Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

36 / 41
悪に抗え。


偽りの正義を終わらせろ。





Fallen
【Episode:00-1】


 民警になる前、自分が何を考えて生きていたのか。記憶が混濁していて上手く思い出すことが出来ない。

 天童木更と共に天童家を出たのは間違いない。そのことについては、特に後悔はしていなかったはずだ。

 多くを救って、多くを失った。そんな状況の中でも、手に入れたこのありふれた幸せさえあれば、それで良かった。そんな当たり前がいつまでも続くことであるように思っていた。

 上手く思い出せないのは、そういった選択の際に何を考えていたのか、だ。

『幼い頃の自分』は向こう側にいる。別に裕福になりたかったわけでも、権威を欲していたわけでもない。

 俺は一体、どんな大人になりたかったんだ。

 ただひとつ言えることは───民警になる前日まで、自分の正義が本当に正しいか疑っていたということ。

 

 ───天童木更が殺害される、少し前のある日。

 

 里見蓮太郎は掛け持ちのバイトを終えた後、少し高めの指輪を買って木更にプレゼントした。「馬鹿じゃないの」と言われるかもしれないと思ったそれは意外になく「ありがとう」と答えてくれたので、天にも昇るような気分になったのは記憶に新しい。

 感情が昂っているので、冷水で頭を冷やす。蓮太郎が首からぶら下げているシルバーのリングは、木更にプレゼントしたものだ。

 蓮太郎がシルバーのリングを肌身離さず持ち始めたのは、木更が死んでからだ。

 死者には着けれない。だから、代わりに身につけている───そんな気持ちもある。これを握っていると、木更が近くにいるように感じて、僅かにだが心が落ち着くような気がするのだ。

 

 ───天童木更は言った。

 

「私を救ってくれて、ありがとう」

 

 東京エリアの天童民間警備会社で、木更が先程の発言をした。

 

「……大したことはしてねえよ。あんたが決めたことだろ」

「相変わらず優しいわね。そういう人、私は嫌いじゃないわよ」

 

 蓮太郎にとって、天童木更という人間の存在はあまりにも大きかった。

 蓮太郎という真っ白だったキャンパスに黒という絵の具をぶちまけたのは、彼女だった。だが、同時に自分が受け止めることによって彼女の根元まで侵食していた呪いを払拭出来たのは確かだった。

 木更が天童和光を殺した日から、後悔しかなかった。彼女の復讐を止めることは出来ないかと、何度も願い続けた。結果、ようやく願いが叶った。

 失ったものは数えきれないが、復讐を止め、俺にすべてを委ねると、木更は確かにそう言った。

 同時に、蓮太郎が彼女の罪をすべて背負うことになったが───それでも、蓮太郎の日々は充実していた。変わり始めていた。

 木更という愛した女性に自分はここにいると認識されている感覚。

 それが、嬉しくて嬉しくて堪らなかったのだ。

 

 それだと言うのに。

 

 ───天童菊之丞。お前が奪った命は、俺にとって特別なものだった。

 

 ───木更さんは、俺に生きる理由をくれた大切な人だったんだ。

 

 ───それを、良くも奪ってくれたな。

 

 ───お前を、必ず殺してやる。

 

 短い夢のようなものを見た後、蓮太郎は目を覚ました。

 

「……夢、か」

 

 いつの間に、眠ってしまっていたのだろう。

 昨日の仕事が予想以上に体に響いたようだ。ぼんやりとした頭で周囲を見渡すと、写真立てに目が入った。

 天童木更、藍原延珠、ティナ・スプラウト。天童民間警備会社に所属していたかつての仲間たち。

 だが、そんな仲間たちは今はもう、誰もいない。みんな、蓮太郎の前で死んで行った。

 

「……なあ、木更さん」

 

 ふと呟いた声が部屋に響く。

 

 ───もし、あんたが今の俺の姿を見たら、いつもみたいに罵ってくれるか?

