別題名『 Fast 始まる勘違い ―トトの始まり― 』
Fast 始まる勘違い
ザザァーン…。潮と磯の匂いが香るただっ広い海の向こうを見つめる。広い海の前では自分の悩みがちっぽけに思えてしまう。
「…海ぃ…広いぃ…」
ザッパーンッ!波がアカデミアの岩壁に当たり、更に大きな波を生み出す。うむ、見事。見事な大波に感心していると、ふと思い出す。
3年前、年の近い男の子が突然私の部屋に入ってきた日を。
「元気かなぁ…あの子」
アカデミアじゃあのくらいの男の子はちょっと珍しいし、何よりアカデミアの制服を着ていなかった。私服だね、あれは。多分、本島からアカデミア見学に来た子だったんだと思う。でも次の年に彼は入っていなかった。その次の年も、そして今年も。受からなかったか、それとも引っ越しでもしたのか。アカデミアからあまり出た事がない私にはわからない。
「ぴゃーっ」
「あ、カモメ」
ここはアカデミアの港だから、カモメがいてもおかしくないか。カモメって可愛いよね。くりくりしたおめめに白い体、黒いラインや長い嘴も素敵。可愛い。
「(触りたい…)」
宙を飛んでいるカモメに触れる筈ないのに、ついついちょっとだけ手を伸ばしてしまう。少しの期待と好奇心が、いつも大変な目に遭うと知っているになぁ。
ずるっ!
「 あっ 」
バッッシャァ―――ンッ!!
気づいたらしょっぱい水の中でした。
「た、大変だぁ!野薔薇様がまた飛び込まれた!!」
「早く救助を!」
「野薔薇様を救え――――ッ!」
あぁ、お付き役のオベリスクフォースの皆さん、すみません。ご迷惑おかけしました。
その後、オベリスクフォースの皆さんに急いで救急室に運ばれた私。
次の日から涙目のトト&ヤバイ目つきのモモがペアで私と行動を一緒にしたり、お料理上手なスターチスが栄養たっぷりの美味しいご飯作ってくれたり、ユーリが頬っぺたをハムスターみたいにパンパンに膨らましながら私に抱き付いたり、超怖いお顔のエドさんからお説教されました。
何故や。ちょっと落ちただけなのに。
※
初めまして、僕はトトと言います。本当の名前は違うけど、この名前は野薔薇隊の皆さんに貰ったから嫌いじゃありません。好きです。さて、僕はアカデミアの1年生で、まだまだぴよっこなデュエリストです。大変失礼ながら、この場をお借りして、僕とあのお方こと野薔薇さんとの出会いをお話したいと思います。
あれは半年前の事です。
僕達新入生は、まずアカデミアに慣れる為に学校見学の後、お部屋が与えられ、それから数日経った後授業へと進みます。ここまではまぁ普通です。
更にちょっと授業にも慣れてきた頃、僕達は実習の授業を与えられます。アカデミアのデュエル訓練場はコロッセオをイメージしているらしく、何人かの同級生が早く戦いたそうにウズウズしていました。僕は気が弱いから、興奮のウズウズよりも緊張のドキドキが強かったです。
すごいなぁと思っていると、急に入口がザワザワと騒めきだしました。
何だろうと思って、皆で入口の方を見てみると、入口の方には綺麗な女の人と可愛らしい女の人がいました。綺麗な女の人に付き添う様に後ろに控える女の人は、黒に近い紺色の姫カットに頭のてっぺんで蝶々の様に揺れる白いリボンが印象的な可愛いお顔立ちの人でした。
綺麗な女の人はお腰まである長いプラチナブロンドに青い瞳。怪我か何かをしているのか顔の左側は包帯が巻かれていますが、それでも綺麗なお顔です。何よりスタイルがとっても良くて、大変失礼ですが、大きなお胸を見ちゃった時はつい恥ずかしくなってしまいました。ですがもっと気になったのは顔のではなく、長袖の制服から出ている両手に巻かれた包帯の分厚さでした。ぐるぐるってレベルじゃありません。ぐるんぐるんに巻かれてました。指先まで全部真っ白な包帯だらけ。ショートパンツから伸び、黒いニーソに包まれたお綺麗な足も包帯が巻かれていて、その上からニーソを履いていました。よく見れば襟から出てる首も軽く包帯が巻かれてます。
お二方が歩く度に先に訓練場にいた先輩達がモーゼの川って言うのかな?そんな感じにバッ!って二手に分かれて、自然とお二方の道が出来た。お二方は青地に金色の線が入った制服を着ていました。先輩達のには青地に白と黒のデザインが入っているけど、お二方の制服の方が高価です。見た事ない制服だなぁ。
