別題名『べ、別に僕は野薔薇の事どうとも思ってないんだからね! -ツンデレユーリの場合―』
ぎゅっぎゅっ。
「…ユーリ」
「(むぅぅぅぅ…)」
ぎゅっぎゅっぎゅっ。
「うぇっぷ」
「(ぷぅぅぅぅ…)」
ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ~!
「ぷぇぇぇぇ…」
「(ぷくぅぅぅぅ!)」
「ユーリ様!流石にそれ以上縛られると野薔薇様の息が!!」
ハロォ、野薔薇です。私は現在、ユーリの見事な縄使いで布団と一緒に簀巻きにされているよ!すごいよね、海苔巻の具になった気分。縛るユーリはハムスターみたいに頬っぺたを膨らまして、縄でギチギチと私を締め上げる。痛い痛い。モモが頑張って止めようとしてくれてるけど、スターチスはお粥を持ちながらヘラヘラ笑っていた。ちくしょう、美味しそうなお粥作りやがってお母さんめ!
「良いじゃないか、モモ。ユーリ君は野薔薇ちゃんを心配しているだけなんだから」
「スターチス…!ですが限度という物がですねぇ!」
「今回も野薔薇ちゃんが悪い。ユーリ君の前でまた飛び込みしたんだから」
スターチスさん、違うんです。足がまた滑っただけなんです。あの港ってさぁ、何でああも滑りやすいんだろうか?
「スターチス違うよ」
「どういうことだい?」
嗚呼!ユーリ!君はわかってくれるんだね!流石は私の友達!!
「僕の前だからこそ、飛び込んだんだよ」
「なっ…なんという事だ…!」
違ぁああああう!!違うんだよォオオオオ!!スターチスもスターチスだよ!!なんでそんな悲痛な顔すんの!?ねぇ!答えて!モモもトトも泣きそうな顔しないで!!
「…野薔薇ちゃん、そんなに誰かに最後を看取ってほしいのかい…?」
「…違う」
「え?」
そう!違うんだよ!!
「(足が滑らないか)見ていてほしいだけ」
なんですよ!!
「ッ!野薔薇ちゃん!だめだ!」
がっ!と怖い顔のスターチスが簀巻き状態の私を掴む。ぐへっ!
「良いかい!?何度も言うけど君はまだ若いんだから!何より君がいなくなったら俺達野薔薇隊は…!」
くっ…と悔しそうな顔をするスターチスお母さん。目を潤ませるモモ。もう泣いてるトト。不機嫌そうなユーリ。……あれぇ?何かヤバイ?すると、ギチリと縄が更に締め付けてくる。ぐへぇっ!
「ゆ、ユーリ…?」
「許さないから」
―――――― 僕の前で死ぬのも誰かの前で死ぬのも、許さないから
目を獲物を前にしたドラゴンの様にギラギラと光らせ、ギチギチと縄を締め上げる我らがアカデミアの皇帝、いや、女王様?
でも更に締め付けるから苦しくなって、助けて!とモモとトトを見る。しかし現実は非情だった。
「ユーリ様、もうギッチギチに締め上げてください。逃げられないように」
「ぼ、僕ッもっと頑丈な縄持ってきます!!」
待ってぇええええええええ!!トト君待ってぇええええええええ!これ以上縛られたら本当にヤバイから!!ユーリの縄技に磨きがかかっちゃうからぁあああああ!!
※
野薔薇は、本当に見ていて冷や冷やする。この僕が、そう思ってるんだよ?アカデミアで最も強くて、最も美しくて、プロフェッサーのお気に入りであるこのユーリがだよ?驚きでしょ?
僕と野薔薇は3年前から一緒。プロフェッサーが僕の所に連れてきた。
何でも今まで強化訓練を受けていて、それが終わったから相方として過ごせってプロフェッサーが言った。当時の僕からすれば「どうでもいい」って思ってた。だって急に現れて、何も知らない相手を相方にしろって言われても困るだけだし、知らない。
まぁ、野薔薇も野薔薇で自由に過ごしてた…って言うか野薔薇隊の担当してる『クロユリ』って男が野薔薇を隠してたと言った方が正しいかな?
