取りあえず野薔薇はホイホイです。ホイホイ。…あ、夏の黒い悪魔達に使うあれじゃないですよ?
「ほいっ!」
ぽむっ!
「よっ!」
ぽんっ!
「Last!」
ぽぽんっ!
「どうだい?野薔薇。お気に召したかな?」
「……?(こてん)」
「ありゃりゃ…まぁたダメ?」
手からいくつかの花を出しても、彼女は無表情で、こてんと首を傾げる。あーあ、この反応これで何回目かなぁ?多分二桁は行ってるよねぇ。
――― 彼女は笑わない。驚かない。泣かない。
全ての表情が削ぎ落とされた、ビスクドールの様なLady、Soldier、Empress。それが野薔薇。何度ボクがマジックを見せても、彼女は毎回無表情で首を傾げるだけ。ハートランドで子供達に受けが良かったマジックも、トラピーズマジシャンが空中ブランコをしても、訳が分からないみたいで首を傾げる。
――― いつからだろうか、彼女を一度で笑わせてみたいと思ったのは
初めはただ、ユーリと一緒にいる女の子が珍しくて、その女神の様な容姿に魅了されて、ありとあらゆる好奇心が抑えきれなくて、声をかけた。癖の1つもないプラチナブロンド、サファイアよりも深い色合いをしたブルーアイズ、美しい体、肌。女神様なんじゃないかって思った事が何度もある。でも、彼女は女神じゃあない。人形、Dollだ。
心を許さない相手にはにこりとも笑わない。だからボクは必死で彼女に気に入られようとアプローチした。花束渡したり、ハートランドで女の子達に人気のお菓子をあげたり…他にもあるけど全部失敗。まぁ大半がユーリや過保護な野薔薇隊の子達の所為なんだけどね。
作戦を変更して、マジックを見せても笑わない。むしろ『なぁにそれ?』と大きな目で訴えてくる。
……一度だけ師匠なら彼女を笑顔にできるかな?なんて思ったりしたけど、それは却下。
――― 前に野薔薇に聞いた事がある。
『どうして野薔薇は笑わないの?』
あの人の実験終わりに、ボクは今日の実験を終えた彼女にそう聞いた。その日も変わらない無表情の野薔薇は、言った。
『笑うってなぁに?』
『…えっ?』
『笑うってなぁに?』
変わらない無表情。澄んだ瞳で、純粋にそう彼女は思っているのだと理解出来た。ビックリしているボクに野薔薇はスタスタと去って行った。部屋に戻るのだと気づいたのは、彼女の姿が消えた後だった。
……笑うってなぁに?…かぁ。
本当に野薔薇は知らないんだと心の底から思う。少しだけ知っている。
――― 彼女は、記憶喪失なのだと。
あの人がさらっとバラした彼女の秘密事項。あの人のとっては大した事ではなくても、ボクにとっては大した事だ。あの野薔薇が記憶喪失?だったら無表情なのもそれが理由?そう考えると、ボクの中で野薔薇は大きな存在となった。
記憶を失う前の彼女は笑っていたのだろうか?どんな生活をしていたのだろうか?
どんどん出てくる疑問と興味。気になってしょうがない。
――― でも きっと心の底から笑ったら楽しいよ、なんてボクには言う資格はない。
「野薔薇ァ…ここにいたのデスカ」
突然後ろからやってきたねっとりとした男性の声。振り向けば190はあるであろう高身長で、膝裏まであるぼさぼさの長い黒髪に丸眼鏡。黒いタートルネックの上に白衣を羽織った男性は、ニタニタとボクから見れば気味の悪い笑顔を浮かべていた。
この人こそ、野薔薇隊を、いいや野薔薇を担当するアカデミア一のマッドサイエンティスト 『クロユリ』
「先生」
「ご機嫌よぉ…私の野薔薇ァ…。おやおやァ?マックフィールド君もいたのデスカ」
「悪いですか?」
「いえいえェ…私の野薔薇に構うのはよろしいですがァ…そろそろ時間デスヨ」
ニタリと口角を上げて、三日月の形にする彼は正直気持ち悪い。何より『私の野薔薇』って言うのが、嫌だ。多分牽制しているのだと思う。頭のネジが何本がぶっ飛んでる癖に、そこだけはちゃんとしている。
「はい、先生」
それでも野薔薇にとっては慕うべき人なんだ。彼女はソファから立ち上がって、クロユリの元へ行き、彼の手を握った。それに嬉しそうに目元を緩めるクロユリ。…ペドフィリアめ。
すると、クロユリと片手を繋いだ野薔薇がこっちを振り返った。
「またね、デニス」
「!」
無表情。相変わらずの無表情。…だけど、小さく手を振る彼女が、彼女の声が、気のせいか嬉しそうに聞こえた。
バタンと閉じる扉。そこに野薔薇とクロユリの姿はない。
――― 思わず伸ばした手を、ボクは降ろした。
「……ハハッ…情けないよね、ボクって…」
好きな子すら、守れないなんて――――
※
「野薔薇ァ…傷の具合はどうデスカ?」
「何もありません」
「そうデスカ」
しゅるしゅると左目の包帯を解けば、露出する艶やかな花々が咲き誇る左目。嗚呼、左目じゃないデスネ。左花デスネ。
ビスクドールの様な容姿とはアンバラスにも思える花々は私が咲かせた物。
あの精霊と野薔薇を文字通り『融合』させ、その成功の証がこの花々。可愛い野薔薇を抱き寄せて、花々に顔を埋めれば、甘い甘い花の香りが鼻腔を擽る。アァ、イイ。生物を誘惑するフェロモン、香りを発するこの花々を抑える為に可愛いこの子には包帯を巻いてもらっている。
こうでもしないと、他の人間共が寄ってきてしまうから。嗚呼、でももう寄ってきてる人間もいますネ。
計画に支障さえなければ、野薔薇が何人誘惑しても構いませんシ。ただ体を許さなければの話デスヨ?
