――― 昔、憧れた御伽噺があった。
プロフェッサーが私に与えた物の中でデュエル以外で唯一私の興味を惹いたのは、とある絵本だった。話は至ってシンプル。魔王にさらわれた姫を騎士が助けるという御伽噺の王道。明らかに幼い子供向けに作られたそれは、アカデミア以外知らない私にはとても新鮮に思えた。
何度も読み返して、私は『姫を助ける騎士』に憧れた。
姫ではなく、騎士。敵に恐れる事無く、誰かの為だけにその剣を振るい、傷つき、愛する人を迎えに行くその勇気と志。いつからか私も彼の様になりたいと憧れた。
しかし私は姫を助けに行く所か、アカデミアの外に出る事すら許されていない。何と無力な事だろうか。これでは私の姫が見つけられないではないか!
――― 何度脱走しても見つからない、どこだろうか私の姫は。
ふと、何人目かも分からぬ監視員が言っていた事を思い出す。
≪セレナ様、薔薇の部屋には行ってはいけません。あそこには化け物がいるのですから≫
薔薇の部屋。扉に薔薇の模様がついている事からついたその名前。一度だけ見た事がある。そこにいるバケモノとは一体何なのだろう?もしやそこに姫が閉じ込められているのでは!?
そう思いつけばすぐに行動。監視員の目を盗み、薔薇の部屋まで一直線。
目の前に聳えるアンティーク調の扉には薔薇の模様が彫られている。ここが薔薇の部屋。何故か圧迫感を感じるが、それも姫を助ける為の騎士の試練!恐怖を勇気に代え、いざ扉を開こう!!
微かに震える手をドアノブに伸ばし、掴み、そして…回した。
ガチャリ
―――――― 中には
「 だぁれ? 」
本当に姫がいた――――――
これは驚きだ。
突然女の子が入ってきたよ!びっくりだよ!青色のポニーテールを黄色いリボンで束ねた女の子が扉を開けた。女の子は目をぱちくりとさせていて、驚いている。驚きたいのはこっちだよ!あ、さっきから驚きしか言ってないね!
でも本当にびっくりした。見た事ない女の子だ。
「だぁれ?」
そう聞けば、途端に女の子は目を輝かせた。もうキラキラじゃなくて、キラッキラッ!って感じ。…はい?
「お前が姫か!?」
えっ?姫香さん?違いますけど?
「(ふるふる)」
首を振る。実はさっき先生の治療を終えて、声が出にくいんだよね。薬の副作用ってやつ?否定の意味で、私は首を振った。しかし女の子は更に否定をした。
「何を言うか!お前は姫だ!私の姫なのだろう!?」
「!?」
お、押し売り!?押し付けてくる!?狼狽える私など気にせず、女の子はずんずんと近づいてくるとビッ!と私を指さした。
「ドレスを着ている!」
あ、このふりふりお洋服ね。今日は青いゴスロリチックなワンピースだよ!
「髪がキラキラしている!」
髪は生まれつき。
「閉じ込められている!」
いや、ここ私の部屋だし。
「そして私が扉を開けた!よって私が王子!お前が姫だ!」
む、無茶苦茶だぁ――――!?なんていうか無茶苦茶だよ!?何を言っているのこの子!?オロオロしていると、女の子はキラキラした目で私に手を伸ばしてきた。
「さぁ!行くぞ!私はセレナ!お前を迎えに来た王子だ!」
……王子?…プリンス?
「さぁ!」
…いやぁ…そんなキラキラした目で言われても…。
「行こう!」
……キラキラおめめで…
「私の姫!」
…………。
結局、私は自分の乙女心(笑)を抑えきれずにその手を取ってしまった。
ぎゅっぎゅと握られた手。セレナちゃんの手はポカポカと温かい。意外と温かいんだ。ちょっと戸惑う私をセレナちゃんはキラッキラおめめで見て、キラッキラ笑顔で言った。
「安心しろ!私が守ってやる!」
やだ、かっこいい(ポッ)私の乙女心(笑)がきゅんきゅんしちゃうよ!野薔薇ちゃん、きゅんきゅんだよ!
「…野薔薇ちゃん?」
不意に声をかけられた。聞きなれたその声は、スターチスのもの。横を見れば、ガーデンを終えたであろう軍手を腰のベルトにひっかけ、顔に土をつけ、スコップの入ったバケツを持ったオーバーオール姿のスターチスの姿。ポカンとしている。うわぁ、すっごくオーバーオールが似合う。
「…えっと、何してるのかな?」
「スターチス」
「むっ!敵か!?」
ザッ!と私を庇う様に立つセレナちゃん。いやん、かっこいい。一方敵扱いされたスターチスはえっ?と首を傾げる。
「えっ、どのクラスの子?迷子?」
「迷子ではない!私はセレナだ!」
「セレナ…?あぁ、脱走姫!」
スターチスはセレナちゃんを知っている様で、思い出したように彼女の名前を言うと、ポケットに手を突っ込んで、何かを取り出す。それは黄色いホイッスルで、スターチスはホイッスルを咥えると思いっきり吹いた。
ッピィィイイイイイ―――――――!!
