今日は待ちに待った次元移動テスト。今、私は先生の研究室にいます。色んな場所に伸びた大量のコード、よく分からないグラフが出てる画面、スイッチとか、明らかにここ研究室ですよって部屋だ。ただ先生がよく飲むブラックコーヒーの香ばしい匂いがする。それが何だかミスマッチだ。
「くひひ…野薔薇ァ…準備してきますのでちょーっとだけ待っててくださいネ…」
今日も素敵なブキミースマイルの先生は『あ、これに着替えておいてね』と言って、私に服を渡すとそのまま準備室へと消えていった。渡された服は見慣れた野薔薇隊の制服。青地に金色のラインが特徴的な服。女子用制服は上は男子用と同じブレザー。スカートに関しては自由、と言うか選べる。この前はミニスカだったけど、今回は際どいスリットが入ったロンスカだ。…後もう少しスリットが入ってたらパンツ見えてた。危ない危ない。
作ったのは先生で、曰く衝撃も吸収する特殊素材で炎で焼かれない限り破れないとか。…ワァ、カガクッテスゴイ。
取りあえず今着ている服を脱いで、シャツ着て、スパッツ履いて、ブレザー羽織りーの、ボタン閉めーの、ロンスカ履きーの、ニーソ履きーの。…よし、おっけー。
と、着終えたタイミングで先生が準備室から戻ってきた。
「あ、着れましたネ」
「はい」
「そしたらデュエルディスクにデッキのセットをお願いしますゥ。それが終わったら、装置の方にお願いしまス」
先生の指差す先にはカプセル型になった次元移動装置。言われた通りにデッキをセットして、装置の中に入っていく。中は思ったよりも広いから圧迫感がない。ちょっと安心。
「では実験開始しますよォ。行先はデュエルコートです。あ、クズやろ…モモ達がもういますので安心ヲ」
今、クズ野郎共って言おうとしましたよね?ね?あ、そう言えば…。
スターチスって3年前から年、取ってない様な…?
「スイッチオ~ン」
ポチッとな。スイッチを押された後、キュイィイインッと機械の起動音が聞こえ始め、段々と浮遊感がやってくる。あ、この感じこの感じ。
【 ノ バ ラ 】
【 ワ ラ ワ ト ト モ ニ イ コ ウ 】
ぷつり、とそこで私の記憶は途絶えた。
バチンッ!
「ッ痛!」
私の手を弾いたキーボード。一瞬走った強い電気に思わず手を離す。だがそれよりも今は、あの子の方が心配だ。
「野薔薇!?」
私の背後にあるカプセル型次元移動装置を見れば、何故かそこに彼女はいなかった。私はあくまで起動スイッチを押しただけで、転送スイッチは押していない。だが彼女はそこにいない。もしやと思い、耳に入れた無線のスイッチを入れる。
「スターチス!聞こえますカ!?」
【え、クロユリさん?どうかしましたか?】
「そちらに野薔薇はいますカ!?」
縋る気分だった。もしもそっちにいればすぐに迎えに行ける筈だ。――― しかし
【野薔薇ちゃん?来てませんよ?】
現実は非情だった。
「ッ装置が不具合を起こし、私の野薔薇が消えました!今すぐアカデミア中を探しなさい!!」
【ッ了解!】
ブツリと切れた無線。流石はスターチス。冷静な男だ。これがモモやトトだったら、私を問い詰めて時間がかかる筈だ。最年長は伊達ではない。
ガチャガチャガチャとキーボードを操作して、野薔薇の生体反応を確認する。デュエルディスクには装着している人物の生体反応を察知できる機能が備わっている。故に野薔薇がこの次元にいるならば、それが確認出来る筈。
――― この次元にいるならば、の話だが
「…反応が…ない…!?」
ない。何度反応を探しても出てくるのは『NO DATA』と言う忌々しい文字だけ。ふと、頭に過ったのは結論。それは――――
「まさか…別次元に飛ばされた…!?」
※
赤馬零児には忘れられない思い出がある。それは今から3年前の事。父の研究室にあった次元移動装置を使って、融合次元のアカデミアに迷い込んでしまった時だった。どこかも分からず、ただ長い廊下を歩いている時に、零児は1つの扉を見つけた。
「…この扉は…?」
薔薇の模様が彫られたアンティーク調の扉。それが何故か気になって、零児はドアノブへと手を伸ばし、掴んだ。
「…っ」
ドキドキと高鳴る胸を押さえつつ、零児はドアノブを、回した。
ガチャリ、キィ…意外と簡単に開いたその扉を押すと、部屋の中が見えた。中は暗かったが、扉を開けた事で光が入り、照らされ、零児の目に入ってきたのは金色の長い髪だった。中に誰かいたのか。驚く零児に扉が開いた事に気付いた金髪の人物は振り返った。
