───天童菊之丞が言っていた言葉だ。
どんな巨大な生物や隙がない最強の兵器と呼ばれるものにも必ず弱点が存在すると。戦いながら獲物の弱点を探れ、と。
奴がそれを話した次の日。
ガストレアに片腕と片脚、そして片目を食い潰された。為す術なく人体の一部を失った時、奴が言った言葉は心配するものではなかった。
『───その傷みを糧に強くなれ、
これは奴なりの叱咤激励だったのだろう。勿論、当時の集に、奴の言葉の真意など分からなかったのだが、それと同時に心に決めたのだ。
『───強くなる、ああ強くなってやるさ!』
そのためなら自分の体がどうなってもいい。
だから先生からの『新人類創造計画』を受けた。サイボーグになり、ようやく誰かを救える。そう思っていた。
だが、現実は思っていたほど生易しいものではなかった。
───誰かを救った気になっていたに過ぎなかったのだ。その現実を見せつけられた時には何もかもが手遅れだった。
「次はどいつが俺の相手だ」
強化外骨格の一人が、地面に倒れ込むと、辺りに霧が立ちこみ、視界が僅かに悪くなる中、強化外骨格たちの動きが変わるのがわかる。
訝しげに目を細めながらも、手招きをして攻撃を促す。
「───ッ、掛かって来やがれ」
霧は晴れるどころかどんどんと濃くなって行ったが、兵士たちの様子が変わったのは目視できた。
目の前に立つのは、先程と同じく機械の鎧をまとった兵士たち。黒いヘルメットをかぶり、バイザーの間から覗く、白い瞳───
それらの特徴だけ挙げれば、気味の悪いコスプレ集団さと思うかもしれないが、目の前の兵士たちはそんな表現では足りないくらいに、あまりにも
───『
痛ましい人体実験の末に生まれた負の産物。
だが目の前に佇むこの兵士たちは先程の強化外骨格とは何かが違っていて。
「───どうなって、いるんだ……?」
集の言葉に反応するかのように、強化外骨格の一人が動く。
「───早いっ!!」
どうにか、一人の強化外骨格の動きを受け止めると、別の強化外骨格が跳躍、集に向かって降ってくる。手にはいつ取り出したのかわからない黒い刃のナイフが握られていた。
「……っ!!」
鈍色に光る剣尖が集の右腕を浅く抉った。
痛みに顔を顰めている間に、別の敵が攻撃態勢に入る。
肺に溜まった空気を無理矢理吐き出し、気息を整える。
どこからか冷たい風が吹き寄せ、腕から滴る血が地面に落下する。
「……!」
凄まじい気迫と共に、兵士が大地を蹴った。人間の速度を遥かに上回る速度で、ナイフが鋭い弧を描いて集の懐に飛び込んでくる。
人間離れした突進技。しかし、集はその攻撃を防いでいた。
「……速さは大したもんだよ。けどな、その程度の速度なら先生の作った義肢の方が使えるぜ」
ナイフをシェンフィールドXDで受け流し、制服が切れるのを感じながら、相手の足を踏みつける。
「───天童式戦闘術三の型九番」
足を踏みつけることによって衝撃を後方へ逃がさないようにする。勢いをつけた体当たりを強化外骨格の硬い肉体にぶつける。
「
強化外骨格から鈍い悲鳴が漏れる。
しかし、ここで終わる訳には行かない。多少ダメージを与えただけでは、強化外骨格は動く。
「
天童式戦闘術一の型十五番。下から突き上げるように繰り出したアッパーカットが強化外骨格の顎に炸裂する。
上体が浮かび上がり、その動きを僅かに止めるのを集は見逃さなかった。
「隠禅・
天童式戦闘術二の型四番。 大きく片足を上げて繰り出す踵落とし強化外骨格の頭部に叩き込み、大きくへこむのを確認する。
「───!!」
強化外骨格は集を睨むや否や、怒りの雄叫びを上げるとともにそのナイフを高々と振りかぶった。
「───遅せぇよ」
ナイフが集に辿り着く前に、二回の連続の蹴りが強化外骨格の首を捉え、首の骨が折れるのを感じた。天童式戦闘術二の型十四番、
断末魔を振りまきながら真後ろに仰け反っていく
「……これで、二体目───か」
詰めていた息を吐き出し、残りの兵士を睨む。
───その数、実に五。
「強化外骨格に二度も同じ技は通用しない……」
逃げ出したくなるような緊張感の中、集は、天童式戦闘術の一つ水天一碧の構えを取る。
「義眼、解放」
コンタクトレンズ型二一式黒膂石義眼から流れる視神経にピリピリと電流が流れるのを感じる。
思考のオーバクロックにより戦闘時は体感時間を一五〇〇から二〇〇〇倍まで伸ばすことが出来るが、その分、脳と目に掛かる負担が大きい。無理を言ってアップデートを重ね、負荷を軽くしているが完成系には程遠いだろう。