あれれ?と思っていると、こちらにやってくるお二方を見たバレット先生が慌てて駆け寄っていきます。
見た事ない表情のバレット先生に驚いていると、近くにやってきたお二方とバレット先生の会話が聞こえてきました。
「野薔薇嬢!何故訓練場に!?」
「散歩ついでに新入生の顔見に来た」
「ですが野薔薇嬢の怪我はまだ…!モモ!お前が付いていながら何故!?」
「野薔薇様が『リハビリついでの散歩についで新入生の顔見に行く』と駄々をこね始めまして…後10分で戻しますから…」
「…はぁ、10分だけですよ」
「ありがとう、バレット」
あのバレット先生が敬語を使う相手…。それってつまりアカデミアの中でも相当偉い人だって事。きっとバレット先生よりもずっと年下の綺麗な女の人は『野薔薇』さんって言うみたいです。可愛い女の人は『モモ』さん。モモさんの口調からしてあの人も僕達と同じ様にバレット先生に色々と教わっていたみたいです。
困った様に頭を押さえて、こちらに戻ってくるバレット先生に列の先頭にいた僕は聞いてみた。
「あの…バレット先生。あのお二方は…?」
「ん?あぁ、お前達は知らなかったな。入学式は休んでおられたからな。あの金の髪のお方は『野薔薇嬢』。アカデミアの少数部隊『野薔薇隊』の隊長だ。女性だが実力はお前達よりも遥かに上だ。そして傍にいるのが『モモ』。一時期私が訓練教師をしていた相手だ」
「野薔薇隊…じゃあ野薔薇隊の人は皆あの制服着ているんですか?」
「そうだ。お前達の中からもしかするとあのお方の隊に入る奴もいるかも知れんからな」
「まぁ、あの人といると心臓が悪くなるがな」とバレット先生は困った様な笑いました。まるで世話のかかる娘を見守るお父さんの様な眼差しです。心臓が悪くなるってどういう意味だろう?疲れちゃうのかな?そんな事を思っていると、バレット先生がキリリとしたお顔で声をかけます。いつもの厳しいバレット先生です。
「無駄話をしてしまったな。お前達!今日は訓練だ!相手を見つけてデュエルをしまくれ!実践は確実にお前達の経験になる!良いな!?」
「「「はいっ!」」」
こうして、僕の初めての実践訓練は始まりを告げたのです。
「俺はこれでターンエンド!」
相手の同級生のフィールドには古代の機械双頭猟犬と伏せカードが1枚。ライフは相手が3500、僕が3300。そこまで差はない。手札に融合と古代の機械猟犬が3枚あるから、悪い訳でもない。
因みに新入生は皆、古代の機械デッキを使います。どんどん成績が上がれば自分専用のデッキを持つ事が出来るらしいんだけど、入学当時から使っているから、その馴染みやすさで成績が上でもずっと古代の機械を使っている人も多いみたい。
チラッと訓練場の端っこには椅子に座った野薔薇さんと傍で立って控えるモモさんがいる。周りを目で見まわす野薔薇さんはまるで何かを物色するみたいに僕達のデュエルを見ている。先程のバレット先生の話を聞いて、少しでもお二方の印象に残る様に張り切っている人もいるみたい。
「おい、お前のターンだぞ!」
「あ、ごめんっ!それじゃあ僕のターン、ドロ」
「わぁああああああっ!」
ガシャアアアンッ!!
僕がデッキトップに触れるちょっと前で、急に訓練場が騒がしくなった。慌てて悲鳴の主を探すと、そこには青い体を持つ機械の巨人がズンッと立っており、大きすぎる所為か頭が天井につっかえて前のめりになっていた。あれは古代の機械混沌巨人!?その名の通り、巨人の名に相応しい巨大なボディを持つ混沌巨人は頭上に障害物がある所為か酷く動きにくそうで、どうにかしたい!と言わんばかりに腕を動かす。動く度に彼にとっては狭い訓練場の岩壁にガンガン腕をぶつける。
「誰だ!混沌巨人を融合召喚したのは!?」
バレット先生の大きな怒鳴り声が響く。僕達新入生には混沌巨人のカードは配られておらず、エクストラデッキには入っていない。例え持っていたとして、この訓練場の広さ・大きさはかなりのものだが、それよりも混沌巨人は巨大だ。だからここでデュエルする時は混沌巨人をエクストラデッキから抜くって先程先輩が教えてくれた。
ワァワァ騒がしくなった訓練場で、混沌巨人の足元で青い顔でへたんと座り込んでいるのは黄色いジャケットの男子生徒。多分先輩。あの人が召喚したんだ!