「嗚呼、野薔薇。私の可愛い野薔薇。貴方の為のデッキが出来ましたヨ」
「本当ですか?」
「えぇ、えぇ。勿論です。貴方にぴぃったりなデッキデス」
この子にはずっとサンプル用のデッキを貸していた。可愛い私の野薔薇は必ず結果を出してくれる。これ程、出来る子がいるでしょうカ?いいえ、いませン。だってこのクロユリの野薔薇デスからネ!
「先生、デッキどこ?」
「ここデスヨ」
無邪気で可愛い野薔薇は目で『早く早く』と急かす。何て愛らしいのでしょウ!デッキを出せば、野薔薇はすぐにデッキを手にして、カードを確認していく。じっと真剣にカードを見る野薔薇は実に可愛らしい!あっ、一瞬でもカードをシュレッダーにかけたいと思ったのは内緒デスヨ?
「可愛い」
「えぇ。可愛い野薔薇にぴぃったりな可愛いデッキデスヨ。貴方の『ギガ・ヴィーナスフライトラップ』を入れても支障はない様にしています」
「先生、ありがとう」
嗚呼嗚呼嗚呼!可愛いデスネ!本当にムシャムシャって食べちゃいたいくらいデスヨ!!しませんけど。
――― ただ1つ気に食わないのが、野薔薇のお気に入りカードである『ギガ・ヴィーナスフライトラップ』。
闇属性、植物族、レベル7、攻撃力2800、守備力2000、素材が闇属性モンスター2体と言う手軽に召喚出来る融合モンスター。破壊された時、デッキから闇属性モンスター2体を墓地へ送る効果と、このカードが墓地にいる時、このカードを除外する事で、墓地にいる自分よりレベルの高い闇属性モンスターを蘇生出来る能力を持っている。
……闇属性の植物族。大体理解したでしょウ?このカードは元々あのユーリの物なのです。
あのユーリが、あの小僧は野薔薇にこれをプレゼントしたのデスヨ!ああああああああああああ!思い出しただけで腹が立つ!!!
何が「相方だから」だ!!!私はこの子をあの小僧のパートナーにするつもりで育てた訳ではないと言うのに!!
しかも野薔薇は気に入ってしまった!!最悪デス!!!本当なら今頃豚の餌にでもするつもりだったのに!!!
…こほん、リラックスリラックス。落ち着きましょウ。
「野薔薇」
「はい」
「私の可愛い野薔薇」
「はい」
「野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇野薔薇私の野薔薇」
「壊れないでくださいネ」
「――― はい、お父さん」
※
先生がまぁた病み始めた。しゃあない。だって先生は私を
うん。仕方ない。
「野薔薇」
「はい」
座る私をぎゅっぎゅする先生。はぁい、野薔薇ちゃんでちゅよー。
「貴方にもそろそろ次元移動の訓練をしてもらいまス」
「はい」
お、そろそろですか。次元移動ってのは勿論、その名の通り次元を移動する事だ。とは言っても、あくまで訓練だから近場で移動訓練をする。例えばデュエルコートから研究室までとか、それくらい。
「訓練が終われば、貴方も本格的にエクシーズ次元部隊へ何回か入ってもらいまス。勿論、オベリスクフォースはつけまス」
「はい」
またお付きのオベリスクフォースさんを付けるんですね。毎回毎回大変だなぁ…オベリスクフォースの皆さん。過労死しないかな?ていうか今までオベリスクフォース付けてたの先生だったんですね。
「良いデスカ?余計なカード化などオベリスクフォースにさせればいいのデス。貴方は見てるだけでいいデスからネ」
「はい」
見てるだけで良いんだ…。アレ?それって私、部隊に入る必要性なくね?
「良い子デス。さぁ、そろそろお部屋に戻りなさイ。また会いに行きますからネ」
「はい、失礼します」
あ、聞けなかった。…まぁいいや。
いやさ、アレだよ。3年位前にさ、先生の研究室で見つけちゃったんだよね。『私そっくりの女の子』の写真が入った写真立て。マジビックリ。私とそっくりなんだよ!5歳くらいの子で、先生はその写真を見てにこにこ笑っていた。
それ見たらさ、『え、この子誰ですか?』とか聞けないじゃん。
その時に気づいちゃったね。あ、あの写真の子は先生の娘さんだって!すごいでしょ!?私の勘すごいでしょー!うんうん!そうだよねー!