「……」
強化外骨格が、動く。沈みこんだ体勢から一気に飛び出し、人間業では到底、考えられないような速さで滑空するように突き進む。
集の目前で強化外骨格が体を捻り、ナイフを左斜め上から叩きつけてくる。シェンフィールドXDで攻撃を受け流し、その際に激しい火花が散る。が、攻撃はそれで終わらない。右から遅れて集の顔に目がけてナイフが滑り込む。
「……ぐっ」
脇腹に直撃する前に横に跳躍して、余勢で距離を取り、体勢を立て直す。
もし、義眼を発動させていなればどうなっていたか。あまり考えたくない。
畳み掛けるように強化外骨格が突撃してくる。
咄嗟にシェンフィールドXDを掲げ、ガードする。激しい衝撃が全身を叩き、数メートル吹き飛ばされる。右手を床について転倒をなんとか防ぎ、空中で一回転して着地する。
「……カートリッジによる加速。それがないのにこんな化け物と戦うのは骨が折れる」
強化外骨格は集に隙を与えまいと、再度超スピードで距離を詰める。ナイフを持つ右腕が何重もの幻影を作りながら頬を掠めた。
集は身を投げ出すように後ろへ跳ぶとシェンフィールドXDにあらかじめ込めておいた、赤い銃弾を強化外骨格向けて放つ。
「……っ!うお……らぁッ!!」
銃声とともに、赤い銃弾が強化外骨格の右膝を貫く。
瞬間、炸裂音が轟き、更に数メートル後ろまで転がるように吹き飛ばされる。背中を地面に何度も打ち付けながら減速する。
「……背中が傷だらけになっている気がして見たくないが───」
強化外骨格特有の分厚い装甲はレールガンでないと貫通するに至らないだろうが、それでも攻撃が通った自信があった。
「───お前よりは……マシだろう。そうだよな?」
右脚が吹き飛び、臓器がぶちまけられた強化外骨格がそこに倒れていた。
「……残り、四」
先程放ったのは最近、先生から渡された銃弾だった。今の赤い銃弾は全部で十種類渡された特殊弾の内の一つである。
───『
中に火薬が詰められた銃弾で、外からの衝撃を受けると半径一メートルが爆発する仕組みになっている。
常に携帯していている武具の一つで、奥の手の一つでもある。
「……あの体勢から当たるとは思わなかったな」
射撃は得意分野ではないが、義眼による演算で何とか攻撃が通ったのだろう。集は安堵の息を吐きながら、立ち上がった。
「───今度はこっちから行かせてもらう」
地面を蹴る。強化外骨格もナイフを構え直し、間合いを詰めてくる。
俺の拳が強化外骨格の一体に当たる───
───その時、集の腹を鈍い振動が貫いた。
「───がっ!?」
鋭い痛みが生じ、視界に血がしぶく。思わぬ激痛に意識が遠くなりそうになる。
「……焔火扇!」
集の放った拳を強化外骨格が避ける。小比奈以来の腹に走る激痛に顔を歪めながら、腹を抑える。
「ぐ……!」
唸りながら、大きく息を吸う。新たな傷口から鮮血が飛び散る。あまりの激痛に、意識が一瞬で飛びそうになる。
「───!」
声にならい声に顔を上げると、強化外骨格たちが虚ろな相貌を歪め、笑っていた。
───いや、これは笑いではない。
思わず毒づく。目元はまるで動いていないし、死人のように白い目玉も微動だにしない。不気味さがさらに増し、集は唾を飲み込んだ。
後方へ跳躍、思わず距離を取る。
強化外骨格たちは両腕をゆっくり体の前に交差させると、力を溜めるような仕草を見せた。霧が厚みを増し、一層濃くなる。
「───!!」
強烈な気合いとともに、腕が開かれた。
機械の鎧が吹き飛ぶ。黒い霧が強化外骨格たちの体に纏わり、濃度を増していき、兵士服が、蠢く闇色の薄布に変わる。
「……お前らは!」
ここで強化外骨格兵が司馬重工の人間でないことに気づいた。GHQ特有の白い兵士服。彼らは司馬重工の人間ではなく、葬儀社の天敵だった。
GHQの兵士たちの両眼は、完全に人のそれではなくなっていた。眼窩には青白い光が満たされている。
この姿はまさしく───
人の魂を喰らい、奪い去る心無き者。このようなイメージを持つ存在に対し、どんな攻撃が有効だというのか。
俺はその化け物の姿から視線を外し、索敵モードで後方を走っているであろう谷尋を確認した。まだ、目的地にはついていない。集が指定した『B-4-6地点』まで到着するにはあと数分は掛かるだろう。
たったそれだけの時間を稼げるかどうか、確信することが出来なくなっている。
「……けど、やるしかねえ」
腹に走る激痛に顔を歪めながら、腰を落として百載無窮の構えを取る。
「……ぐっ」