 

 

名前のない怪物

 

 

 東京エリア外周区第三十九区。空は灰色に染まり、曇天。湿った風が吹き、大粒の雨が大地に跳ねる。

 フードを目深にまで被った青年が黒いコートをはためかせながら周囲を一望していた。

 身長は180を超えているだろう。喪服のようなスーツの上に黒い夜戦服を着込み、目深まで被ったフードが特徴的だった。

 一言で彼を言い表すなら『死神』。神話や御伽噺でしか出てこないような怪物がそこにいた。

 

「……あれからもう六年ですか」

 

 ふと、青年の背後から声が聞こえてくる。

 眼球運動のみでそちらを見ると、撞木杖をつきながらこちらへ歩み寄ってくる初老の青年───松崎がいた。

 

「今年もやってきてくれたのですね。あなたはこの年になるといつもここに花を添えてくれる」

 

 かつてこの場所で授業が行われていた。

 青年はその日の出来事を思い出すように瞑目した。

 あの日の出来事は、今でも鮮明に思い出すことが出来た。

 あの日、自分の行動がもう少し早ければ彼女たちはあの場で命を散らすことは無かったのだろう。自分がもう少し慎重に物事を運んでいれば。自分にもっと力があれば。

 青年は静かに目を開けると、其方へと振り返った。

 

「……私もあなた達を見習って青空教室をやってみたりするのですよ。ですが、やはりと言うべきですかね。教え方がどうも古くて生徒たちの大半が寝てしまったり、つまらないと言います」

 

 苦笑いの表情を浮かべながら話す松崎に対し、青年の表情は無表情。唇は固く結ばれ、フードから覗く瞳は鋭い。そして、かつて青年の瞳の中にあった輝きは別の感情によって侵食されていた。

 

「もう、数年ぶりになりますか。元気にしていましたか?」

 

 青年は何も答えず松崎を見つめていた。

 

 

 地面を穿つ雨の中、青年と松崎は外周区の瓦礫に座っている。

 松崎は何も言うことなく青年を見つめ続け、青年はそんな松崎を特に気にすることなく、東京エリアを睨みつけていた。

 

「噂はかねがね、聞いております。もう随分と昔のことになりますが……序列100位到達、おめでとうございます」

 

 青年は何も言わない。二人の間に奇妙な風が吹いた。

 

「それと、昨日のニュースも耳にしています。また、ガストレアの群れを一人で全滅させたと───」

 

 ここで初めて青年は行動を起こした。黙れと言わんばかりに松崎を睨めつけ、小さく息を吐きながら口を開いた。

 

「モデルスパイダーが一体、そんなもの大した脅威じゃない。しかも、その中には見ず知らずの『呪われた子供たち』もいた。それが民間人に伝わってないってことは───」

 

 青年は顔を顰めて言う。

 

「───マスコミ共が、また金で買われたな」

「そんな……」

「世間に人殺しの悪魔だということを知られたくないんだろう」

 

 英雄は、人殺しなんてしない。そう見せつけたいのだろう。

 青年は自虐的に嗤う。

 

「……呪われた子供たちを殺したんですか?」

「体内浸食率が限界まで達した奴らしかいなかった。だから俺が殺した。ガストレアになる前にな」

「……変わってしまわれましたね」

 

 青年は瞑目しながら顔を伏せる。

 

「……呈のいい幻想に縋り付いてもなにもない。それは───嫌という程、思い知らされた」

 

 青年は話しすぎたなとボヤきながら両手をポケットに突っ込みながら立ち上がった。

 雨は少し止んできたのか、大粒の雨は小粒の雨へと変わっていた。

 俯きながら帰路に着こうとする青年に、松崎は呼び掛ける。

 

「あのッ!」

 

 足を止めず、青年は歩み続ける。

 

「死なないでくださいね!」

「……死なないよ。あいつをこの手で殺すまではな」

 

 青年は呟いてから東京エリアに続く暗い道のりへと姿を消した。

 

 

 

-2-

 

 

 

 新都の方に戻ると、雨は完全に止んでいた。

 黒衣の青年はそのまま暗い路地の方に入っていくと、周囲を見渡した。

 

「……たしか、この辺りだったか」

 

 数日前からこの辺りで奇妙な噂を耳にするようになったのだ。

 曰く、三人組の少女たちで、彼女たちの占いは百発百中。将来でも未来の恋人でも捜し物でも───復讐したい相手の居場所でも。必ず言い当てるという。

 馬鹿馬鹿しいと思いながらもここにやってきたのは一縷の期待を抱いているからだろうか。

 しかし何故だろう。どこを見渡してもそんな少女たちの姿はない。

 少女たちなら、絶対に目立つはずなので、もしかしたら今日はもう店仕舞いなのかもしれない。

 