「貴様!ここでは混沌巨人は禁止だとアレ程!」
「す、すみません!でも…!」
バレット先生に胸倉を掴まれて怒られてる先輩がちらりとある方向を見る。その先には冷静な顔の野薔薇さん。彼女の傍には野薔薇さんを守る様に前に立つモモさん。きっと先輩は野薔薇さんに印象付ける為に混沌巨人を召喚した。それだけ野薔薇隊に入りたかったんでしょうか。
大きな舌打ちをしたバレット先生が先輩のデュエルディスクを無理矢理取って、プレートから混沌巨人のカードを取る。そうすると暴れていた混沌巨人は消えていった。
「全員デュエルは中止!ここから避難しろ!急げぇ!!」
バレット先生の声で逃げていた人達がどんどんと増えて、入口が人で溢れかえる。混沌巨人が暴れた後は凄まじく、天井からバラバラと瓦礫が振ってくる。皆振ってくる瓦礫を避けながら、逃げる。僕も逃げようとした。
逃げようとしたけど―――
「わぁ!」
ドサッ!と誰かが後ろで転んだ。後ろを振り返ると、そこにはさっきまで僕とデュエルをしていた彼が倒れていた。
…本当なら、命の危険を考えれば僕は彼を見捨てでも逃げれば良いのかもしれない。
でも、目の前の命を見逃せられない程、僕は相当なお人好しらしい。
「大丈夫!?」
「お前…!」
「掴まって!」
僕は急いで彼の腕を肩に回し、持ち上げた。どうしてと言わんばかりの顔で僕を見る彼。
―――だって嫌じゃないか。死ぬのは、誰だって。
ガラ…ッ!
ふと、頭上から大きな気配を感じた。
「ッえいっ!!」
ドンッと僕は彼を突き飛ばした。僕は地面にうつ伏せで転がり、彼は入口へと飛んだ。良かった、僕の力でも彼を入口に飛ばせる程力があったんだ。アハハ、火事場の馬鹿力ってやつかな?突き飛ばされた彼は驚いた顔でこっちを見る。ちょっと顔に砂を浴びているけど、怪我はないみたい。
「 よかった 」
最後に誰かを救えたなら、僕は本望だ。頭上に大きな影が出来る。彼はバレット先生に押さえられながらこちらに来ようと手を伸ばしていた。
次に来るのはきっと、ちょっと大きな痛みかな?
ガシャアアアアアアンッ!!
「○○○○―――――――――ッ!!」
…あれ?何で彼の声が聞こえるんだろう。僕の名前をそんなに呼んで………あれ?痛くない……?
むしろ……温かい様な…?
「野薔薇嬢!!!」
バレット先生の声がする…。…何で野薔薇さんの名前呼ぶんだろう…?…もしかして逃げ遅れちゃったのかな?
「おい、新入生。怪我ないか?」
頭上から振ってきた凛々しいお声に、僕はハッとして、顔を上げた。
そこには―――――――
「まったく…無茶を…ッする…坊やだね…ッ」
僕を押し倒し、頭から赤い液体を流す綺麗な女の人・野薔薇さんがいた。背中にはきっと僕に向かって振ってきた大きな瓦礫。ぽたりと赤い液体が僕の頬に振ってきた。
―――野薔薇さんが、僕を押し倒す形で守ってくれた事実に気付くと、僕の体は芯から冷えた。
「の、の…ッ野薔薇…さ…?」
「たのっ…むか…ら…ッ…動かないでッ…!」
僕の顔の両横に置かれた手は小刻みに震えている。顔はとっても苦しそうで…。このお方もいっぱいいっぱいなんだ…。
「野薔薇様!バレット先生!瓦礫退かすの手伝ってください!」
「当然だ!誰か!担架と救急箱もってこい!他の奴は古代の機械戦士を召喚して、瓦礫退かすのを手伝え!」
「「「は、はいっ!」」」
「野薔薇様!新入生の貴方!動かないでくださいね!?」
「は、はいぃ…!」
暫くすると、古代の機械戦士達が慎重に瓦礫を別の場所に運ぶ。ゆっくりと下ろされた瓦礫がドスンッ…!と大きな音を立てた後、野薔薇さんは僕の上に倒れてきた。
「の、野薔薇さん!?」
「野薔薇様!救急箱!後担架急いで!」
「ゲホゲホッ…!」
大急ぎだけど、的確な手付きで野薔薇さんを治療したモモさんは担架を呼ぶ。そしてゆっくりとバレット先生が野薔薇さんをお姫様抱っこして、担架に乗せる。そのままモモさんが付き添いながら野薔薇さんは運ばれていった。それを少しだけ見送ったバレット先生が僕の所に駆け寄ってきた。