実際にその数か月後にプロフェッサーの息子がアカデミアに迷い込んできたって話を聞いた時、野薔薇の部屋に迷い込んだっぽいし。まったくもって不用心だよね、野薔薇もクロユリも。
そんな中、ある日、僕のスターヴ・ヴェノムが鳴いたんだ。
「…スターヴ・ヴェノム?どうしたの?」
『ギュォォォン…』
普段は結構気性の荒いこの子が、この日は珍しく悲しそうな、寂しそうな声を上げた。変だな、初めて聞いた声だなって思って、部屋で大人しく本を読んでいた僕は本を閉じるとスターヴ・ヴェノムのカードを手に取った。
「なんでそんなに悲しそうな声あげるのさ?」
『ギュォオオ…ギャォオン…』
「…外に行きたいの?」
『ギュォォォン!』
そっか、外に行きたかったんだ。確かにずっと部屋に籠っていたら不摂生だよね。僕はスターヴ・ヴェノムとデッキを持って、部屋の外に出た。今日は講師も来ない。プロフェッサーも準備があるから忙しいって言ったいたから、僕が何をしようと僕の勝手だ。
アカデミアは広い。大きな孤島にドンと立っているからね。色々と部屋がある。噂では隠し部屋もあるらしいけど、僕は見つけた事がない。
中でも僕のお気に入りの場所は、プロフェッサーが作った薔薇園。薔薇の香りがいっぱいで、何より誰もいないし、近づかない。講師から逃げる時はそこが一番。
だから、今日も僕とスターヴ・ヴェノムと捕食植物達だけの薔薇園だと思ってたのに…。
「なんで君がいるのさ」
帰ってきたのは三点リーダー。ぱちぱちと野薔薇は右目だけを瞬かせる。白の上質で甘いロリータのワンピースと顔の左側に巻かれた包帯が何故か合っていた。何でいるの?とか思ってたら、目に入ってきたのは細くて赤い線だった。
「…何それ」
白い手首に目立つ細くて赤い線の正体は、まるで刃物で切ったような3本の傷。とろとろと流れる液体は手を伝い、ポタポタと芝生に赤い跡ができる。野薔薇はきょとんとしているけど、僕からすれば異様なものに見えた。
「ちょっと僕のお気に入りの場所でそんなの流さないでくれる?迷惑なんだけど」
これが本心。実際、僕は僕のテリトリーを荒らされるのが嫌いだ。でも野薔薇はそれがわからないのか、相変わらずきょとんとしている。
「で?その傷、誰にやられたの?生徒?講師?それともモンスター使ってやられた?」
僕は基本的、部屋に籠っているから平気だけど、野薔薇はクロユリによって外にも出される時がある。クロユリは優秀な人間だ。その優秀さに下心満載で近づく奴も少なくはない。それで近くにいる野薔薇が気に食わない奴もいるって訳だ。
――― そうだと僕は勝手に思っていたけど、
「やった」
帰ってきた小さな声に僕は固まった。…やった?やられたのではなく、やった?どういう意味だろうと僕が固まっている一方で野薔薇は言う。
「やったの」
…この瞬間、僕は自分の間違いに気づいた。
「……(君が、自分で)やったの?」
「うん、(猫が)やった」
そう、彼女は誰かにやられたのではなく、自分で、自らで、その白い手首に傷をつけた。
それを理解した途端に僕の胸の中でじくじく、じわじわと何かむず痒い物が広がっていく。チラリと傷を見ればむせ返る様な不快感がやってきて、気分が悪くなった僕はポケットからハンカチを出して、野薔薇の手首に添えた。
「馬っっっっっ鹿じゃないの!?」
「きゅ?」
「阿保でしょ!?自分で自分を傷つけて楽しい訳!?嗚呼もう!君の考えわかんない!」
野薔薇の手首を押さえるだけじゃ、血は止まんなくて、ハンカチを手首に強く巻く。それを野薔薇は不思議そうに見ていた。
「…よごれちゃうよ?」
「っ良いの!替えくらいいくらでもあるんだから!君本当に馬鹿だよね!?生まれ持った美貌とか!肌とかはもっと大事にしなよ!君に美意識ってものはないの!?」
