Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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【episode29】

 羽田空港に向かう道には濃い闇が下りていた。

 サングラスをかけてハンドルを握っているとはいえ、警察に捕まらないかヒヤヒヤとする。なんでこんなことをしているのだか。

 このまま車が羽田空港に着けば、戦闘開始である。生きるか、死ぬか。二択に分けられる。

 顔を上げると、血の気の悪い男の姿が窓に映し出されていた。

 

 ───どうして死ぬことばかりを考えるんだ。

 

 かつて、自分がとある少女に言った言葉が甦る。

 前は、愛した女性とパートナーを守るために。

 今は、自分の大事なものを守るために。

 

 車は十時交差点に差し掛かり、赤信号にゆっくり停車する。

 いつの間にか小雨が降っており、窓から見える景色を歪ませていた。

 集は嫌な予感がして、早く車が発進してくれるよう心から祈った。やがて祈りが通じたのか信号が青になり車が発進すると安堵の息を吐く。

 

 ───考えすぎか。

 

 一瞬目を閉じ、もう一度だけ、外に視線を写す。

 すぐ近くでほんの一瞬、なにかかま閃いた。

 それがマズルフラッシュだと認識した瞬間、集は後部座席に飛び込んだ。

 直後に激甚な厄災が襲い掛かってきた。

 ガラスの破砕音に甲高い急ブレーキ音に振りわまされ、そのまま車体が横に滑ってどこかの建物に衝突。集は為す術もなく車内にかかるGに振り回されドアに叩きつけられて、息が止まりそうになる。

 

 ───街中で、狙撃だとッ!?

 

 すぐにハッとして集は車を蹴破ると、車外に転がり出る。

 建物の中に入り込んだため、逃げ場がない。とにかく今は遮蔽物に身を隠す必要がある。

 手近な机に潜り込んだ直後に、爆裂音が鳴り響く。

 すぐ近くに爆発物があったのか凄まじい轟音と共に、あぶる熱波。周囲の一般人が悲鳴をあげパニックが伝染し、爆発衝撃波に制服を着た学生が転倒する。

 

「……制服を着た、学生?まさかッ!!」

 

 集は唖然としてその制服を見た。

 間違いない。この制服は天王州第一高校の制服で───集は奥歯を食いしばりながら外を見る。

 三発目。咄嗟に転倒した学生を守ろうとして痛恨の表情をうかべる。駄目だ、間に合わない。

 直撃弾であることを瞬時に悟り、ぎゅっと目を瞑る。

 直後に地面を抉る轟音となにかが吹き飛ばされる音が耳を刺激する。

 

 炎は踊り、風に舞う灰と血の仄い。燃え立つ炎は、黒煙を空に吐き出し続け、広がった狂躁は収まる気配がない。

 雨脚が強くなり、集の髪を濡らし頬を伝っていく。

 全身が濡れるのも構わず、集は目の前に佇むそれを睨み上げる。

 全長四メートル。ヘッドユニットに二門、ウォークユニットに一門搭載された機関銃。二足歩行で動くそれはエンドレイヴに酷似しているが、その正体が全くの別物であることを集は知っている。

 AI搭載汎用換装二足歩行戦機エンドレイヴ仕様。従来のエンドレイヴの遠隔操作とは違い、AIを搭載させた次世代型エンドレイヴ。葬儀社がGHQから盗み出した情報の中の一つにあった新兵器の情報だ。あの時はまだ開発段階と書いてあったが───

 

「……もう、完成していたのか……!」

 

 苦い声を出しながら集は銃を地面に向けて発泡する。背後で、生徒たちが一斉に止まる。

 

「止まるんじゃねえ、早く逃げやがれッ!!」

 

 情けない声で悲鳴を上げて、逃げ惑う生徒たち。何人かの教師は走りゆく生徒たちと、炎が近づきつつある校舎を交互に凝視している。逃げない人たちは、もう放っておくことにして、目の前の敵に意識を集中する。

 生徒たちを動かすことには成功したが、何せ数百人だ。全員が学校備え付けのシェルターに移動するにはまだ時間がかかる。しかし目の前の敵は今にも襲いかかろうとしていた。

 XD拳銃を再度発砲。集に視線を向けさせる。地面を駆け抜け、エンドレイヴに向けて拳銃を二度、三度と発砲しながら行動を開始する。人が寄り付かそうな映像研究部の旧校舎へと。機材はすべて壊れるだろうが、人の命に比べたら安いものだ。

 

