吸血鬼の間で化け物と呼ばれている人物が自分を探していると聞いた時はややこしい事にまきこまれるのではないかと思った。
いままで、件の化け物を見かけた事がないわけではない。
彼はフェリドに飼われているようで屋敷では何度かすれ違ったし、図書館に行けばだいたいいる。
噂によると、任務をまともにこなさないし、フェリドの屋敷から出てくるのは任務のときだけらしい。
そして彼が化物といわれる理由、人間の癖に吸血鬼並の身体能力も持ち合わせているというのも有名な話だ。
血を求めるわけでもなく、日光に焼かれることもない。
それはいわば吸血鬼の弱点だ。
彼にはそれがない。
人間だから血を求めることもないしし、日光に当たっても平気だ。
なのに身体能力は吸血鬼と同じ。
しかもその身体能力は彼がまともに動けばクローリーにも引けを取らないといわれている。
人間なのにだ。
いや、それはきっと人間とはもういえないのだろう。だから吸血鬼は化け物と呼んでいるのだ。
そんな彼が自分を探しているなんて聞いてしまったら、ややこしい事に巻き込まれるのでは、疑ってしまっても仕方がないだろう。
というか、実際に何かに巻き込まれたせいで、頑丈な扉の前でなぜか彼が出てくるのを待っている。
「おい、ここで待っている必要があるのか?」
「まあ、別に待ってる必要があるのかないのかって聞かれたら、必要はないかもしれないね」
「じゃあ--」
「でも、待っていたほうが面白い。それに――」
フェリドが何かを言おうとしたところで突然扉が爆発した。
いや、正確には部屋が吹き飛んだといったほうがいいかもしれない。
こうなることがわかっていたのか、フェリドは話を続ける。
「これの後始末もしないといけないからね」
土煙がこれでもかというほどたっている中から人影がうっすらと浮かび上がる。
しかし、それは一つではなく二つだった。
「無事に終わったみたいだね」
「おかげさまで」
「そんなことより、シャワー浴びたいんだけど」
それは、両方とも彼だった。
いや、片方は彼ではないのだろう。
片方は気だるげで先ほど会った彼との変化といえば服装ぐらいだ。
もう片方は顔も身長も服装も声も同じではあるが、気だるさなど微塵も感じない。
混乱しているミカエラを放置したまま会話は進んでいく。
「君たち、その服どうしたの?」
「あ~。父さんが用意してたみたい」
「おそろいで僕は嬉しいよ」
気だるさを感じない方の彼が蚊帳の外だったミカエラに気付いたようで、笑顔を向けてきた。
その彼ではない、気だるさしか感じない彼しか知らないミカエラにとってそれは違和感でしかなかったのは言うまでもない。
笑顔の彼は笑顔のまま近づいてきたと思うと、突然手をつかんできて振り回し始めた。
「ミカ君、さっきはライナを運んでくれてありがと!おかげで僕ら双子は助かったよ」
「ちょっと、フェルナ。そんな振り回したらミカくんが困る」
気だるい彼がそういってくれたおかげで、解放されたミカエラはため息をつくとやっと口を開くことができた。
「なんで二人に増えたのかっていうのもわけわかんないし、僕は君たちの名前すら知らないんだけど」
明らかに忘れてたという表情をした二人にミカエラはあきれることしかできなかった。
◆
「俺はライナで」
「僕がフェルナ」
なんだかんだ自己紹介に入ったのは名古屋市役所付近についてからだった。
途中で帝鬼軍の人間に聞いたところ、優一郎が名古屋市役所にいるらしいからだ。
正直なところ、ライナの身体からフェルナが出てきた時点で、二人が吸血鬼側にいる必要性は皆無だった。
二人に必要なものはお互いしかなく、そのお互いが手中にある。
そして、フェリドとリューラの間で交わされたという契約は、フェルナがライナの中から出てくるまで二人を守ってほしいというものだったらしい。
ミカエラを守ってほしいといわれたが、それもできればということらしい。
この状況で吸血鬼のところから出て行ったところで追いかけてくる者はいないだろう。