「……今日はもうやっていないのか?」

 

 なら、また別の日にでもやって来るか。そう思った時、遠くから言い争うような声が聞こえてきた。

 喧嘩だろうか。もし喧嘩なら関わるのは御免蒙りたいところだが、耳に入ってくる声は男の声と女の声だ。

 

「まさか、な」

 

 写真を取りだし、壁から顔を僅かに覗かせると、三人のゴロツキに囲まれる三人の少女が居た。その中に、真白い髪色をした赤眼の少女が居て、青年は目を細くした。

 

「……なるほどな、こいつらが───」

 

 特徴が完全に一致する。青年は息を吐いてからそちらへと歩みを進めた。

 争いに参加するのはあまり気が進まないが、自分の目的の為だ。

 青年は写真をポケットにねじ込んでから、ゆっくりと少女たちの方へと歩き始める。

 大丈夫だ。いつも通りにすればいい。邪魔する奴らは全員力でねじ伏せればいい。

 少女の一人が気づいたのか、顔を上げてその小さな口を開いた。

 

「誰か、来たッ」

「おいおい狂ったか?ここは人っ子一人来ない場所だぜ?こんなところに人間なんて……!」

 

 青年がゴロツキの肩を突き飛ばす。意外と簡単に倒れたゴロツキは、小さく唸った。

 

「だ、誰だッ」

 

 ゴロツキが振り返った目と鼻の先に、青年は立っていた。

 闇の中から現れた青年の姿を見た少女たちは思わず小さな悲鳴をあげた。

 無理もないだろう。青年の姿は、ここにいるゴロツキよりも怪しいのだから。

 

「お前たちに聞きたいことがある」

 

 青年はそんな少女たちの様子に気づいていないのか、靴底を鳴らしながら近づく。

 

「無視すんじゃ───」

 

 ゴロツキの一人が青年に正拳を繰り出してくる。青年は軽い身のこなしで攻撃を避けると、ゴロツキの首根っこを掴む。泡を吹いて蛙のような悲鳴をあげるも、青年はそのまま親指に力を込めて首の骨をへし折った。

 鈍い音が鳴り響く。青年は冷めた瞳でゴロツキたちを睨んだ。

 

「忠告だ。死にたくなければ、無駄なことはやめておけ」

 

 死体を見せつけるように突き出した青年は忠告。お前らでは絶対に勝てないと言い放った。しかし、それは戦意を鎮めるより昂らせるものだった。

 

「にゃろ!」

 

 拳を繰り出してきたゴロツキの腕をかわし、青年は再度忠告。

 

「……二度は言わん。今なら見逃してやる」

「うるせえ!こっちの方が数的に有利なんだ……お前なんかに負けるわけねえ!!」

 

 背後から飛び出してきたゴロツキが青年の脇腹にドスを突き立てる。根元まで突き刺さったそれを見て不敵な笑みを浮かべるも、青年はさしてきにした様子もなく男の顔面を掴んだ。

 

「がっ!?」

 

 男はもがいて青年の顔面やら腹やら股間やらを攻撃するも、青年の手は一切緩まない。それどころか、強くなっていく一方だ。

 

「た、たすけ───」

 

 刹那、ぐしゃりとなにかが潰れた音がした。飛び散った肉片と白い固まりが辺りに飛び散る。青年は、男の頭を握り潰したのだ。

 青年はそのまま潰れた男の亡骸を地面に放り捨てると、最後の一人を睨みつけた。

 

「ひいっ!ば、化け物だァ!!」

 

 ゴロツキは慌てて逃げようとするも、青年が腹に突き刺さったままのドスを強引に引き抜き、逃げた男に向けて投擲。

 肩甲骨に深々と刺さり、絶叫をあげる男にホルスターから取り出したXD拳銃の引き金を引く。数回、乾いた発砲音が鳴り響いた。

 

「……言った筈だ。死にたくなければ、無駄なことはやめておけ───と」

 

 青年はそのままゴロツキの服を物色すると、財布を取り出して少女たちの足元に放り投げた。

 