「来い……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧校舎の広い広間。そこは映像研究部が部室代わりに使っている場所であり、高価な機材などが置いてある。エンドレイヴが壁を突破って中に入ると、異変を告げるアラームが鳴り響く。

 遅れて駆けつけた集は、扉を蹴破りながら中に突入した。

 

「はっ、見事に誘導されてやがる。戦闘システムはご立派かもしれねえが、それ以外は空っぽだな、お前」

 

 言いながら、集は腰を低くしていつでも動ける体勢を取る。

 炸裂音と共に、集は体を動かした。

 冷静にエンドレイヴの元まで駆け抜けると、拳銃で威嚇射撃を行う。素早く体をエンドレイヴの死角に移動させ、関節部に二回発泡して蹴る。動きが僅かに怯んだところで、跳躍、腕の関節部に粘着爆弾を引っつけて距離をとってから爆破させる。

 

「ただの人間だと思って侮ったな」

 

『二一式黒膂石義眼』。脳の思考回数を何千倍にも増幅(オーバークロック)する増倍(マルチプライヤー)が搭載されているため、見ている世界はゆっくりと流れる。

 勿論、体の動きまで早くなる訳では無いが、銃弾が発射される前なら無理だが、相手がトリガーを引き切るまでに弾道を予測して回避位置を見出すことはそれほど難しいことでは無いのだ。

 

 しかし、今の集は義眼ではなくそれを模したコンタクトレンズを装着しているので、強力な電気を視神経を通して直接脳を刺激する必要がある。そのため、集の視力は徐々にだが落ちており、もう落ちた視力は回復することは無いだろう、とまで言われている。

 

 ───だけど、と集は目を擦る。

 

 振り返り隻腕となったエンドレイヴを睨む。

 本当なら身を潜めながら戦うのが定石だろう。

 しかし、集はそうせず、息を吸い込み、震えながら吐く。

 猛烈なエンジン音に集は咄嗟に転がって避けると、たったいま集がいた位置を轢殺せんとうなりを上げてエンドレイヴが突進。

 

 武器はあの機関銃だけだったようだ。息を吐くと、集は敵を完全に排除するべく力強く一歩、足を踏みしめる。

 

「これで、最期だ───!」

 

 集が最後の一撃をエンドレイヴに繰り出そうとした時だった。

 

「───な、何してんだよ!?」

 

 第三者の声に集は思わず振り返った。

 見慣れた三人組に、最近知りあった一人。集は堪らず悲鳴を上げた。

 

「───何してやがる!?早く逃げろ!!」

 

 しかし、そんな集の絶叫も虚しく、エンドレイヴは五人組に標的を変えると、残った腕で照準を定めた。すると、掌が開き、中から銃口が現れる。

 銃口炎が閃いたかと思うと、高い音を立てて四人組に前に放たれる。

 

 その制度は壊滅的であった。しかし、演算機能(アリスメティック ファンクション)を破壊されたとしても、AIの機能が生きていれば微量調整すれば済む話だ。

 集の脊髄に必滅の銃弾が直撃する。体は床を何度もバウンドし、柱の一本に叩きつけられる。肋骨の断面が見え、臓器や腸が零れてくる。

 あまりの激痛に食いしばった歯が欠け、右視界が暗転する。

 気持ちの悪い音がしたと思ったら、血液が集の口からとめどなく溢れ、温かく胸を濡らしていた。

 

 重い目蓋を持ち上げて、エンドレイヴを睨むと、エンドレイヴは瀕死状態の集など目もくれず、颯太たちに照準を定めていた。

 鉄の匂いと火焔の匂いが混じり、酷い匂いを発している。背中から胸にかけて風穴が開き、まるでドーナツのようだ。

 もう、指一本動かせそうにない。

 集は静かに首を左右に振り、震える吐息を吐く。

 

 ───もう駄目だ。

 

 止まらない出血が、地面に広がっていく。

 痛みでのたうちまわりたいと言うのに、刻一刻と血が抜けているせいで体は重い。

 ここで死ぬのか。約束も果たせず。

 視界に霞みがかかり、徐々に意識が遠のいていく。

 暗い穴の底に吸い寄せられていく感覚。

 

 寒い。暗い。

 

 嗚呼、俺はここで死ぬのだろうか。

 

 その時、突如炸裂音がして、エンドレイヴは照準をそちらに変えた。

 

「集ッ!そんなところで死ぬんじゃねえぞ!!」

 

 そこには、いるはずのない谷尋が居て、集は声もなく驚愕した。

 なぜ谷尋がS&W M19*1を?