「怪我はないか!?」
「は、はいっ…!僕は何とも…!」
「そうか…!」
ホッと安堵した顔で僕の頭を撫でるバレット先生。こんな優しいお顔初めて見た…。すると1人の赤い制服の生徒が僕に駆け寄ってきた。そう、彼だ。
「怪我ねぇか!?」
「僕は平気!君は?」
「ちょっと膝擦りむいただけだ!ごめん!俺を助けた所為で危険な目に遭って…!」
ガンッ!と彼は額を地面に擦り付けて、僕に向かって土下座をした。
「ちょっ!そんな…土下座なんて…!」
「お前のおかげで命があるんだ!これくらい安い!」
「で、でも…!」
「思いは受け取っておけ」
ぽんっと肩に大きな手が乗る。バレット先生の手だ。
「お前の勇気は勲章物だ、誇れ」
「は…はぃ…」
「だが今回は少しだけ無謀だったな。いくら野薔薇嬢が助けてくれたとはいえ…」
「あ…野薔薇さん…!」
そうだ。野薔薇さんは僕を命がけで救ってくれた。あんなに頭から血を流して、本当はすごく辛くて痛いのに…!でもバレット先生は首を振った。
「野薔薇嬢の安否を心配するのも良いが、お前の治療も念の為にしないとな。今回、お前達は被害者側だ。あの生徒には再教育が必要か…?」
「あ、あはは…」
こうして僕の大変な実習は終わった。救急室に運ばれた僕は軽い擦り傷で済んだ。因みにあの先輩はバレット先生の再教育(と言う名の地獄のレッスン)を受けて、干乾びたみたい。
この騒動から数日後、僕の元には『野薔薇隊 入隊届』がやってきて、僕は新入生から『野薔薇隊のトト』になった。そして僕はここで初めてモモさんから聞く事になる。
「野薔薇様は…その、死にたがりみたいな感じで…」
すごい衝撃だった。何でも野薔薇さんは無茶する、というか死に急いでいるみたいで、時に港から海に落ちたり、手首に傷があったり、事故から相手を庇って大怪我をしたり…。他にも数えきれないけど、共通するのは自分を痛めつけている。モモさんや、同じ隊のスターチスさんも止めたいんだけど、結局怪我しちゃうみたいで…。だからあの日、出会った時も包帯だらけだったんだ…。
その時気づいちゃったんだ。あの時僕を庇ったのは、死にたくて僕を庇ったのだと!
なんて事だろう!僕はあの人に命を救われた身だというのに、あの人自身は死のうと思っていて、それに気付けなかった僕はとっても愚かだ。
だったら守るんだ!僕が!ううん、野薔薇隊の皆さんと一緒に守るんだ!!
「トト!野薔薇様が海に飛び込まれた!!」
「野薔薇さぁ――――んっ!!」
因みにあの時の彼とは、時折話し合う仲です!
登場人物説明
・野薔薇
アカデミア少数部隊『野薔薇隊』を率いる少女。年齢は14歳。プラチナブロンドに青い瞳、顔の左側に巻かれた包帯が特徴的。なお包帯は数か所(というか全身)にも巻かれており、いずれも結構な大怪我だが、意外とケロリとしている。
一種の不幸体質で、ありとあらゆる行動が生命の危機につながる事が多く、結果的周りから「死にたがりの野薔薇」と思われていて、日々仲間達から止められる始末。でも止められないのが現実。
基本的な呼ばれ方は「野薔薇様」、「野薔薇さん」。バレットのみ「野薔薇嬢」。
・モモ(桃)
アカデミア少数部隊『野薔薇隊』の1人。年齢は14歳。黒に近い紺の姫カットに頭のてっぺんで揺れる蝶々結びの大きな白リボンが特徴的な可愛らしい顔立ちの子。立場が上の人物には様付け(教官だったバレットは先生)をしているが、実際に心から慕うのは野薔薇ただ1人であり、野薔薇隊で最も彼女を崇拝する人物。
実はトトに入所届を出したのはモモ。
・トト(ホトトギス)
アカデミア少数部隊『野薔薇隊』の新入り。可愛らしい感じの少年。年齢は13歳。泣き虫だが心優しい性格で、野薔薇を慕い、彼女を敬愛するワンちゃん体質。
かつて野薔薇に命を救われた経験から彼女をどうしても生かそうとしている。なお、事件時に同級生を庇った所を見たモモが彼宛に入所届を出して、スカウトしたという経緯である。