血の咳が口から漏れ、構えが崩れる。
───別に、油断したわけではなかった。
相手との戦いは別に初めてではないし、何度もシュミレーションも受けてきた。敵が初見殺しな攻撃をしてこようと、受け流せる絶対の自信があった。だが、目の前の、GHQの兵士たちは集はの予想を遥かに超えていた。
なかなか即座には呑み込み難いが、つまるところ、すべて俺が僅かにでも慢心した結果だったのだ。その僅かな慢心が腹を刺され、彼らを強化外骨格ではないゾンビ兵に進化させてしまった。
「……っ」
意識がブレ、体が僅かに揺れる。
その仕草を隙と見たか、GHQ兵たちは動いた。
その身をゆらりと前傾させるや、地面を滑走するかの如く、俺が取った距離を瞬時に詰める。手のひらから取り出したブルホーンの銃口を俺に向け、引金を引く。
義眼から銃弾の軌道が予測されるが、対応が遅れ、集の右肩を貫いた。
「ぐっ……!」
死神の双眸が青白く光る。マスクに隠れた口から息が漏れる。
死人のように感情のない瞳で集を睨み、横に蹴り飛ばした。数メートル先のコンテナに激突し、口から酸素と血が吐き出される。身体の骨が悲鳴を上げる。
「……畜生。反則だろ、それ───」
血の色が混じった唾を吐き捨て、目前に突撃してくるGHQ兵を横に転がって、回避する。転がった先にGHQの兵士が現れ、集を蹴り飛ばす。吹き飛ばされ、近くのコンテナまで吹き飛ばされた。
集は血の泡を吐きながら、発砲しながら逃走に移る。
一発撃つことに反動が傷に障り意識が飛びそうな激痛が走るが、歯を食いしばりとにかく走りながらろくに狙いをつけずに撃ちまくる。
だが、焦る思考とは裏腹に、その足取りは非常に緩慢だった。視界が滲む。血液が体外に放出され体温がなくなって行く。さむい、こごえそうだ。
腹を抑えながら、歩くと開けた場所に出る。
そこは、荒々しく波が打ちつける海だった。とても泳いで逃げれる流れではない。突端に立ち、ゆっくり振り返るとGHQとシェンフィールドの銃口がこちらを見ていた。
ザザーン、と小うるさい波の音が耳朶を叩く。集は瞳を閉じた。谷尋、逃げろ。いのりさん、約束は守れそうにない。
「……地獄に、落ちやがれ」
シェンフィールドの射撃が集の胸、腹、腿を問わず小さな穴を開けた。
拳銃を握ったまま、集は上体をゆっくりと崩した。暗転する視界の端で、GHQの兵士たちは笑っていた。
着水した集の身体を、荒れた波が恐ろしい勢いで攫って行った。
✧
予想外の力を手に入れたことに歓喜するGHQの兵士たち。このまま行けば、組織のトップに立てるかもしれない───そう思っていた時だった。
プラチナブロンドの髪を風に靡かせ、機械の鎧を見に纏った青年が彼らの前に立ち塞がった。
「……目標の喪失。余計なことをしてくれたな」
青年は小さくつぶやくと、手を大きく開いた。何も無い空間から青年の身の丈四分の三ほどのアタッシュケースが現れ、地面に落下する。
落下の衝突と共に、飛び出してくる一振の刀。青年をそれの柄を掴むと、GHQの兵士たちに向けた。
「It's a massacre」
青年がそう呟くと同時に抜刀。赤い雷が地面を抉った。
大地を蹴り上げ、GHQの兵士たちに刀を振り下ろす。銃を盾にして防ごうとするも、銃ごと切り裂かれて頭を両断される。
───斬!
という擬音が聞こえてきた気がした。
一斉に掛かれば倒せる、そう考えた兵士たちは四方八方から青年に襲い掛かる。しかし、青年は刀を一周させると、兵士たちの首を一気に切り飛ばした。
集が手こずった相手をものの数秒で倒した青年は、頭部につけれた無線で電波を飛ばした。しばらくして、応答が返ってくる。
『もう倒したんか?』
「最悪の事態だ。ターゲット、桜満集が海に沈んで行った」
『はあ!?見逃したんか!?』
「俺が到着した時にはな。今から行って間に合うかはわからん。この波だ。遠いどこかに運ばれてもおかしくない」
『……』
「だが、とりあえず捜索はしておこう。手遅れだろうがな」
そう言って青年は数時間ほど集をこまなく探したが、彼の姿はどこにも無かった。
【描写の変更】
集は海に沈んでいきました。
救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)
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必要
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不必要