 一般市民である谷尋がそんな武器を持っているはずがない。いくら、裏ルートを使ったとしても手に入るのは精々3Dプリンターで作られた偽物だ。しかし、谷尋が手にしているのはどう見ても本物で───

 

「集!校條のヴォイドを使えッ!!」

 

 谷尋がそう言った刹那、祭の胸元が眩しく光る。

 千載一遇。これがラストチャンス。

 そうだ、負けるわけにはいかない。

 俺は、いのりさんを、涯を、そしてみんなを守ると決めたのだから。

 自分には死ぬよりも先にやるべきことがあるのだから───!

 

 最後の力を振り絞って、心配して駆け寄ってくる祭の胸元向けて手を伸ばす。風穴から夥しい量の血が吹き出し、地面をさらに汚していく。だが、構わない。

 

「───お前の……魂、もらう……ぞ……!」

 

 祭のヴォイドを引き抜くことに成功する。

 銀色の光を放ちながらその形をなていった。

 長く平らな形状をしており、柔らかく集の左腕の周りに浮遊していた。

 蛇腹状のこと以外を除けば、これは間違いなく───

 

 考えるよりも先に、集は行動に出ていた。

 それを傷口付近にまで移動させると、血がこぼれ、肉が盛り上がり、体温が失われ、骨が再構成され、細胞が死滅しながら再生する。

 集の体内は恐ろしい速度で死に、凄まじい速度で生き返る陰陽相克せし坩堝と化す。AGV試験管を突き刺した時のような痛みはなく、ゆっくりと痛みが引いていく。そして───

 

「───ああああああああああああッッッ!!!」

 

 集は絶叫しながら立ち上がる。下に溜まった血で滑りそうになり、何歩かたたらを踏む。視界が上下左右に激しく歪み、遠近感の方がした世界が集の視界に映る。直後、王の力が発動。目眩が次第にクリアになっていく。

 

「───義眼、解放」

 

 呟きと共に、解除されていた義眼を再起動させる。

 体が熱い、燃えるようだ。激しい頭痛に吐き気、悪心。どうして立てるのか不思議で仕方でならない。

 しかし、まだ手が動く。足が動く。生きている。

 集は凶眼で敵を見据え、構える。天童式戦闘術『鳳焔飛翔の構え』。鳳凰は死ぬ時、自らが炎となって、新たに生まれ変わる。防御を顧みない一撃必殺の型。

 集は息を吐くと、瞳をゆっくりと閉じる。

 直後に地を蹴る。王の力で強化された脚力で地面を抉り、破砕音が鳴り響く。強力なGの痛みに堪え、一瞬でエンドレイヴの前に躍り出る。

 

「……どけよ」

 

 誘導をしていた谷尋を横に突き飛ばす。同時にエンドレイヴが集に向けて発砲。強い火薬の匂いが鼻腔に届く。撃ち出された銃弾に集は右腕で応じる。

 空気を斬る音と同時に繰り出される一撃。

 天童式戦闘術無の型三番『青燕飛翔撃』

 正面から激突した拳と銃弾。凄まじい衝撃波が全身を貫く。

 王の力で強化された拳は銃弾を粉砕、衝撃によって吹き飛んだ皮膚は祭のヴォイドで即座に再生される。立ち止まらず、地面を再度蹴り上げ、吹き飛ばされるような勢いで再度超加速。直後に暴雨のように襲い掛かる銃弾をくぐり抜け突進する。コンマ一秒でエンドレイヴの元へ到達すると、驚異的な速度で下からすくい上げるようにアッパーを放つ。

 

「堕ちろッ───!」

 

 狙うは人工知能が搭載された部分。一片残らず破壊する必要がある。

 歯を食いしばり、踏みしめた足が地面ごと沈み込む。辺りの地面が衝撃波で剥がれ飛ぶ。鋼の強度をはるかに上回る剛拳が、エンドレイヴの身体に捩じ込まれる。

 集は跳躍し、エンドレイヴの身の丈を上回るほど、高く飛び上がる。頂上で体を捻り、両手で拳を放つ。

 

「天童式戦闘術無の型六番───」

 

 乾坤一擲。

 

「鬼王鉄槌ッ!───消えろよッ!!」

 