何かが原因は娘さんが亡くなって、それで精神病んじゃって、私を娘さん(多分野薔薇って名前だったんだと思う)だと思い込んでいる。…正直可哀想とは思うし、親になった事ないからわからないけど、辛いんだと我ながら思っている。ていうか、そうでもしないと壊れちゃうんじゃないかな。
…あ、私、先生養えるかな?
※
『何と哀れな娘よ』
闇が支配する世界で、傲慢の王はそう呟いた。彼らを忌々しい技術とやらでそれぞれ1枚のカードに封じ込めた人物、男は、彼らを完成させた直後、別の相手に渡した。渡した相手は幼い少女で、どこか懐かしい、どこか自分達と似た様な気を持ち、一瞬でも同志かと思ったが、よく感じ取れば人の気も交じっている。
――― 混じり物であるにも関わらず、無垢な魂を持つ少女。
てっきり『ただの小娘』だと舐めきっていた傲慢の王の考えを覆したその少女の魂はとても無垢だった。例えるなら透明な硝子玉、何色にも染まらない圧倒的な透明度。きっと何も知らないのだろう。自分が混じり物である事も、その小さな体に眠る強大な力の事も。
ただただ静かに、過ごすだけ。
『実に無垢 実に純粋 しかしそれだけではつまらない』
傲慢の王を含めた黒き翼の者達は皆、退屈が嫌いだ。つまらないのはもっと嫌だ。だったら少しだけスパイスを加えてやろう。
さぁて、何をしてやろうか?
『可愛い』
……………は? 今、何と言ったこの娘。…可愛い…だと?
ぞくり
『わっ我らを侮辱する気か!?』
『可愛い』
『はうわっ!?』
『可愛い可愛い』
『や、やめよ…!』
可愛い可愛いと言われる度に、愛情を込めて言われる度にその場にいた傲慢の王の含めた黒き翼の者達は悶え始めた。何とも透明で澄んだ声。しかし澄んでいるだけではなく、ずっしりとした重みもある。
―――― 正直言ってキモチイイ
『うぅ…恥ずかしい』
『我らを…我らがこんな醜態を晒すなど…!』
『可愛い』
『『『『『ひゃぅううううううんっ!!』』』』』
完全に花が咲いてしまっている。もう色んな快楽を試してきたが、これは今までのそれらよりを打ち消す様な快楽だ。一部顔面がヤバイ感じになっている者もいるが、もうそんな事も気にする事も出来ない。
―――― もっと!もっと欲しい!!
『あーっ…あーっ…もっとくだされェ…!』
『ゾクゾクが止まらにゃいよぉ…!』
『お慈悲を…我らに貴方様の声を…!』
一度凄まじい快楽を得れば、それから逃れる術は無し。ただ追い求めるだけ。最果てまで求め、感じたい。それこそ欲求である。
――― それは傲慢の王にも言える事だった。
『くぅぅぅん…』
子犬の様な声を上げながら、傲慢の王は悶えていた。ぞくぞくと走る快楽に己の身を抱きしめ、歯を食いしばって耐えようとするが、耐えれば耐える程増す快楽に傲慢の王は恍惚の吐息を漏らした。
『…はァ…っ…イイ…この快楽が貰えるならば…我らは…汝に忠誠を誓うぞ…はぅっ』
―――― 我ら黒き翼の『堕天使』が
『可愛い』
『ぴゃうんっ!あっ、もっとぉ!』
おまけ『写真の真実』
野薔薇「先生私の事(亡くなった)娘さんだと思ってるんだ!」
クロユリ「アイ アム 未婚者&童貞 アイ ラブ 野薔薇たん」
・デニス マックフィールド
この時はまだエクシーズ次元にいて、合図を出す前。遊勝さんと出会った後、瑠璃と出会う前。野薔薇に恋愛感情に似た物を持つ似非エンタメデュエリスト。とにかく野薔薇を笑わせたいけど、後々合図を出すから、「笑って」なんて言えないある意味作中一、矛盾がある男。
・クロユリ
野薔薇を含めた野薔薇隊を担当するアカデミア一のマッド野郎。190㎝と高身長で、フラフラ歩いているとアカデミア生に巨人だと思われるのが日課。
野薔薇と精霊を文字通り『融合』させた生物学または精霊学の研究者にして、成功者。今までありとあらゆる物を犠牲にしてきたが、成功例の野薔薇を異常なまでに溺愛し、病んでいる。
因みに幼い頃の野薔薇の写真を見てはニヤニヤするのが好きな作中一のド変態である(なお野薔薇はそれを見て勘違いをしてる)
・堕天使の皆さん
野薔薇のデッキ。クロユリから野薔薇に渡された。最初は野薔薇を「何だこの小娘」程度にしか思ってたが、今ではすっかり野薔薇のしもべ。野薔薇様万歳状態。なお、ルシフェルさんはツンデレな模様。こんな扱いしちゃってごめんなさい。