「金だ。占ってくれ。あの男の居場所を」

「……、……………」

 

 恐怖のあまり声が出ない少女たち。青年はそんな少女たちを訝しむような瞳で見つめていたが、ああと呟く。

 

「足りないのか?」

 

 青年はもう一人のゴロツキの服を物色し始める。見ていられなかった少女の一人が堪らず声を漏らした。

 

「……や、やめて。その男の人が可哀想」

 

 先程まで襲われかけていたと言うのに、この少女はなんて優しいのだろうか。青年は僅かに目を細めてから小さく息を吐く。

 

「どうせ死人には必要のないものだ」

 

 再び財布を取り出した青年は、少女たちの足元に放り投げた。

 少女の一人が落ちた財布2つを拾って、懐にしまい込んだ。

 

「ちょっと!」

「……折角の、客人、だよ?次……いつ来るか分からない」

「そうだけど……!この人は私たちの恩人なんだよ……?」

 

 少女二人が会話を繰り広げるも、青年は一切そちらを振り向かない。

 青年が見下ろした先にいる少女は、生唾を飲み込んだ後に小さく口を開いた。

 

「一体誰を……誰を、探して欲しいんですか?」

 

 震える声で訊ねる少女。青年の目が鋭くなる。

 

「……あの男だ。俺から大切なものを根こそぎ奪い去り、俺の体を刻んだあの男を───天童菊之丞を……ッ!」

 

 青年の瞳に憎悪の炎が灯った。

 不安定な状態ながらもここまで生きながらえて居るのは、この復讐心なのだろう。可哀想な人、と少女が呟くもそんなことには耳も貸さず青年は少女の胸倉を掴みあげた。

 

「見つけてくれ……奴を!!」

 

 フードから覗く青年の表情は、飢餓状態に陥り、見境なく人を食い殺す肉食獣のそれだった。

 放たれる異様な殺気に襲われながら、少女は生唾を何とか飲み干す。

 

「……探して、どうするのです?」

「いいから頼む……教えてくれッ!!」

 

 少女は青年の顔を数秒眺めてから諦めたように息を吐いた。

 

「……旧東京駅。あなたの求める人物はそこにいるはずです」

「東京駅……くくっ、そうか、そこに奴が……天童菊之丞が───」

 

 青年は少女から手を離すと、姿を消した。

 その場に取り残された少女は青年から解き放たれたことによって、ようやく息をするのを思い出した。慌てて空気中の酸素を取り込み、二酸化炭素を排出。

 

「……何、あの人……私たちでも気づかないなんて」

 

 白髪の少女は小さく顔を上げると、青年が消えて言った方向を見つめた。

 闇へと溶けていったその姿はこんなににも薄暗いというのに鮮明に目に焼き付いている。

 

「……」

 

 猛禽類のような鋭い瞳は、生気をまるで感じなかった。

 パワーもスピードも通常の人間とはまるで違う。一言で言い表すなら『怪物』。

 そんな怪物の正体を、少女たちは知らない。

 

 

 

 

 

 

 ───俺は今まで何度もこうやって走ってきた。しかし、その度に何度も騙されてきた。

 

 雨に濡れた街並みを駆け抜ける青年───里見蓮太郎。目深まで被っていたフードは走っているうちに外れていた。

 

 ───手がかかりはない。だが、俺は死ぬまで諦めたりはしない。

 

 東京駅に近づくにつれて、今までになかったものが存在した。

 東京駅を囲うように配置された武装警備隊。遠くからでも分かる強者特有の気配。

 

「───見つけたぜ。天童菊之丞ッ!!ようやくだ……ようやく貴様をこの俺の手で殺せるッ!!」

 

 蓮太郎の口元には凄絶な笑みが浮かんでいた。




タグに《オリキャラ》を追加しました。
この章開始時点で木更さんと延珠、ティナは死亡しています。

里見蓮太郎
民警。黒い銃弾(ブラック・ブレット)の異名を持つも、呼ばれ方は『怪物』『死神』と一貫して呼ばれる。
世間一般には正義の味方として知られているが、今の蓮太郎は生きていることが不思議なレベルで衰弱し、摩耗している。

救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)

  • 必要
  • 不必要
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。