 頭上から思いっきり振るわれは鬼神による怒りの鉄槌。必滅の一撃。強化された拳はエンドレイヴの頭部を破壊し、人工知能を潰し、動力部を切断する。

 集も繰り出した技の威力を殺しきれず、エンドレイヴを蹴って地面の直撃を免れると、再度背中から激しく打ち付けられて呻く。直後に立ち上がり、油断なくエンドレイヴを観察する。

 十秒、二十秒が経過する。体から蒸気が発生していた。敵は沈黙したまま、機能を停止している。

 

 

 ゆっくりと息を吐いてから祭にヴォイドを戻すと、集はエンドレイヴの方に近づく。

 頑丈なコンバットブーツが鋼を蹴り飛ばす音響が旧校舎いっぱいに鳴り響く。

 集は鋼を二、三箇所凹ませただけでは飽き足らず、激闘を繰り広げたAI搭載のエンドレイヴの関節部分を思いっきり踏みつけてから、止めた。

 血と泥にまみれた髪をかき上げ、何が起きたか理解していない颯太の前まで移動すると、襟首を片手で吊り上げる。

 

「……なんでここに来た!」

 

 集に吊し上げにされた颯太は怯えて答えられない。その変わり、谷尋が無機質な瞳で集の顔を見ながら言った。

 

「……俺がこいつらを連れてきたんだ」

「巫山戯てんじゃねえぞ!俺が来るのがあと数秒遅ければお前ら全員愉快なオブジェになっていたんだぞ!?」

 

 言い合いを続ける二人を、亞里沙と花音は止めようとする。しかし、集が普段見せない側面を見せられた二人は脚がすくんで動けない。そんな時、目を覚ました祭が声を上げた。

 

「もうやめてよ、集!!」

 

 すると、くるりと首を回した集が目を鋭くして言った。

 

「……祭、お前もだ。逃げろと言ったのになぜ逃げなかった!!」

 

 祭は恐怖の声をあげそうになるが、必死でそれを呑み込む。巫山戯てこそいたが、集にこんな表情はして欲しくなかった。どんなに愛しい人の顔でも、その表情は奇妙な居心地の悪さを感じる。

 祭は二、三歩躊躇した後に、声を荒らげて言い始めた。

 

「わからないよ!そんなこと!でも、集には争って欲しくないの!!集は本当は優しいから───」

「……戦って欲しくない、か。何も知らねえくせに」

 

 それを聞いた集は、眉間に皺を寄せながら谷尋の襟首から手を離し、睨めつけた。胸元が光出したのを見てか、谷尋は肩を竦めてみせた。

 

「……そうやって人を道具にするのか、お前は」

「黙ってろ」

 

 谷尋の中に集の左腕が潜り込む。その左腕を谷尋の胸元から取り出すと、腕には歪な形をした巨大な鋏が握られていた。耳障りな金属音を撒き散らしながら、集は祭にその刃先を向ける。

 

「桜満くん!?」

 

 集の行動に花音が素っ頓狂な声を上げる。その声は集が起こした怪異かによる、それとも危険物を祭に向けたことか。前髪の奥で、紅蓮に輝く瞳が細められる。

 祭は集の持つそれを凝視しながらうわ言のように呟く。

 

「……なに、それ」

 

 そうか、お前は見てなかったな。そう呟くと集は首をぐるりと回す。

 

「───これはヴォイド。トラウマ、コンプレックス、趣味や夢。そういったものを読み取り、その人間に一番合った形を取り出してそれぞれに特別な力がある。こいつの場合は生命を断ち切る鋏だ」

 

 集はヴォイドを谷尋の中に戻すと天を仰ぐ。

 

「……俺はこの力を使っていのりさんや涯───つまり、葬儀社(テロリスト)に協力していた」

「……え?」

「そして、多くの人間をこの手で殺した」

 

 集の告白に頭が真っ白になる祭。そこで、いのりの名前が出てきたことに気づいた颯太は途端に声を荒らげた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!なんでいのりさんの名前が入ってるんだよ!?」

「……いのりさんも葬儀社だからだ。颯太」

 

 集の言葉に颯太は絶句した。天を仰いだまま、口を開く。

 

「俺はあいつらを助けるために、羽田空港まで向かっていた。だけど、ここに転がってる新型のせいで大幅に時間を食っちまった……」

 

 忌々しげに地面に転がるエンドレイヴを蹴り飛ばす。

 

「こんな人殺しは、お前らの中に紛れて生きていちゃいけない」

 

 集は天井が剥ぎ取られた車の前まで移動すると、動作確認を行う。

 外見こそボロボロになってしまったが、稼働はするらしい。

 