相手の顔を見た瞬間、零児は目を見開いた。
「だぁれ?」
鈴を転がした様な可愛らしい声。振り返った人物は例えるなら『生きた人形』の様な少女だった。大きな青い瞳には生気がなく、左目に巻かれた包帯が痛々しい。それでも浮世離れした雰囲気を持ち、ゾッとする程整った顔立ちをしていた。ぺたんと床に座り、こてりと首を傾げる仕草は可愛らしいが、零児はそれどころではなかった。
「き、君は…?」
「…野薔薇…」
名前を呟いた。だがそれが問題ではない。
「何でこんな部屋にいるの…?」
そう、それだ。何故こんな悪趣味な部屋にいるのだろうか。部屋の中はジャングルの様だった。天井から床全部に至るまでギチギチに伸びた太い木の根がその部屋にはあった。電気も家具もない。一見不気味にさえ思えるこの部屋と呼べるのかも分からない場所で、ぽつりといる野薔薇が不思議にしか思えなかった。
しかし野薔薇は、
「何でこんな部屋にいるの?」
零児の言葉を復唱した。目を丸くする零児に野薔薇は右に左に首を横に倒す。その仕草がメトロノームの様に見えた。まるで幼子だ。何も知らない幼子。生気のない目はずっと零児に向けられており、子供が何かを観察する様な目だ。服は女の子なら喜びそうな、ふわふわの白レースをたっぷり使った黄緑色の甘いロリータワンピース。
零児の目には段々と野薔薇が幼子にしか見えなくなってきた。小柄な見た目よりもずっと精神年齢は下なんだろう。そう考えて、零児は一歩を踏み出した。サクッと芝生を踏んだような音がした。
一歩、また一歩進み、野薔薇の手前まで来ると、零児は片膝をついて、彼女の白い手袋に包まれた両手を取った。
「僕は赤馬零児」
「れーじ?」
「れ、い、じ」
「れ…い…じ…?」
「そう、零児」
「れいじ」
幼い子供に教える様に名前を教えれば野薔薇はそれを復唱した。間違いない、彼女の精神年齢は見た目よりも相当低いと零児は確信した。そうとなれば、なるべく穏やかに微笑み、なるべく優しい声色で話す。
「どうして、君はこの部屋にいるの?」
「…ここ、野薔薇のお部屋」
野薔薇の言葉に零児は思わず「お部屋?」と聞き返すと、彼女はこくんと頷いた。
「先生とプロフェッサーが、くれたお部屋」
「先生とプロフェッサー?それって誰の事かな?名前は分かる?」
「クロユリ先生と…零王様…」
「!」
零王。その名前に聞き覚えがあった。何故ならその名前は父親の名前だったからだ。ここに父はいるのかと思った零児は1つの考えを彼女にぶつけて見た。
「ねぇ、野薔薇ちゃん」
「なぁに?」
「プロフェッサーのお部屋に案内してくれる?僕、その人に用事があるんだ」
正直今穏やかに微笑んでいるかは不安だが、なるべく優しく話しかける。すると、野薔薇はふるふると首を横に振った。
「案内…出来ない…」
「どうして?お部屋、分からない?」
「違うの」
「じゃあどうして?」
と、問えば野薔薇は呟いた。
「…野薔薇、おへやからでられない…」
「えっ?」
「野薔薇…びょーきなの。お部屋から出たら、死んじゃうって先生が…」
びょーき…病気?何の病気だろう。悲しそうな声色で話した野薔薇に零児は困り果てた。病気ならばしょうがないと諦めた時、ふと目に黒い物が入ってきた。
「ん?」
それは野薔薇の細い左手首に巻かれたチョーカーだった。零児が彼女の両手を取っていた事で気づけた。白い手袋に隠れる様に巻かれたチョーカー。何故かそれが気になった。
「…野薔薇ちゃん。手袋外しても良い?」
「良いよ?」
するすると左手袋を外す。そして左手首に巻かれたチョーカーをジッと見る。一見普通のチョーカーだ。…一見すればだが。
「!」
すると零児は後ろを振り向いた。自分が入ってきた扉の上。そこに黒い箱の様な物が張り付いていた。チカチカと赤いランプが点滅している。
「(チョーカー…それにあれは…)」
この2つを繋ぎ合わせて、零児はある結論に至った。
「(センサーか)」
なるほど。彼女が扉の外に出れば即座に知らせる物か。零児の観察眼が鋭かった。何故こんな幼い少女にこんな物をと思った瞬間、野薔薇は呟いた。
「…ねぇ、お外ってどんな感じ?」
「えっ?」
野薔薇の方へ顔を戻すと、野薔薇はハイライトのない目で零児を見つめていた。思わずドキリとしてしまう。
「海ってしょっぱいの?青空は綺麗なの?鳥は鳴くの?人がたくさんいるの?」
「ちょ、ちょっと待って!」
ストップをかければ野薔薇はしゅんと落ち込んだ(様に見えた)。まさかと思い、零児が言った。
「…外、言った事ないの?」