帝鬼軍に関しても、一人だけだと逃げるは困難だったが、二人いればどうにかなる程度に二人はそれなりの強さがある。
なにせ父親は天才といわれた吸血鬼の貴族だ。
ライナもフェルナも子供だっただめ、詳しいことはわからないが、あれだけ自由に過ごしていたということはそれなりに地位があったということだろう。
おそらく、フェリドよりも上だ。
そして、自分たち自身もフェリドと同等かそれ以上になったと思っている。
いや、フェルナに関してはもともとその力はあったのだ。
ライナがフェルナの力を使うという段階があったために力は減少していた。
しかし、元々吸血鬼だったフェルナは身体を得た。
ライナはフェルナから借りていた力を自分に定着したことでフェルナと同等の力を使うことができる。
むしろ、借りていた力ではなく自分の力になったことで、今まであった違和感のようなものがなくなっている。
まず、帝鬼軍は二人が生きていること自体知らないだろう。
それでもミカエラについてきたのは、一つの家族を守りたいと思ったからだろう。
もちろん、ミカエラはそのことを知らない。おそらく、フェリドの命令で二人がこの場にいると思っているだろう。
二人はそれでいいと思っている。
この腐った世界に他者への善意などそれほど多く存在はしないのだから。
「こんなにも見分けがつく双子はいないだろうね」
ミカエラはあきれたようにつぶやいた。
ライナとフェルナは向かい合ってから困った顔を作る。
「俺らそんなに似てない?」
「いや、そっくりだよ。反応も表情も仕草もそっくりだ。でも、圧倒的に空気が違う」
その言葉にもう一度ライナとフェルナは顔を見合わせる。
「まあ、俺はめんどくさがりだけどフェルナはしっかり者だしな」
「そういうことじゃなくて、元が人間か吸血鬼かってところで空気が違うんじゃない?」
「あぁ、そっち?」
「そっちでしょ。僕は元が吸血鬼だから基本的に人間性は薄いんだよね。ライナのおかけで多少だけ残ってるぐらいだし。それに対してライナは人間性がある。僕はライナが大切でライナが大切なものも大切なだけだよ」
他愛のない会話をしていると、上空に吸血鬼の乗っているであろうヘリが飛んでいるのが見えた。
「あれが来たらもう優ちゃんを救えないな」
ミカエラがポツリとつぶやく。
「なら、今ここでやらないといけないね」
困ったような表情を作りながら、こちらに向かってきている帝鬼軍をフェルナは見据えた。
「武装した人間が三十人ちょっとってところか。フェルナ、優一郎のことわかる?」
「一応。一番後ろで背負われてる男の子だよね」
フェルナの言う、一番後ろで背負われている男の子を捜すと、君月に背負われた優一郎がいた。
何があったのかわからないが優一郎は気を失っているらしい。
クローリーに手酷くやられたのか、それとも他に何かあったのか。
そして、上空には吸血鬼を乗せているだろうヘリコプターも視界に入ってきた。
吸血鬼がここに現れてしまうと話しはさらにややこしくなるだけだろう。
さて、これからどうするか。
そう考えるまでもなく、後ろから一直線にミカエラが走り出した。
「あんの馬鹿!」
「ライナ!とりあえずいくよ!」
「あいよ!」
二人はミカエラを追って地面を蹴った。
一歩でトップスピードに乗り、先に帝鬼軍の群れに突っ込んだミカエラの横まで来る。
ミカエラにはすでに優一郎のことしか頭に無いようでこちらのことを見ることもしない。
それでもライナはミカエラに声をかける。
「お前はとりあえず優一郎のところに行くことだけ考えろ!」
「他は僕らがどうにかする」
横目にだがミカエラが小さくうなずいたのが見えた。
ライナとフェルナの間に合図があったわけでもなく、二人は同時に動き出した。
フェルナが正面から切りかかってきていた五人の人間を一瞬で蹴散らしたかと思うと、ライナが地面に足で叩いた瞬間背後に現れた複数の魔法陣から生み出された稲光が的確に帝鬼軍の人間の意識を奪っていく。