「巻き込んで悪かった。でも安心ししてくれ。すべて終わったら俺はもうみんなの前には現れないから。だから安心して───」

 

 そうすれば全てのヘイトは集に集中する。無関係の彼らは危険にさらされることはないだろう。

 そう言って車に乗り込もうとしたその時だった。

 パァン!と乾いた音が部室に鳴り響いた。

 

「……」

 

 いつの間に移動したのだろう。目に涙を浮かべた祭が、集の頬を叩いていたからである。集はわけがわからない、といったように呆然と視線を落とした。

 

「───バカァ!そんなこと……」

 

 祭は集の胸元に顔をうずめながら啜り泣き始めた。突然のことに集も僅かに困惑する。

 

「……そんなこと、言わないでよ」

 

 顔はうずまっていて見えないが、間違いなくとめどない雫に彩られているであろう。

 

「私は……集のことが好きなの……傷ついて欲しくない!なのに……なんで集は自分の命を削ろうとするの!?集にとって私たちは……一体なんなの!?」

 

 持ち上げられた拳が、集の胸を叩いた。もう一度。さらにもう一度。

 俯けられた小さな頭が震えて、額が左肩にぶつかった。

 集は、両手で祭の肩を掴んだ。

 

「……お前たちは、俺が生きる理由だ」

 

 ぽつりと呟く。

 

「傷ついて欲しくない。ずっと笑っていて欲しい。死んで欲しくない。だからどうしても守りたいんだ。失いたくないんだよ……」

「……集?」

 

 腕の中で、濡れた声が響いた。

 

「だから、私たちを遠ざけるの?」

「……」

 

 かつて、もう一つの世界───ガストレアウィルスが蔓延する世界で生き、戦い、死んで行った友達の顔が走馬灯のように蘇る。

 気分がおかしくなりそうだった。このまま頭がどうかなってしまえばよかった。しばらくして、ようやく掠れた声が出た。

 

「……ああ、そうだ」

「……なら尚更、私は集から離れることが出来ない」

「お前……ッ!今の話聞いて───」

「───いたからっ!集をこのまま見送ることが出来ないんでしょ!!」

 

 祭は顔を持ち上げた。うさぎのように目が赤くなっていたが、祭の顔は意を決した表情をしていた。

 

「……私は集に着いていく。誰になんと言われようと!」

「おい!?」

「うるさい!これは決定事項ッ!!!」

 

 祭の剣幕にたじろぐ集。光景の一部始終を見ていた亞里沙もまた小さく息を吐くと、薄い笑みを浮かべた。

 

「私も行くわ。大事な学校の生徒ですもの、しっかり見送らないとね」

「会長、あんたまで……」

「お、俺も行くぞ!」

 

 今度は颯太までそんなことを言い出した。呆れて声も出ない。

 今から行く場所は遠足でもテーマパークでもない。人権も何もない、死地だというのに。

 

「……わ、私も行く!一人取り残されるのはなんか癪だし!」

「委員長、あんたまで……」

 

 そして、いつの間にか目を覚ましたのか谷尋も起き上がりながら言う。

 

「……俺も行くぞ」

「……谷尋、お前まで───」

「……が、その前に一つ」

 

 谷尋が集の頬を殴りつける。

 

「これで以前のことはチャラにしてやる。お前には潤を助けて貰った恩があるしな」

「……仇で返したくせによく言うぜ」

 

 集は祭から手を離して言った。

 

「……ここから先は地獄だ。どうしても着いてくるのなら俺は止めない。だが、1つだけ約束してくれ」

 

 一拍置いて。

 

「───もう二度と、今までのような平和な日々に戻れると思うなよ。お前らがこれから歩む道は、いつ死ぬかわからない一本道だ」

 

 集の言葉に祭たちはゆっくり頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ───東京壊滅まで、残り二時間三〇分。

*1
コルトパイソンのこと




原作との相違。

寒川潤の生存。これから先に出番があるかは不明。


鳳焔飛翔の構え:防御を一切捨てた攻撃特化の型。王の力と祭のヴォイドによる超再生があって初めて発動出来る。

青燕飛翔撃:天童式戦闘術無の型三番。自らが神速で動き音速を超える速度で放つ正拳突き。しかし、王の力なしでは発動出来ないため、実戦で使うことはまずない。

鬼王鉄槌:天童式戦闘術無の型六番。乾坤一擲。決まれば一撃必殺の技である。これも王の力なしでは発動出来ないため、実戦で使うことはない。


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