ホイッスル特有の高い音がアカデミア中に響く。そしてこう叫んだ。
「バレットさ――――んっ!!セレナちゃん見つけました――――!!」
「バ、バレットだと!?」
大声で叫んだスターチスに、バレットさんの名前に狼狽えるセレナちゃん。あ、来た。
「セレナ様ァアアアアアア!!」
「バレット!?チッ!厄介な奴に見つかった!」
ドドドドドッ!と激しい土煙を上げて、物凄いスピードで走ってくるバレットさん。因みにホイッスル吹いてから僅か3秒の出来事である。正直怖い。しかしセレナちゃんも負ける訳にはいかないのか、私の手を握ると、
「行くぞ!」
「ふわぁ」
そのまま一緒に走る事になった。私の手を引いて逃げようとするセレナちゃん。しかしここには彼がいるから無理だ。
「はい、確保」
「なに!?」
「野薔薇ちゃーん、大丈夫?」
「ん」
スターチスだ。彼は見た目も性格も穏やかだけど、こう見えて忍者の末裔的なやつらしく、スピードは天下一。両脇に米俵の様に担がれた私達。私はぼーっとするだけだけど、セレナちゃんは暴れた。
「離せ!離せ!私の姫に手を出すな!」
「姫?…あー、野薔薇ちゃんね」
「う?」
何だか変な目で私を見るスターチス。どういう意味だろう?
「(野薔薇ちゃんも苦労するなー)」
ごちんっ!
鈍くて、痛そうな音が響く。セレナちゃんがバレットさんの拳骨(多分優しめ)を受けた音。軍人であるバレットさんの拳骨を喰らったセレナちゃんは頭を抱えると、キッ!とバレットさんを睨み上げる。おぉ、強い。
「なにをする!」
「野薔薇嬢を連れ回すとはどういう事ですか!スターチス、悪かったな」
「いえいえ、良いっすよぉ~」
ナハハと笑うスターチス。私は彼に人形のように抱き上げられている。何でもセレナちゃん対策だとか。
「宿題はやったのですか!?」
「うっ…そ、それは…」
「宿題をしないで外に出たんですね!?毎日言っているでしょう!?宿題をきちんとやってから脱走してくださいと!」
え、宿題したら脱走して良いの?それおかしくない?
「う、うるさい!私は姫とハネムーンへ行くのだ!」
「行かせませんよ!!というか野薔薇嬢は結婚なんてさせませんよ!」
「そうだよー野薔薇ちゃんは一生清い女の子でいるんだからねー」
「え」
にゃははと笑うスターチスにバレットさんが「うんうん」と頷く。…え?私結婚できないの?
「……結婚、できないの?」
「「えっ」」
そう聞けば、何故かスターチスとバレットさんが驚いていた。『え?何言ってんの?』的な視線。…こっちがえ?だよ?
「…の、野薔薇ちゃん…?な、何言ってるの…?」
「だって…結婚出来ないって…」
「も、もしかして誰かと約束してる…?」
ガクガクブルブル震えるスターチス。…そう言われると思い出すのは…。
「先生」
「…はい?」
「先生と約束してる」
うん、先生と口約束した。
この前に先生とお話している時、先生が「ジェクチィ」って言う結婚雑誌を持ってきて、「野薔薇ァ~どのドレスが良いデスかァ?」なんて言ってくるから、適当に「これ」って指差したら、先生が「野薔薇が結婚出来る齢になったらプレゼントしますねェ!」なんてかなりテンション高めに言ってたから。きっと先生は娘である私の結婚式の時にそのドレスくれるんだ!って思った。やったぁ、ドレス代が浮く!
「…俺、ちょっとマジで引くわぁ…クロユリさん怖いわぁ…」
「前から変な奴だとは思っていたが…まさかそこまでとはな…」
ゴミ虫を見るみたいな目で遠くを見つめるスターチスとバレットさん。…何か先生の評価が下がっている様な…。
結局、セレナちゃんはバレットさんに戻され、私はスターチスによって部屋に戻された。
……まぁ、その後もセレナちゃんは脱走をしては私を連れ出そうとするんだけどね!
・セレナ
この時は零児と出会う数日前。幼い頃から騎士に憧れ、故に自分だけの姫を探していたが、野薔薇にある意味一目惚れし、以来自分は彼女を守る騎士だと思い込んでいるポンコツ姫ならぬポンコツ騎士。
その後も度々脱走しては野薔薇と共に逃避行しようとしている。
・バレット
苦労人。この作品では3年程前に従者ではなく、あくまで監視員としてセレナの傍にいた。野薔薇隊のモモ&トトはかつての教え子であり、アカデミアではユーリに次いで野薔薇隊と交流の深い人物。見た目はごついが、結構オカン体質。野薔薇を「野薔薇嬢」と呼び、娘の様に思っている説あり。