生まれ持って才能や力がある人間は、大事にすべきだ。努力なんて汗臭い事は僕の美意識に反する。生まれ持った美貌を無暗に傷つけるこの子の考えなど全然理解できなかった。
「…わからないの当然だよ…?」
「はぁ?何言って…」
「だって貴方は私じゃないもの」
― 正論だった。彼女の言う通り、僕は彼女じゃないし、彼女は僕ではない。
でも、それでも…少しだけ理解したいとちょっと思った僕は多分相当な馬鹿だ。美しくない。
ハンカチで結構きつく縛ったのに血は中々止まらない。このままだと本当に危ないんじゃないかと冷や冷やしていると、野薔薇は空いている手で結び目を解き始めた。ちょ、何してんの!?
「何してんのさ!?汚れとか気にしてる場合じゃ…!」
「大丈夫、すぐに治る」
「は?何言って…」
しゅぅぅぅぅ…!
例えるなら肉をフライパンで焼く時の様な音が、僕の言葉を遮った。彼女の手首から薄らと蒸気が出ていた。急に出てきた蒸気に驚いていると、音が段々と小さくなるにつれて、何と傷まで段々塞がっていくのだ!普通の人間じゃああり得ない光景に僕は更に驚く。30秒もしないうちに、傷は綺麗さっぱりと消えていた。
「ほら、治った」
「…………うそでしょ?」
さっきまで傷があった場所を撫でてみる。そこにはつやつやとした肌が美しい手首があるだけだ。あまりに不思議な光景に、この時の僕は無意識にポカンと口を開けていたんだろう。彼女が手に持っている赤に染まったハンカチだけが、僕をギリギリ現実にいさせてくれた。
「………なに、今の?」
「知らない」
「はっ!?」
「だって気づいたらなってた」
首をこてんと傾げてそう言った野薔薇に、僕の脳裏にはある男がよぎった。
「(…クロユリか…!)」
生物学を得意とする彼なら、特に人体に関する実験に興味がある彼ならやりかねない。クロユリは優秀な評価が多いけど、実際はとんでもないマッドな奴だ。その優秀さと怪しさで彼の部下になりたいなんて思う人はいても、言う人はいない。そもそもクロユリは人嫌いな傾向がある。
そのクロユリが連れている自分よりも年下の、しかも小さな女の子が普通の子である訳がない。
「私、よくわからないけどね、お花の精霊さんと合体?してるみたいなの」
「精霊…?もしかしてデュエルモンスターズの?」
「ん」
「こういう事だよ」と彼女が呟いて、顔の左側に巻かれた包帯をしゅるりと取った。包帯の奥に隠れていた物に僕は絶句した。
― 彼女の顔には花が生えていた。
上唇の少し上から髪の毛の付け根くらいまで、白い大きな薔薇が本来左目に当たる部分に咲いていて、赤、黒、白、紫、黄色。小さくとも艶やかな花達が彼女の顔の左側にちゃんと咲いていた。普通の人間じゃあありえない姿。そして彼女の言葉。
長年愛され続けてきたカードには、意思が宿り、いつしか精霊となった主を見守る。
そんな御伽噺は長い時が経っても愛され、本となり、人々の心に残る。当然その本は僕も呼んだ。だが所詮は御伽噺・都市伝説だという人間が殆ど。でもそれは違う。今でもアカデミアで噂として流れる「精霊」は実在するんだ。殆どの人が見えていないというだけで、一部の人間には見える。僕だってある意味でその一部。本来の姿はデュエル中じゃないと見えないけど、カードの状態で彼の、スターヴ・ヴェノムの声は聞こえる。
多分、クロユリも天性の物、もしくは何かしらの機械を使って見えている。
どっちかはわからないけど、それらを使って実験をした。彼は酷く精霊伝説に興味を持っていたからね。それとあの性格の2つが合わされば、まぁ…しなくもない。
彼女は被害者、そして成功例。人嫌いのクロユリが傍に置く貴重な存在。
これならば彼女の能力も、言葉も、クロユリが彼女を傍に置く理由も納得がいく。
―でも何故、自分で自分を傷つけるのか?
