存在を知った帝鬼軍だ。まあ、知られてないはずだから大丈夫だけど」
なんていいながらちらりとシオンを見ると笑顔を返してくる。
ライナは小さくため息をついた。
「で、なんか俺たちがお前らにすぐ着いていくことになってるみたいだけど、それだけはちょっとまってくれないか?」
完全に無視されてむくれている優一郎のそばまで歩き、頭をがっちりとつかんで話を続ける。
「途中までこいつらの面倒みたんだ。途中放棄はできない。もちろん、こいつらを他の連中と合流させるまでだけだ。そんなに時間はかけるつもりはない」
「ちょっと!ライナ頭はなせ!っていうかシノアたちの場所をしってるのか?!」
優一郎が何か騒いでいるが、ライナは真剣な表情でシオンを見る。
しばらく、考え込んでからシオンは真剣な表情で返事をした。
「わかった。そっちの事情に突然割り込んだのはこっちだから認めよう」
「お、まじか」
以外にも融通がきき、ライナ自身驚いた。
「ただし、フェリスを同行させる。あと、フェルナにはフェリスの変わりに俺の護衛をしてもらう」
シオンの言いたいことはすぐにわかった。
そのまま逃げられる可能性もあり、フェルナがこちら側にいればライナは必ず戻ってくるということだろう。
フェリスをつけるのは無駄に時間をかけさせないため。
提案を聞いてライナはフェルナの様子を見ると、明らかにライナと離れたくないという顔をしていた。
その表情を見てライナは逆に決断することができた。
「わかった。いいだろう」
「ライナ!」
「なに、ただのガキの子守だから大丈夫だって」
ライナもフェルナと離れたいわけではない。
しかし、それはフェルナのためにならないと思ってからの決断だった。
自分だけではなく、他の人にも目を向けてほしい。
ライナとフェルナの二人だけのことを考えた行動だけではなく、もっと違う人も見してほしいと思ったのだ。
シオンのことを完全に信用したというわけではないが、吸血鬼たちや帝鬼軍に比べれば信頼はできる。
それに、なんとなくではあるがそんなに悪いやつではないと思ったのだ。
しばらくの間、ライナとフェルナの間に沈黙が流れたが、諦めたようにフェルナがため息をついた。
「わかった。俺は彼についていくよ」
「こんな世界で身内と離れるのはいやだろうに承諾してくれてありがとう」
シオンはさわやかな笑顔で二人の内心を悟ったようにいう。
彼はわかっていながらも提案したのだ。
断っていたらどんな要求をしてきたのか気になりはしたが、深くは考えることはしなかった。
「では、改めて。俺はシオンだ。で、こっちの真っ黒なのはアスルード。すごく熱いところでもこんな格好だけど、いろいろ事情があるからあまり突っ込まないであげてくれ」
アスルードは何を言うわけでもなく、フェルナをちらりと見るだけだった。
フェルナはフェルナでアスルードのことを訝しそうにみる。
そんな二人をライナは大変そうだなぁ、と他人事のようにみるだけだった。
事実、彼らに挟まれて行動するのはシオンなのだ。
ライナとしてはざまぁみろの一言でしかない。
「それじゃ、フェリス。彼らのことを頼む」
「帰るまでにだんごを用意しておけ」
「わかったよ」
無表情でだんごを要求したフェリスにシオンはあきれたように笑う。
「それじゃ、お前たちのことを報告しに俺たちはもういくよ」
そういってシオンはその場から離れる。
アスルードも特に何も気にすることなく、シオンの後についていく。
「ライナ・・・・・・」
フェルナは着いていこうと足を進めるがすぐに不安そうに振り向く。
「ちゃんとそっちにあとでいくから」
「絶対だからね!」
フェルナがそう力強く言うと少し遠くまで離れてしまったシオンたちを小走りで追った。
その様子を見て、自分が寂しがっていては意味がないとライナは気合を入れなおす。
「よし、それで俺たちのこれからの予定だが――」
「僕らはこのまま二人で逃げるつもりだからね」
先ほどまで我関せずを突き通していたミカエラが口を開いた。
なにやらミカエラと優一郎で言い合いが始まったが、そんなことよりもミカエラの目が赤くなっていることにライナは気になった。
目が赤くなったということは本当の意味で吸血鬼になったということだろう。
おかげで、傷も癒えているし今のところ吸血欲求もないようだ。
そして優一郎の首筋には吸血鬼に噛まれた跡がある。
何がどうなってそうなったのかはわからないが、ミカエラが優一郎の血を飲んだのは一目瞭然だった。
「おい!シノアたちの場所知ってるのか?!」
なにやらヒートアップし始めた優一郎の声で二人の言い合いにライナの意識がシフトチェンジする。
「シノアたちなら名古屋空港に行くらしいぞ」
「ほんとか?!」
「おい!」
ライナが何の気なしにこたえると、優一郎とミカエラから間逆の反応を返される。
「僕は優ちゃんが人間の、帝鬼軍のところに戻るなんて反対だ。僕らは『終わりのセラフ』って言う・・・」
「どうでも言い話はすんなよ。俺は家族を救いたいといった。ならお前は俺を助けるべきだ」
なんていまいちよくわからない理屈を繰り広げる優一郎をライナは眠そうな瞳のままで見る。
「あいつらは家族なんだよ」
ライナは二人に決断を任せることにして沈黙を貫く。
何を考えているのかはよくわからないが、フェリスも口を挟まずだんごを食べている。
ライナの視線に気がついたのか、フェリスがライナをちらりと見る。
「お前もいるか?」
「え、くれるの?」
「だんごのおいしさを広めるもの私の役目だからな」
無表情のままだんごを差し出してくる彼女が少し自慢げな表情をしたような気がした。
が、ライナは特に気にすることなく、だんごを受け取る。
「どうだ?」
「うん、おいしいな」
「だろう!」
完全にミカエラと優一郎のシリアスな空気をぶち壊していく二人の様子にミカエラが呆れたように、いや、実際に呆れたのだろう。
大きくため息をついた。
「わかった。でも、助けるのは彼女たちだけだ。あと、僕の話もちゃんと聞いてよね?」
「きくきく!」
能天気な優一郎に少し呆れながら小さくため息をついたミカエラのすぐ横では、熱心にだんごについて語っていたフェリスにフェリスの話を流し聞きしていたライナが蹴り飛ばされていた。