これからepisode27までを書き換えていきたいなと思いますのでよろしくお願いします。
最初に聞こえてきたのは波の打ちつける音だった。
なにか、とても柔らかいものに包まれている。暖かくて心地よい。
薬くさい刺激臭が鼻の粘膜を刺す。瞼の裏に仄かにだが光を感じる。口の中に、塩辛い感覚が残っていて顔を顰めた。
沼の底から這い出るように意識が覚醒していった。まだ、自分が意識を保っていることに驚きを隠せない。
目を開けようとするが瞼が重く、何度か細かく目を瞬かせる。しばらくすると木造の天井がぼんやりと見えてきた。
「起きたか、坊主」
視界に見知らぬ青年の顔が映りこんだ。緑のツナギに袖を通し、その蒼く輝く隻眼の瞳で集を見下ろしていた。
茶金の髪が陽を反射して黄金に見えた。
「……あんた、は?」
出来るだけ警戒心を高めて言う。しかし、今の集からは弱々しい声しか出ていないだろう。青年は一言「お節介焼きのオッサン」でいいと答える。
「ここはどこだ……天国か、何かか?」
青年は顔を横に振り、真顔で答えた。
「残念だが、まだ地獄だぞ。冗句が言えるということは元気はあるみたいだな」
冗句は心の緩衝材になるからな、と言いながら青年はサイドテーブルに置かれた林檎を手に取ると集に差し出す。
「喰うか?」
「いや、いい。なんにも食べてないはずなのに、あんま腹が空いてねぇんだ……それに怪我人に丸ごと渡す奴があるかよ」
億劫がる身体に命令して首を窓の外に向けると、眩いほどの陽が照らしていた。
集は青年の方を振り返った。
「……俺は、どれくらい寝ていたんだ?」
「丸一日と半日だな。大手術だったぞ、坊主。一体どんな暮らしを送っていたら体に何発も銃弾をぶち込まれる?」
「GHQは六本木に訪れた人間を躊躇い無く撃つからな、仕方ないんだよ」
青年は林檎を丸かじりしながら垂れた汁を右手に嵌められたグローブで拭う。
無理やり上半身を起こそうとすると青年が「止めておけ」と制するが、集は首を振ると、もう止めなかった。四肢があることを確認し、そっと左目に触れた。
コンタクトレンズ型二一式
「本当は絶対安静なのだが。まあいいだろう」
「……あの荒波だ。本当なら、海の藻屑になっているか、愉快なオブジェになっているはずの俺をどうやって見つけたんだよ?」
「これだ」
そう言って青年は集の持っていた拳銃をベッドの上に置いた。スライドストップが上がりスライドにロックがかかっている。
「海辺にこいつが落ちていてな。まさかと思って近くを探索したら血だらけのお前が打ち上げられていた」
ようやく自分が生きている理由に合点がいった。集は掌を開閉して異常がないことを確認する。ふと青年が集の顔を見ていることに気づいた。
「……なんだよ」
「───お前、葬儀社か」
「……なっ」
突然の青年の言葉に息を呑む集。
「テレビでお前のような坊主を見かけたことがある」
「……もし俺がその葬儀社の一員だったらあんたどうするんだよ?」
青年は何もしないさ、と呟くと鋭い眼光で集を見つめる。
「お前が寝ている間に沢山の事があった。そうだな、何から話すか」
青年は顎鬚を撫でながら口元を吊り上げた。
「羽田で大きなパンデミックが起こるらしい」
「まさか涯たちが?」
「さあな。そこで『はじまりの石』とやらの奪還作戦を行うそうだ」
「『はじまりの石』───っ!?」
耳障りな歌が集を貫いたのである。
集は何が起きたのか理解出来なかった。掌がじっくりと汗をかいている。
青年は窓の外に視線を向けると、舌打ちをした。
「───始まったか」
突然ズンとした重みが集と青年を襲う。重力が増えたかのような感覚に目眩がした。首を窓の外に向けると、波打つように空が歪んでいた。
その時、青年の携帯が鳴った。よく見ると、それは集のものであった。着メロはベートーベンの『交響曲第9番』。
青年は二言三言喋った後にこちらに電話を放ってきた。
『……蓮太郎さん、私です』
集は驚いて、束の間、携帯電話をマジマジと見た。
「癒愛か。何があった」
『『はじまりの石奪還作戦』が始まりました……地獄絵図です。そして一つ。申し訳ないですが、蓮太郎さんはこちらには来ないでください』
「なッ───なに言ってやがるッ!?」
『蓮太郎さんが来れば状況は大きく変わるでしょう。けれど、私は蓮太郎さんに死んで欲しくない。耐えられません、大好きな蓮太郎さんが私の前で死ぬのは』
「なんでだ……どうしてそんなことを言うんだ!」