「ない」
即答。ガンッと頭に重たい錘が振ってきた様なショックだった。
「野薔薇、お外行きたいけど…びょーきだから行っちゃダメって先生とプロフェッサーが言うの」
嘘だ。それが嘘だ。零児は理解した。彼女は嘘をつかれていると。病気は恐らく嘘。何かしらの理由で彼女をここに閉じ込めているだけだ。
――― 何も知らない、世界すら知らない無垢過ぎる少女を。
「(連れていなかきゃ)」
その思いだけが零児を動かした。
「ちょっと…ごめんね!」
「きゃっ」
衝動的に零児は彼女を姫抱きで抱き上げた。そして扉を目指して、そこを潜った。
「あ、お部屋出ちゃ…」
「大丈夫!僕がいるから!」
父さんは何をやっているんだ!もう父に対して怒りしか湧かないし、センサーが反応する事も気にしなかった。すると抱き上げられた野薔薇はふいに呟いた。
「…空だ…!」
長い廊下の窓は全面ガラス張りで、外の様子が見える。それを見て野薔薇は初めてそこで嬉しそうに、笑った。今、外の天気は曇りだが、それでも彼女にとっては初めて見た空だった。
「今は曇っているけど!青空はもっときれいだよ!海だってしょっぱいし、鳥も人もたくさんいる!もっと綺麗な物教えてあげる!」
「本当…?」
「本当!」
長い廊下をただただ走りながら、零児は言った。少しだけ嬉しそうに微笑む彼女を見て、嬉しかった。
「何野薔薇ちゃんを連れ出してんだ、坊主」
底冷えする様な、低い声さえなければ。その瞬間、腕の中の温度と重さが消えた。
「野薔薇ちゃん!?」
慌てて周りを見て、野薔薇を探すが見当たらない。どこ!?
「こっちだよ」
バッ!と後ろを振り返ればそこには1人の青年と彼に抱えられた野薔薇がいた。青年は15歳くらいに見え、穏やかそうな目を思いっきり吊り上げていた。
「野薔薇ちゃん!」
「お前、誰だ。うちの生徒じゃないな」
ジロリと睨む青年に抱えられた彼女はくたりとしていた。寝ているのだろうか、気絶しているのだろうか。どちらかは分からない。
「彼女を離せ!」
「泥棒坊主に渡す義理はないね。まったく…野薔薇ちゃんが変な事覚えたら大変じゃないか」
「何を言っているんだ!彼女を閉じ込めている癖に!」
「この子の為だ。何も知らないガキの癖に…。んじゃ、取りあえずさよなら」
「返せ!」
ひらひらと手を振って、去ろうとする青年を捕まえようと零児は一歩踏み出したが、1回瞬きをした瞬間に彼と野薔薇は消えていた。
「…消えた…!?」
その直後、彼はセレナと出会い、父と再会し、彼の野望を聞く事になる。
以来、3年間彼は野薔薇の事を忘れた事はない。自分がまだ幼く非力だった事と何も知らずにアカデミアに行ってしまった事が、愚かだった。
――― だが同じ相手に2度も敗北はしない。
救わなければならない。ここを含めた3つの次元を。何も知らなかった彼女を。交わした約束は破らない。ただもう一度、あの小さな微笑みを。
「社長!別次元からの反応です!」
「何だと…」
思い出に浸っていた時に聞こえてきたオペレーターの声に零児は現実に戻った。しかも内容は別次元からの反応。もしやアカデミアか。だが、そうだとしたら自分のプランが狂う。
「防犯カメラに映像あります!」
「出せ」
「はい!」
ブォンッとモニターに出たのは舞網市の路地裏だろうか。何故防犯カメラがあるのかは不明だが好都合。映し出された映像に光が現れ、それが段々と薄れていき、そして光の中から現れたのは―――
―――― あの金髪だった
ガタッ!
突然立ち上がった零児に近くにいた側近の中島が驚く。
「しゃ、社長…?」
恐る恐る声をかけるが、彼は何も返さなかった。モニターには光が治まり、誰かが地面に倒れた。
「…野薔薇」
零児はそう呟いた。
「中島」
「はっ」
「車を出せ。今すぐだ。彼女を回収する」
「はっ!」
側近である彼はいつだって零児に忠実だ。例え突然立ち上がって、声をかけて反応しなくても、彼の指示ならばすぐに動く。中島が出て行った後、零児は薄らと笑った。
「…まさか君から会いに来てくれるとはな…」
彼が歪んだ笑みを浮かべた事を、誰も気づきはしなかった。
・スターチス
今回にて3年前から容姿が変わっていない事が判明し、謎に包まれた自称「忍者の末裔」。
・赤馬零児
3年前の次元装置事故で偶然アカデミアに来ちゃったボーイ。野薔薇と出会い、彼女に外の世界を見せると約束するも、スターチスによって失敗し、以来3年間苦い思いをして過ごす。しかし3年後、まさかの再会を果たすこととなる。