一方的な攻撃に帝鬼軍の人間は動きを一瞬止める。
それが一瞬だったのは褒めるべき点ではあっただろうが、ミカエラがその隙を見逃すわけもなく、優一郎に向かって一直線に突き進んでいく。
ライナとフェルナもミカエラに続いていく。
「簡単にいかせるかよ」
後ろのほうにいる男が煙管をふくと進行方向に煙が広がる。
ただの目くらましならいいが、おそらくその煙は幻術の類に分類されるだろう。
踏み込めば幻術にかかるのは目に見えている。
突っ込めば幻術、警戒して突っ込まなければ足を止めることになる。
普通ならば足を止めるだろうが、吸血鬼の増援も迫っている中、三人が足を止めることはできなかった。
否、ライナとフェルナからすれば足を止める必要もなかった。
「ミカエラ、突っ込め!」
ライナが声をかけると同時に魔法陣を一瞬で書ききる。
横に並んでいるフェルナも魔法陣を書ききる。
「求めるは雷鳴>>>・稲光」
「求めるは雷鳴>>>・稲光」
二人の放った稲光が煙の中心で交差して爆発を起こし、煙が四散した。
「まじかよっ」
それなりに強いのであろう。四人がうろたえながらもこちらに攻撃を仕掛けてくる。
「ライナ、右側は任せて」
「あいよ」
声を掛け合ったと同時に煙にまぎれて攻撃を仕掛けてきた一人に向かってライナは突っ込む。
こちらが気付いていると思っていなかったのか、一瞬驚いた表情をしつつもそのまま呪符が巻きついている剣を振りかぶってくる。
「いい反応だけど残念。遅いよ」
ゆったりとした動きで剣をよけると、砕けない程度に腕を力強くつかんで剣を落とさせる。
「じゃ、急いでるから」
ライナはそういうとそれ以上何かするわけでもなく、ミカエラのところに向かった。
「何もしないなんてライナはほんと優しいね」
ライナが相手をしていた女性と反対側にいた女性の相手をしていたフェルナがライナの横に並ぶ。
「いやいや、フェルナだってあの女の子を煙管男に投げつけただけじゃん」
そういいながらライナはミカエラに急接近すると、ミカエラとミカエラに殴りかかってきていた女性の間に割り込んだ。
「って言うか、ここは戦闘員が女ばっかりなのなんなわけ。すっげぇやりにくいんだけど」
岩もくだきそうな勢いの拳をいなしながらもライナは悪態をつく。
足元にそれた拳が地面をくだく。
「女だからって舐めないでくれない?」
「そうですよ!」
予想以上の破壊力に驚きはしたが、それで反応が遅れるほどではない。
横から振りかぶられた剣をライナは後方に飛んでよける。
先ほど腕をそれなりに強く握った女の子だった。
「あれ?そんなすぐに剣を振り回せない程度には強くつかんだつもりだったんだけど」
「私達をあまくみないでください」
今度はまた違う方向から何かが飛んでくるが、それはフェルナが叩き落とした。
ライナとフェルナは背中を合わせることもなく、横に並ぶ。
「ライナばっかり狙って、僕を怒らせたいのかな?」
「落ち着けって」
殺気を放ち始めたフェルナの頭をくしゃくしゃとかき回す。
「うわぁあ?!ちょっと!わるかったって!」
フェルナが落ち着いたのを確認すると、ライナは手を離した。
そして、いつの間にか取り囲まれていた敵について考える。
ミカエラ単体より、こちらの二人のほうが危険とみなされたのか割かれている人員が多いおかげで、ミカエラも優一郎のところにたどり着けるだろう。
「うーん。そんなに戦う意思はないんだけどここは穏便に・・・・・・」
「ライナ、向こうはこっちの言い分聞いてくれそうにないみたいだよ」
がら空きだった背後から飛び掛ってきた一人を軽くあしらいながらフェルナは不機嫌そうに言う。
あっさりと斬りつけてきた刀をかわし、腹部にまわし蹴りをくらわして距離をとっている人間向かって吹き飛ばす。
フェルナの蹴りの威力を見た帝鬼軍の隊員たちは一定の距離から近寄って来なくなった。