『愛しているからですよ。言わせないでください』
集は大きく息を吐いた。
「───巫山戯んな!絶対に行くからな!待ってろよ!!」
集は通話を切って青年に携帯を投げ渡した。青年はこれお前のだぞ、と言うと集に投げ渡す。
腕が引っ張られるような感触がしてそちらを見ると、枕元にはバイタルの数値が表示されていた。警報が鳴るのを覚悟しながら一本ずつ体から針や電極を取り去って行った。
傷口に触れると激痛に眉を顰めたが、何とか行ける。王の力が回復を早めているからだろう。傷口はもう既に塞がり始めているし、無理さえしなければ動ける。
棚の上に予備の服が置いてあり、それに手を伸ばすと目を丸くした。
ブラックスーツそっくりの制服。間違いない、集が蓮太郎の時に着ていた服装だ。青年に目を向けるとゆっくりと頷いた。
「あの制服は穴だらけでもう使いもんにならないだろう。俺には着れないからな、そいつはくれてやる」
青年の言葉に頷くと、集は制服の襟を直し、ネクタイを締める。首周りがなんだかむず痒かった。
「行くのか坊主」
「……ああ」
「勝てるのか」
「勝たなきゃ駄目なんだよ」
「死ぬかもしれんぞ」
「覚悟の上だ」
青年は方目を閉じて馬鹿らしいと言わんばかりに笑った。
「死ぬかもしれないのに戦場に向かう。飛んだ大馬鹿者だな、坊主」
「うるせえな、俺は───」
「いやいい。そういう命知らずの大馬鹿者は一度見たことあるが……なかなか見ていて嫌いじゃない」
青年は着いてこい、と言うと集を格納庫まで連れてきた。
目の前に鎮座する軍用者を睥睨する。
青年は格納庫に辿り着くなり、大判の買い物袋を投げ渡した。集はたたらを踏みつつ受け乗り、そして中身を見て驚いた。
「必要になりそうなものは全部入れておいた。これで足りるか?」
「……十分すぎるくらいだ」
青年に感謝しつつ、ベルトに装着するタイプのウェストポーチとホルスターをつけて、ポーチに必要な各種器具を詰め、XDの銃身を消音器が取り付け出来るものに換装する。軽くジャンプしてみるが、重量の変化は感じない。
「……礼は言わねえぞ」
「要らん。言われたところで俺になんのメリットもないからな」
どういう意味だよと答えるも目の前の青年は何も答えない。
「───急いでいるんだろう?乗れ、最新の自動操縦機能がついているから、運転免許を持っていなくても運転できるはずだ」
「……何から何まですまない」
「そして飯だ。これはカロリーメイトと言ってこいつが中々───」
「知ってるよ」
「……そうか」
青年は残念そうに項垂れた。集が車に乗ると、車の人工知能が起動。勝手に発進し始める。
「───おい!?」
「行ってこい」
青年のそういう声が、背後から聞こえた。
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青年は集が寝ていたベッドに戻ると、少女がいた。青年は瞑すると、少女の肩にゆっくり手を置いた。
「あの坊主とやっぱり会っておきたかったんじゃないか。なぜ会わなかった」
「……」
少女はゆっくりと振り返る。プラチナブロンドの美しい髪が陽を反射してキラキラと光る。ドレスのような服装を身にまとった少女を青年見下ろす。
「お前があの坊主を拾ってきて、お前があの男を手術したってことを言えばよかっただろうが。俺はお前に言われた通り、あいつが装備していたものと同じ武装を奥から引っ張り出してきただけだ───ティナ」
少女は───ティナは青年にうっすらと微笑むと、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
「今はまだ……会うときではないので」
「そうか。片付けておけよ」
「はい」
ティナは頷くと、ベッドの上に置かれたパジャマなどを畳み始めた。
青年はポケットから葉巻を取り出すと、それに火をつけて一服する。
「───上手くやれよ、坊主。この世界の命運はお前にかかってる言っても過言ではない」
青年のその声は海風の中に消えていった。
アンケートやってます。期限は30話迄です。
救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)
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必要
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不必要