それだけが僕の中で疑問だった。だから聞いてみた。
「…どうして傷つけるの?」
すると、彼女は少しだけ切なそうに目を細めて、呟いた。
「何もないから」
これが、初めて僕の前で薄らと微笑んだ時に言った彼女の言葉である。
それからというもの、僕は何かしらの理由を付けて彼女の傍にいる事にした。相方だから、同じトップだから、お茶会がしたいからとかね。アカデミアで地位が高い僕が言えばいくら野薔薇隊の人間でも無暗に近づかなかった。でも目だけはちょっと殺気帯びてるけど。特にモモ。ぶっちゃけ僕、あの子の事嫌いだし、正直ザマァと思う。
初めは不思議そうにしていた野薔薇は、次第に慣れた様で何も言わなかった。
…ただ成長するにつれて僕の前でよく飛び込んだりするから目が離せなくなったけど。まったく!この僕の前で良い度胸だよね!デニスだってこんな馬鹿な事はしないのに!大体野薔薇隊は何やってるのさ!モモとかスターチスとかトトとか!あの3人は全ッ然役に立たないし!よく野薔薇の傍にいられるよね!?すごくムカツク!
やっぱり僕が傍に居なきゃダメだよねぇ!うんうんそう!
べ、別に恋愛感情とかないから!!アレだよ!アレ!そう、兄心ってやつ!ちょーっと顔がちっちゃくて!ちょーっとほっぺがもちもちで!ちょーっと可愛い顔してるだけのあの子を兄的存在として見守ってあげてるだけだからね!もしくは友達!唯一の!アカデミアでたった1人の!友達であるこの僕が守ってあげてるだけなんだからね!
本当に、寝顔可愛いなとか!食べ方綺麗だなとか!本のページめくる時の仕草がきゅんとするとか!全ッ然思ってないんだからね!
だから今日も兄心で寝室ですぴすぴ寝てる野薔薇の隣で寝ころんで、ほっぺぷにぷにしたり、おでこにちゅーしたり、ほっぺにちゅーするだけなんだから!!
『ギャゥウウウウ…(ユーリ…それ本当に兄心なの?)』
五月蠅いよ!スターヴ・ヴェノム!
因みに過去の最後の言葉。本当の意味は
ユリ「…どうして傷つけるの?」
野「(えっ、別に)何もないから」
ですっ!
登場人物
・スターチス
アカデミア少数部隊『野薔薇隊』の1人で、最年長15歳。料理がうまく、隊のお兄ちゃん的役割を持つ。野薔薇を「ちゃん付け」で呼ぶ珍しい人物。
・ユーリ
色々こじらせた残念ツンデレ。自称アカデミアで最も強く、美しい。甲斐甲斐しく野薔薇の面倒を見ており(しつこく理由をつけて野薔薇の傍にいており)、曰く兄心で面倒見てるだけとのこと。もしくは友情。
野薔薇の事はたった1人の友達だと思っているが、その思いはどこまで本当なのだろうか?
意外と精霊伝説は信じている方であり、実際カード状態のスターヴ・ヴェノムの声を聴ける。