いつ誰かが攻撃を仕掛けてきてもいいように警戒しつつもミカエラの様子をうかがうと、優一郎を抱きかかえながら与一に羽交い絞めされているところだった。
その後ろからミカエラに向かっている人影も見える。
「だぁあ!くそっ!」
悪態をつきながらも書き上げた魔法陣の中に手を突っ込み剣を抜き、フェルナに投げ渡す。
フェルナもミカエラの状況に気がついていたようで言葉を交わす必要もなく、剣を受け取った直後に駆け出した。
後ろについてライナも一緒に駆け出しながら新しく魔法陣を書く。
「我・契約文を捧げ・大地に眠る悪意の精獣を宿す」
「我・契約文を捧げ・大地に眠る悪意の精獣を宿す」
同時に二人は急加速し、それについていけない人間たちの間を駆け抜けてミカエラの元に急ぐ。
近づきながらも時間は進む。
「消滅しろ。吸血鬼」
「やめろ!」
間に合わない。
届かないとわかりながらもライナは手を伸ばした。
「・・・んもうっ!しーちゃんはね飛ばして」
男に刺されたミカエラを救ったのはシノアだった。
ミカエラを刺していた男を吹き飛ばしたシノアがミカエラをかばうように立つ。
そこでようやくたどり着いたライナとフェルナはシノアの両サイドに立つ。
「あら、生きていたんですか。えっと、両方ライナさんなんですか?」
「いんや、双子の兄弟だよ」
「こんな状況で自己紹介っていうのも変な感じするけど、僕はフェルナ。君たちの事は知ってるから紹介はいらないよ」
微笑んでそういうフェルナを不思議そうな表情でシノアが見ているが、詳しく説明をしている暇はないので、話を進める。
「で、何でミカエラを守ってんの? 敵なんじゃないの?」
ライナの質問にシノアは当たり前のことをいうように答える。
「ミカエラさんは優さんの家族ですから。彼に死なれると、あとで優さんに怒られてしまいます」
彼女たちにもいろいろなことがあったのだろう。
初めて会ったときであれば何を言っているんだと呆れていた。
でも、今は違う。素直に成長したんだなと、思えた。
「ですから、早く優さんをつれてっちゃってください」
体中ぼろぼろで汗をかいていて、彼らが先ほどまでも戦っていたのは目に見えてわかる。
そして敵であるはずのミカエラを救うというシノアの裏切り行為。
完全に振り回されているだけの人間たちは騒ぎ始めた。
「俺たちの仲間を殺した吸血鬼どもは皆殺しだ!」
それなりに腕の立つやつ以外は完全に取り乱していた。
「ったく冗談だろ?こんな展開になるのかよ」
「だがやるしかないだろ」
「僕らのこの世界での行動方針はもう『仲間大事に』で決まっちゃってるからね」
君月、三葉、与一の三人もミカエラをかばうように立つ。
「仲間だって?そんなものこの世界にあるはずが・・・・・」
ミカエラがつぶやくのが聞こえる。
ライナだって同じ意見だ。
フェルナはかけがえのない家族だから自分の命に代えても守ると思える。
しかし、彼らは血のつながった家族ではない。ミカエラに関して言えば、むしろ敵で殺すべき対象だ。
それでも彼らは仲間といって守るという。
仲間である優一郎の家族だから。
「僕はその考え好きだな」
フェルナが笑顔で言う。
「そうだな。悪くない」
「詳しい話は後でしましょう。私たちは誤解を解いた後、名古屋空港に行きます。合流できるならそこで・・・・・・」
「お前らと合流なんて・・・・・・」
「はーいうるさいうるさーい。それではライナさんにお願いします」
「あいよ」
納得していないミカエラに変わって勝手に話を進める。
「行きますよみなさん!」
シノアの合図とともに四人は駆け出した。
「フェルナ、あいつらを――」
「いや、僕らがここにいるとややこしくなるだけだ。大丈夫、彼女たちならこの状況でも生き残れるさ」
その言葉にライナはうなずく。
「・・・・・・行こう、優ちゃん」
こちらのことを気にすることもなく、ミカエラがその場から離れる。
おそらく戸惑っていてそれどころではないのだろう。
「僕らも行こう」
ライナとフェルナもミカエラを追ってその場から離れた。